第6節「職場体験開始」
職場体験当日
「ぜ、全部ハズレ……!?」
「残念だったね、いーちゃん」
何がハズレだったのかと言うと、私の親がどのヒーローなのかである。
私の親がヒーローだと知ったいーちゃんは、様々なヒーローを調べに調べて私の両親を特定しようとしたみたい。
しかし、残念ながらいーちゃんが選んだヒーローの中に両親の名前はなかった。
……まあ、アクアとサナーレは年齢公表してないからね。だから候補に入らなかったのかな。
因みに、その中に名前があったとしても私は正解と言う気はない。
それが両親との約束だからね。
「全員コスチューム持ったな?本来なら公共の場で着用は禁止の身だ。……落としたりするなよ」
「は〜い!」
「伸ばすな!『はい』だ、芦戸」
「はい……」
相澤先生と三奈ちゃんのやり取りに苦笑いが零れる。
暫くはクラスのみんなと会えないのか。何だか寂しいな。
「くれぐれも体験先のヒーローに失礼がないように。じゃあ行け」
「「「はいッ!!」」」
相澤先生の言葉に返事したら職場体験開始だ。
私の行き先はアクア事務所……お父さんとお母さんの2人が経営する事務所だ。
余談だけど、両親は学生時代から共同経営を考えていたらしい……。
「名前、途中までいいか」
「あ、うん。勿論」
焦凍君の行き先はエンデヴァー事務所だ。
実はアクア事務所は東京にあり、焦凍君とは行き先が一緒である。
先日の件で彼とは今まで以上に仲が深まった……と私は思ってる。
隣同士で座ろう、と新幹線での話をしていると「飯田君!」と、いーちゃんの声が聞こえた。
中学生時代からの付き合いで、よく一緒に過ごしていたいーちゃんが別の人と過ごしている姿を見るのは新鮮で嬉しい反面、少しだけ複雑に感じてしまう事がある。
しかし、今はそんなことよりも気になる事がある。
「最近飯田君、元気ないね」
体育祭後から飯田君の様子がいつもと違う気がしていた。
見かける度に何処か既視感を感じていた。
一緒にいる事が多いいーちゃんやお茶子ちゃんも、どこか心配そうにしている。
……もしかして、あの件が関係しているのかな。
飯田君の事を気にしつつも電車に乗車する。
しかし、頭の中は彼でいっぱいだ。
「大丈夫かな、飯田君……」
「ああ」
「焦凍君もそう思う?」
「ああ。……インゲニウムが事故に遭ったって聞いて、な」
最近ニュースに取り上げられている事件。保須市に現れ、プロヒーローを襲う人物…通称『ヒーロー殺し』。
ヒーロー殺しと呼ばれている人物が雄英体育祭が行われている裏で事件を起こしていて、襲われた人物が飯田君のお兄さんである『インゲニウム』だったのだ。
「あの目……似ている」
「似ている?」
「ああ。……親父に復讐する事で頭がいっぱいになっていた時の俺に」
先程見えた飯田君の表情を思い出す。
そうだ、そうだよ。既視感を感じたのは気のせいじゃなかった。
あの目はよく見てきたじゃないか。
「まさか、飯田君……!」
考えたくもない事が頭に浮かぶ。
……飯田君は職場体験先どこにしたんだろうか。
「ねぇ焦凍君。飯田君がどこに行くか知ってる?」
「さあな」
「そろそろ時間だぞ」と焦凍君は声を掛ける。
それに頷き、遠くなる飯田君の背中を見つめた。
「職場体験先が、保須市じゃなければいいけれど……」
ヒーロー殺しは保須市での目撃情報が多いらしい。
当然だが保須市にもヒーロー事務所はある。
もし飯田君の職場体験先が保須市のヒーロー事務所だったら……。
「……ううん。飯田君はそんな事考えるような人じゃない」
彼は真面目な人だ。
ヒーローの在り方がどういうものなのか分かっているはず。ヒーロー一家出身なら尚更。
だけど、光のない彼の瞳を思い出すと、不安が増していった。
***
夕方
「こ、こんにちは……?雄英高校から来ました、苗字名前です」
いや、こんばんはかな?
挨拶の言葉に迷いながらも事務所のドアを開けた……瞬間、目の前が真っ暗になった。
真っ暗になったけど意識はある。だって誰かに抱きつかれているのだから。
まあ誰に抱きつかれているのかは考えなくても分かる。家でよくある事なのだから。
「名前〜!待っていたよ〜!!」
「お、お父さん……!ここ家じゃないんだよ!?」
「そんなの分かってるって♪」
私に抱きついて来た男性、プロヒーロー『アクア』である。
小さい頃からお父さんが帰宅する度に玄関まで出迎えていたのだが、扉が開いたと思えばいつの間にか仕事帰りのお父さんの腕の中だった、って事がよくあった。
最初は出迎えることが楽しかったんだけど、思春期とやらで段々恥ずかしくなってきて止めた……かったんだけど、お父さんから抱きついて来るのでもう諦めている。
「苗字。お前に言いたいことがある」
「言いたいこと?」
「お父さんとお母さん、お前の存在を公開しようと思うんだ」
お父さんが放った言葉……それは私が二人の子供だと言う事を世間に公表する、という事だ。
「待ってお父さん……!私は二人の個性継いでないんだよ?全く違う個性を持っているのに……。困るのはお父さん達だよ?」
「確かにお前は僕達二人の個性を継いでいない。だけど、個性だけが僕達の子供だと証明するものではないだろう?」
「!!」
「例え世間が僕達の子供だって認めなくとも何度だって言おう。名前は僕達の子供だと」
「〜っ!!」
お父さんの言葉に涙が溢れ出す。
拭っても拭っても涙は止まることなく流れ続けて。
「こらこら、擦ってはいけないよ」
「うぅ〜っ」
「ごめんな、ずっと辛い思いさせて」
そんなことはない。
私の存在で世間が両親を悪く思ってしまったら……。そのことが心配でたまらないのに、お父さんは気にしていないように振る舞う。
きっと私が私の存在を公表する事を反対しても二人は聞いてくれないんだろう。
ならば私は二人に恥じない行いをするだけだ。
アクアとサナーレの子供だという事に堂々としていればいい。
泣き止まない私をお父さんはずっと抱きしめてくれた。
2021/12/10
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