第5節「轟焦凍」



「ご、ごめん。話続けるね」

「おう」


私が前世の記憶を持っている事を轟君は信じてくれた。
ならばこの先を話さなければならない。
___今の生活とは真逆だった、あの頃の話を。


「……私、前世では今のような恵まれた生活をしていたわけじゃないの」



思い出すのは、前世の私の両親。……私を作った両親。
今の両親と比べると天地の差ほど違う。


「そもそも私、人間としては変な存在だったから」

「……人間じゃなかったのか?」

「いや人間だったよ!?でもなんて言ったらいいか……あ、例えるなら改造人間かな!?」


一応人間だったって言ったつもりだったんだけど、轟君に上手く伝わっていなかったみたい。


「簡単に言うとね『兵器』として作られた存在だったの。復讐の存在として生まれてきた私には”愛”なんて与えられなかった。轟君は期待という愛を与えられていたけれど、私には『できて当たり前』としか見られてなかったから」


轟君は「そうは思わないけどな」と言うが、愛の形は様々だ。純粋な形があれば暴力的な形もある。相変わらず彼は父親のエンデヴァーさんに対して攻撃的だ。
人間は意思のある生き物。少なくとも何かしらの感情が働いているはずだ。
轟君の場合は、エンデヴァーさんによる『期待』という『愛』で間違いないはず。彼の強さはそこから来ているに違いない。育てるという事は愛情の1つだ。
しかし私には育てるという過程はなかった。力は全て最初から与えられていた・・・・・・・・・・・から。


「私ね、両親が死んだとき全く悲しくなかったんだ。あの頃の私にはきっと、人間だったら誰でも持っている“感情”が欠落してたから」

「……今のお前からは考えられないな」

「でしょ?自分でも思うよ。……でも、今の私があるのはある人のお陰なんだ」

「……ある人?」


首を傾げた轟君にこくり、と頷く。
ある人……それはドクターだ。
ドクターと出会っていなければ私は今のような人間になれていないし、サーヴァントみんなとも出会う事はなかった。


「あの人がいたから私は人間として成長できた。あの人と出会っていなかったら、ずっと私は命令を淡々と実行していくコンピューターと同じだった」

「……」

「話が逸れちゃったけど……分かってくれた?君の事を『羨ましい』って思った理由」

「……ああ」


こくり、と頷いた轟君の瞳は少し丸くなっていて、驚いているのが分かる。
普段表情の変化が少ないからこそ、少しでも変化があると分かりやすい。


「私の個性であるこの子……サーヴァントも前世からの付き合いなんだ」

「! そうなのか」

「うん。サーヴァントという存在を使ってある戦争が行われていた世界。それが、私が前世に生きていた世界」

「戦争?」

「うん。轟君が想像する戦争とは違うかも知れない」


きっと轟君のような人達が想像する戦争より激しいと想う。
願いを叶える為に殺し合う戦争……聖杯戦争。この世界にはないと信じたい。


「そんな世界がね、私が生きてた時に人類史が消滅してしまって……人類の未来を取り戻すために、様々な時代にタイムトラベルしてたんだ。……死ぬんじゃないかって何度も思ったよ」

「……なぁ。今日ヒーロー名を付けるときに言ってたこと、もしかしてその話と何か関係があるのか?」

「! 鋭いね、轟君。うん、正解」


『例え、決められた運命だとしても……。その運命の中でどれだけ自分を残せるか……それをこの名前に込めたんです』

昼にミッドナイト先生に言った言葉を思い出す。
……確かにあの時考えていたのは自分の前世の記憶だ。
『フェイ』という名前はあの頃の自分を忘れないため、カルデアのみんなを、ドクターを忘れないために付けたようなものだ。


「私、兵器として生まれてきたのに、全く戦えなくて。肝心な時に何もできなかった」

「……」

「でも最期の時は守れたんだ」

「さいご?」

「最期。……命が尽きた意味の最期だよ」


轟君の瞳が驚きを露わにする。
死んだ話なんて聞いて、いい思いしないよね。


「簡単にだけど、ここまでが前世の話。どう?これで対等になれたかな?」

「規模が大きすぎねぇか」

「あははっ、そうかな?」


複雑そうな顔をした轟君に思わず笑ってしまう。
私が笑い出しすと更に眉をひそめてしまった。


「……でも、知れて良かった」

「? どうして?」

「……お前は覚えてないんだろうが、小さい頃の俺にとって苗字は……心の支えだったんだ」

「!」


小さな頃の轟君にとって、私が心の支え……?


「私達、1回しか会ってないんじゃないの?それなのに、心の支えなんかになるかな……?」

「俺にとってはそうだったんだ。……初めて見たお前の笑顔が忘れられなくて」


どうやら轟君にとっては強く印象に残っていたみたいで。
……まぁ、一時でも心の支えとして役に立っていたのなら、それでも良いか。


「……なぁ、苗字」

「うん?何?」

「もし……もし、お前が良いなら俺の___」


轟君の言葉を静かに聞いていたのだが、彼は途中で言葉を詰まらせた。その様子に首を傾げる。


「俺の……の後は?」

「……いや、この話は後にする」


今は、ヒーローになることが一番だから
轟君はそう言って私を真剣な表情で見つめた。
……何か自己解決したみたいだけど、何の事かさっぱりである。ま、彼が納得しているなら、それでいっか。


「苗字。俺もお前の事、名前で呼んで良いか? ……昔みたいに」

「昔は名前で呼んでたの?」


コクッと轟君は頷いた。
まぁ、名前で呼ばれる事に抵抗はない。前世では職員の人は勿論、立香君と契約しているサーヴァントにも名前で呼ばれていたし。


「良いよ。轟君が呼びたいなら」

「ありがとう。……お前も、俺の事名前で呼んでくれないか」


きっと記憶にない私は、小さい頃彼を名前で呼んでいたんだろう。断る理由もないので、彼の言葉に了承する。


「焦凍君。……これでいい?」

「ああ……十分だ」


表情は固いけど、どこか嬉しそうな彼を見て、釣られたのか笑みが零れた。



第5節「轟焦凍」 END





2021/07/25


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