守護夜叉、またの名を吉兆の象徴



漉華の池に戻ってきた俺達。
名前さんは気配を読み取っているようで、隣で目を閉じて集中している。


「……やはり、悪霊の気配は感じませんね」

「でもキャサリンの話が嘘だとは思えないし……」

「隠れるのが上手なのか、それとも何かしら条件があるのか……ですね」

「条件?」


名前さんの言葉にパイモンが首を傾げる。
悪霊の出現に条件などあるのだろうか?


「悪霊というのは、様々な原因によって害のある存在になり果てた霊のことを言います。霊に様々な種類があることをご存知でしょうか?」

「い、一応知ってるぜ……! でも名前から話して欲しいなぁ……」


どうやら幽霊ということで怯えてしまっている様子のパイモン。でも話は聞きたいらしい。


「はい、任されました。種類だけで言えば、本当に沢山の霊が存在します。ですので、私からは特に見かける存在……今回、可能性のあるものを紹介します」

「しょ、紹介しなくていいぞ……」

「説明を求めたのはパイモンでしょ。俺は聞きたいな」

「わ、分かったぞ! が、頑張って聞くぞ!!」


というわけで、漉華の池を歩きながら名前さんによる幽霊説明会(?)が開催された。


「1つ目は怨霊。生前に強い怨みを持っている場合、肉体を失っても尚霊体として存在してしまう霊です。その怨みによって、彼らの存在が驚異になる可能性がありますが、大体は対人関係であることが多いです。因みに、この霊は悪霊になる可能性が高いです」

「うぅ、会いたくないぞ……」

「安心してください、気配はまだ感じませんから」

「感じたらすぐに言うんだぞ!?」


既に怖がっているパイモンに名前さんは優しく声を掛ける。その余裕そうな口調がパイモンを怖がらせていることに彼女は気づいているだろうか……。


「2つ目は浮遊霊。先程紹介した怨霊と同じく、肉体を失っても魂として存在する霊です。しかし、違う点は、怨みを持っているのではなく、ただ自分の死を受け入れられず彷徨っていると言う事です」

「なんだか可哀想だぞ……」

「ええ、私もそう思います。そして、この浮遊霊は外的要因の影響を受けやすい。罪も無く悪霊と成り果ててしまう可能性があるのです」

「そんな……あんまりだぞ!」

「はい。ですから、彼らを見つけ次第、自分の死を自覚させ、必要であれば未練を晴らし成仏させる。これが普段、私が璃月を見回る理由の1つになります」


妖魔退治ともう1つ、彼女が兼任していること。心優しい彼女だからこそ、岩王帝君こと鍾離先生はこの仕事を任せたのだろう。


「それでは3つ目です。これは私が予想する最後の霊であり、1番可能性が高いと見ているものです」


名前さんが歩みを止める。そこは漉華の池を一望できる場所で、辺りに観光客か冒険者の忘れ物が置かれており、近くには切り株が存在している。

俺とパイモンが彼女の背後で足を止めると、そよ風が名前さんの髪を靡かせた。……そして、こちらを振り返った青緑の瞳と視線が合った。


「地縛霊。存在としては怨霊と似ており、取り憑いた土地・環境に害をもたらす悪霊です」


そして、私は心当たりがあるのです。
そう言葉を零した名前さんは目線を外し、悲しそうな表情を浮べた。


「以前、このような話をしたことを覚えていますか? 璃月を離れるきっかけとなった件で助けた少年のことを」

「勿論だぞ!」

「実はその少年について聞きたいと思っていたんだ」

「まぁ、そうでしたか。でしたら丁度良いですね」


名前さんは再び漉華の池へと視線を移す。後ろ姿だから確かな事は言えないけれど、彼女は下に見える美しい池ではなく別の場所を見ているような気がした。


「200年前、ファデュイによって気絶させられた場所は、他でもない漉華の池なのです」

「そうだったのか!?」


聞いていなかったから驚いたけど、納得はできた。だって彼女が普段いる場所は漉華の池。であれば、200年の事件が起きた場所が此処だと言われても不思議ではない。

それに、その後がすぐに駆けつけ名前さんが消息を絶った場所を早く割り出せたのも、彼が漉華の池に詳しいから。他でもない大切な人が過ごしている場所だからこそ。


「もし彼が死後、私に対する後悔の念で現世に留まっていて、かつこの地に縛られているとなれば……それは私の責任です」

「名前……」


もし名前さんの推測が正しいのなら……きっとこんな形で探していた存在をみつけたくなかっただろう。だって記憶を取り戻した時、気がかりだった少年が安らかに生を全うしたことを願っていたのだから。


