毒龍の心臓
「着いたよ。ここがさっき説明した場所だ」
アルベドの拠点の真下まで移動した俺達。あぁ、ちなみに飛び降りて移動したわけじゃ無いよ。ちゃんと道なり……に来たはず。
というわけで、目的地であるドゥリンの心臓部分にあたる空洞へ到着。……正確には。50メートルほど離れている。なぜなら……
「まさか、ドラゴンスパインで熱いと思う日が来るとは……」
今いる位置で熱いと感じているからだ。
パイモンもその熱さを感じているようで、俺の後ろに隠れている。……って、俺を壁にしないでよ!
「平気か、名前」
「な、なんとか……」
となると、熱さに弱い名前はもっと酷いのでは……そう思っていると、後ろから
と名前の会話が聞こえてきた。名前の声はいかにも熱さにやられてますって声だ……。
振り返れば、
に支えられる形になっている名前が。顔には汗だと思われるものが見えた。
「大丈夫かい? もう少し離れようか」
「いえ、大丈夫です……今からこの周辺を冷やしますので」
アルベドの問いに名前はそう答えると、
の支えなしで立つ。そして、愛武器である長柄武器を顕現させると、そこに力___おそらく仙力だろう___を集中させると、勢いよくその場に突き刺した。
「わああぁ……だんだん涼しくなってきた……!」
名前が突き刺した武器から広がる輝き。それが広がると同時に、涼しさを感じた。クレーは口に出していなくとも、熱さを感じていたのか、涼しくなったことに喜びの声をあげた。
「一体なにを?」
アルベドは名前がやったことに疑問を持ち、それについて問いかけた。
名前は武器を消すと、アルベドの方へと顔を向けた。
「私の仙力で周囲を冷やしています。普段から私は冷気を無意識に放っているのですが、その制限をなくすと同時に、出力をあげました」
確かに、前にそんなことを言ってたっけ。
いつもは制御をかけていたけど、それを無くしてもっと冷たい空気を出すようにしているのか……。これは、名前という存在にしかできない芸当だろう。
「そんなことが可能なのか……仙人とは想像以上の力を使えるらしい」
アルベド、今どんな顔をしているか分かってる?
めちゃくちゃ研究したいですって顔してるよ。気になるのは分かるけども!
「私のそばにいる限り、皆さんを熱から守れます。ですので、離れないようにしてください」
「はーい!」
名前の言葉に元気よく返事をしたのはクレーだ。名前は近づいてきたクレーを見て、ニコッと笑みを見せた。
クレーは様々な人に好かれる子なんだけど、今回も例外ではなかったらしい。あの様子だと、名前はクレーを気に入ったのだろう……。
「確かに氷は熱に弱いですが、その熱を下げるほどの冷気があれば勝てるのですよ!」
「名前、本当に熱いのが嫌いなんだな……」
その一言で伝わった。名前がいかに熱いのが苦手なのかってことが……。
「その原理は理解しているから大丈夫だよ。ただ、この異常な熱さを中和してしまう君の力に感心していたんだ」
「名前の冷気は絶対零度だもんな!」
「随分と簡単に言うね。けど、この熱を簡単に凌ぐ冷気を出してしまうくらいだ、本当に可能なんだろうね」
ああまずい。どんどんアルベドが名前に興味を持ってしまっている!!
同時に
の機嫌も悪くなってしまう!!
……なんで俺、そんなことを心配してるんだろう。
「……」
「そんな怖い顔をしないでくれ、
。名前と約束した通り、常識の範疇で修めるから」
「……ふんっ」
アルベド、ちょっと楽しんでない?
彼にとって
の反応が面白くてしかたないんだろう。璃月人だったら恐ろしくて絶対やらないって人ばかりなのに……いや、これはアルベドという人物自体の話かもしれないな、うん。
「なんで
お兄ちゃん、機嫌が悪いの?」
そんなことを思っていると、クレーが疑問の声を上げる。いや、ずっと前から気にはしていたんだろう。
なぜなら、クレーが乱入する前に実験話をしていたからだ。なので、クレーが来た時点でも若干機嫌が悪かった。
「それはだな、名前が嫌な想いをしないか心配してるからなんだぜ」
どうして機嫌が悪いのか。
その問いに答えたのはパイモンだ。
「そうなんだ!
