開演、銀凰の舞


※とある人物について捏造あり
※間章1幕「風立ちし鶴の帰郷」のとあるストーリームービーの内容を参考にした箇所あり。敢えて語るような台詞にしています。



「これが、今の人間達の音楽ですか……」



時間帯は夜。
舞台裏から私はとある少女達の公園を見ていた。


「何と表現すれば良いのでしょう……? 激しい、とか?」


自然と自分の口元に添えられた手が顔に触れる。それと同時に違和感を覚えた……って、そうだった。


「結局雲菫さんに乗せられて、専用の衣装に着替えたのでしたね」


元々私の普段着を兼ねた戦闘着は、白を基調としている。あれは弥怒さんが作ってくださった衣服だ。私はとても気に入っている。
けど、この衣装を受け取った当時、は不満そうだったわね。結局理由は今でも教えて貰っていないのだけど。そろそろ話してくれるかしら。


「あ! 貴女はあの時の!」


色々考え込んでいると、聞き覚えのある声が聞こえた。
そこには見覚えのある少女がおり、2つに結んだ髪を揺らしながらこちらへ駆け寄ってきた。


「久しぶりだね、無さん! いや……名前仙人って呼んだ方がいいのかな?」

「! ……いつから私が人ではないことに気づいたのですか、胡桃さん」


往生堂の者だと一目で分かる服を着た少女……あの日、薄れ行く意識の中聞こえた彼女の声と、彼女に向けられた名前らしき言葉を覚えていた。胡桃というのは彼女の名で合っていたようだ。


「ずっと前から知ってるよ。だって、往生堂と貴女の思想は似ているもの。そうでしょ?」

「では、私が抱く思想を当てて頂けますか?」

「勿論! ……貴女は死者に優しい人だって、代々から伝えられてるんだ。瑞相大聖」


両手を後ろで組み、少しだけ首を傾げながらそう告げた胡桃さん。……どうやら、私について知る人間は思っていたより身近に多くいたらしい。


「それに、貴女の旦那さんから色々聞いてるんだ!」

「あら、あの人をご存知なのですね」

「うん! 貴女のことは名前だけしか分からなかったから、こうしてお話ししたかったんだ!」


初めましては、かなりドタバタしてたからね〜
彼女の言う通り、初対面の時私は記憶を無くしていて、更には酷い頭痛に襲われて動けなかった。そして、ファデュイに攫われて迷惑を掛ける……。仙人だというのに情けない……。

それに、を知っているなんて。まぁ、望舒旅館のオーナーさんからは割と不特定多数の人間に存在を認知されているそうだから、不思議な話ではないわね。彼女のその一人だってことだ。

見た所、彼女は20年も生きていないだろう。
お互い顔を知らなくても当然だ。私は200年もの間、璃月を離れていたわけだし、私がまだ璃月にいた頃には胡桃さんは誕生していなかったもの。


「あ、でももうすぐ出番だよね?」

「へ? 何故私が出演者だと分かったのですか?」

「ふっふー……。雲菫から聞いたんだ!」


どうやら胡桃さんと雲菫さんは友人のようだ。雲菫さんを通して、私が出演することを知ったそうだ。


「凰の舞、名前だけなら知ってるよ。だから、実物を見れることが楽しみ!」


頑張ってね、名前仙人!
そう言って胡桃さんは去って行った。……彼女は炎のように明るく、眩しい方だ。暑さが苦手な私でも、彼女という炎なら平気かもしれない。

胡桃さんと会話した事で、緊張がほぐれた気がする。……うん、今なら最高の状態で舞えるはず、凰の舞を。


「……あの人は、見に来てくれるかしら」


1ヶ月近く、俗世との関係を絶ち、雲菫さんと今日の為に練ってきた。その間、雲菫さん以外の人とは会っていない。……当然、とも。

200年ぶりの舞だけれど、彼にも見てほしい。……海灯祭という、最高の舞台で。


「名前さん、出番ですよ」

「はい、雲菫さん」

「沢山のお客さんが貴女を待っています。さあ、行ってきてください!」


雲菫さんに見送られ、私は公演の舞台へと踏み入れた。



***



「……!」


段々と明るくなる視界。
それと同時に、大きくなる歓声。

目を開ければ、目の前には沢山の観客が私を見ていた。


「あ、名前が出てきたぞ! なんだよあいつ、めちゃくちゃ綺麗な服着てるじゃんか!」

「ひゅーっ! 名前さーん!」


その中には見知った顔が何人も。空さんにパイモンさん、先程別れたばかりの胡桃さんに雲菫さん……それに。


「な、なんで名前さんがここに……!?」

「あれ、知り合いかい?」

「あ、名前さんだー! おーい!」


重雲さんに彼の友人と思われる少年、そして香菱さんも。
……これは、良い所を見せなければ。こんなにも期待の目を向けられているのだから。

一度深呼吸し、私は横へ首を向ける。
そこには、雲菫さんとこの日の為に準備してきた際に知り合った、音楽担当の方達だ。目が合うと彼らは頷いてくれた。

当時、私がまだこの舞を当然のように待っていた時、音楽に心得のある同胞達が演奏し、私が舞う。その頃を思い出しながら雲菫さんに、演奏者達に音色を伝えた。


そして、それが今___海灯祭という最高の舞台で1つとなる。



「”これよりお話しするは、氷の力を持ちし小鳥と、塵を操りし者の物語”」



雲菫さんから教わった演劇、名を京劇というもの。
この演劇については前から知っている。これでも長く璃月で生きているし、人間が生み出す文化は面白く興味深いものが多かったから、いつか見てみたいと思っていた。

