5:閉鎖的アゴニー



……気配を感じる。


「オリジナル、聞こえますか」


聞こえた、アタシの声が。無機質な自分の声。嫌いな声。


「……」


立てた膝の上に埋めていた顔を上げれば、視界に入るのはアタシ。けど、それはアタシではない。とある日を境にアタシの中に入ってきた紛いもの。


「……今日も応答なし、ですか」


そう言ってもう一人のアタシは背を向けた。いつも通りここを出て行くのだろう。そう思っていたのに。


「また、様子を見に来ます」


一言アタシに向けて告げたあと、この空間からあの子は消えた。今までこんなことなかったのに、一体どんな心境の変化なのだろうか。
……そもそも、あの子に心境の変化なんていうものがあるのだろうか。いや、あるはずがない。

だってあの子は造られた存在、機械だもん。そんな人間のようなことあの子に起こりえない。


「……どうして」


どうしてアタシの存在を消してくれなかったの?
本来だったらアタシは貴方の侵入によって消えるはずだったんでしょ?


「アタシのことを消してくれたら」


……こんなにも怯えずに済むのに。
目を閉じればつい最近のことのように思い出す光景。アタシ自身の意思でやったわけではない殺戮。

だけど、1番怖かったのは___友達だった人に武器を向けたこと。
そしてあの時の”彼”の表情が忘れられない。色素の薄い明るい色の髪でこちらを振り返る君の顔が悲しげに歪む。


「どうしてまだ……アタシを生かすの」


真っ白で何もない空間はアタシを独りにさせる場所。……二度とあのような事が起きないように、アタシはずっとここで閉じこもるんだ。
そうすれば、これ以上怖い思いをしなくていいから。



***



「……また、駄目でした」


そう言ってもう一人のナマエは目を覚ました。振り返れば昨日と同じ無表情の彼女がそこにいた。

メンテナンスモード中らしい彼女を放って置くことなどできるわけがなく、ボクは一日中傍にいた。


「おーいアルベドー! 来たぞー!」

「君たちか。丁度良いタイミングだね」


後ろから聞こえた声に振り返れば、声の主であるパイモンとその傍には蛍がいた。「丁度良いタイミング?」と首を傾げる二人にナマエの姿を見せるように移動する。


「あ、起きたんだな!」

「先程自己メンテナンスモードを解除した所です」

「何か分かったか?」

「それを今から聞くんだよ」


メンテナンスモードが終わったタイミングで彼女達が訪れたからね。まだ何も聞けていないのだ。……それに、気になる事もある。

”また駄目だった”

先程の発言、この言葉はどのような意味で言ったのだろうか。ボクはそれが気になっていた。


「じゃあ、早速本題と行こうか」

「はい。まずはオリジナルの身体に施された改造についてです」


もう一人のナマエの分析によると、彼女に施された改造は3桁を超えていた。それは人間の身には存在しない外的なもの、不要と判断され削除されてしまったもの、利用できるものとして改良されたもの……この3つに分類された。

勿論だが、加えられた改造が数が多かった。その量は、ナマエはボクと出会った時点で人間の理を外れてしまった存在だったと言うには十分だった。



「……なるほど、ありがとう」

「アルベド……」

「どうやらナマエは加えられたものの方が多いみたいだね。けど、ボクが想像していた以上に人間としての機能を消されていなかった事に驚いたよ」


その中でもボクが驚いたもの。それは人間というより、生命という存在の基盤となるものがナマエの身体には残っていた。

……もしかしたら、彼女を選んだのは、ただの偶然ではないのかもしれない。女性という観点で考えれば___量産する狙いがあったかもしれないからね。

確か遺跡守衛は耕運機と呼ばれる個体のレプリカだと聞いている。ナマエをこのような存在にした人物は、それが狙いだったのだろうか。


「あ、アルベド?」

「……うん? どうかしたかい?」

「どうかしたって、こっちの台詞だぞ。お前めちゃくちゃ怖い顔してたぞ」


怖い顔?
普段表情が表に出ないと言われるボクが?


