novel3 | ナノ



29

ディオはリリアンに徹底的に拒絶された。
精神的にも肉体的にも、物理的にも、だ。

彼女を監禁しているその部屋の中で、それは発生した。
目に見えない何かによって、ディオはリリアンに近付く事が出来なくなった。
身体が弾かれる。何もない筈のそこに、何かが在る。未知のエネルギーをディオは感じた。
それは、つい先程墓場で見たジョナサンとツェペリとかいう男が使っていた波紋とはまた違う気配を感じさせるものだった。
ディオにはよく分からなかった。とにかく、リリアンに近付け無い事だけが確かだった。
拒絶の言葉を吐いて、呼吸を乱しながら荒い息でベッドに沈むリリアンに対して、近付く事すら許されない。
吸血鬼の腕力で空間を薙ぎ払っても、風圧が飛んで彼女の髪を揺らしただけだった。


「こな、いで…」

「リリアン…」


朦朧としているであろう意識の中でも、ディオを拒絶するその姿。
それだけの事をした自覚はある。その身体を暴き、暴力的に犯した。
内側からも外側からも壊した。身体を交えれば彼女の心にも別の感情が芽生える筈だと考えていたが、結局上手く行かなかった。

──頭が熱くなり、心が冷える。足元が崩れる感覚がする。
リリアンが、ただの人間であった自分を好きだと言ってくれた時、確かに喜びはあった。
同時に、そんな事に拘る彼女に苛立った。
過去を見ずに、現実を見ろ。今の自分を、このディオを見ろと、ムキになった。
けれど、きっと、ディオが瑣末な事だと吐き捨てたそれを、リリアンは本当に大事に思ってくれていたのだ。
人間を辞めたディオには分からなくなったが、人間であったディオ・ブランドーにも価値があったという事の証明だった。

しかし、吸血鬼となったディオは、人間を超越した事に後悔などなく、むしろ全能感を感じてしまっていた。
そんな今の自分の方が、昔の自分よりはるかに性に合っている。
だからもう、リリアンと分かりあうのは無理なのだ。心を通じ合わせるのは無理となったのだ。
今のディオの事をリリアンが愛してくれる事は、もう二度と無いのだと、思い知った。


「クソッ…!どうしてだッ!!」


ディオは結局、“奪う者”でしかない。腹立たしいが父親と同じそれにしかなれない。
けれど、どうしてこうも、幸せになれないのか
“奪う者”は幸せになれないという事か。“与える者”なら、“受け継ぐもの”ならば幸せになれるのか。
その間にはそれほどの差異があるのか。
かといってディオは母のような与える者には死んでもなりたくなかったし、ジョナサンのようなぬくぬくとした受け継ぐ物にもなりたくなかった。
気高く、誇り高い、奪う者であり続けたかった。
そうすればきっと、奪われ続けていた人生を取り戻す事が出来る筈だと、天国のような暮らしの中、幸せになれていたはずだと、思っていた。
それが間違っていたのか。あと一歩で手に入るところだと思っていたそれを取り溢した。
どこから、間違えてしまったのか。

石仮面ではなく、優等生の仮面をずっと被り続けていれば、そこへ辿り着けたのか。
優等生の仮面を脱ぎ、石仮面を被ったのは、何故か。
リリアンを引き止める方法なんて、ジョージに毒を盛る以外にもたくさんあった筈なのに、その方法をとったのは、何故か。

それはきっと、あのスピードワゴンという男が言ったように、自分は産まれついての悪だったからなのだろうと、ディオは思った。
生また環境、育った環境も悪かったが、環境で悪になったわけではないという自覚が、ディオにはあった。
自分が純真無垢だった頃、善人だった頃、あどけなかった頃という者をディオは思い出せない。
聖人のような母をずっと馬鹿にしていたし、善行というものは、それこそ、リリアンと出会って服を与えたあの一度しかない。
否、あれこそ打算に塗れた行動だった。──きっと、一目惚れだった。あの美しい星が、欲しい、と。
その感情はきっと、あの時既に根付いていた。

