第一章:とある方士が語るは夜叉の話
ぼくの先祖はとある仙人に助けられたことがきっかけで、方士になると決めたそうだ。
その仙人の名前は『瑞相大聖』といって、先祖が残した書物によれば、氷の力を操る仙人だったらしい。
祖先と瑞相大聖が過ごした時間はそれほど多くない。けど、そんな時間でも書物に残す程に祖先にとって強く記憶に残り、後悔していることでもあったと感じられた。
何故後悔している事なのかって?
それは祖先が危機に陥った時、瑞相大聖は身を呈して庇い、祖先を守ったからだ。
けど、祖先を守るために身体を張った瑞相大聖は大怪我を負ってしまったんだって。そんな状況だったというのに、瑞相大聖は祖先の安全を優先してくれて、「逃げろ」と言ったそうだ。
その時、瑞相大聖が言っていた『帰離原の夜叉』の元へ訪ねた祖先は急いで彼女の元へと戻った。
……しかし、そこには先に着いていた帰離原の夜叉が呆然と立ち尽くしていた。
夜叉の視線の先には大量の血痕が残っていた。
あの時、自分に戦える力があったなら。
祖先は当時の光景を見てそう思ったそうだ。しかし同時に、自分で勝てる相手ではなかったとも分かっていた。なぜなら祖先は当時、戦う術を持っていなかったからだ。
だから瑞相大聖の言うとおりその場から逃げて、帰離原の夜叉に助けを求めるしかなかった。その光景は祖先にとって強く刻み込まれたものであり、後悔の塊となっていった。
然して、祖先は方士として瑞相大聖と同じく妖魔を相手にしてきた。その行動原理はもちろん、瑞相大聖だった。
彼女と同じ強さになれなくとも、守れる力が欲しい。そう願った祖先は妖魔退治の道を選んだ。その時に祖先は自分を助けてくれた仙人が瑞相大聖と呼ばれる偉大な仙人であることを知ったんだって。
その事実と同時に、自分は何も出来ないまま逃げることしか、助けを呼びに行くことしかできなかったことを更に強く後悔した。
……同時に、自分がきっかけであのようになってしまった彼女を見つけ出したい。例えそれが無謀だろうと言われても、それ故に非難されようとも。そう願ったとき、祖先の元に神の目が現れたという。
そして、奇しくも彼女が操った氷元素の力を授かったそうだ。
祖先は妖魔退治の傍ら、自分を助けてくれた瑞相大聖を探し続けた。……しかし、その姿は見つかることなかった。ただ時間が過ぎていき、祖先の身体が老いていくだけ。
遂に祖先は自分では探し出すことが出来ないと認めた。それでも諦めることができなかった祖先は、自分の血を持つ子へと瑞相大聖について語り聞かせた。
”瑞相大聖を見つける事は璃月の守の要を取り戻す事と同義”
一族の犯した罪として、瑞相大聖を見つけ出すことを使命として後世へと託した……。その使命はまだ果たされておらず、ぼくの代まで残っている。
「それってさ、本当に子孫に託してでもやらなきゃいけないことなのかい?」
「当たり前だ。祖先から今まで継がれてきた……いや、果たせなかったことなんだ。だから、ぼくの代で瑞相大聖を見つけるんだ」
「君自身の話じゃないというのに、難儀だね」
「ぼくはこのことを面倒だなんて思ったことはない。むしろ、会ってみたいんだ」
「へぇ、その心は?」
藍色の髪を揺らしながら、机の上に肘を立て、その手を顔を乗せてこちらを見あげる友人。その表情はどこか楽しそうだ。
「……祖先の心残りを果たしたいから、とかじゃダメなのか」
「僕には別の理由を感じるけどね」
「…………」
友人の言葉に、ぼくは言葉を詰まらせる。……なぜなら図星だったからだ。
「それで? 本心は?」
「……氷の力を操るって残ってるから、その……」
「あわよくば修行をつけて欲しい、と」
「っ、そうとは言っていない!!」
「あっはは! 僕はまだ何も言ってないよ」
この友人は本当に僕をからかうのが好きだな……。まあ、こんなこと今更なんだけどさ。
「でも、君の祖先はその仙人と同じ氷元素の力を手に入れてた。奇跡って呼んでもいいかもしれないね」
さっき君が言ってた祖先の話にあった「助けてくれた仙人」と同じ氷元素の神の目を手に入れるなんて、奇跡じゃないか
友人は人差し指を立てながらぼくにそう言った。
神の目はそう簡単に手に入るものではないらしい。そんな中でぼくの祖先は氷元素の神の目を手にいれた……確かに奇跡と言って良いだろう。
「それに、何の偶然か君も氷元素の神の目を持っている。ここまで来ると、奇跡より運命って呼んだ方が良いかもしれないね」
「運命……そんな大層なものじゃないさ」
「うーん……そうかな? まあでも、君が言うには瑞相大聖って希望をもたらす仙人なんだろう?」
”希望をもたらす仙人”
そこから彼女は瑞相大聖という名が失われても尚、璃月で様々な形で残っている。
例えば、怪我や病気に対する祈りを叶えてくれるだったり、恋愛運を上げてくれるだったり、さらには金運までと……段々希望から離れているような気がするが、そんな風に残っている。
恋愛運と金運ってどこから来たんだ?
ぼくの祖先の話ではそれに絡むような話はなかったけど……。まぁいいか。勝手に言わせておけばいい。正しい話を知っていることを誇ればいいんだから。
「それで? どうやって探すんだい? 君の祖先からだとすると、瑞相大聖は何百年以上もその姿を確認できなかったんだろう?」
正直、無謀じゃない?
友人の言葉は最もだった。祖先達が生涯掛けても探し出せなかった存在。探す方法も見つかっていない。
「お前の言う通りだよ。だけど、それを理由に使命を放れない」
「はぁ……ま、僕には関係のないことだし、止めないよ。けど、現実的な方法がないのに見つけようだなんて言ってるのは無謀だよって事は言っておくよ」
僕は手伝わないからね、でも応援はしてるよ
そう言って友人はぼくから視線を外し、手に持っていた小説に移した。
……久しぶりに瑞相大聖について語った。そのお陰なのか、修行に対するやる気は勿論、使命についてのやる気が漲っている気がする。
「じゃあ、これからぼくは修行に行くよ」
「修行なら僕も付き合おうかな」
「方士の修行だぞ? お前にできるか?」
「やってみなくちゃ分からないだろ?」
友人は本を閉じると椅子から腰を上げる。ぼくも彼につられて腰を上げた。
「料理美味しかったよ。また来るね」
「はーい、2人ともありがとね!」
料理店……万民堂を後にし、ぼくはいつもの修行場所へと向かう。今日はその道のりに友人がいるという、いつもとは少し違う状況の中見慣れた道を歩いた。
2023/04/30
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