「でも、地縛霊は悪霊なんだろう? もしその霊が地縛霊で、名前が探している男の子だったら……」

「私は守護夜叉。璃月の民を守る事が使命です。それは悪霊となってしまっても同じ……払う事で彼を救います」


それが、私のやるべき責務ですから

未だに俺達から背を向けている名前さん。……彼女の声は覚悟を含んだような力強さを感じたけれど、その背中は寂しそうに見えた。


「さて、未だに気配を感じませんので、もう少し紹介しましょうか! 印象の良くない霊ばかり紹介してしまったので、次は良い霊を紹介致します!」

「えぇ、まだやるのか!?」

「パイモンさんに霊は怖いだけの存在ではないことを知って頂きたいので!」


突然振り返ったと思えば、明るく次の幽霊説明会を始めようと切り出した。その表情は笑顔だけど、俺には無理しているように見えた。

そして暫くして……名前さんによる良い幽霊についての説明会が終わった。


「背後霊、守護霊……聞いただけじゃ怖くなさそうだけど、やっぱり幽霊ってだけで怖いぞ!!」

「良い効果をもたらす霊ほど、姿を現わさないものです。ですから、霊の印象が怖いものであると印象づける方が多いのです」


しかし、一向に姿を現わしませんね……
時間は昼を過ぎた頃。霊といえば夜や暗い場所で見かける印象が強い。実際は昼間でも普通にいるらしい……。


「うーん、夜まで待ってみた方が良いのかもしれません」

「えぇ、なんでだよ!! 明るい方がいいぞ!!」

「夜というのは不吉な存在が活発になる時間です。それを利用して特定できないかと思いまして」


そういえばも似た様なことを言ってたっけ。言うことも似てるなんて、夫婦だなぁなんて思ってしまった。夫婦だからというより、同じ分野を日頃行っているからこその発言だろうけど。


「本来であれば、お二人を帰したい所ですが、依頼なのですよね?」

「う、そうだった、忘れてたぜ……」

「そうだよ。だから俺達も付き合う」

「……分かりました。では、夜にこの場所で落ち合いましょう。何かあれば私の名を呼んでください」


名前さんの言葉に俺は頷く。しかしパイモンは幽霊が怖いのかずっと怯えた表情を浮べている。そんなパイモンの方を名前さんが振り返った。


「大丈夫です。守護夜叉の名に誓い、必ずお二人を守ります」


守護夜叉。名前さんを指す異名の1つだ。は護法夜叉と呼ばれているけれど、どうして別々の異名なのだろう?