「話を聞いて気分が悪くなった?」

「……そうかもしれない」


ナマエを改造した理由に、戦う兵器が欲しかったというのは師匠から聞いている。その理由の中に、ボクの推測も混じっているのなら……どうしてか、顔を知らないナマエを変えた存在に対し、今まで感じた事の無い感情を覚えている。

表現しにくいんだけど、頭の中がナマエを変えた存在に対する強い感情……敵と対峙する時に感じているものに似ているようで似ていない。そんな感情をボクは覚えている。


「アルベドはナマエを変えた存在に怒っているんじゃない?」

「……怒る?」

「うん。私は今のアルベドからそう感じるよ」


これが怒り……ボクはナマエを変えた存在に対して、怒っているのか。今まで怒りという感情と思われるものを抱いた記憶はあるけれど、ナマエのことで今感じているものはそれを抜いているほどに強い。

その差は一体何なのだろうか。


「それで、アルベドは何で怒ってたんだよ」

「……これはボクの推測だ。それに女性にとっては聞きたくない話だと思う。それでも構わないなら話そう」

「この件に関わった以上、最後まで付き合う。だから話して欲しい」

「オイラもだぞ!」


二人はこれまで沢山の経験をしていることを知っている。他国での彼女達の活躍はモンドまで届いている。
だから二人は覚悟というものが強いと思うんだ。


「……分かったよ。だが、言ったようにあくまでボクの推測であることは分かって欲しい」


ボクは先程の推測を二人に話した……。当然、いい顔はしていなかったけれど、ボクの予想は筋が通っていると返答が返ってきた。


「遺跡守衛が耕運機のレプリカってことを前に聞いたことがあるんだ。だから、アルベドの言う通り、量産を目的としていた可能性はあると思う」

「そんな、どうしてナマエだったんだよ」


そう言ってパイモンはナマエ___とは言っても別人であるけれど___を見る。パイモンの視線を感じこちらを見上げたもう一人の彼女は、ボクたちの会話を聞いて何を感じたのだろうか。


「お前は何か知ってるのか?」

「いえ。私が知っているのは、オリジナルの存在は”私”によって上書きされ消滅する想定だったことだけです」

「な……っ、それはあんまりだぞ!!」

「設計者にとってオリジナルの存在は邪魔でしかない。だから”私”を造り、オリジナルの身体に送り込んだのです」


そんな経緯が……だから師匠がナマエの事を機械のようだ、と言っていたのか。


「でもナマエは存在したまま……その理由とかは分かるの?」

「設計者は”バグ”と言っていました」

「じゃあ君の見解はどうかな」


蛍の問いに対してもそうだが、もう一人のナマエは設計者の言葉でしか返さない。同じ身体を共有している存在として、何か分からないだろうか。


「……私は計算による結果しか理解できません。私にはその計算で測ることができないもの……理解できない未知の内容があります」

「未知の内容?」

「はい。それは”本能”というものです」

「本能……」

「私は設計者によって埋め込まれたプログラムによる動きしかできません。私の行動はすべて『教え与えられたもの』という位置づけになります。ですが、生命というものは本能という概念が存在する。細かに理解はできていませんが、オリジナルが私の存在に上書きされなかったのは『生存本能』というものに該当するのではありませんか?」


生存本能。
命あるものは死にたくない、という気持ちを抱いている。それは後天的に機械にさせられた彼女も例外ではなかった。だってナマエは元は純粋な人間だったのだから。