お兄ちゃんは優しいね!」
「当然だろ! だって名前は
の…」
「おい、もういいだろう」
パイモンの回答でさらに気になったのか、クレーは再度問いかけた。
その問いにパイモンが答えようとしたが
が割って入り、会話が区切られてしまった。
「名前お姉ちゃんが
お兄ちゃんの……なに? それに、アルベドお兄ちゃんは名前お姉ちゃんとなんの約束をしたの?」
「その質問は後にしようか、クレー」
「はーい……」
止められてしまったが、やはり気になるようで、名前と
をチラチラとみている。それに二人が築かないわけがなく。
「アルベドさんの言う通り、後でたくさんお話ししましょうね。この場所は長居……ずっといる場所としては、あまり良くないですから」
「わかった、名前お姉ちゃん!」
さっき、名前がクレーを気に入ってるのではって思ったけど、クレーも名前に懐いているように見える。優しいもんな、名前……おっと、ここまでにしておこう。
の視線が怖い。
「名前のおかげで直に確認できるよ……これが、ドゥリンの心臓だ」
のんびり話していれば、50メートルなんてあっという間だ。
すぐに目的の場所についてしまうのだから。
「これが、龍の心臓……」
俺たちの目の前にあるのは、この地…ドラゴンスパインで眠った龍、ドゥリンの心臓だ。ドラゴンスパインでは珍しく温かい場所なんだけど……。
「なんかいつもより温かい気がするな……。名前がいなかったら、オイラたち、溶けたかもしれないぞ」
「人間の体にも、熱に耐えられる限度がある。だから君の言う通り、名前の力がなければ入ることは不可能だろうね」
「けど、なんで急に高熱を出しだしたんだ?」
今は名前の力がなければ近づくことが不可能であるほどの熱を持っている。この心臓が原因で、ドラゴンスパインが異常な地になっている。
なぜ突然起こってしまったのか。それを調べなくてはいけない。
「……目視だけでは異常は見られない。だけど、突然起こったと断言もしにくい。何か要因があるはず」
アルベドは心臓をじっと見つめ観察している。……だが、特に情報は得られていないみたい。俺もできる限りで調べてみたけど、何もわからない。元素視覚で見てわかることは、異常な熱を持っているということ。ただそれだけだ。
「なぁ二人とも。おまえたちは何か感じたりしないのか?」
ふと、パイモンが名前と
に問いかける。
そういえば心臓部分の空洞に来てから、二人はほぼ声を発していないような……。
「声が聞こえます」
「え? 声?」
「はい」
そう思っていると、パイモンの問いに名前が答えた。だが、名前の返答は斜め上のもので。
「ボクには何も聞こえないけど……」
「クレーにも聞こえないよ」
「オイラも何も……空は?」
パイモンの問いかけに首を横に振る。じゃあ、聞こえているのは名前と
だけ?
「我にも聞こえていない。どうやら名前だけにしか聞こえないようだ」
と思っていたところ、
にも聞こえていないとのこと。だけど、その発言からして
は名前に声が聞こえているという事実は知っていたみたいだ。
「やはり、私だけにしか聞こえてなかったんですね」
「詳しく話してくれるかい?」
アルベドの問いに名前は頷くと、口を開いた。
「はい。実はアルベドさんの拠点付近から、ずっとある声が聞こえていたんです___『熱い、痛い。誰か助けて』と」
名前が聞こえていた声は、助けを求める声だった。そんな声聞こえていれば、まっさきに気づく自信がある。なのに、なぜ名前にしか聞こえない?
「待って。今、熱い、痛いって言ったかい?」
「はい」
「……まさか」
アルベドは名前の言葉を聞いて、心臓部分へと視線を向ける。
……まさか、アルベド。その声の主が……
「今も尚、私の頭に響いています。その声は……この心臓部分から聞こえてきます」
「な、なんだって!?」
「……ドゥリンの声、だというのかい」
この心臓の主、ドゥリンと予想している?
確かに龍は強い種族で、その生命力は各地でも聞く。だけど、ドゥリンは……アルベドの創造主、レインドットが創り出した存在。すなわち、アルベドの兄弟でもあるわけで。
しかし、仮にも龍という存在で創り出されたから、生命力は極めて高い。現に生命力は今も尚、ドラゴンスパインの各地で確認できる。
そのため、その力を狙う者がこれまでに存在した。前なんか多くのファデュイと戦闘したものだ。
「ドゥリン……この心臓から聞こえているとなれば、その可能性は高いでしょう」
「なんでこんなことに……名前、会話とかできないのか?」
「……試してみます」
パイモンの言葉に名前はそう答えると、心臓部分へ近づいた。それと同時に俺たちを守る冷気がさらに低くなった。
その意味を知る前に、俺は目を見開くことになる。
「名前……!?」
なぜなら、名前が心臓部分に触れたからだ。明らかに高熱を出している場所に触るなんて、危険に決まってる!