4、5歳の頃に物心が付いてから貧民街で暮らした年数と、13歳からジョースター邸で暮らした年数はほぼ変わらない。
ディオにはどちらも等しく7年分の記憶がある。
環境で左右される性根ならば、ジョースター邸で暮らした年数で改心している。けれど絶対にそうはならない。
ならない自信しかなかった。
だからディオはきっと、産まれついての悪だった。
同じ底辺産まれのあの男と、ディオはあまりにも違う。きっと貧民街の街中で出会っても、ディオは決してスピードワゴンと分かり合える事は無い。
性根が違いすぎる。
それくらい、環境で変化しないくらい、自分が善の心を持てない事を、ディオは理解していた。
だから、悪手しか、取れないのだ。





「…愛してた…好きだったよ…」



──ああ、でも、どうして、どうしてもっと早く言ってくれなかったのだろう。
リリアンの存在がディオの生き方を変えたのは確かだった。
その愛が欲しかった。その愛を得る為に努力した。
彼女がジョナサンに向ける母のような愛を、自分にも向けて欲しかった。
もっと早く自分に向けていてくれたのなら、もっと早く、もっと自分は、変われていたかもしれないのに。















「ディオ…僕の気持ちを聞かせてやる。
紳士として恥ずべきことだが正直なところ今のジョナサン・ジョースターは…恨みを晴らす為にディオ!貴様を殺すのだ!」


その見得を聞いた時、ディオの心の中にはくだらんという気持ちと、僅かな喜びがあった。
あのジョナサンに、常に紳士であることを旨に生きてきたであろうジョナサンに、そんな台詞を言わせたのだ。
甘ったれで、呑気で、平和な性格な男の崇高な心を汚してやったという達成感。やり遂げたという気持ちがあった。


「お前を葬るのに罪悪感なし!」


すごいことを言う物だ。
ディオはそれまで、ジョナサンをこの手にかけたくないとさえ思っていたのに。
殺さなければならないとは思っていたが、始末は部下に任せるつもりだった。
幼馴染であり、共に同じ家で兄弟同然に育ったジョナサンを殺してもアンデットにしても面白くも何ともない。
何より、流石に直接手を下したとなればリリアンに憎悪の感情しか向けられなくなるだろう。
だから処刑は部下に任せるつもりだった。
そんなディオに比べてジョナサンの方がよっぽど決意を固めていた。そしてそれに比べて、ディオの覚悟の量はやや弱かった。
それは、ディオはこの時までジョナサンを舐めていたせいでもあった。


ジョナサンが波紋法を身に付けたのはここ一、二週間程の事。
太陽のエネルギーを纏う、吸血鬼退治に特化した技。よくもそんな都合の良い力を得たものだと、ディオは運命を呪った。
ゾンビ共からの報告によれば、そもそもジョナサンはディオが生きているという事すら自分で調べようともしなかった。
リリアンも、ディオが死んでいる事を信じていた。姉弟揃ってディオの事を忘れ、日常生活に戻ろうとしていた。
リリアンには身を持ってその身体に分からせたが、ジョナサンの事は彼女との関係が落ち着いたら始末するつもりだった。

しかし、その間にジョナサンは力をつけたのだ。
それも、自分からディオを倒す方法を模索したわけではなく、波紋法を教えてくれとチベットの山奥まで修行しに行ったわけではない。
自分からは決して動かず、ただただツェペリという男から与えられ、受け継いで。
それなりに過酷な修行はしたのだろうけれど、ほんの一週間か二週間程度の、努力のようなもの、で波紋を使えるようになったというのだから、嗤えてしまう。





