7:情景エンプティ


※カーンルイア捏造あり



「次は何を試そう?」

「なあアルベド、ナマエは他に何が好きだったんだ?」


次の日
昨日に引き続きボク達の元へやってきた蛍とパイモンは、次の策を尋ねた。


「ナマエは未知を知る事が好きだった。知らない事を知る喜びと楽しみが何よりも好きだと言っていたよ」

「なんだかアルベドと似てるな!」

「ボクと?」

「うん。だってアルベドも知らない事を知る事は好きでしょ?」


蛍の言葉が自分に当てはまるか考える……確かに知らない事を知り、知識の糧にすることは好きだ。ナマエもボクと同じ気持ちだったのだろうか?


「そういえばオイラ達、ナマエがどんな人なのか分からないぞ」

「彼女とは似ているの?」


彼女達の問い掛けはこうだ。もう一人のナマエと、この場でボクしか知らない本当のナマエは似ているのか。


「いや、全く。むしろ真逆と言って良い」

「ま、真逆!?」

「そうだね……今思えば、クレーに似ている気がするよ」


ナマエは明るく、子供のように無邪気な女性だった。どこか幼さを残した女性……今思えば、彼女はあの見た目のまま成長が止まっているのではないだろうか?
だからこそ、自分より長く生きていると言われても歳上の雰囲気を感じなかったのかもしれない。

そんな彼女と過ごした経験があったからなのか、クレーの天真爛漫さにも、すぐに適応できたのかな。


「クレーみたいな感じかぁ……確かに真逆だな」


パイモンは想像できたのか、意外と言いたげな声音でそう呟いた。そんなパイモンが視線を向けたのは、眠る彼女の方だ。実はまだ彼女は起動しおきていない。


「というより、まだ起きてないのか?」

「彼女は決まった時間に起きるんだよ。……うん、そろそろかな」


パイモンの疑問の声に答えた後、ボクは時刻を確認した。これまで通りなら、そろそろだろう。そう思っていた時だ。


「”定刻、起動します”」


声が聞こえ振り返れば、無機質な声と共に、彼女が目を開いたところだった。その瞳は、相変わらず遺跡守衛を彷彿させる金色のような黄色い瞳だった。


「おはよう」

「おはようございます、マスターアルベド。そして蛍、パイモン」

「あれ、オイラ達の名前知ってたんだな!」

「マスターアルベドとの会話で覚えました。違いましたか?」

「ううん、合ってるぞ! 覚えて貰ってて嬉しかったんだ。な、蛍!」


パイモンの問い掛けに蛍は微笑みながら頷く。二人の反応に対し、もう一人のナマエは相変わらず淡泊な反応だったけれど、彼女達の名前を覚えていたと言うことは、本人に社会性が少なからずあるという証拠になる。


「……あなた方は、他人に認知されることに喜びを感じるのですか?」

「人との繋がりを大切にしたいんだ。いろんな国で人と出会って知り合い、友達になる。勿論、大変な事ばかりだったけど、それがあったからこそ友人として信じ合えたんだと、私は思ってる」


蛍とパイモンが旅した中で出会った人の輪は、計り知れないほどに広い。だからこその言葉だろう。それを聞いた彼女はどう感じ取ったのだろう。


「私には理解できません。ですが、オリジナルにはその繋がりが大切ではないのでしょうか」

「ナマエには? なんでそう思うんだ?」

「初めのことですが、オリジナルの様子を覗くことができた期間が存在します。オリジナルが他と関わりのあった様子を確認できたのは、その時が最初で最後でしたが……あの様子は、人間にとって標準のものだったのではないかと思うのです」


彼女の言葉は難しい。だが、意味を汲み取ることはできる。
蛍たちの旅してきたからこそ出た言葉を聞いた上で、彼女はナマエについて話してくれた……。つまり、ナマエも人との繋がりを好んでいる、ということだ。

その話はボクも同感だ。ナマエは、初対面のボクに嬉しそうに話しかけてくれたのだから、人との繋がりを好んでいるのは間違いないだろう。ボクは少なからず人との関わりを面倒に思ってしまう節があるから、真逆だけれど。


「えーっと、つまり……?」

「ナマエも君たちと同じで、人と関わる事が好きだってことだよ」

「なるほど!」

「案外話しやすい人なのかも知れないね」

「こんなボクが今でも話したいと想う人だ、君達と仲良くなりたいと思っているはずだ」


この光景を彼女を通してみているのなら、の話だけれどね。
そう思いながら少しだけ彼女を見てみたが、どこか一点を見つめているようで何を視ているか分からない。蛍とパイモンを見ている訳でもなさそうだし……一体彼女は、その視界に何を映しているのだろうね。


「この前は動物を試したよな……次は何が良いんだろう?」


なあ蛍、何があると思うか?
パイモンが蛍へそう訪ねた。問われた蛍は顎に手を当て考え始めた。


「……そういえば、ナマエとはずっと同じ場所でしか会ったことがなかったんだよね」

「そうだよ」

「ということは、ナマエには自由がなかった。知らない事を知る事が好きっていうのは、その背景があるんじゃないかな」


なるほど……確かに蛍の話は一理ある。自分を人の理から外した存在によって縛られていたナマエには、自由がなかっただろう。そして、カーンルイアという今は無き国以外を見た事がなかったナマエには、外の世界全てが発見だった。


「……それはあり得るね。そうだ、蛍の話を聞いて試したい事があるんだ」

「試したい事?」

「うん。キミたちは様々な国を訪れ、数々の景色をその目で見てきたはずだ。そんなキミたちから見たモンドの良い景色を教えてくれないか?」

「あ、分かったぞ! その景色をナマエに見せたいんだな!」


パイモンの言葉にボクは頷いた。
彼女が言ったとおり、ボクは蛍の話を聞いて次に試したい案を思い着いた。それは、ナマエに景色という”見た事の無い”未知を見せたい。そう思ったんだ。


「分かった。どこが良いかな……」

「うーん……」


蛍とパイモンは書籍を取り出すと、1枚1枚ページを確認し始めた。恐らくあの書籍は各地の景観を纏めた物だろう。チラッと見えたとき、景色を撮った写真が見えた。彼女達はフォンテーヌ製の写真機を持っていたはずだ。


「あ、オイラここが好きだぞ!」

「奇遇だね、私もここが良いと思ったんだ」

「へへっ、オイラ達はやっぱり考えてることが一緒なんだな!」


アルベドー、決まったぞー!
そう声を掛けたパイモンの言葉に、待っている間に取りだしたバインダーから目線を外し、顔を上げる。


「ここなんだけど、アルベドは知ってるか?」

「勿論。モンドの土地は知り尽くしてると自負してるよ」

「流石だな! それじゃあ行こうぜ!」


先に拠点を出て行く蛍とパイモンの背中から、傍にいるもう一人のナマエを振り返る。


「行こう」


そう言って手を差し出すと、目の前の彼女はそれを見て、こちらを見上げた。


「これは?」

「手を繋ごうと思って。雪道は危ないからね」

「複雑な地形でも、滑りやすい地形でも瞬時に対応可能ですが」

「ボクが心配なんだよ」


あの時のように急に姿を消してしまうのではないか……そう考えてしまって、温もり・感触が常にある事で安心したい、ボクのわがままだ。


「……これで良いのでしょうか」

「ああ」


手を繋ぐ意味が、もう一人のナマエには分からなかったらしい。例え別人だろうと、彼女である事に間違いはないから。
どこか不思議そうな様子でボクの手に自身の手を重ねた彼女。ボクより小さなその手をボクは迷う事なく握った。

優しく手を引いけば、彼女はボクの動きにつられるように歩き出した。


「これからどこへ向かうのですか?」

「それは着いてからのお楽しみだよ」


きっとナマエにはこの雪原すらも新鮮な場所だろう。ゆっくり進もうか。
遠くで待っている蛍とパイモンの声に反応を返しながら、ボクたちは襲い歩みで拠点を離れた。



***



「あれは……水、でしょうか?」

「水であるのは間違いないね」

「あんなに水が広がっているのは初めて見ました。貯水しているのですか?」


ボクたちが彼女を連れて向かった場所は星拾いの崖だ。彼女の反応を見る限り、水の存在は知っているようだが、この場所から見える青い水のことを知らないらしい。


「今、目の前に見えているのは『海』って言うんだぞ!」

「うみ」

「おう! 見れば分かると思うけど、すっごい広いんだぞ! だけど飲んじゃダメだからな!」

「どうしてですか? 人間にとって水分は大切なのでしょう?」

「それは間違ってないけど、すっごくしょっぱいんだぞ」

「なるほど。ですが、私には味覚の機能がありませんので、気になりません。ですが、オリジナルが何か思ってしまうかもしれませんので、インプットだけしておきます」


この言い方だと、もう一人のナマエが行動する事柄は、意識の奥底にいるナマエにも共有されているのだろうか?
例えば、彼女が何かを食したとき、もう一人のナマエは味覚を感じる事ができないようだが、意識の奥底にいるナマエはその味を感じることができる……という様に。

記憶の共有はできないが、肉体的な事は共有されている……これが本当ならば、ナマエがもう一人の自分を拒絶している理由が何となく想像できる。


もう一人のナマエは戦う為に生み出された存在だ。もう一人の自分を拒絶していると言うことは、ナマエは『戦う事が嫌い』と推測できる。

ま、戦う事が好きな人なんて早々いないけど……確か蛍は戦う事が好きだと風の噂で聞いたけど、一旦置いておこう。


「あ、オイラ達はただ海を見せたいだけじゃないぞ」

「そうなのですか?」

「おう! あ、そろそろだな!」


そう言ってパイモン、蛍は海へと視線を向けた。……正しくは、水平線が見える方向だ。ドラゴンスパインからここからは距離がある。移動を始めた時間から計ると……そろそろ良いタイミングだろう。


「あれが見えるかい?」

「はい。あの丸くて赤いような色のものは何でしょう?」

「あれは太陽って言うんだ」

「たいよう……うん? ですが、先程も説明がありましたよね?」

「同じ太陽だよ。太陽が顔を出すときは大地を照らす。太陽が沈むと月が顔を出し、夜が訪れる。キミは決まった時間に眠るだろう?」

「活動時間のことでしょうか。無駄なエネルギーを消費しないためにと、設計者が私に施した機能です」

「そう。太陽も同じさ。決まった時間に表に出て、決まった時間に姿を消す。その部分はキミと似ているね」

「あれは『夕日』って言うんだぜ! ひひっ、綺麗だろ?」


パイモンがもう一人のナマエへ問いかける。しかし、彼女はパイモンの声に反応を示さない。もう一人のナマエは、ずっと沈む太陽を見つめていた。またインプットの為に観察しているのだろうか?



「___って、お前……!」



夕日を見つめる彼女の頬に光る”何か”が流れる。……それは涙だった。無表情で涙を流すその姿が、痛々しい姿を際立たせていた。


「……? すみません、納得のいくインプットに時間が…」

「そうじゃないぞ! お前、泣いてるぞ……っ」


やっとボクたちの視線に気づいた彼女がこちらを振り返る。しかし、その様子は自分が涙を流していることに気づいていないようで。


「泣く? 泣くとは一体何の事ですか?」

「感情の一つだ。悲しいとき、辛いとき、痛いとき……悲しい感情の時。他には感動して涙を流すこともあるそうだよ」


そう説明しながら、ボクを見ている彼女の頬へと手を伸ばし……涙が流れるそこを親指で拭った。彼女が痛いと思わないよう、自分の感覚で優しい力加減で。


「泣くという現象には、そのような感情が影響して発生するのですね」

「なんか他人事の様に言うな……」

「設計者は、私に感情は不要と判断したため、そのような機能は存在しません。ですので、この涙はオリジナルのものです」


薄々感じていた。ボクも感情についてはまだ分からない事が多い。だから、もう一人のナマエも感情については知らないのではないか、と。案の定、ボクの推測は正しかった。

となると、次はその涙はどう説明するのか、という話になる。先日、雪狐に触れた行動がナマエによるものだと彼女が告げた事から、この涙はナマエのものではないかと思っていた。


「ナマエが……うぅ、どうして泣いてるのか分からないのか?」

「私はオリジナルの心情を見る事はできません。そして、私自身が感情を知らない……ですので、推測もできません」

「そっか……」


落ち込むパイモンを彼女が見つめる。相変わらずその顔は無表情だが、どこか目付きが当時より緩和しているように見えるのは、気のせいだろうか。


「……どうして、そこまでしてオリジナルを気に掛けるのですか」

「アルベドやお前からナマエについて色々聞いちゃったって言うのもあるけど……」

「ナマエの心を助けたい。そう思ったんだ」

「オリジナルを……救いたい」


もう一人のナマエはパイモンと蛍の言葉を聞いて、どう思ったのだろうか。まだ考え込んでいる様子の彼女を見て、ボクにも話を振ってくるだろうなと予想する。


「……分かりました。あなた方の言葉に嘘はないようですので、信用します」

「え、オイラ達を試してたのかよ!」

「言葉に含まれる内容が、発言と心情が一致しているか確認しただけです」

「そんなの可能なのか……?」

「設計者がこの機能に名付けた名前は『ポリグラフ検知』です」

「ポリグラフ……ってことは、嘘付いてないか見られてたって事か!!」


しかし、彼女はボクに話を振ることはなかった。あくまで蛍とパイモンを試した様子だった。


「そろそろ帰らないとだね」

「あぁ、そうだな……こいつ、決まった時間で寝るんだもんな」

「エネルギー温存のためですが、命令とあれば活動時間は延ばします」

「命令ではないけど、ドラゴンスパインの拠点に戻るまでは起きてて欲しい」

「分かりました、マスターアルベド」

「じゃあオイラ達とはここでお別れだな、二人ともまたな!」

「ああ。気を付けて」


蛍とパイモンが星拾いの崖を離れる様子を彼女と共に見送る。その背中が見えなくなった頃には、太陽は沈みきってしまい、完全に夜となった。

さて、ボクたちも帰ろうか。
そう声を掛けようとしたときだ。


「マスターアルベド。貴方に一つ伝えたいことがあります」


突然名を呼ばれた。疑問に思いながらも「何かな」と返した。彼女の目は遺跡守衛を彷彿させる金色の瞳だが、以前よりその色が落ち着いてきたように見える。……もしかしたら、夜だから目の錯覚が起きているのかもしれないけれど。

