4:幽閉オルタナティブ



「ナマエじゃないって、どういうことだよ……!?」



ナマエの言葉に対し、パイモンが声を荒らげる。こちらに背を向けているため、アルベドの表情は分からず、その反応についても分からない。


「私には名前がありません」

「お前には名前がある、ナマエって名前があるんだよ!」

「その名前はこの器の主の名前です。私の名前ではありません」


どこかヤケクソになってそうなパイモンの発言に、ナマエはそう返した。
……器の、主?



「この器の主の名はナマエ。先程あなた方が話していた名前と同じです」



えっと、一体どういうこと……?
目の前にいるのはナマエで間違いないんだよね……?
もしかして、これがアルベドの言っていた二重人格のこと……?


「じゃあお前の名前は?」

「私に名はありません」

「あ、そうだった……」


同じ返答が返ってきてパイモンが額に手を当てる。名前はないというのは、今こうして会話している人物のことを指している、で良いようだ。


「でも、名前がないとどう呼んだら良いか分からないぞ」

「あなた方の呼びたいようにしてください。私はその指示に従います」

「それが1番困る奴なんだけど……」


でも、呼び方に困っているのは間違いない。けど、こういうのはパイモン考えるの得意だよね!
ということを本人に伝えると……


「おい蛍、オイラに押しつけるなよ!!」

「でも得意でしょ?」

「ボクからもお願いしようかな」


どこか期待する眼差し……に見えて圧をかけているようなアルベドの視線がパイモンを見つめる。


「アルベドまで!! うぅ……えぇっと、じゃあナマエその2!!」

「炎1みたいなネーミング……」

「だって!! 恥ずかしいあだ名を考えるのは得意だけど、ちゃんとしたのは専門外だぞ!!」


そう私に向かって怒るパイモンは気づいているだろうか……自身の背後からアルベドが冷たい目線で見つめていることに。
もしかしたら、適当なネーミングにちょっと怒っているのかもしれない……。例え自分が探していたナマエとは別人でも、彼女である事に違いないから、きちんとした名前を期待していたのだろう。

とりあえず私は目の前にいる彼女のことを『別人格のナマエ』と呼ぶことにしよう。



「キミはナマエと同じ身体を共有する存在だ。彼女について何か知らないかい?」



アルベドはパイモンから視線を外し、別人格のナマエへ問いかけた。
確かに、同じ身体ということで何かしら分かる部分があるのではないだろうか?
これもまた、勝手なイメージなんだけれどね。


「マスターアルベドの言う通り、私とオリジナルは1つの身体を共有しています。ですから、ある程度の様子は把握できます」

「オリジナル?」

「この器の主のことです。私は彼女をオリジナルと呼んでいます」


その言葉、聞き覚えがある……。あ、確かアルベドを襲ったとき、別人格のナマエは攻撃を外した。その時に言っていたはずだ『離しなさい、オリジナル』と。

やっぱりあの時ナマエがアルベドを守ったんだ……もう一人の自分の攻撃を止めようとして、表に出てきていたんだ。


「様子が分かるなら、今ナマエはどうしているんだい?」

「意識の奥深い場所に彼女はいます」


当然だけど二重人格の感覚がどんなものか分からないから、別人格のナマエが言っている事が理解できそうで理解できない。そんな感覚だ。

でも、奥深い場所ということはこう捉えることもできる……塞ぎ込んでいる、と。


「なんでそんな所にいるんだよ?」

「それは私にも分かりません。彼女が自分の身体を支配する気がないため、私がこうして出てきているのです。この身体はオリジナルのもの、主導権も彼女が握っています」

「なのにナマエは閉じこもっている……。キミが出てきたのは、敵を感知したから。そして、それに対抗するために攻撃をした……合ってるかい?」

「はい」

「本当に遺跡守衛みたいだな……」

「でも気になる事がある」


遺跡守衛や遺跡ハンター……所謂遺跡兵器は本当に停止している個体と、近付くと再起動する個体が存在する。ナマエの場合は後者だろうけど、どうして今まで何ともなかったのだろう?

