社燕秋鴻、それでも答えを求めて



「キャサリン〜! 何か依頼とかあるか?」

「あら、旅人さんにパイモンさん。ちょうど良い所に!」


俺とパイモンは璃月港を訪れ、いつも通り冒険者協会へ足を進めた。受付にいる見慣れた女性、キャサリンの元を尋ねるとまるで俺達を待っていたという反応が返ってきた。


「実は最近、魔物による被害が続出していまして……。どうやら怪我はしていないようなのですが、こちらとしても気になる事でして」

「それでオイラ達に調査して欲しいってことだな!」

「はい、そう言う事になります」


魔物による被害、か。被害届は実際に被害に遭った人からの届出によるものだろう。これだけ被害が遭ったと言うのに怪我をせず戻ってくるとは、一体どういう諱のだろう?


「空、お前はどうする?」

「勿論受けるよ」

「ありがとうございます! では、被害の出ている場所はこちらになります」


キャサリンが提示した場所は……漉華の池。魔物はそこまで多くなく、美しい景色が印象である場所。それ故に景色を見に訪れる人もいる。実際に俺達も景色を見に訪れたという人と話した事がある。


「漉華の池って魔物よりも宝盗団がいるイメージだけど……」

「地脈の異常だったりするのかな……」


とにかく現場に行ってみないことには状況を判断できない。出発する前に、少し気になっていた事をキャサリンに聞きたい。


「そういえば、被害が出ているのに怪我をしていないってどういうこと?」


被害が遭ったいうことは、戦う術を持たない人であるなら多少怪我を負っているはず。なのに無事に璃月港へ戻って来る事ができ、被害届を出すことができた……。そこが気になっていた。


「それについてですが、どうやらその場に居合わせた人から治療を受けたため、怪我がなかったそうです」

「その場に?」

「はい。この件について報告した人の中に、こう言っている方がいたのです。『仙女が癒やしてくれた』『仙女が守ってくれた』と」


仙女……仙女?
キャサリンから告げられた言葉にそういえば、と思い出す。漉華の池と言えば彼女が普段いる場所だと聞いたことがある。


「もしかして、名前のことじゃないか?」

「漉華の池といえば名前さんがいる。彼女から状況を聞けるかもしれないね」


というわけで、俺達は漉華の池へと向かった。
向かっている道中で魔物を見かけた……確かにいつも見かける場所ではない所に出没している。異常である可能性は高そうだ。


「名前と会えたらいいんだけど、どこにいるんだろう……」


漉華の池に着き、変わらない美しい景色を見ながら名前さんを探す。だが、中々見つからない。
パイモンの言葉に頷きながら、いっそのこと名前を呼んだ方が良いのでは……と思っていたその時だった。


「誰かっ、誰か助けてくれーーーッ!!」

「! 誰かが助けを呼んでる!」


遠くから男性の悲鳴が聞こえた。あれだけ魔物を見かけたんだ、また誰かが襲われているかもしれない!
その声を頼りに急いで向かう。


「いた! やっぱり襲われている!!」


声を頼りに現場へ到着する。そこには予想していた通り、男性がヒルチャールに襲われていた。急いで助けないと!

