第4節「とある女性マスターのオリジン」
「いよいよだね」
その声に私は頷く。
発見された最後の戦いの場『冠位時間神殿ソロモン』
この戦いが終わったら、もう辛い場面を見なくて済むんだ。
これ以上、辛い思いをしなくていいんだ。
自分が思っていた以上に、この聖杯探索は私を“道具”から“人間”へと変えた。
レイシフト先で出会った人達の死を見て、優しさを知って私は人間へと生まれ変わったのだ。
人間らしさの意味を分かったとき、ドクターは嬉しそうに微笑んでくれた。
……ああ、私はその笑顔が見たかったのです。……ずっと、永遠に。
「……どうして貴方がここに……?ドクター」
王座に現れた意外な人物。
……それは、ドクターだった。
ドクターの口から紡がれる言葉の中にあった、ある言葉。
”人間になりたい”
……ああ。だから貴方は私に”人間らしく”といつも言っていたんですね。
「ドクター、身体が……」
彼の身体が光に包まれる。
そして、その光から姿を現わしたのは。
「___我が名は魔術王『ソロモン』。……ゲーティア、お前に引導を渡す者だ」
橙色の髪は銀色に染まり、白かった肌の色は少し黒くなった。
ドクターの正体は、あの魔術王ソロモンだったのだ。
その事に固まっていると、座り込んでいた私の元へやってきた。
「……まだ見たかったな。君の……名前ちゃんの人生を」
その言葉に何となく察しがついてしまった。
……このグランドオーダーを通して、私は人間らしい思考回路を手に入れたようです。……いや、取り戻したの方が、正しいのかもしれません。
「約束……したじゃないですか、ドクター……っ」
「……今は、君に本当の名前を呼んで欲しい」
「……ソロモン」
こぼれ落ちる雫を優しい指が拭った。
彼の両手が頬に添えられたと思えば
「……名前ちゃん、顔を上げて」
「ソロモン……んっ?!」
こんな場面なのに……私とソロモンの距離は0cmになっていた。
「……行ってくるね。名前ちゃん」
「!! 待って……ッ」
気付いた時にはソロモンはゲーティアの元へ向かっていて。
……あのキスは魔力供給だったのだ、と脳が遅れて判断した。
私の手がソロモンの方へと無意識に伸び、身体も動いた。
「名前さんッ!!!」
「やだっ、離して!! ソロモンっ、ソロモンッ!!!」
後ろから藤丸君に羽交い締めされ、動けなくなる。
……待って、待ってよ……っ。私、その言葉の返事を”まだ”してない……!!
「大好きだよ、名前ちゃん。……お別れだ」
なんてムードのない告白なんだろう。やっぱり貴方は空気が読めない。
……狡い、狡いよ……っ。
ソロモンが宝具を展開した。
その宝具の真名は『訣別の時きたれり、其は世界を手放すもの』。……簡単に言ってしまえば、その宝具は”自爆攻撃”で。
「いかないで……まだ私、貴方に何も返せていない!!」
本当なら放っておけば良かったのに
ただの他人として放ってくれれば良かったのに
貴方に出会って、共に過ごして……
道具として私を扱ってくれれば”こんな感情”は生まれなかったのに……!
「……後は頼んだよ、名前」
掴もうとしたものはすり抜け、光の粒となって消えてしまった。
そこにあったはずだった温もりは無くなってしまった。
……映っているのは、地面だけ。
「あ……っ、あぁ……っ!!」
伝えたかった
道具だった私が一生抱く事の無かったこの”想い”を
貴方と過ごしたから芽生えてしまったこの気持ちを
***
あの後、どうやって帰還したのかも覚えていない
さっきの光景は幻だったんでしょう?
いなくなった、なんて嘘なんでしょう?
……そう思っていても
「……」
”おかえり”
……いつもならあの声で迎えられる言葉がない事が、何よりも証拠だった。
もうドクターはいないのだと。
「どくたぁ……ドクター……っ」
あの人と歩んだ10年が、思い出が駆け巡る
……これは、道具が”愛”を求めてしまった罰なのでしょうか
「私も……貴方を。ドクターを、ソロモンを……お慕いしていました……っ」
全行程のグランドオーダーは終了した。
生き残った者は少なく、破壊工作によって亡くなった200名の命と、未だに47名が冷凍保存の状態。
……そして、行方不明者1名。
「う……っ、うぅ……っ」
沢山の雫を流した
声が嗄れるまで叫んだ
……それでも、受け入れなければいけなかった
あの人のお陰で私達は生還でき、全てのグランドオーダーを達成できたのだから
……あぁ、この記憶は
___道具として生まれながら、抱いてはいけない感情を抱いてしまった哀れな兵器の記憶だ
2021/07/24
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