見ていた夢とは



俺とパイモン、ディルックがモンド城内でファデュイの動きを偵察すること5日。その間、無さんはアカツキワイナリーで手伝いをしているようだ。どうやら何もしないでいるのは嫌だったらしく、何か自分に出来る事はないかと使用人の方に聞いて回っていたらしい。

どうやら彼女は誰かの役に立ちたい性分のようだ。まあ、改めて思わなくても、彼女と過ごす内にそんな考えの持ち主であるのは分かっていたけれど。


「……あれ、今日は出迎えなしか?」

「パイモン、無さんだって疲れてるかもしれないんだから」

「でもやっぱりおかえりって言って貰いたいぞ! 無に言われると頑張ったって感じがするんだ」

「パイモンは何もやってないじゃん」

「お前の応援を頑張ってるだろー!!」


いつものようにパイモンを弄り倒しながら、無さんの部屋に向かう。ディルックは一度自分の部屋に向かったので、今はパイモンと2人だ。
偵察後は必ず無さんに報告することにしているのだ。初めは部屋で待ってて良いと伝えていたのだが、申し訳ないからと出迎えてくれるようになったのである。


「無さん。空だけど今いいかな」


ノックを3回鳴らし、無さんに声を掛ける……が、返答がない。もしかしていないのかな……そう思っていると足音が聞こえた。


「どうした」

「ディルック。無さんから返答が来ないんだ。もしかしていないのかな」

「それはないだろう。先程使用人に確認して部屋に戻ったと言っていた。外に出た所も見ていないらしい」


無さんを匿うに至って、ディルックは使用人の方達に彼女の監視を頼んだそうだ。彼女は狙われている身であるため、常に誰かが無さんの状況を把握するようにしているらしい。

と言うわけで、使用人の方によると無さんは室内にいるのは間違いないという。


「……どうする、入るか?」

「勿論」


女性の部屋に入るのは失礼かもしれないが、状況が状況だ。もう一度ノックするがやはり返答がない。申し訳ないが部屋に入ることにした。


「……入るよ」


ドアノブを握り部屋のドアを開けた。
部屋に入ると一番に目に入ったのはベッドの膨らみだ。……どうやら眠っていただけだったみたいだ。


「どうする? 後にするか?」

「そうだね。起きたら改めて言おう」


実際の所、今日の偵察結果は早めに伝えたいのだが疲れているのに無理矢理起こすのは気が引けた。


「では今回の結果を整理しながら待とうか」

「おう!」


先に部屋を出ていくディルックを見送ったあと、何となく彼女の方をもう一度見た。


「……!」


窓から差し込む月の光に反射する何か。それは彼女の頬を流れる涙だった。思わず駆け寄り無さんの顔を覗き込んだ。


「……泣いてる」


気のせいじゃなかった。閉じた瞼から確かに涙が一筋流れていた。悪い夢を見ているのだろうか。それとも悲しい夢?
夢を見ている彼女に何もできないのに、何故か俺は無意識に無さんに手を伸ばしていた。


「っ!?」


無意識に延ばしていた手に気づき、引っ込めようとした時だ。その手を無さんが掴んだのは。
驚いて思うわず無さんの顔を見た。その瞬間、綺麗な青緑の瞳を丸くした彼女と目が合った。


「あ、れ……空さん?」

「えっと……おはよう?」

「……はっ! すみません!!」


慌てた様子で俺の手を離した無さん。
どうやら無意識だったみたい。


「いや、大丈夫。もしかして起こしたかな」

「いえ、違いますよ。実は早めにお手伝いが終わったので、空さん達が帰ってくるまで仮眠していたらこんな時間に……!」


どうやら早めに終わった事と、俺達が帰ってくるまでに時間が合ったことで仮眠を取っていたようだ。疲れて眠っていたわけではないみたい。


「でもどうしたんだよ」

「え? 何がですか?」

「何がって……無、泣いてるぞ」


パイモンに指摘され、無さんは自分の目尻に触れる。驚いた様子からどうやら気づいていなかったみたいだ。


「何か悪い夢でも見たのか?」

「……すみません、夢の内容は殆ど覚えていないのです。ですが、楽しく、そして悲しい夢だったのは覚えています」


楽しくて悲しい。聞くだけだと矛盾しているように受け取ってしまいそうになる。けど、もし夢の流れが楽しいことから悲しい事に移行した内容だったのなら……。


「もしかしたら、無さんが失った記憶の断片だったのかもしれない」

「記憶の……断片」


夢というのは謎なことが多い。一説では記憶を整理していると言われているらしい。もしその説が本当なら……やっぱり彼女は記憶をどこかで落としてしまってると思うんだ。


「それだったらやっぱり無は記憶を失ってるんだな。そういや今更だけど、どうして記憶がないんだろう?」

「俺に言われても分からないよ……」


そして、無さんに問うてもその答えは分からない。何故なら彼女は気付いた時にはスネージナヤにいて、被検体として……。
思いだしただけでも怒りが沸いてくる。


「あ! そういえばオイラ達、無に今日の偵察結果を伝えるために来たんだった!」

「そうだったのですね。ではディルックさんも既に帰っていらっしゃいますか?」

「おう! 下で待ってるから無も一緒に行こう!」

「いえ、先に向かって大丈夫ですよ。寝ていたので多少身なりを整えたいのです」

「そっか、じゃあ先に行ってるな!」

「ディルックに無さんが起きた事を伝えとくよ」

「すみません、お願いします」


本来の目的を無さんに伝え、部屋を後にする。階段を降りれば目的の人物はすぐに見つかった。


「無が起きたぜ〜」

「起こしたのではなく?」

「起こしたわけじゃないい。夢で飛び起きたって感じだった」

「なるほど……夢見が悪かったのだろうか」

「聞いた感じだと悪い夢というより、思い出せない記憶の内容に感じたよ」

「そうか……なら一刻も早く彼女がその大切な人と会えるよう手助けをしないとだな」

「今日の偵察の結果がどう転ぶか、だよなぁ……」


この5日間モンド城でファデュイの動きを監察し続けた事と、ディルックによる広い情報網のお陰で向こうの動きが大方予想ができた。
今日の話し合いで明日の動きが変わってくる。それだけの結果なのだ。


「お待たせしました。すみません、寝てしまって……」

「構わないよ。さ、座ってくれ」


そう言ってディルックは近くの椅子を手で指し、無さんに座るよう促す。その作法を見る度彼の育ちの良さが窺える。



「では始めようか。……今日の結果についてだ」



***



「……!!」


一瞬にして目が覚めた。それは妖魔の気配ではなく……見ていた夢の内容によってだ。


「……名前」


少しだけ休憩するため、木の上で休んでいた。少しだけ目を閉じていたら眠ってしまっていたらしい。
……眠っていたとき、夢を見てた。その夢にはやつが出てきた。

その夢は本来なら日常であったはずの光景。契約の元、妖魔を退治し、共に食事をし、璃月の町を高所から見守ったり……何気ない日々の記憶が夢として流れた。

初めは心地よさを感じていた。しかし、段々とそれは苦しいものへと変わっていった。夢から覚める前に見たのは……最後に名前の気配を感じとれた場所。


その場所へ向かった時に合ったのは争った後と、所々に散乱した血痕。その血から微かに名前の仙気を感じ取れたのを今でも鮮明に覚えている。

初めは怪我によってどこかに隠れていると思っていた。だが、全く以て気配を感じ取れなかった。それでも、微かにあやつが生きている事だけは分かっていた。

あの時は冷静じゃなかった。あまりの血痕の数と出血した量に動揺してしまい、見つけなければならないと思い込んでしまっていた。


だがどうだ。いくら探してもその姿は見つからなかった。何度も何度も同じ場所を駆けて、飛び回って……それでも愛おしいあの姿を見つけられなかった。漸く辿り着いた結論は、璃月にいないという事と、何者かによって璃月の外へと連れ去られたという事。

我と名前は契約上、璃月を出る事ができない。出てしまえば契約を破ったことになる。やつがそれを忘れる訳があるまい。であれば、他者によるものとしか考えられないのだ。


「……っ」


この痛みは業障によるものか、それとも心によるものか。……分からない、それほどに時が経った。名前が姿を消した後も我は妖魔を払い続けた。続けなければならないからだ。その時間は心の痛みと同時に業障による肉体の痛みを重ね続けた。


『はい、これで少し楽になったでしょ?』

『……ああ。いつも助かっている』

『どうしたの? 今日は素直ね』

『どういう意味だ』

『ふふっ、だってはずっと照れ屋さんじゃない。あ、でも昔よりは素直になったかしら?』


そう言って悪戯に微笑む唇を自身のそれで塞いだ。他人には気を使うのに、我には遠慮なしな生意気な口を黙らせるため、よくやっていたことだ。

口付けすれば主導権がこちらに渡る。いつまでも生娘みたいな反応をする名前が愛おしくてたまらなかった。


「……いつになれば」


またお前に触れられる?
目の前に見える月に手を伸ばすが、当然掴めるわけがない。それが名前を探し続ける現状と重なった。






2022/11/14

加筆修正
2023/01/14


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