俺は剣を片手に持ち走り出した……その時だった。


「凍りなさい」


一瞬だけ見えた淡い水色の光。
その光が直撃したと思えば、その場が水辺だったこともありヒルチャール達は凍結反応により凍ってしまった。


「はあぁッ!!」


そして再び水色の光がヒルチャール達を襲った。ヒルチャール達は氷が砕けるように消滅した。


「お怪我はありませんか?」

「えっと、ちょっとだけ切り傷が……」

「まぁ、それは大変です! すぐに治しましょうね」


そう言って尻もちを着いている男性に合わせる様に屈み、淡い水色の光で治療する女性……その人物は俺達の知る人だった。


「終わりましたよ。まだ痛みは残っていますか?」

「い、いえ、大丈夫です! ありがとうございます!!」

「それは良かったです。ここ最近は魔物が多いですから、事が静まるまで近付かないようにお願いします」

「は、はい!」


どこか緊張した様子で受け答えした男性は、慌てた様子でその場を去った。男性を見送っていたその人物の元へと俺達は近づく。


「お〜い、名前〜!」

「うん? ……まぁ、空さんにパイモンさんではありませんか!」


こちらを振り返り、青緑の瞳で俺達を視認した人物……キャサリンから聞いていた仙女の正体、名前さんだ。俺たちに気づくと嬉しそうに微笑んでくれた。

以前、彼女の旦那であるから名前さんは普段漉華の池にいることを聞いていた。名前さんは旦那と同じく仙人である存在だ。

なので、キャサリンから聞いた仙女が名前さんではないだろうか、と思っていたのだ。


「どうして此処に?」

「実は……」


冒険者協会からの依頼で、漉華の池で起きている件を調べに来たことを、パイモンが名前さんに説明する。
その話を名前さんは腕を組みながら聞いていた。


「なるほど。実は私もその件について調査していたのです」

「名前でも分からないのか?」

「はい。この漉華の池辺りで過剰に地脈の異常が発生していまして、一つ一つ解消していたのですが、一向に収まる気配がなく」


魔物の発生は地脈の異常で間違いないらしい。だが、地脈の異常が発生している原因が判明していないらしい。


「……考えても仕方ありません。私だけでは状況の解明が難しい……どこかに情報が集まる場所があれば良いのですが」

「だったら冒険者協会が1番だぞ! それに、名前が助けた人達は冒険者協会に被害届を出してる。状況とかを詳しく話してる可能性があるかもしれないぜ!」

「なるほど、確かに冒険者協会はそのような場所でしたね。ではそちらへ向かいましょう。何処にあるのですか?」


あれ、回数は少ないけど何度か名前さんを璃月港で見かけたことがあるから、知ってると思ってたんだけど……もしかして知らないのかな?


「璃月港にあるよ。知らなかった?」

「え、本当ですか!? すみません、知りませんでした……」

「滅多に来ないんだし、仕方ないよ」

「だったら今度、案内がてら美味しい料理食べに行こうぜ!」

「ありがとうございます。その時は是非、私に奢らせてくださいね」

「やったあ!」

「パイモン……」


パイモンの遠慮のなさに呆れつつも、名前さんが譲る気がなかったため、厚意に甘えることにした。
璃月港へ向かう前に一度、この辺り周辺に異常がないか確認した。少しの間なら問題無いだろうと名前さんが判断したため、急ぎ足で璃月港へ向かった。

被害者が出てしまえば助けられないため、長い時間滞在しないようにしたいと名前さんから要望があったため、なるべく早く済ませないと。



***



「あなたが皆さんの言う仙女でしたか! 冒険者協会からも感謝を。ありがとうございます」

「私は当然のことをしたまでですよ」



場所は璃月港、冒険者協会。
俺達は名前さんを連れてキャサリンの元へ訪れていた。


「キャサリンさん。被害届を出された方達から何か話はありませんでしたか? 例えば、襲われる直前の話など」


道中で聞いた話なのだが、どうやら名前さんは襲われている最中で助けに入っただけで、何が原因で襲われたのかは知らないそうだ。

それなら冒険者協会に情報が入っているかもしれない。被害届を出すと言うことは、その状況を事細かく伝える必要があるからね。


「そうですね……突然襲われたという報告が多いですが、中にはこんな報告もありました。”幽霊”を見た、と」

「ひいいいいいぃぃぃ〜〜〜っ!!!」


幽霊、か。璃月ではよく幽霊の話を聞くなぁ。
なんて思っていると、隣から「なるほど……」と名前さんの声が聞こえた。


「言われてみれば、確かに霊的なものを感じる事はありましたね」

「なんで教えてくれなかったんだよ!!」

「私の中で霊というものは身近な存在ですから、気になる事ではありません」


璃月で霊と言えば、彼女と関わりの深い鍾離先生の上司、胡桃が真っ先に浮かぶ。その次に名前さんの旦那であると初めて出会った時だ。確か彼と会う前、幽霊と話したっけ。


「キャサリンさん。このような話は以前から?」

「稀に情報は入っていました。ですが、最近は頻度が高くなっているように思います」


キャサリンの言葉を聞き、名前さんは考え込む。気になった俺は名前さんに声をかける。


「名前さん、何か気になる事があるの?」

「はい。200年離れた間に霊が彷徨う環境になっていたことが気になりまして。それも、魔物を引き寄せるような霊が、です。私が離れる前は、そのような存在はいなかったはずなのですが……」


なるほど、だから考え込んでいたんだ。自分がいない間に知り尽くした環境に変化があったんだから気になって当然だろう。


「漉華の池に幽霊って合わなさそうだけど」

「霊は探そうと思えばどこにでもいますよ。ただし、ほとんどは害がないのです。だからといって、放って置くわけにはいきませんから、正しき場所へ連れて行かなければなりません」