だった止めに入るはず……って、あれ?
「なんで止めないの?」
は腕を組み、黙って名前の様子を見守っているだけだった。名前が熱に弱いのは誰よりも分かってるはず……!
「それが名前の意思だからだ。無論、危険と判断すれば止めている」
なんだ、ちゃんとわかっていたんだ。そして、名前の意思を尊重していたんだね。
でも、やっぱり心配なんだ。だって、俺との会話が切れたらすぐに名前の方に視線を移したんだもの。そうとしか思えない。
「……! これは、」
「なにかわかったのか?」
パイモンの言葉に名前が頷く。
彼女は一体、何が分かったというんだろう。嫌なことでないといいんだけど……。
「この心臓のものと対話はできませんでしたが……この異常な熱さの原因は分かりました」
「教えてくれるかい?」
「はい。この熱の原因は___妖術です」
「よ、妖術?」
なんと、名前は心臓の熱の原因が妖術だというではないか!
「ようじゅつってなぁに?」
「そうですね……簡単に言えば、相手に悪い術をかけることを言います」
「じゃあ、この龍さんは悪い術を掛けられて熱を出してるの?」
「はい。人間でいう、重い風邪の症状と言えるでしょう」
術の影響で熱を出していた、か。
ならば、その術をかけた者がいるということだ。
「! もしかして、誰かがドゥリンの生命力を狙っている?」
「どういうことだ」
「気になる内容ですね」
「実は……」
そうだった、
と名前はドラゴンスパインで起きたことを知らないんだった。いや、知ってたら逆になんでってなるんだけれど。特に名前は。
俺はパイモンと一緒にドゥリンの心臓を狙った者がいたこと、その手段などを伝えた。……カーンルイアの技術が混ざっている可能性があることについては除いて。
「龍という存在に詳しいわけではありませんが、その生命力が強力なものであることは知っています。まさか、それを狙う不届き者がいるとは」
「この心臓を狙う者は、悪だくみを考えているということで良いか」
「可能性ではあるけど、それ以外は思いつかないかな」
「……確かに、空の発言はありえそうだ」
伝えるべきことを伝え終えたところで、ではこの状態をどうしようか、という話になる。
「まずは私の仙力で術の解除を試します。術者が誰かは分からない以上、放置できないものを優先すべきです」
「だな。だれがこんなことをしたのかは、その後にしよう」
「名前、君にお願いするよ。この熱を冷ませるのであれば、どんな方法でも構わない」
名前の提案を誰も否定しない。つまり、先にこの高熱をどうにかしようという話だ。
「分かりました。では皆さん、少し下がっていてもらえますか? 巻き込まれると危ないですので」
名前の指示に従い、誰もが一定の距離を取ろうと行動した……その時だった。
「え?」
突然、俺の隣を横切る早いなにか。その影は2つ。
それを認識した時には、目の前で大きな音が聞こえた。
「おや、気配を消していたはずなのだが……なぜ分かった?」
その大きな音は爆発音だ。だが、誰も負傷した様子はない……なぜなら、俺たちを守るように氷の壁が展開されていたからだ。
その壁が崩れると同時に、声が聞こえた。その声の主は、崩れていく氷の壁から現れた。
「あ、アビスの詠唱者!!」
そこにはアビスの魔物……炎元素を操る、アビスの詠唱者がいた。なぜここに!?
「我らを愚弄するか、妖魔」
「不意打ちはさせません」
先ほど、俺の横を横切った影の正体は、
と名前だったようだ。二人は誰よりも先にアビスの詠唱者に気づいたようで。さすが、戦闘の数を踏んでいるだけある。
「この気配……仙人か。こんな場所で会うとは珍しい」
愉しそうに話すアビスの詠唱者に、
と名前は警戒を緩めない。しかし、誰もが何となく気づいていた。
「……あなたが、このドラゴンスパインで起きている異常事態の元凶ですね」
「それすら分かってしまうとは! 仙人とは万能らしい!」
「同じだったのですよ……あなたが先ほど放った術に含まれた力と、あの心臓にかけられた術の力が」
「……ほう、どうやら隠すことは不可能なようだ」
この魔物がドゥリンの心臓に細工をした、ドラゴンスパインの異常事態の主犯であると。
「我らの野望を奪われるわけにはいかない……ここで灰となってもらおうか!!」
アビスの詠唱者が魔術師を呼ぶ。
……どうやら、戦闘は避けられないようだ。
2024/03/11
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