novel3 | ナノ



26

 


「わしの能力は、波紋法の極地に至り、その際に発現したもの。…対象の相手と手を合わせる事で、その者の未来を…視る事ができる力」

「未来…予言、予知能力者、という事でしょうか…?私は波紋法の修行をしていません…それに…未来が見えたことも…」

「必ずしも波紋法を極めた者が発現する訳ではない。それに、能力は人それぞれじゃ。
治癒能力に優れた者や、姿形を変えたり、移動に特化した超能力者も居る。
産まれ付き能力を宿す者も居れば、わしのように時間をかけてゆっくりと力に目覚めた者、そして何かがきっかけで突然力に目覚めたという者も居る。
そして、扱い方を知らぬままに、逆に取り殺されてしまう者もいる。
お嬢さんは何かきっかけがあって突然超能力者となったと見るべきだが…原因は思い至るかね?」

「…分かりません…ここ最近ずっと…たくさん…色々な事が起こりすぎていて…」

「…いや、ああ、すまん…思い出さなくてもいい…原因は今は、良いのじゃ。わしが不躾じゃった。
…とにかく、君は超能力者となった。
その能力は個々により未知数。その姿かたちもバラバラだと言う事。そして其方のそれは其方だけのもの。
その姿も視えている筈じゃ…」

「…いいえ…私には何も」

「視えておらん、というのが不思議じゃな。わしからは其方の身体から出ているそれがよく見える」

「…見えないけれど、感覚だけがある…そんな感じです…」

「うむ…ひとまず、其方が目覚めた事により、その力の暴走は止まった。つまり、其方は自身の超能力をコントロール出来ておる。
だが身体が弱り、精神が弱った時、その能力は再び其方に害となる。
強い力をコントロールするのは、強い精神力じゃ。心を、精神を強く保て…こんな時に非情な事を言っているように聞こえるかもしれないが、君の為だ」

「…はい、ありがとうございます」


リリアンは、ジョナサンと共にゾンビ退治に参加してくれたトンペティ氏から、自分の身に起こっていた事について話を聞いていた。
リリアンは、己に宿った超能力の実感があまり無かった。けれど、扱えるようにならなくてはならないと思った。また暴走すれば高熱に魘され続けてしまうのだから、身体が元気な間になんとかしたい。

リリアンがウィンドナイツで発見された時、そこでは、自分を中心に鎖がドーム状となっていたと聞いた。
身体の中心、心臓部分には懐中時計に似た不可思議な円形の物が見えていて、鎖はそこから伸びていたと。
今は、時計こそ見えないが鎖が心臓辺りから無造作に伸びている状態だと言われた。
所謂出しっ放し、垂れ流し状態というらしい。
なるほど、この妙な感覚は鎖とやらのせいだったのだと、リリアンは少し納得した。

けれど、その超能力とは一体なんなのだろう。火事の際、ジョナサンを引っ張ったような感覚があったのは確かだが、もしかしてカウボーイみたいに何かを捕まえる事に特化したものなのだろうか。
などと考えて、けれど目に見えないものをどう扱って良いのか分からず、リリアンは途方に暮れていた。

そんなリリアンとトンペティの会話を聞いていた周りの皆は、超能力について色々と話し合っていた。


「トンペティさんが僕と握手をしなかったのは、僕の未来を見ない為という理由もあったということですよね?
ツェペリさんから聞いた話と少し違うと思っていたんです」

「ツェペリから?彼はなんと?」

「若い頃、波紋法を教わりに訪れたツェペリさんを、トンペティさんが握手をして迎え入れてくれたと。手を合わせた瞬間にびりっと来たと言っていました」

「そうか…わしは、ツェペリの死の予言を見てしまった事を、悔いてはいないが…それでも、その運命が外れて欲しかったとは思っている。
わしの預言は外れない…。
ツェペリは受け入れた。受け入れる事が出来ていなかったのは…わしの方じゃったかな…。
ツェペリの死の予言を見てから、なるべく人と握手するのは避けていたんじゃ」

