雪山に眠る龍
『痛い……、熱い……』
ドラゴンスパインに踏み入れて暫く。
まるで頭の中に直接話しかけているかのように、その声が聞こえた。
『誰か、だれか……助けて』
その声が聞こえたのは、後にアルベドさんが教えてくれた、ドラゴンスパインに眠る龍の遺骨が見えた頃。
思わず足を止めて、視界に見える巨大な遺骨を見る。
……その声は、アルベドさんがやってきたことで聞こえなくなってしまった。一体、誰の声だったのでしょうか。周りを見た限り、誰も気づいていないようで。
私の気のせい、だったのでしょうか。
……気のせいであれば、よいのですが。
***
「へぇ、氷元素を操る仙人なのか。元素生物に近いから、氷元素となると炎は基本的に弱そうだね。うん、ますます興味がわいたよ」
現在、場所はアルベドの拠点だ。
俺達は椅子に座って、アルベドが用意した温かい飲み物を頂いていた。……のだが、名前がその熱さに驚いてしまい、冷やしていたのを見たアルベドが、少しだけ彼女について聞いたのだ。
その結果、アルベドの興味を更に引いてしまったらしい……。あぁ、俺の隣に座っている
の顔が少し怪しくなってきた。機嫌が悪いという意味で。
「……そんな不機嫌な顔をしないでくれ。ちゃんと約束は守るよ」
「口約束は信用できん。名前のことであるなら、尚更だ」
「ならば璃月らしく、契約した方がいいのかな?」
「そ、そこまでしなくても……。
、空さんとパイモンさんのご友人なのだから、悪い人ではないはずよ」
「………」
名前の説得で黙ってしまった
。少しは俺も信用してくれているみたいだけど、何よりも名前の言葉には弱いらしい。
「さて、本題に入ろうか。今回、キミにお願いしたいのは先程見て貰った龍の心臓の熱を下げてほしい、というものだ」
「心臓?」
「ああ。後で実際に見て貰うけれど、まずは口頭で説明させてほしい」
アルベドは今回の依頼の件について話し始めた。
ドラゴンスパインの気温上昇……それが何の前触れもなく、突然現れたという。当初は自然環境のバランスが崩れる可能性があるからと、アルベドは調べていたらしい。
「調べていくうちに、その心臓部分の空洞が最も熱を出していることに気づいたんだ」
ドラゴンスパインは極寒の大地。だからこそ、何の前触れも無く変化があったことにアルベドは疑問を抱いた。
そして、その異常な熱さも疑問に思った要素の一つだった。この極寒の地で3桁に近い温度が計測されたのが驚きだったらしい。
「それでもこの地は何も変化がないように、いつもの景色を見せる。ボクは時間があればここに滞在するようにしているんだけど、今のドラゴンスパインは普段より温かい。この地を調査したい人にとっては好機かもしれないけれど、突然起こった事象だから、何か裏があるようにしか思えないんだ」
ドラゴンスパインでは異常なことだというのに、変化がない様に見える。不思議な現象として片付けることが、アルベドにはできなかった。
「なるほど……。確かに、望舒旅館から運ばれた冷気が最近温かい気はしていたのですが、この異常事態が影響していたとは」
「元々この龍……あぁ、そう言えば名前を言ってなかったね。あの龍の遺骨は、ドゥリンという龍の遺骨で、その龍の心臓は本人が死しても尚、生きているかのように温かいんだ」
「ですが、今はその心臓が異常な熱を放っている、と」
「ああ」
アルベドの話を聞いて、名前は腕を組み考え込む。
龍という存在を彼女が知らない訳がない。彼女が契約を結んだ神は、龍の姿もできると記録がある。それが定かであるかは分からないけど、割と身近な存在ではあるだろう。
それ故に、何か考えがあるのかもしれない。そう考えながら、俺は自然と名前へと視線を向けていた。彼女がアルベドの言葉を聞いて、何と答えるのか気になるから。
「いつか、このドラゴンスパインをただ寒い雪山という認識から変えたい気持ちはある。けれど、今の状況のような形は望んでいない」
「アルベド……」
「この地はボクにとって……複雑だけど、思い入れの強い場所なんだ。どうか、頼めないだろうか」
アルベドが名前へと問う。その淡い水色の瞳を、青緑の瞳が捉える。
「……この地に詳しい貴方の言葉です。異常事態であることは間違いないのでしょう。私もこの身を持ってドラゴンスパインの気温を感じていますから、偽りではないと思っています」
