novel3 | ナノ



27

ジョナサンは、ディオ・ブランドーが羨ましかった。
頭が良く、要領が良く、人を惹きつける見た目と、その言動。
ずっと父から比べられてきたし、学校での同級生だってそうだった。
比べなかったのは、エリナとリリアンくらいだ。

産まれた時から貴族として育てられていた筈のジョナサンよりもずっと、ディオは優秀だった。
彼は自分には無いものをたくさん持っていた。
そして、ジョナサンが決して手に出来ないものを、手にする事が出来る立場にあった。

リリアン。愛しい姉。愛しいひと。
自分は弟だから、彼女の側にずっといる事は出来ない。一生を共にするパートナーにはなれない。
同じ母から産まれた双子なのに、ずっと一緒には居られず、やがて道が別れるという。
姉弟間での結婚は出来ない。何故なのだろうと、小さい頃は思っていた。
大きくなったらお父様とケッコンすると言った姉に、父は嬉しそうにしながらも、それは出来ないんだよと嗜めていた。
家族は、家族以外の他人と結婚する。それが普通であり、世間一般的な常識だ。
近親間でのそれはイケナイこと。罪であると。
ジョナサンは子供心に寂しく思った。産まれた時からずっと一緒の姉が、こんなに自分の事を愛していてくれる姉が、いつか、ぽっと出の誰かに盗られてしまうことを。
その男を、姉は、父やジョナサン以上に愛してしまうのかと。それが不満だった。
ジョナサンが姉に対して抱いていたのは、甘ったれた独占欲だった。それは子供の頃ならば許される想いだった。

思春期になると、身近な家族の存在を何故か疎ましく感じるようになるのが人間だ。
照れ隠し的要素と、遺伝子的で本能的な要素が混ざってしまうのだろうか。
父の加齢臭が嫌だとか、母親が過保護でうっとおしいだとか、兄が不潔だとか、姉の女を感じて気持ち悪いだとか、妹や弟が後を付いてくるのが邪魔だとか。
幼さが消えていくその時期に、同級生達が家族を嫌悪していくのを、ジョナサンは見ていた。
けれど、ジョナサンはそれには当てはまらなかった。

父の事はずっと敬愛していたし、母のように愛してくれていた姉を、ジョナサンも同じように愛していた。
恋愛感情ではなかった。家族として愛していた。幸せになって欲しかった。
それが少し澱んだのは、あってはならない欲が苛烈に湧き上がったのは、ディオのせいだった。

義兄弟。義兄妹。
ジョナサンとリリアンより数ヶ月早く産まれていたディオは、立場上、兄となった。
義兄、その兄の立場で、ディオは義妹であるリリアンに手を出したのだ。
腹立たしかった。許せなかった。 ──羨ましかった。
ディオは本当に、自分達に出来ない事をやってのける。

リリアンから彼との婚約関係を聞いた時、唇だけでなく、その身体、その生涯、その人生の全てを、リリアンの全てを、ディオは手に出来る立場にあると、知った。理解した。
そしてその時、ジョナサンの心に芽吹いたのは決して恋なんかではなく、邪悪で、穢らわしい、漆黒の独占欲だった。
エリナに抱いていた、暖かく、優しく、穏やかで、ただただ幸せな気持ちになれるそれでは無かった。
その感情は破滅しか齎さない。だから、捨てる事にした。蓋をして、見ないようにした。

幸いと言って良いのか、分からないが、ディオが死んだ事でその感情は薄れた。
もう、同じ屋根の下で、同じように育った兄なんかに、姉が盗られないことに、安堵した。
スピードワゴンやストレイツォが姉に想いを寄せているのを見ても、ジョナサンは何とも思わなかった。
姉を幸せにしてくれるのが、ディオ以外なら誰でも良いと、気付いたのはその時だ。
ディオだけは許されない。ディオは姉を壊す。絶対に幸せになんか出来ない。筈だ。
ジョナサンはディオだけは、ディオにだけはリリアンを盗られたくなかった。











──その理由に、本当の意味で気が付けたのは最期の時だった。










「ジョジョ!お前が居なかったらこのディオに仮面の力は手に入らなかっただろう…しかしお前が居たから未だ世界は!リリアンは俺のものになっていない!
神がいるとして運命を操作しているとしたら!俺たち程よく計算された関係はあるまいッ!」

「…!」

「俺たちは!この世において二人で一人!!」


首を貫かれて、声が出なくなった。呼吸が出来なくなった。波紋が練れない。
それでもエリナを逃がさなければ。彼女だけは逃がさなければならない。
体内に残された、微かな最後の波紋を、ワンチェンに食らわして、そして──ジョナサンの生命の系はプツンと切れた。
船を爆発させる。その手段を取ったのは、ディオの入っていた棺が重厚そうであり、シェルターにもなるだろうと思ったからだ。
エリナだけは、否、あの赤ん坊も共に、生き延びてくれたならと。
自分が助からない事は分かっていた。


──死の間際、ジョナサンはディオの頭部を胸に抱きながら、人生を振り返っていた。
ディオは言った。ジョナサンの事を、この世で二人目の尊敬出来る人間だと。
そのボディを手に入れて永遠を生きる。それが運命だと。
そして、ジョナサンの事を好敵手(ライバル)だと、言ったのだ。

いつもの油断を誘う為の嘘かと思ったが、それでも、ジョナサンはその言葉に、喜び、のようなものを感じてしまった。
昔から、何をしても叶わなかった義兄に、認められたのだと。
自分から、家も父もリリアンも、何もかもを奪っていったディオにそんな風に言われて、ジョナサンは少しおかしくなって笑った。
鏡合わせのような自分と彼。真逆のようで居て、どこか似ていた自分達。
形は違えど同じ者を愛していた二人。

ジョナサンとディオは二人で一人。
二人の運命は今、完全に一つになる。
肉体は一つとなる。


「(──魂だけは、渡さないけれど)」


ジョナサンの魂はリリアンのものだ。精神的に深く繋がっている自分達の魂は、ずっと共鳴している。
今、この最期の時、ジョナサンはそれを強く感じた。
遠くで、姉の泣く声が聞こえている。


「(──リリアン、輝かしい双子の半身。       僕だけの、ふたご星。)」


双子星、連星。
二つ、三つ以上の星が互いに重力的に束縛されているそれ。
やがて互いに引かれ合って、超新星爆発を起こし、溶け合って、新しい星を生み出す。
そうやって、未来永劫共に在る、星。

──そういえば、ドイツの詩人のゲーテの名言に、こんなものがある。
人間らしく幸福にするために、愛は気高いふたりを寄りそわせる。
しかし、神のような歓びを与えるためには、愛は貴重な三人組をつくる。と。

原典との解釈は違うかもしれないが、これはあまりにも当てはまっていると、ジョナサンは思ってしまった。
リリアン、ジョナサン、ディオ。
3人はきっと、お互いに惹かれあっていた。引かれあっていた。
自分達はきっと、最初からこういう運命だったのだと。




──目が見えなくなって、痛みも消えた。
エリナが泣いている。
赤ん坊がないている。
リリアンの悲鳴が遠くで聞こえる。
ディオが何かを訴える声が聞こえる。
それも次第に消えていく。

その暗闇の中で、ジョナサンの脳裏によぎったのは、ありし日の青春だった。








「──頑張って!」



他所行きのドレスを纏った姉が、ラグビーの試合を応援しにきてくれた時のこと。
初めての試合だった。父もいた。歓声が鳴り響いていた。
ディオと自分は、コートの上だけでは信頼し合った関係だった。
ベストパートナーだった。一年生ながらも、コンビネーション技で初得点を決めた。

父が喜んでいた。
リリアンが笑っていた。
心からの笑顔で祝福していた。
美しい姉は皆の注目の的だった。

ディオも、汗をかきながら満更でもなさそうに微笑んでいた。
顔を見合わせて、笑いながらバシッとハイタッチした。あの時、きっとディオとも心が通じていた。

ディオがリリアンに駆け寄った。
青い空の下でふたつの金の髪が風に揺れていた。
ああそうだ、あの時自分は、お似合いだな、と思ったのだ。
あの時だけは、爽やかな気持ちでそう思った。
この光景がずっと見たいなと、思った。

あの時、空は珍しく晴れていた。
快晴だった。
青い、青い、美しい空だった。
青春だった。
美しい青い春だった。
青い、蒼い、碧い。
碧。
リリアンの目。
彼女の色。
自分と同じエメラルドグリーン。
互いの唯一。
産まれる前からの特別な女の子。
魂で繋がった双子。
半身。
ジョナサンだけの美しい姉。

──そんなリリアンが、少し淑女らしさを忘れて、試合に興奮して、はしゃいでいた。
本当に嬉しそうに屈託なく笑っていた、その時の姿は、顔は、目に焼きついている。
脳裏に焼きついている。


「(──ああ、そうだ)」


ゲーテの作品、ファウストの一節にこんな名言もあった。
奇しくもそれは自分の今の状況に当てはまると、またおかしくなって、ジョナサンは、穏やかに笑った。

主人公が、幸福であった時の思い出を振り返り、その生命が尽きる、死ぬ直前に発した言葉──


















時よ止まれ、汝はあまりに美しい。












  

 

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