さて、彼女の雰囲気は置いておき。ボクに伝えたいこととは何だろう。


「先日、この器のメンテナンスを行ったことは覚えていますか」

「勿論」

「実はその日に見つけた改良で、1つだけお伝えしていないことがあります」

「何故伝えなかったんだい?」

「あの場には蛍とパイモンがいました。まだ私の中で、彼女達の信頼は一定値に達していないため、あの場ではお伝えしませんでした」


なるほど、腑に落ちた。
あの時、何故ナマエについて彼女達に問いかけ、ボクにはしなかったのか理解できた。

蛍とパイモンはナマエとは対面していない。ボクともう一人のナマエから聞いただけだ。だから彼女の中では信頼できないのだろう。

ボクはナマエ本人を知っている。だから、ナマエという存在を任せても良いと認識されているのではないだろうか。大袈裟と思われるかも知れないが、彼女が蛍たちをまだ信用できないという観点で見れば、違いはそこしかない。



「それで……本題であるキミの話とは、一体何なんだい?」



蛍とパイモンがいる状況では伝えられなかったこと。その内容とは、一体何なのか。もう一人のナマエへ問いかけた。


「先日お伝えしなかった内容、それは___」


彼女から伝えられた内容。それはボクが驚くには十分過ぎるものだった。そして、蛍とパイモンの前では伝えなかった意味も分かった。

信用できなければ明かせない、ボクが抱える秘密___可能性として起こりえる自身の暴走についても、実力を見て信用出来ると判断した蛍とパイモンに伝えた。もう一人のナマエも同じ考えだったんだろう。


お互い非人間同士、どこか似た様な所があるのかもしれない。けど、ボクはドラゴンスパインで起こった件で、人との関わりも悪くないと思えた。しかし、もう一人のナマエにはまだ時間がかかるようだ。

それもそうか……彼女は、ボクと同じく普通じゃない。でも、非人間であるボクも、少しずつ人間という物を分かるようになってきたと思っている。人間の心がない彼女もきっと、分かるようになるはずだ。


そしたら、心の奥に閉じこもるナマエと和解できるのではないか。そう考えるんだ。彼女達は一度きちんと話し合う時間を設けるべきだ。


「……ありがとう、教えてくれて。それで、キミはどうしたいんだい?」

「どうしたい、ですか」

「そう。キミはその事実を教えてくれたけど、それをボクにどうして欲しいんだい?」

「マスターアルベドに、どうして欲しい……」

「ボクに伝えたということは、ボクに何かして欲しいから……違うかい?」


彼女を見ていると、以前の自分を彷彿させる。感情に動かされているのに、それを理解していないから、自分が何をしたいのか分からない。

まだボクも感情については分からない事がある。だけど、共に見つけられたらとも思うんだ。


「……私は、貴方からオリジナルについて知らない事を沢山聞きました。そして、貴方はオリジナルを救いたい……マスターの願いであれば、私は叶えなければなりません」

「本当にそうかい?」

「え?」

「キミの中にもあるんじゃないかな。ナマエを救いたいという気持ちが」


だからボクに、その事実を明かしてくれたんだろう?
どうすれば解決できるか、ボクに問えば何かしら案が浮かぶのではないかって。
それって、キミがナマエを救いたいという気持ちがあるから出た言葉にならないかい?

目の前の彼女にそう伝えれば、その本人は何かを考えるように俯いた。その目は左右に動いていて、考え込んでいる様子だった


「……少しだけ、時間がほしいです。自分がどうするべきか、この気持ちが何なのか、理解する必要があります」

「勿論だ。時間はいくらでも作るから、キミは自分の気持ちを理解するんだ。少しでも理解できれば……ナマエが何故キミを拒絶しているのか、見えてくるはずだよ」


ボクがそう伝えれば、目の前の彼女は少しだけ目を見開いた。そして、数秒も経たないうちに「分かりました」と返答が来た。


「戦闘と同じですね。分析せずして敵の行動・意図を予想することはできません。私は、それが必要だと言う事に気づくのが遅かったのですね」

「今からでも間に合うさ」


そう声を掛ければ、無表情の顔がこちらを見上げた。だけど、その瞳には感情が宿っているようにボクは見えたんだ。






2023/07/08


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