さっき、名前は望舒旅館からドラゴンスパインの冷気を浴びているって話してたっけ。その違いが分かるなんてすごいや。
これは、彼女が冷たいものを好んでいるからなのか、仙人故の業なのか……俺的には前者を推したい。
「空さんから聞いたのですが、この異常事態がモンドや璃月に及ぶ可能性があるのですよね?」
「あくまで可能性だけれど、0とも言えない。まだ調査の段階だから、ドラゴンスパインに留まっていることが幸いとも、ドラゴンスパインだけに起こりえる異常事態とも言えないんだ」
「なるほど。……ありがとうございます、アルベドさん」
名前は席を立つと、カップを自身が座っていた椅子へと置いた。そして、空洞の出入り口……ドラゴンスパインの景色が見える場所へと名前は足を進めた。
「先程貴方が仰った、ドゥリンという龍……。龍の存在は例え死しても、関わっている可能性があるのであれば無視することはできません。その龍の心臓に何か異常があるのであれば、早めに確認しなければ」
ドラゴンスパインの景色を背後に、名前が振り返る。外は軽く風が吹いているのか、彼女の髪や衣服が靡いた。
「……その言葉は、依頼を正式に受けた、と捉えて良いかい?」
「はい。貴方の依頼、お受けします」
「ありがとう、名前」
これで、正式にアルベドの依頼は受理された。
名前は璃月を守る為の行動ではあるだろうけど、アルベドにとっては救いの手だろう。
名前は元素生物に近い存在、彼女が放つ氷は純度が高い。それに仙術が加われば、もしかしたらこの異常事態もすんなり上手くいくかもしれない。なんて、安直な考えだけれど。
「皆の準備が整っているなら、目的地へ出発したい。ここにいても話は進まないし、実際の心臓部分へ行こうと思うんだけど、どうかな?」
アルベドの問いに全員が問題ない旨を答えた。不確定要素を認知している状態だ、のんびりしている暇はない、というのが俺の意見だけど、名前と
はどう考えていたのかな。
「分かった。それじゃあ出発しよう」
全員の回答を見て、アルベドが出発しようと声を掛けた……その時だった。
「アルベドおにいちゃーーーん!!」
この場所に似合わない、明るく元気な声が聞こえたのは。
そして、その声は俺とパイモンが良く知る声だった。
「く、クレー!? なんでここに!?」
そう。今パイモンが口にした名前の通り、クレーである。
クレーはモンドの西風騎士団の火花騎士で、アルベドの妹的存在である。なので、ここへ来ることは別に不思議ではないんだけど……なんで来たのだろう、とは思うわけで。
「アルベドお兄ちゃん、最近ずっとモンド城にいないから……」
なるほど、読めた。
きっとアルベドはドラゴンスパインの異常事態に気づいてから、モンド城へ帰っていないんだ。それはつまり、西風騎士団にも顔を出していないことと、クレーにも会えていないということになる。
「ジンとリサに頼んだはずなんだけどな……」
一応、面倒を見てほしいとジン団長とリサさんには頼んでいたみたい。ということは、クレーは寂しさに耐えられずここまで来た、ということか……。
「あれ!? 栄誉騎士のお兄ちゃんとパイモンちゃんだ!」
「久しぶりだな!」
「うん! それと……このお兄ちゃんとお姉ちゃんは?」
クレーは俺たちに気づくと挨拶してくれた。その次に目線が行くのは……当然、
と名前だ。だって、彼女からすれば知らない人になるのだから、気になるに決まっている。
「2人はボクの協力者なんだ」
「そうなんだ! はじめまして、クレーだよ!」
アルベドの知り合いと解釈したのか、クレーは2人に駆け寄って自己紹介をした。
「初めまして、クレーさん。私は名前といいます。隣のお兄ちゃんは
といいます。よろしくお願いしますね」
「名前お姉ちゃんと、
お兄ちゃんだね! 分かった!」
名前はクレーの目線に合わせるように屈むと、自分と
の名前を告げる。クレーの言葉に合わせているようで、2人のやり取りがなんとも微笑ましい。
「……」
対する
は何故か目線を逸らしている。そして、心なしか少し顔を赤くして気まずそうな顔をしている。
……もしかして、名前が
の事を「
お兄ちゃん」と言った事に照れてる?