「……ナマエは生きたいと思っているんだね」

「だったら早く出てきてくれればいいのに。美味しいもの食べたり、楽しい思い出を沢山作りたいぞ!」


彼女達だったら、ナマエの良き友人になってくれるはずだ。だから怯えることはないはず。閉じこもる必要はないんだ。


「どうやったらナマエは出てきてくれるんだ?」

「……私からは回答はできません」

「え、どうしてだよ」

「オリジナルは私を拒絶しています。ですから、オリジナルの意思を読み取ることはできません」


もう一人の自分を拒絶している。では何故、拒絶しているのか。理由もなく拒絶することはないはずだ。そのことについて尋ねてみた。


「……以前までは前マスターの指示がないかぎり、私は眠っている状態でした。基本はオリジナルが自身の身体を支配し、マスターからのコマンドによって私が呼び起こされる仕組みです」

「同時にお前達が出ているってわけじゃないんだな」

「切り替えのコマンドがありますから。ですが、今は機能していません」

「どうして?」

「オリジナルが表に出ることを拒否しているからです」

「あ、そっか……そうだったな」


コマンドがある、か。
仮にナマエが戦う事を知らない普通の女の子だったと仮定しよう。……機械として改造した後、思うように運用のために別人格を入れ込み、それで彼女を支配するためのものだったのなら……よく考えられている。関心なんてしたくないのだけれどね。


「あなたとナマエは会話した事があるの?」

「いえ、会話はありませんが互いに認識はあります。……ですが、あの日を境にオリジナルは私を見る事すら拒絶するようになりました」


そう言ったもう一人のナマエは無表情に見えたのに、どこか哀愁を感じた。


「あの日について詳しく聞いてもいいかな」

「はい。……ですが、当時は損傷が激しく記憶媒体が上手く機能していなかったため、その記憶については抜け漏れがあります。それでもよろしいですか?」

「構わない。今分かる事だけで大丈夫だから聞かせて欲しい」

「分かりました」


もう一人のナマエは話し始めた。
彼女が指す『あの日』は、戦闘中の話だった。前マスターであり設計者である存在の命令の下、彼女は戦闘を行っていた。
しかし、とある攻撃により記憶媒体にダメージが入り、制御が効かなくなってしまったそうだ。


「その状況に陥った際は、マスターへとアラートを送信する仕組みになっています。ですが、当時はそのアラートが届かず、ダメージも酷くなり……私自身の制御が効かなくなってしまったのです」

「それって、暴走状態ってことか?」

「周りではそのように表現するのですか? であれば、それが正しいのでしょう」


記憶媒体のダメージによって制御が効かず、暴走状態へ陥った彼女は当時の記憶が朧気なのだという。命令も分からず、敵性反応を感知すれば攻撃に入る……もしかすれば、ボク達と接触したときの状態が該当するかもしれない。

だが、ボクが発見したときは停止していた。拠点に戻ったとき、僅かに意識を取り戻したように見えたけど……それっきりだ。
そのことについてボクは彼女に尋ねた。


「確か、停止する寸前に誰かがいた気がします」

「誰か? その人がナマエの暴走を止めたって事か?」

「恐らく。申し訳ございません、当時の記憶については私は知りません。ですが、オリジナルならば知っているかもしれません」


ナマエだったら知っているかもしれない?
その意味が分からず、首を傾げた。


「お前はナマエの記憶を見る事とかできないのか?」

「私は彼女の記憶を見ることは出来ないのです」

「同じ身体にいるのにか?」

「記憶の共有は可能でしょう。しかし、オリジナルが拒絶している以上、それは不可能です」


暴走したナマエを止めたという人物。何故その人物はナマエを完全に停止させなかったのだろう。
こうしてボクがナマエを見つけて、彼女は再起動を果たした。機械は完全に破壊しない限り何度でも復活する……つまり、ナマエを止めた存在は手加減をしていたという事になる。

もう一人の彼女がナマエの記憶を覗けないのなら、本人に直接問いただすしかないわけで。……でも、ナマエは閉じこもっているため現時点では不可能だ。


「何か、ナマエを引っ張り上げられる何かがあれば」


この現状に怯えずに済むのではないか、ボクはそう思い着いた。思い着いたのに、その現状を変えるための何かを考え出す事はできなかった。






2023/06/19


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