目指すは璃月港
「ここ5日間モンド城でファデュイの動きを観察した結果と、僕が手に入れた情報を照らし合わせて出した結論だが……」
「銀色の髪に青緑の瞳を持つ女性。……モンドにファデュイが出没する理由は、その特徴に当てはまる人を見つけるため」
これって無さんのことだよね?
そう問えば無さんは丸くした瞳を俺に向けた。そして、内容を理解できたのか段々と落ち着いた様子を見せた。
「……そうですね。私の容姿に全て当てはまります」
目を伏せてそういう無さんは、何となく結果を分かっていたと言っているような表情を浮べていた。
あの時俺がフードを脱ぐように言わなければこんなことには……。
「空さんの所為ではありませんよ」
「!」
「元々私は追われていた身です。同じ場所に長く留まることがなかったので、見つかって当然です。気になさらないでください」
そうであったとしても、少なからず俺の判断が影響しているのは間違いないのに。そうは思ってもきっと彼女は俺の意見を聞かない。自分を悪としてしまう。
「…………分かったよ」
前に似た内容で終わらない言い合いをしたので、今回は俺から折れることにした。ここで自分が悪いと主張し続けては話が進まない。ここからが本題なのだから。
「話を戻していいか」
「うん、お願い」
「先程伝えた結論から、今後の君について話し合いたい」
そう。
ファデュイがモンドに出没している以上、ここに留まっていては危険だ。今はアカツキワイナリーで身を隠しているとは言え、ずっと安全である保証はないのだ。
それで俺が彼女に提案したのは……
「璃月に行ってみない?」
前々から想っていた事だ。
彼女の神の目は璃月の形をしている。何かしら繋がりがあるとしか思えなかったのだ。モンドに集まっているファデュイから逃れつつ、璃月で手掛かりを見つけに行く。
璃月の中心都市である璃月港には、璃月に詳しいあの人がいる。完璧な答えが見つからなくとも、何かしらヒントは見つけられるはず。
上記の内容を俺は無さんに伝え、どうかと問うた。
「なるほど、分かりました。様々な国を旅している貴方からの提案です。喜んでお受けします」
「話は纏まったな。なら明日にでも出発した方が良い。いつここを感づかれるか分からないからな」
「じゃあ朝の方がいいんじゃないか? ここから璃月は少し掛かるぜ」
「そうしよう。無さんもそれで大丈夫かな」
「はい。それで大丈夫ですよ」
明日からの行動が固まった。早朝アカツキワイナリーを発ち、璃月港を目指す。基本あの人は璃月港のどこかにいるはずだ。安全に彼女をそこへ連れて行く事が璃月港までのミッションだ。
というわけで俺達は食事を済ませた後、明日に備えて早めに就寝。
……数時間後。
日が昇りかけている間に目を覚ました俺達は朝食を頂き、アカツキワイナリーを発つ準備を進めた。
「じゃあディルック、そろそろ発つよ」
「ああ。気を付けてな」
見送りに出てきてくれたディルックにそう声を掛ける。すると、隣にいる無さんが一歩前に出て、ディルックを見上げた。
「ディルックさん、短い間でしたがお世話になりました。このお礼は必ず……!」
「まずは君の目的が第一だろう? 大切な人に会えた後、僕の事を覚えていたらまた来てほしい」
「このご恩を忘れるわけがありません! 必ず、必ずお礼を言いにまたここへ来ます」
「……分かった。待ってるよ」
誰かを頼ることを恐れていた。そんな彼女にとってディルックはとても大きな存在だったんだろう。何度もお礼の言葉を伝えている無さんに「早くしないと日が昇りきってしまうよ」とディルックに言われ、漸く区切りが付いた。
6時頃、俺達はディルックに見送られながらアカツキワイナリーを出発した。
「そういえば聞きたかったんだけど、無さんは魔物と戦える?」