それについて私は別人格のナマエへ問いかけた。


「それは、ボディの損傷と動力源が一定値まで回復したからです」

「動力源は何となく分かるけど、ボディって……お前は機械、なんだろ?」

「はい。ですが、人間でもあります」

「え? どういうことだよ」

「さっき話しただろう? ナマエはカーンルイア人であり、遺跡守衛のような存在だって」

「……まさか、」


アルベドの言いたい事って、ナマエは後天的に非人間へとなってしまったって事だった……!?
ということは、アルベトは最初からそのことを言っていたわけで。


カーンルイア人が受けた呪いではなく……人の手によって人間から外れてしまったってことになる。


「彼女は設計者の手によって完全な人間ではなくなりました。ですが、部分的に人間としての機能は残っています」


そう言うと別人格のナマエは両手剣を顕現し……その刃先に指を滑らせた。


「な、何してるんだよ!!」

「説明の為に必要でしたので。……こちらをご覧ください」


別人格のナマエが私達に差し出したのは、先程両手剣によって切ってしまった部分から流れる赤い液体……って、え?


「血がある……?」

「はい。彼女は機械として改造されてしまいましたが、血液が流れています。ですが、私が話したいことはこれではありません」


別人格のナマエが指に目線を落とす。それにつられるように私も視線を痛々しい切り傷のある指へと視線を移した。


「あれ、治ってる……?」

「自己再生機能。人間にも存在する機能がこの器に残っています。一部の同胞にも存在するようですが、設計者は敢えてこの機能を潰さずに残し、改良することで利用しました」


同胞……それは各地で見かけることのある遺跡守衛らの事を指しているのだろうか。
仲間意識は……まああるんだろう。各国を侵略する為に作られた存在なんだ、識別できるものでもあると思う。

そして、改良し利用というのは、尋常じゃない早さの再生スピードだろう。


「なるほど……ナマエを機械として改造はしたけれど、使えるものはあえて残してそのまま利用していたってわけか」

「そういうことになります」


アルベドはこの事を聞いて、どう思ったのだろうか。チラッと横にいる青年を見る。
視界に入ったアルベドは考え込んでいるようで、口元に手を添えて目を閉じていた。


「キミはそのことに関して、どこまで把握しているんだい?」

「後天的にとはいえ、私もオリジナルの器に存在する身です。洗い出すには時間がかかるでしょうが、調査は可能です」


どうやら別人格のナマエも全てを把握できてないようだ。それは本来のナマエが拒絶している影響だからなのか、それとも膨大な量の改造を施されているからなのか……どちらがナマエにとって気分が楽になることだろう。


「”自己メンテナンスモードに移行。完了までの時間を測定中……”」


そう言ってナマエは立ったまま動かなくなった。……なるほど、普通に口を開いて話す時とそうでない時があるのか。メンテナンスモードという単語は口を開かずに発していた。


「”計測完了。およそ1日の時間を必要とします”」

「そんなに掛かるのかよ!?」

「いや、それだけ掛かると言うことはナマエに施された改造が複雑だと言うことだ」


なるほど……機械の構造について詳しくないけれど、時間が掛かると言うことは、それだけ手を入れ込んでいるということ。工程が多い料理ほど時間が必要なのと一緒かな?


「分かった。もっと時間が掛かっても大丈夫だから、細部まで調べて欲しい」

「”マスターアルベドの命令を受理、実行します”」

「立ったままだとキツいだろう? ほら、そこに座って」


そう言ってアルベドはナマエの身体を支えながら座らせる。応答がなかったけど、調査に入ったからなのかな。



「というわけで、また明日出直すことになったよ」

「そうだな……」

「ボクの力だけでは調べきれないことも多くあるはず。だから彼女の中にいる存在に任せるしかない」

「ナマエその2じゃダメだったのか」

「口にしていないことが答えにならないかな」

「うっ」


やっぱり不満だったんだね……。そう思っているとアルベドは視線を椅子に座ったナマエに目を向ける。
こうしてみると綺麗な外見をしている。服装は遺跡守衛を彷彿させるデザインであるのは、あの場所でも分かっていたけど……ちょっと身体のラインが目立ちすぎている気がする。

白っぽいと思っていた髪色は、正確にはプラチナブロンドと呼ばれる色だった。アルベドとはまた違った色素の薄い髪色である。この辺りでは見かけない髪色であるのは間違いない。

瞳の色は遺跡守衛を彷彿させる黄色を映しだしている。しかし、表情が無である故か怖さを感じる。



『や、めて……っ!』



でも、アルベドへ攻撃するもう一人の自分を止めるために出てきたナマエは、泣き出しそうな顔でアルベドを見上げていた。あの時は淡い水色の瞳だったけれど……どういう原理で変化しているのだろう?