「私は引き続き此処を見ていますので、どうぞお構いなく。夜に備えて休んでください」

「分かったぞ。じゃあまた後でな、名前!」


というわけで、夜まで暇になった俺達。名前さんから少し離れた所で「なぁ、空」とパイモンが話しかけてきた。



「名前、本当に大丈夫なのかなぁ……別に名前の実力を疑ってるんじゃなくて、その……オイラには無理しているように見えたんだ」



どうやらパイモンも俺と同じ事を考えていたようだ。同意見であることを伝えると、「やっぱりそう見えたよなぁ」とパイモンは腕を組んだ。


「うーん、名前は1人で解決したがってたけど、に事情を話してみるか?」

「そうだね。名前さんが1番信頼しているに話しておいて損はないはず」

「だよな! それじゃあ望舒旅館に行くか! ……ここはまだ漉華の池だから、を呼んだら名前にバレるかもしれないし」


パイモンの言葉に頷き、遠くに見える望舒旅館を見る。名前さんに悟られないように量感へ移動しよう。



***



「なるほど。名前のやつが頑なに譲らなかったから仕方なく了承したのだが……確かに名前が消息不明になったのは漉華の池だ」


望舒旅館最上部
初めて彼と出会った場所でその名を呼ぶと、背後にが現れた。毎回登場の仕方がびっくりするんだよなぁ……。

そんなことを思いつつも、彼を訪ねた目的である名前さんについて話した。


は漉華の池で幽霊の気配を感じたことはなかったのか? その……名前がいなかった頃なんだけど」

「当然ある。だが、我はそこまでお人好しではない。害がなければ関わる必要はないだろう」


そうだった、はそういう考えの人だった。むしろ名前さんが気に掛けすぎなのだろう。


「今思えば、お前と名前はお人好しという点では似ているな」

「だって、困ってる人がいたら放っておけないよ」

「あやつもそうだ。見て見ぬフリができないからと言って手を差し伸べる。守護夜叉の名に相応しい心を持っている」

「あ、そういえば思ってたんだけど、どうしてと名前さんは護法夜叉と守護夜叉で呼ばれ方が違うの?」


が口にしたため、その話について問うてみた。は「あぁ、その事についてか」と口にして腕を組んだ。


「お前達はどこまで夜叉一族について知っている?」

「えっと、それは歴史的なことについてか?」

「いや、夜叉という仙人自体についてだ」

「……失礼を承知で言っていいなら答えるけど」

「構わん。むしろ、その話に絡むから良い」


から許可を貰ったので、夜叉一族とはどういう仙人だったのかについて、書物から知った内容を答える。


「その通り。夜叉というのは戦う事を存在意義としている。故に気性の荒い傾向がある。その点に関して、お前達は名前から感じた事はあるか?」

「言われてみれば感じた事ないなぁ。あいつが気性荒いなんて想像できないぞ!」

「だろうな。そもそも、あやつから最も離れた言葉だ」


は名前さんについて話してくれた。
名前さんはあの鍾離先生にも珍しいと言わせた「心優しい夜叉」であり、戦いより守ることに長けた夜叉なのだという。


「名前は他の夜叉とは別で扱われている。我や亡き同胞が護法夜叉と呼ばれている中、名前だけは守護夜叉という位置づけになった。本来であれば降魔の名もやつに着いていた可能性がある」

「じゃあ瑞相大聖って名前も名前が他の夜叉とは良い意味で違うからこそ、そう呼ばれるようになったんだな!」


パイモンの言葉には頷いた。そして俺達の背後へと視線を移した。……恐らく此処から見える漉華の池を見ているのだろう


「戦場で名前の力は希望となった。実際にその命を救われた者がいる。それを他は吉兆と呼び、遂には名前を総称する異名となった。だが、瑞相という名は他に知れ渡る前から呼ばれてはいたんだ」

「えっと、つまり……?」

「瑞相という名を授けた存在がいるということだ。あぁ、帝君ではないぞ」


まさか瑞相という名前は鍾離先生ではない別の人による命名で、それが他の人へと知れ渡っていったのだという。それほどに彼女の存在は当時の状況で希望だったのだろう。


「だが、名前はその名に自信を持てずにいる。その名に相応しくなろうと探し続けている」

「オイラは十分すごいと思ってるけど、名前は納得がいってないんだな」

「ああ。だが、原因は分かっている。間違いなく瑞相の名を授けた存在の死が関わっている」


話を聞いていたら、どこかで会えるのかと思っていた。……しかし、名前さんの異名の名付け親は既にいないようで。
何となくだけど、名前さんが守る事を大事に考えているのは、その人の死が関係しているんじゃないかって思った。


「そろそろ日が暮れる。名前と約束しておるのだろう?」

「おう! は来ないのか?」

「遠くから見ている。何か遭っては遅いからな」


名前さんの意思を尊重するけど、それでも心配だから見守るんだね。らしい選択だ。


「我は先に行くぞ」

「あ、おい! ……って、もういないし」

「ははっ。じゃあ俺達も約束した場所に行こうか」

「おう!」


の行動の早さに苦笑いしつつも、約束した場所に行かねばと望舒旅館を後にした。その時外は星空が見えるほどに暗くなっていた。







2023/05/07

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