初めて会った時はヒルチャールに襲われていた。しかし神の目を持っているから多少その心得がありそうだと思った次第だ。
「実は戦うより逃げることばかりやってきたので、なるべく戦闘は避けたいですね……でも、後方支援ならできると思います!」
「分かった。なら、なるべく魔物がいないルートを選ぼう」
……とは言っても、魔物に見つからないで辿り着く事は難しかった。モンドと璃月の協会である石門に着くまで3回も魔物と遭遇した。
だが手こずるような相手ではなかったため、難なく討伐。でも、数が多かったから無さんの後方支援が本当に助かった。
「無さんは長柄武器を使うんだね」
「綺麗だな〜! まるで氷みたいで、無にピッタリだ!」
「ありがとうございます、パイモンさん」
彼女の使う長柄武器は、パイモンが言ったように氷みたいなのが第一印象だ。氷の槍と呼んで良い程、綺麗な武器だ。
「いつから持っていたのか私にも分かりません。でも、あの場所から脱出する時、既にこの武器は手元にありました」
「じゃあその武器は無がスネージナヤに連れて行かれる前から持っていたものだったんだな。没収されてなくてよかったな!」
「はい。以前、試しに他の武器を使ってみたのですが、やはりこの武器のほうが扱いやすいのです」
「なら無さんは前から長柄武器使いだったんだね」
そういえば、璃月で出会った人達が使う武器殆ど槍だな……。この部分も璃月と共通点があるな、と思い浮かべる。長柄武器使い且つ氷元素を操る人を知っているが、彼女と関係があったりするのだろうか?
少し脱線してしまったが、目的は璃月港に行く事だ。まず今日中に着くことはできないため、道中にあるとある旅館を本日到着予定地としている。そのことについて無さんに伝えた。
「望舒旅館……?」
「知ってるの?」
「いえ、知らないはずなのですが、何故か既視感を覚えているのです」
既視感、か。望舒旅館は璃月では有名な旅館だ。名前だけ聞いたならこの反応にはならないと思う。
やっぱり無さんは過去に璃月で暮らしていたのではないだろうか。その考えが更に強くなった。
「あ、見えてきた! あれが望舒旅館だぞ!」
パイモンの声に前方を見ると、見慣れた望舒旅館が視界に入った。今日は天気が良いから、遠くまでよく見える。
「こんな距離から見えるなんて、とても高い建物なのですね」
「知り合いが言ってたんだけど、望舒旅館は戦略的な意味で高く立てられた場所なんだって」
「戦略的……ここは戦場だったのですか?」
「大昔に戦争があったんだって。まあ、璃月に限った話じゃないんだけれどね」
「璃月だけの話ではない……?」
「まあ、そのことについては話すと長くなるから、またの機会でもいいか?」
「はい、大丈夫ですよ。まずは目的地に着くことが優先ですから」
話に区切りを付け、遭遇した魔物を討伐しながら望舒旅館を目指した。到着する頃には19時頃になっていた。
「目の前だと更に高いですね……」
「先に部屋を確保しよう。こっちにエレベーターがあるよ」
「登るのではないのですね……」
「俺も初めは階段があったからそう思ったよ。それに、その時は道が壊れて途中で切れていたから、当時は通路は使えなかったんだ。だからエレベーターを使わないと、受付には行けないんだ」
「そうだったのですね」
やはり初めは登るという考えが浮かぶものなのかな。なんて思いながら俺達はエレベーターに乗り、受付に辿り着く。
「こんばんは」
「あら、空さんにパイモンさん。もしかして今夜はここに宿泊するのかしら?」
「ああ! 部屋空いてるか?」
「確認するわ……残念、1部屋しか空いてないわね。泊まるとなれば同室になるけど、大丈夫かしら?」
異性と同室。パイモンは置いておいて……無さんは大丈夫だろうか。
「空さんが気にならなければ大丈夫です。難しければ私は外で……」
「お、俺は大丈夫だよ!! 無さんが困るかなって思って、その!」
「そうでしたか。では問題ありませんね」
と言うわけで同室で一泊することになった俺達。3人とは言ったが、パイモンは空中でいつも寝てるので2人部屋である。
荷物を置いて、俺達は晩ご飯を頂くため下に降りて厨房に向かう。手渡されたメニューを見て、自分の分を選んだ後、無さんとパイモンに渡した。
「オイラのオススメだからな! 絶対に美味いぞ!」
「パイモンさんがそう言うなら、きっと美味しいのでしょうね」
パイモンと会話する無さんを何となく見つめる。……無さんは異性と同じ部屋は気にならないのだろうか。もしかしたら今まで生活してきた環境があって、そう言う事に疎いのかな。
「デザートは……ハスの花パイ!」
「え、デザート食べたいの?」
「ダメか……?」
「では、私が頼みますよ」
「いいのか! へへっ、やったぜ!」
パイモンの食いしん坊には慣れてきたが、無さんがいるともっと酷くなりそうだ。なんせ彼女は相手に優しすぎる。間違いなく騙されやすい人だろう。
「でも無が頼んだんだからちゃんと食べるんだぞ!」
「ふふっ、はい。ありがとうございます」
注文が決まったので、それぞれ料理を頼んだ後、雑談をして時間を消費する。こうしている間に料理は運ばれ、少し遅くなったが夕食を頂いた。
「あっ! ハスの花パイだ!!」
俺達よりも先に完食していたパイモンが、やっと運ばれてきたハスの花パイに目を輝かせる。無さんは3つ皿に乗っていたものの2つをパイモンに渡し、残った1つを一口囓った。。
「どうだ!? 美味しいだろ!!」
もぐもぐと咀嚼している無さんにパイモンがそう話しかける。飲み込んだ後、無さんはパイモンの方を見て口を開いた。
「この味……なんだか知っている気がします」
「えっ!?」
「初めて聞いた料理なのにどうして……?」
「……きっと、前に食べた事があるんだよ」
断言はできない。けど、可能性は高いはずだ。望舒旅館に既視感を覚えていた事、ハスの花パイの味が初めてではない事……無さんは過去に璃月を訪れたことがある。または……住んでいた。その可能性が高くなった。
「なら明日中には璃月港に着いて、鍾離に聞いてみようぜ!」
「しょうり?」
「璃月に詳しい人なんだ。俺が璃月を目的地にしたのはその人に無さんについて聞こうと思ったんだ」
正しくは人ではなく神なんだけどね。けど今は凡人を自称しているから隠しておく。
「なるほど……鍾離さんですか。私の旅の目的を解決してくれるかもしれないのですね」
「璃月に長く住んでいる人で言えば、仙人に聞くのも一つの手かもしれないよな」
「仙人?」
「璃月には仙人っていう存在がいるんだ。昔からこの国を守ってるんだぜ!」
パイモンから仙人という単語を聞いて、今日はいないのかなと考える。ここ望舒旅館にはとある仙人がたまに現れるのだが、残念ながら今日はいないようだ。というより、中々会える存在ではない。呼べば来てくれるだろうけど、彼は忙しい人だから止めておこう。
「食べ終わったし、そろそろ部屋に戻ろっか」
「明日も早くに出発して鍾離に会いたいしな!」
突撃訪問にはなってしまうが、彼女の目的には鍾離先生の知識が頼りなんだ。事情を話せば知恵を貸してくれるだろう。
部屋に戻り一晩。朝食を済ませた後、璃月港へと出発した。会えたら鍾離先生に訪ねることを伝えて貰えないかなって思ってたんだけど、残念ながら会えずに終わった。
「___名前?」
俺達が望舒旅館を発って数時間後。
とある少年が俺達が泊まっていた部屋の前で足を止め、誰かの名前を発していたことなど知る由もない。
2022/11/17
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