「──俺の体が溶けていく…ッぐあああ!こ、この激痛!この熱さ…ッ!」


だというのに、この様だった。
本当に嫌になる。
ディオや他の多くの人間には出来ないことが、彼には呆気なくできてしまう。
与えられて、受け継いで、こうしてなんだかんだで達成してしまう。
才能とか、万人にひとりの適性とか、そういう訳の分からないもので安易と。
多大なる犠牲を払って人間を超越した筈のディオに、追いついてしまう。
どこまでいってもジョナサンは“受け継ぐ者”だと、ディオはジョナサンに身体を貫かれながら思った。


「何世紀も未来へ…!永遠へ生きるはずのこのディオが…!ああああ!リリアン…ッリリアン…!」


人間でないディオを拒絶したリリアンは、今のジョナサンを見てどう思うのだろう。
人間を超越したディオを、その拳で貫き、倒したジョナサンのことを。
人間を、人外を超越している存在を。
けれどきっと、彼女は弟であればなんの嫌悪感も抱かないのだろう。
それどころか、吸血鬼を殺した事を褒めるのだろう。
彼女はジョナサンが何をしても受け入れる。
きっと、ジョナサンが吸血鬼になったとしても、受け入れそうだ。
それくらい、彼女は双子の弟をその存在丸ごと愛しているのだから。


──ああ、ならば、その愛しの弟の身体をこのディオのものにすれば、どう思うのだろう?


ディオは迷いなく、自分の首を自ら刎ねた。
動物や人間やゾンビで繰り返していた実験が生きた。
首だけで肉体を乗っ取れるという保証があった。
誰のボディでも可能だったが、欲しいと思ったのは、ジョナサンの体だった。
この自分をその爆発力で三度も撃退してみせた、人間でありながら、人間を超えた吸血鬼のディオを退けた男。
簡単に波紋法をマスターした潜在能力、身体的能力の高さ、恵まれた体躯、その勇気に満ちた精神性。
いっそ尊敬の念を抱く、その存在。

自分に無いものをたくさん持つジョナサン。
リリアンと同じ血が流れるその身体。
肉体的にも精神的にも強固な繋がりをもつ、ふたご星。
二人で一人の彼女と彼。



──ああ、羨ましい

その肉体が欲しくて欲しくてたまらなくなった。
彼の肉体こそが、ディオの肉体となるべきだ。
だから奪おうとした。“奪う者”として、奪おうとした。
ジョナサンの肉体を得られれば、またリリアンが愛してくれるのではないか、などと、いう、人外の思考もディオはしていた。
それが人の考え方では無い事に気付いていなかった。否、気付きつつも、そんな事は些末だと、切り捨てた。

それが致命的にリリアンとの関係を修復不可能な程破壊した。決定付けたと、ディオは後に知る事となる。















ディオはまた、ジョナサンに敗北した。
一度目は殴られ。
二度目は燃やされ、貫かれ。
三度目もまた燃やされ、貫かれ。
そして四度目──

結局一度として、ディオはジョナサンに勝利していない。
ジョナサンには負けっぱなしだと、認めなければならない。
7年前も、この7年間も、ディオはジョナサンに日常生活では敗北していないが、決定的な局面ではずっと敗北していた。

船のシャフトが止まり、圧力が高まり、爆発する。
エリナが赤子を抱いて、シェルターである宝箱に入る。
炎が燃え盛り、辺りが熱気に包まれる。爆風が吹き荒れる。
ジョナサンの身体が焼けてしまう。
義弟、我が永遠の肉体、リリアンの半身の身体が燃える。
火を、消さなければならない。

鼓動の無くなった胸に抱かれながら、ディオは必死で触手を伸ばした。
そこからの記憶は朧気だった。
ただ、爆発で吹っ飛び、母なる海に抱かれながら、愛しい女の声を聞いた気がした。


最後に見た彼女の顔は、辛そうだった。
否、ディオが吸血鬼となる前からずっと、毒の事がバレてからずっと、泣き顔しか見ていない。
淑女として作られた完璧な笑顔ではない、柔らかな彼女の笑顔を最後に見たのはいつだったろうか。
それすら思い出せずに、ディオの意識は水底に沈んでいった。






















──ファントム・ブラッド 完──




 

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