「正しき場所?」


パイモンの問いかけに名前さんは頷く。そして「場所を変えましょうか」と俺達に提案した。どうやら人が多い場所では話しにくいことらしい。



「そうですね……ここら辺りなら良いでしょう」



名前さんの後を着いていくこと数分。群玉閣や黄金屋に繋がる道が見える橋を渡り、少しだけ人気が少ない場所で名前さんは足を止めた。


「私が普段やっていることについては、既にを通じてご存知ですよね?」

「おう! と一緒で妖魔退治をやってるんだよな!」

「はい。ですが私はもう一つ行っていることがあるのです。それが、彷徨う霊を正しき場所へ導く……言ってしまえば、往生堂と似た仕事ですね」

「え、名前往生堂を知ってたのか!?」

「はい。その反応だと、往生堂についてはある程度知っている様ですね」


確か往生堂は昔からあるんだったっけ。だから名前さんが知っていても変な話ではない。創設された理由も魔神の残滓……業障関連だったはずだから、名前さんは勿論、は無関係ではない。

運ばれた場所が往生堂だった事に特に驚いていなかった様子だったし、知っていたというのは本当だろう。


「霊体はとても儚い存在なのです。放っておけば悪霊となってしまい、その地に害を及ぼす……漉華の池で目撃情報のある霊は、悪霊の可能性があります」

「なんだって!?」

「悪霊は魔物を引き寄せます。地脈の異常も、悪霊による影響である可能性があります。漉華の池で魔物の被害が増えていて、かつ霊の目撃情報があるとなれば、その可能性は高いと見た方が良いでしょう」

「名前、悪霊になった霊をどうにかする方法はないのか?」

「方法は1つだけ。……滅することで、彼らを解放できます」


滅する。即ち、祓うということだろう。別の言葉に言い換えれば……殺すといってもいい。その方法でしか救ってあげられないというのか。


「……名前?」

「はい? どうかなさいましたか?」

「なんだか悲しそうだったぞ……」


パイモンの言葉は俺も思っていたこと。きっと名前さんもと同じで、何かしら過去があるのだろう。それも、彼女と初めて会った時に本人から聞いた内容とは別の何かが。


「お気遣いありがとうございます。大丈夫ですよ、慣れていますから」


名前さんは優しい人だ。自分の身よりも他を選ぶ……本当、旦那と一緒だよ。
けど、いつも「慣れている」って言ってることが気になる。……無理して押さえ込んでいるんじゃないかって思ってしまうんだ。


「となれば、漉華の池に戻ってその霊を探さなくては。私が感知できないほどに隠れるのが上手なようですし」

「オイラたちも手伝うぞ! 依頼されてるんだからいいだろ?」

「……そうですね。分かりました、お願いします。ただし、何か異変を感じればすぐに教えてくださいね。悪霊の影響力を侮ってはいけませんよ」

「おう!」


名前さんからの忠告に頷き、俺達は彼女と共に璃月港を後にした。
……あ、そういえば。


「名前さん、はどうしたの?」


名前さんが大変そうなのに、彼がいない事が気になる。このような件にが見て見ぬふりをするとは思えない。


「漉華の池は私の管轄下ですから、私の力で解決したいとに伝えたのです。少し不満そうでしたが、頷いてくれましたよ」

「あっははは……がどんな顔してたのか目に浮かぶぜ……」


名前さんの前だと途端に分かりやすくなる。俺もパイモンと同じく彼がどんな顔していたのか、その場に居合わせた訳じゃないのに想像出来ちゃったもん。


は名前さんが心配なんだよ。だから名前さんも危険だと思ったら、を呼ぶことをちゃんと視野に入れておいてね」

「うっ……そ、そうですね」


目を逸らし、言葉を詰まらせる名前さん。のことが嫌いでは無いのは間違いないのだが、どうやら1人で解決したいという気持ちが強いらしく、旦那を頼らないことが多いらしい。

これは旦那ことが名前さんに対し昔から思っていることらしい。本人が零していた。今回もその話に当てはまるだろう。


「か、彼のことは今は置いておいて! ほら、漉華の池に行きましょう!」


勢いで話を区切った名前さんの後を着いて、漉華の池へと足を進めた。
……そう言えば、例の少年についてどうなったのだろうか。後ほど聞いてみよう。







2023/05/03

前頁 次頁

戻る














×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -