novel3 | ナノ
28
──暗い。何の明かりも、灯りも無い。
目を開けても閉じても、何の変化も無い。
川に飛び込んだ時のような冷たい感覚。
水底だ。
こぽこぽとした音だけが聞こえている。
不思議な空間の中で、身動きは全く取れなかった。
沈んでいく。
落ちていく。
終わりの無い暗闇の中に。
冷たい冷たい海の、底に。
・・
・ー・・
ーーー
・・・ー
・
ー・ーー
ーーー
・・ー
ー
・・
ーー
・
・・・
ー
ーーー
・ーー・
その時、誰かの呼び声が聞こえて、リリアンの意識は浮上した。
「ーーーっげほっごほっ!」
「リリアン!リリアンおい!しっかりしろ!起きたか?!息を吸え!」
「おいっ!身体を揺さぶるなスピードワゴン!」
リリアンはひゅーひゅーと息を乱しながらも、必死で肺に酸素を取り入れた。
「リリアンッお主また暴走しかかっておるぞ!それに、何があったのだ?ジョジョがどうしたのだ?」
「ーーー…」
リリアンは応えられなかった。外は朝になっていた。
もう、今から捜索を開始しても、状況は絶望的だと分かってしまった。
けれど、それでもリリアンは一縷の望みをかけた。エリナだけは、生きているかもしれないからだ。
「…警察に、連絡を」
リリアンは、なんとか気を奮い立たせて、そう言った。
動揺する周囲を置き去りに、立ちあがろうとする。
そして鏡に映った自分の姿に、目を見開いた。
リリアンの目に、それらは映っていた。
自分の心臓付近に食い込むように在る、時計。
それに絡みつく“茨”。
時計から四方八方に飛び出る鎖。
それらは、意識をするとフッと消えた。
リリアンはその時ようやく、自身の超能力のビジョンを目にした。
同時に、なんとなくコントロールの仕方も分かった。
「リリアン様!警察から連絡が…!」
──リリアンが目覚めてすぐに、船の行方が分からないという電報が届いた。
夜中に船からの異常を知らせる無線が届き、その後連絡が通じる事は無く、途絶えてしまったのだという。
それはリリアンの身体に異常が起こった時刻と同じだった。
それから一日が経過しても、船の行方は掴めなかった。
捜索隊が、船が通っていた場所を予測して捜査を続けている。
リリアンは居てもたっても居られず、そして皆もじっとしていられず、全員で港に向かった。
その間、誰も言葉を発しなかった。
皆が分かっていた。状況は絶望的だと。
リリアンは、船が出航した港町に宿をとって、そこから動かなかった。
水上警察や沿岸警備隊や捜索隊の船が戻ってくるならば、場所はそこだからだ。
外にはアメリカ行きの船に乗っていた家族の関係者が集まっている。
新聞記者も集まっている。
人々のざわめきが聞こえている。
そして、また一日が経った。
船が遭難して二日経つ。
食事も喉を通らなかった。
冷や汗が止まらなかった。
──そして、スペイン領カナリア諸島沖で、エリナが救助されたとの報せが届いた。
「──エリナ!!」
その更に三日後、エリナはイギリスに戻ってきた。船の残骸が残るその場で救助されたのは、彼女と、そして彼女が抱いていた赤ん坊だけだったという。
エリナは酷く衰弱していた。二日間、飲まず食わずで海の上を彷徨っていたのだ。冷たい海の上を、赤ん坊を抱きながら、ずっと。
彼女は希望を捨てなかったのだ。諦めなかったのだ。
エリナは救助されてすぐに治療を受けて一命を取り留めていた。
そして、三日かけて国内に運ばれて港から一番近い病院に入院する事になった。医師にはリリアンから説明して、トンペティ氏達を部屋に呼び、治療させてもらった。
危険な状態だったエリナと赤ん坊に、二人がかりで高精度な波紋が流された事で、エリナと赤ん坊の容体は安定した。
あとは、栄養失調で弱った体力を取り戻してくれれば、元気になるとのことだった。
それからまた一日経過しても、まだエリナは目を覚ましていなかった。そんな中、赤ん坊は目を覚ましていた。
お腹が減ったのか、おしめか、母親を、もしくはエリナを求めて、泣く赤ん坊。
波紋を流されるまでは青白く、息も浅く、泣くこともなかった小さな命。
だからリリアンは、その元気な泣き声に少し笑った。
指をそっと差し出すと、反射的にきゅっと握り返してくれる。
その指の温かさに、安堵した。
眠るエリナを起こしてはいけないと、赤ん坊を慣れない手つきで抱っこしながら、病室を出る。
ゆっくりとその背中を撫でて、とんとんとあやす。
「よし…よし…いいこだね…」
リリアンは赤ん坊を泣き止ませながら、静かに涙をこぼしていた。
けれど、泣くのはこれで最後にしようと思った。
何度も何度も、襲いかかってくる不条理に、心が折れかけていた。
けれどやはり、未来の為に、その歩みを止めるわけにはいかないのだ。
新しい生命や、新しい家族、これから先広がっていく繋がり、今ある繋がりも大切にして、皆と一緒に進んで行かなければならない。
──ジョナサンは死んだ。
リリアンは一人になった。
父ジョージもディオも、もう居ない。
ジョースター家の男達は全員死んだ。
けれど、リリアンは独りきりではない。
支えてくれるたくさんの人がいる。
そして、この世に残ったエリナと、保護者を失ったこの赤ん坊を守るのは、リリアンの役目だ。
「私はエリナ・ジョースターです。ペンドルトンには戻りません。
リリアン…貴女と、この子と、そしてこの子達と…共に生きましょう」
「エリナ…っ」
ディオは、首だけで生きていた、らしい。
そんなディオと、ジョナサンは共に亡くなった。
爆発する船の中で、運命を共にしたと、エリナは教えてくれた。
怖かったろう、恐ろしかったろうに、エリナはその時の事を詳しく教えてくれた。
ジョースターの問題に巻き込んでしまい、本当に申し訳ないと、リリアンは謝った。
結婚してすぐに夫を失ったエリナに、リリアンはそれ以上なんと言葉をかけて良いのか分からなかった。
けれど、エリナは強かった。
その瞳には生命の煌めきがあった。
──彼女のお腹には、ジョナサンとの子供が居る。
妊娠一ヶ月という事だった。
早期に分かったのは、トンペティ氏達が波紋を流した時に、体内にもう一つ分の生命の鼓動を感じたからだった。
それは、奇跡だった。
エリナは覚悟を決めていた。父親の居ない子供を産み、育てる覚悟を決めていた。
リリアンも、腹を据えた。
ジョナサンの代わりにはならないかもしれないが、エリナは自分が守ると。
だって、もうエリナはリリアンの妹なのだ。
エリナ・ジョースター。
ジョナサンの伴侶、リリアンの義妹。
たった一人、否、たった三人の、リリアンの家族だ。
「強く、生きていきましょう」
「ええ、もちろん」
赤ん坊を抱きながら、ジョースターの女達は、頷きあった。
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