だけど、まさか私がそれを実演することになるなんてね。生というものは、何が起こるか分からないものばかりだわ。


そう思いながら、私は細氷が発生させた。これは、雲菫さんから語り始めた頃合いに細氷を発生させるようにと指示があったのだ。正直に言えば、凰の舞に細氷は必要ない。あの時は、凰の舞を知りたいと目を輝かせた雲菫さんへのささやかな贈り物だったのだ。

だが、雲菫さんは細氷を含めた凰の舞を大層気に入ったようで、どうしても演出に組み込んでほしいと言われた。……彼女のおかげで、この素晴らしい舞台で凰の舞を舞えるのです。頼みを断れるはずがありません。


「”小鳥は心を固く閉ざす。氷のように、固く冷たく”」


今から演劇で見せ伝える内容、それは……私と帰終様とのお話。
雲菫さんは私が仙人であることを聞くと、ありとあらゆる場所から私についての資料が残っていないか探したらしい……。

そんな中、私の生に興味を持った。どのような道を歩んだのか、どのような経験をしたのかと。


「”力ある者は小鳥の力に手を伸ばす。欲する力、それは守護と治癒を兼ねた神秘の結晶”」


自分のこれまでについて話す事は、恥ずかしいこともあれば、辛いこと思い出すことでもあった。それでも、雲菫さんは真剣に私の話を聞いてくれた。

その時の彼女の表情が、尋ねなくとも語っていた。私の生を真摯に受け止めてくれていることを。


「”邪悪な力を持つ者により、閉ざした小鳥の心。その氷を溶かしたのは、邪悪とは違う強大な力を持ちしながらも、穏やかで優しき心を持つ者”」


雲菫さんは私の話を聞いた上で、どのような演劇にするか一緒に考えてくれた。私はこの舞を帰終様のために舞いたいと思った。この海灯祭という、英雄を追悼する祭典で。


「”小鳥はその手の温もりを抱きしめた。その温もりは氷を徐々に溶かす”」


この衣装は帰終様のお召し物を参考にしたものだ。
元々私の戦闘着は、弥怒さんが帰終様のお召し物を参考に作られていたけれど、この衣装は、より帰終様のお召し物に似ている。


「”一面に咲き誇る琉璃百合の花園は、小鳥と心優しい者が共にする場所”」


無意識だったけれど、どうやら帰終様について話す私は生き生きとしていたらしい。だからなのか、この衣装を作るに当たって、帰終様の衣装をおまーじゅしないかと言われたのだ。

……おまーじゅとは、異国語で尊敬・敬意という意味だという。うん、私が帰終様に抱く気持ちと同じだ。


「”小鳥が花園を力強く羽ばたく姿は陽の光に反射し、虹色に輝く。その光は、吉兆の輝き”」


貴女のおかげで、私は怯え続ける日々を抜けられた。貴女が私の為に割いてくださった時間は、私にとってかけがえのない宝物です。


「”やがて小鳥は瑞鳥へと成長し、人々の希望となった”」


夜叉としては弱気で戦う事が苦手な私が、誰かの為に戦う事ができたのは、貴女は私の氷を”綺麗”だと言って下さったから。
その言葉は、今でも私を支えている。自信が付かない私でも、貴女から直接賜った言葉が、瑞相の名が……帰終様から頂いたものすべてが。


「”心優しき者は塵となり、土へ帰った。瑞鳥は嘆きながら、世に帰る姿を見届けた”」


物語は終盤へと入る。……ここは、帰終様との別れを表現する場所。
初めに発生させていた細氷が止む。それは、あの人が土へ帰った所を表現するためだ。この細氷は、言い換えれば帰終様の塵を表現したものと言って良い。

……これだけなら、ただの悲しい物語だけだ。
しかし、この物語は悲しみを乗り越える・・・・・ことが大事なのだ。



「”瑞鳥は心優しき者の意思を継ぎ___人々の希望として、前を向き続ける”」



何故なら、この物語は___私のこれからに繋がるお話なのだから。
私の過去を聞いた雲菫さんが、私の背中を押すために話を纏め、演劇に落とし込んで下さった物語。

だからこそ、私はこの物語を実現しなければならない。帰終様との悲しいお別れを受け入れ、美しき思い出を抱いて生きなければならない。


……いつまでも引きずっていては、あの人を困らせてしまうから。


「”これにて物語は閉幕。皆様___海灯祭を祝して”」


再び宙を舞う細氷。……これが、最後の演舞。
締めの姿勢と共に音楽が止む。その数秒後、直ぐさま沸き起こった歓声。

顔を上げれば人間達の顔が目に入る。その表情は、誰もが笑顔を見せていて……成功に終えられたのだと思ってしまう。
けど、初めてにしては良い出来ではなかっただろうか。なんて、今日くらいは自分を褒めても良いかしら。


「……!」


人間達一人一人に顔を向けていたとき、ふと気配を感じる。
その気配の方へと顔を上げれば……。


「……ふふっ」


人の多い場所は苦手だと言っていたと言うのに。
そう思いながらも、遠くに見える愛おしい人の姿に、観客達に向けたものとは違う笑みが零れた。






演劇シーンの台詞、拙いですが雲菫ちゃんの語りをイメージしていただければ…。
書いた本人は満足してます。


2023/09/09

前頁 次頁

戻る














×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -