彼女の正体



「やっと着いたぜ〜!」

「でも、もう遅い時間だね……」


望舒旅館を出発したその日に璃月港へ到着した俺達。しかし、その時には日が沈んでしまった……。この時間帯に鍾離先生の元へ行くのは常識的に少し失礼だ。

というわけで、璃月港入り口近くにある旅館で一泊した俺達。改めて璃月港のある場所……往生堂へと足を進めた。


「往生堂とはどんな場所なのですか?」

「一言で言えば葬儀屋だな!」


この旅館から往生堂はそんなに遠くない。問題は目的の人物がいるかどうか、だ。


「ここが往生堂だ!」

「ひっそりとした場所にあるのですね」

「あはは……ほら、着いたよ」


往生堂の正面が見えてきた。いつもなら渡し守の女性がいるが、今日はいないみたい……


「あっ!!」


だ、と思った時。
往生堂から出てきたのは探していた人物……鍾離先生だ。朝早くに旅館を出て良かった。丁度外に出る所だったみたいだ。


「おーい、鍾離!!」

「ん? ……お前達か」


こちらに気づいた男性……鍾離先生が俺達を捉える。向こうは俺達に気づくとこちらへ歩み寄って来た。


「しばらく璃月にいるのか?」

「実はお前に聞きたい事があって来たんだ」

「そうか。ところでそちらの方は?」


移動中、無さんには常にフードを被って顔を見られないようにしていた。だが、もう外しても大丈夫だろう。


「無さん、この人が鍾離先生だよ」


俺が鍾離先生を紹介すると、無さんはコクッと頷いてフードに手を掛けた。


「初めまして、鍾離さん。私は無と申します」


青緑の瞳が鍾離先生を見上げる。ここから先は彼女が自分で伝えたいと言っていたので、本人に任せるつもりだ。……そう思いながら事が進むのを眺めていた時だった。


「お前……!」

「えっ? 鍾離、無のことを知って……」

「今までどこに行っていたんだ___”名前”!」


パイモンの声に気づかないまま、鍾離先生は無さんを驚いた目で見ていた。というより今、無さんのことを違う名前で呼んでいなかった……?

彼女の肩に両手を置き、心配そうな様子で無さんを見つめる鍾離先生に驚いていた時だ。


「名前……? ___ッ!!?」

「無さん!!」


彼に呼ばれた名前を復唱した無さんが、突如苦しみ始めた。そして、両手で頭を抑えながらその場にしゃがみ込んでしまった。
彼女の目線に合わせるよう俺も屈み名前を呼ぶが、届いていないのか反応が返ってこない。


「おい、無……!!」


パイモンが彼女の名前を呼んだ瞬間、力が抜けたように無さんは倒れてしまった。見えた表情は痛みに苦しんでいるようで歪んでいる。一体彼女の身に何が起きたんだ……?


「何々どうしたの? なんか騒がしかったけど……」


バンッと扉が開いて出てきたのは胡桃だ。ここ往生堂の現堂主である。


「堂主、良い所に。部屋を一つ貸してくれないだろうか。彼女を休ませたい」

「う、うん、分かった!」


慌てて中へ戻っていった胡桃から俺は無さんに視線を戻し、失礼して彼女を横に抱える。鍾離先生の後を着いて行き辿り着いた部屋に設置されたベッドに彼女を横たえる。

未だに苦しそうな顔をしている無さんに言葉が見つからない。そう思いながら彼女を見つめていた時だ。


「場所を移そう。お前達に聞きたい事がある」

「お、おう。分かった」

「堂主。彼女の看病を任せてもいいだろうか」

「うん、任せて」


胡桃に無さんをお願いし、俺達は鍾離先生と共に往生堂を出る。璃月港から少し離れた所まで移動すると、漸く彼は足を止めた。


「なぁ、どうして無は急に倒れちゃったんだ? それに、鍾離は無の事を知っているのか?」

「……ああ、知っている」


先生はパイモンの問いに頷き、無さんを知っている事を認めた。
それじゃあ、無さんが探していた人……大切な人って……!


「じゃあ無が探していた人は鍾離なのか?」

「探していた人?」

「実は……」


俺は無さんから聞いた話を鍾離先生に伝えた。記憶を失っていること、ファデュイに囚われていたこと、そこで実験の被検体となっていたこと、苦しい中聞こえていた声の主をずっと探していたこと……全てを話した。


「では俺からも彼女について話そう。まず、無という名前は偽名……というより、名乗る名前を忘れていたというのが正しいか」

「じゃあ、さっき鍾離があいつを呼んでたときの名前が……」

「彼女の名前は名前。俺が付けた名だ」

「鍾離が付けた!? 一体どんな関係なんだ?」


名前。
先程、鍾離先生が彼女を呼んでいたときもその名前を口にしていた。まさか名付け親が彼だったとは……やっぱり彼女の言っていた大切な人は鍾離先生のことなのだろうか。


「そもそも彼女は人間ではない。純粋な仙人だ」

「せ、仙人!? あいつ仙人だったのか!?」


初め見た時、どこか人間離れした容姿をしているとは感じていた。けど、本当にそうだったなんて思わなかった。
それに仙人……純粋なって事は、甘雨や煙緋のような半仙ではないって事だ。


「ああ。そして、かつて璃月を守っていた夜叉一族の生き残りの一人だ」

「夜叉って事は、の仲間ってことか?」


夜叉と言えば、俺達が知る人物で一人が当てはまる。昨日望舒旅館に宿泊したとき会えるかもしれないと思っていた人物……その人物こその事だ。もしあの時彼と彼女…名前さんを会わせてあげられていたら……そう考えていた時、鍾離先生から更に驚きの事実を告げられる。


「仲間なんてものでは収まらない。と名前は生涯を誓い合った仲……番だ。人間で言う夫婦だな」

「ふ、夫婦!!!?」


ここまで驚きの連続だったのに、鍾離先生の放った言葉は一番の衝撃だった。それと同時に先程まで思っていた事……望舒旅館でと会えていればと後悔が生まれた。


「今から200年ほど前だ。何者かに襲撃された痕跡を残して名前は消息を絶った。あの時のの様子は、今でも良く覚えている。今も名前を探しているんだ」

「でもオイラ達、そんな素振り一度も見た事ないぞ」

「見せないようにしていたのかも」

「確かに……ならあり得るな」


これまで俺達を何度も助けてくれた。現在も業障に苦しんでいるというのに、もう一つ苦しんでいた事があったなんて……。


「しかし、こうしてお前達が彼女を見つけてくれて、連れてきてくれた。……礼を言う」

「いつもと鍾離には助けてもらってるからな! こうして恩返しできて良かったぜ!」

「まあ意図していなかったけどね……」


本当にただの偶然だった。あの時俺達が彼女を見つけていなかったら、も名前さんも、そして二人を知る鍾離先生も……ずっと苦しい思いを抱え続ける事になっていただろう。


「だが、記憶を失っている事は想定外だった」

「その原因はオイラ達にもさっぱりなんだ……」

「こればかりは彼女が自力で取り戻すのを祈るしかない」


記憶については流石の鍾離先生でも治癒は難しいのだろう。自然に彼女が記憶を取り戻す事が安全だ。でも、それにどれだけ時間が掛かってしまうのか……。先程彼が200年ほどと言っていた。つまり彼女は、200年もの間記憶が戻らなかったということになる。