定かでは無いけど、間違いなく名前関連で照れているはず。これだけは、はっきりと分かる。
「クレー。ボクたちはこれから調査に出るから、一緒に遊べないんだ」
「えーっ!! そんなぁ……」
そんなクレーだが、騎士団にいるのが飽きてしまったのか、アルベドに遊んでもらいたかったみたい。だけど、丁度今から出発しようとしていたところなのだ。残念ながら遊ぶことは出来ない。
けど、入れ違いになる前に伝えられて良かったと思う。それだけは幸運だ。
「じゃ、じゃあ! アルベドお兄ちゃんのお手伝いする!」
どうやら、何がなんでもアルベドと一緒にいたいクレーは、手伝いという名目で付いて行きたいらしい。そんなクレーの言葉に反応した者が。
「止めた方が良いですよ、クレーさん。ドラゴンスパインは幼子が気軽に訪れて良い場所ではありません。雪道で滑らせてしまったら、大変です」
そう、名前である。
小さな子がこんな危険な場所に……という気持ちなんだろうけど、実はただの子供ではないのがクレーである。
「大丈夫だよ、名前お姉ちゃん! クレーはね、火花騎士だから!」
「ひばなきし?」
「クレーは西風騎士団の1人で、火花騎士って呼ばれてるんだ!」
「それは異名のようなものか?」
「それに近いと思ってくれていいぞ」
名前と
が問うた質問にパイモンが全て答える。
つまり、クレーはちゃんと役職に就いていて、戦える人だということだ。
「こんなに幼い子だというのに、西風騎士団の一員だったとは……」
「自由が象徴だからかな」
「ま、まあそれで大丈夫なのなら私は考えないでおきますが……うーん、やはり心配です」
「ドラゴンスパインは何度も来た事あるから、心配しないで!」
「そこまで言うなら……分かりました。土地勘があるのであれば、私が言えることはありません」
それに、アルベド関連だからなのかは定かでは無いけど、クレーはドラゴンスパインには何度か来た事があるらしい。そう言われてしまえば、名前は納得するしか無かったようで、渋々と言った様子で頷いた。
「なら、クレーは寒さ対策で各所に設置されている松明に火を灯して貰おうかな」
「分かった! 任せて、アルベドお兄ちゃん!」
というわけで、飛び入りでクレーも同行する事になった。名前の顔は未だに心配が残っているけれど……。
***
『痛い……、熱い……』
まただ。
また、聞こえた。
『誰か、だれか……助けて』
救いを求める声が。けど、先程と違って、段々とはっきり聞こえるようになっている。
「……一体、どこから」
近くにいるはず。
どこに、どこにこの声の主はいる?
「どうした、名前」
「
。えっと、その……」
私の様子に気づいたのか、
が話しかけてくれた。不思議そうに私を見る瞳に、彼にはこの声が聞こえていないんだと分かる。
……助けを求める声が聞こえる。それを伝えたら、
は信じてくれるだろうか。
「言ってみろ。我はお前の言葉を意味も無く否定しない」
……いいえ、
はまずは話して欲しいと言ってくれる
仙人
ひと
だったわ。まぁ、内容次第では否定をしてしまうのだけど、本人が言うように口出しすることを禁じたりはしない。
「……実は。アルベドさんの拠点近くに来たときから、声が聞こえるの。助けを求める誰かの声が」
2024/03/03
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