「なあなあ蛍!」

「うん? どうしたのパイモン」


ナマエについて考え込んでいると、声を潜めてパイモンが私を呼んだ。何事だと思い、パイモンの元に耳を近付ける。


「アルベドってナマエのことどう思ってるのかな? やっぱりそう言う事だったりするのかな!?」


どうやらパイモンはアルベドがナマエの事を好きなのではないかって思っているらしい。
少し離れた場所でナマエの様子を見ているアルベドをチラリと見るが……今目の前で見えている光景だけでは判断できない。

でも……



『……うん。彼女に話したいことが沢山あるんだ』



この言葉を告げた時のアルベドの表情は、今まで見た事の無いくらい柔らかな表情だった。妹のような存在であるクレーとはまた違ったもので……それを含めると、確かにパイモンの言っている事なのかも、と思いそうになる。


「じゃあ聞いてみる?」

「おう!」


何だかんだ人の恋路は気になるものだ。……正直、アルベドからは色恋のイメージが浮かばない。だからこそ気になっているんだけれどね。


「なあアルベド! アルベドはナマエのことどう思ってるんだ?」

「どうしたんだい、藪から棒に」

「いいじゃんかよ! オイラ達、アルベドとナマエの関係を知りたいだけなんだし!」


座っているナマエを静かに見守っていたアルベドが、どこか不思議そうな表情でこちらを振り返った。とはいっても、彼もナマエと同じく普段は無表情に近いくらい表情が固いんだけどね。


「ナマエをどう思っている、か。一言で表すなら”未知”かな」

「未知?」

「うん。ボクの知りたいと言う好奇心を刺激する存在だよ」


うーん、やっぱり実験をやってる人って感じの答えが返ってきた。私とパイモンが感じた違和感は気のせいだったのだろうか。


「なんかその答えだと、ナマエのことを実験対象として見ているようにしか聞こえないぞ」

「実験対象……それは違うよ」

「違うって?」

「当時まだボクが師匠と旅をしていたときから、ずっと解明できない存在なんだ。それも、師匠からヒントを貰っても尚、分からないままだ」


知りたい
それがアルベドがナマエに対し想う感情。


「オイラ達の予想は違ったのかな……」

「いや、こうとも解釈出来るよ」


知りたいと思うのは、その対象のことを好ましく思っているから。怪しむ様子をアルベドから感じないから、私の考えで合っているはず。

好きな人の事を知りたいってのは恋愛においてよくある話だよね!
稲妻の娯楽小説にもそんな記述があったし!


「おぉ、なるほどな! 流石蛍だぜ!」


なーアルベド!
パイモンはまたアルベドへと声を掛ける。


「話し足りないのかい?」

「おう! もう直球に聞くけど___アルベドはナマエの事が好きなんじゃないか!?」



本当に直球だね、パイモン……。でも気になるのは本心だし、と思いながらアルベドの返答を待つ。


「……好き。それは対象を好ましく思っているかって事だよね」

「まあそうだな」

「よく聞く内容ではあるけれど、ボクにはそれがどんな感覚なのか分からない」

「ナマエの事を女性としてみている、とか、クレーとは違った気持ちを持ってるとか……周りとナマエで持ってる印象が違ったりしない?」


私の言葉を受け、アルベドは口元に手を当て考え込む。ナマエから聞こえるピコピコと言った電子音が聞こえる中、数分考え込んだアルベドが顔を上げた。


「キミの言葉を受けて、ナマエとクレーも含めた他の女性を比較してみたよ。……確かに、ボクは、ナマエに対して他の女性達とは違う印象を持っている」

「おぉ!」

「こんなにも興味を惹かれ”知りたい”と思っているのはナマエだけだ」


これは(パイモンは分からないけど)私の思っていた結果ではなかった。でも、愛の形って様々って聞くし、特別な感情を持つことが恋愛なのだから……きっとアルベドはナマエのことを異性として、女性として見ている。私はそう感じた。


「これが、キミたちの言う『好き』という感情なのだろうか」

「オイラはそうだと思うぜ」

「私もそう思う」


友人に対し持つ好きとは違うもの……アルベドの言っていた内容はそれに該当するんじゃないだろうか。


「ボク自身にもまだ分からない事があることに驚きだよ」


不思議そうだけど、どこか腑に落ちているような……そんな表情を浮べているアルベド。今はアルベドの気持ちしか分からないけど、ナマエはアルベドに対しどう思っていたのだろうか。

……もう一人の自分の奥にいるという、本当のナマエ。どんな人物だったんだろう、早く会いたいな。






2023/06/10


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