その間に経験した出来事が余計に記憶を取り戻すきっかけを潰してしまっていた。だからこうして璃月に辿り着く事が遅くなってしまったのだ。


「……それでも、やはり伝えねばなるまい」

「伝えるって?」


鍾離先生の言葉に疑問の声を出すパイモン。だが彼はその問いに答えることなく、ある名前を呼んだ。





鍾離先生がその名前を呼んだ瞬間だ。


「如何されましたか、帝君」


一瞬だけ感じた風。それはがその場に現れた事を意味していた。


「だからあれほど鍾離でいいと……まあいい、顔を上げてくれ。お前に吉報がある」

「吉報?」

「先程空とパイモンが……」


鍾離先生がに話そうとしている内容は、間違いなく名前さんの事だ。その様子を見ていたとき、と目が合った。そう思った瞬間だ。


「っ!?」


目で捕らえる事の出来ない速さで目の前に現れた。その瞳は明らかに敵意を映しだしていた。


「お前……彼奴をどこへやった」


地を這うような声で言われた言葉。それは間違いなく名前さんの事を聞いているんだと分かった。


「お、落ち着けって……!」


パイモンの声も届いていないのか、怒りを孕んだ金色の瞳が俺を捉える。今にでも武器を振りかざすのではないかと言う迫力を纏っている。




「! ……申し訳ございません」

「良い。お前が取り乱すのも無理はない。……空から名前の元素力を感じ取ったのだろう?」


鍾離先生の問いにはコクッと頷き肯定した。次に俺の方を向いて「すまなかった」と一言謝ってくれた。


「二人は名前を見つけた上に璃月まで連れて来たんだ」

「名前を……。彼奴をどこで見つけたんだ」

「モンドの町外れで偶然。けど、名前さんは……」


俺は鍾離先生に話した内容……名前さんについてに伝えた。


「記憶が……ない?」

「うん。だから今の名前さんはのこと覚えてないんだ」


酷な事を伝えているのは分かっている。けど、これが事実だ。きっと隠せば彼の事だ、もっと怒ると思う。


……」


俺達は今さっきと名前さんの関係を知った。それでも今目の前にいるの表情が、どれだけの時間彼女を探していたのか、その苦しさ、寂しさなどを物語っていた。

やっと会えるのにその相手は自分を覚えていない。もしそれが俺の立場だったら___そう考えていた時だ。


「!」


が何かに反応する。もしかして魔物の気配を感知したのだろうか。そう思いながら彼の名前を呼んだ。


「名前が……苦しんでいる」


そう呟いては一瞬で姿を消してしまった。どこか焦りを感じる声と、その声が紡いでいた言葉。名前さんに一体何が……。


「あっ、いたいた!!」

「胡桃! どうしたんだよ?」


聞こえた声の方へ振り返ると、そこには走ってきたのか息を乱した胡桃がいた。どこか慌てた様子だ。


「さっきの女の子……無さんだっけ? あの子がいなくなっちゃったの!!」

「えぇっ!? なんでだよ!!?」

「看病のために道具を取りに部屋をちょっと出てて……3分くらいしか離れてなかったのにいなくなってて……!」

「誰も見ていないのか?」

「あの子が出て行くところを誰も見ていないみたいで……どうしようっ」


責任に押しつぶされそうな勢いで落ち込んでいる胡桃を横目に、ある重要な事を思いだした。

___俺達はどうして璃月に来た?
彼女の神の目が璃月の形状だったこと、それとファデュイから逃れるため……。


「……ファデュイだ」

「え?」

「どうして忘れていたんだ……。ここにはまだファデュイがいるって事を……!」


かつて騒動を起こしたとは言え、モンドや他の国と同様にファデュイはまだ国に留まっている。特に璃月にはファデュイが運営している銀行がある。往生堂に来るときは通っていないとはいえ、完璧にバレないという保証はない。どこかで彼女の姿を見られていたんだ……!


「じゃ、じゃあ名前を連れて行ったのはファデュイなのか!?」

「元々彼奴らは名前さんを連れ戻そうとして、目撃情報のあったモンドに集まっていた。可能性は高い」

「なら早く見つけないと!!」

「でもどうやって見つけるの?」


胡桃の言葉に確かに……となってしまう。ルートが分からない以上、見つけ出すことができない。


「それなら彼の痕跡を追うと良い」

「え? なんでだ?」

「先程も言ったが2人は番の関係……その繋がりで彼は彼女の気配を感じ取ることができる」

「じゃあさっき飛び出していったのは……」

「堂主の話と照らし合わせると、彼女の危機に反応したって所か」


鍾離先生の言葉に先程のの行動に納得がいった。しかし、それと同時に疑問も浮かぶ。繋がりのお陰で互いの気配を読み取れるのなら、どうして今までそれができなかったのか、と。

気になったが、それは考えることではない。今は彼女を連れ去った人物……恐らくファデュイだと思うが、そいつらを追わなくては!


「分かった。ありがとう、鍾離先生」

「気を付けてね」


胡桃と鍾離先生に見送られ、俺は元素視覚を使って気配を探す。


「どうだ?」

「……こっちだ!」


薄らとだが、の痕跡が残っていた。何とか追えそうだ。






2022/11/20

加筆修正
2023/01/24


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