「タルカスに殺される少し前、あの人は予言がどうとか言っていた。死の予言を知りながら、旦那はタルカスに向かっていったんだ…」

「人の未来を見てしまう超能力…ツェペリさんのあんな最期の姿をみてしまったなら、それが変えられないのなら、辛いことです…」

「………ごめんなさい、私がツェペリ男爵を呼び寄せてしまったことで、こんなことに…」

「それは違う。断じて。彼の運命は30年前から決まっていたのだ…君が気に病む必要はない。運命だったんじゃ…」

「運命…」


リリアンの知らぬ間に、ジョナサンは波紋法というものを、ツェペリ男爵から教わっていたのだという。
彼と連絡を取り合っていた事が、事態を良い方向へ導いてくれたらしいけれど、その代償と言うべきか、ツェペリ男爵は犠牲となってしまった。
手紙と電報でしかやり取りをした事がなかったが、リリアンは酷く悲しく思った。一度会って話をしてみたかった。
もし彼の警告通りに、手紙が届いたあの日に仮面を壊していれば──否、その前にディオが所持していたようだから、いずれにしろあの悲劇は起こっていたけれど。

そしてトンペティ氏と共に駆けつけてくれたというダイヤーという波紋戦士も、あの日に亡くなってしまったという。
吸血鬼となったディオ事がした事は、本当に恐ろしいことだった。
リリアンが熱病に魘されている間に、彼は本当に“楽園”とやらを作ろうとしていたのだ。
あのウィンドナイツでの出来事は、新聞にも載っていた。

1888年12月4日付けのロンドン・プレス紙にはこう書かれていた。
12月1日、一夜にして人口452人の町の73名が行方不明だと──

百名近い犠牲者の数だった。
あの町以外にもまだまだ犠牲となった者は多いだろう。
あのまま放っておけばどうなっていたか、想像するだけでも恐ろしい。
本当に、ロバート氏の言うように、ジョナサンは世界を救ったのかもしれないと、リリアンは思った。

リリアンはあまりに無力だった。
これまでの人生を全て否定されたかのような、そんな体験を強制的に味合わされたのだ。
人間としての努力、研鑽、人間性の否定。幼い頃から共に居てくれたメイドの死。
暴かれて犯されたこの身体──弱くて、あんな圧倒的な悪の力の前では無力だった。
だからこそ、変わりたいという気持ちはあった。もう、敵は居ないけれど、この身に宿った超能力は、何もかもを奪われたリリアンに残った大切なものだと思った。


「波紋法を学べば、精神と肉体を鍛えられる…リリアンさんも鍛えれば、精神力が安定すれば、師のようにその力をコントロールする事が出来るのでは?」

「うむ…一時的に波紋法を使える方法を試してみて、様子を見てみるのはありかもしれぬ」


皆が会話しているのを聞いていたリリアンは、そのような方法があるのかと驚いた。
しかし、ロバート氏とジョナサンはそれに反対した。


「あれは痛いぜ!俺ァ才能がなかったから波紋を使えなかったしやられ損だったぜ…」

「僕も初対面の時にツェペリさんから横隔膜を突かれたけど…あれはかなり痛かったし、女性の身体にそんなこと…」

「うーむ…確かに」

「…我慢してみるので、やって頂いても良いですか?」

「リリアンッ」

「…では、突いた際の痛みを波紋で消すのはどうでしょう?苦しさはありますが少しはマシの筈。治癒波紋が得意な私がやりましょうか?」

「そうじゃな」


黒髪の男性、ストレイツォがそう言って、その方法を試してくれる事になった。


「よ、よろしくお願いします」

「リリアンさん、力を抜いて…私が身体を突いた瞬間、息を全部吐き出してください」

「は、い……」


リリアンがドキドキしながら目を閉じると、誰かの息を飲む声が聞こえた。


「お、俺ァ見てらんねーぜ!」


と言ってロバート氏が扉を勢いよく開けて飛び出していく音が聞こえたので、気になって目を開けると、ストレイツォ氏の腕を掴むジョナサンが居た。


「や、やっぱり僕が!僕がします!それと、皆一回出ていってもらって良いですか??」

「う、うむ」

「おお…」

「ジョナサン…?」

「リリアン…君の苦しむ顔をあまり皆に見て欲しくないと思ったんだ。」

「そ、そんなに痛いの?なんだかすごく緊張してきた…」

「大丈夫、ゆっくり息を吸って、吐いて…吐いた時に横隔膜を突くよ。
そこに僕が波紋を流して、リリアンの呼吸を調整する。それまでの酸素を全部吐き出したら、ようやくその時息を吸うんだ。
目は開けておいて、そっちの方がタイミングを合わせやすいと思う。…じゃあ、いくよ」

「う、うん」

「ふ!」

「う…っくっ…っ」

「そう…しっかり全部吐いて、上手だね」

「っー…!」

「吸って!息を吸うんだ」

「っごほ…っけほ…っ」

「よし!いいぞ!波紋の呼吸が出来ている!苦しかったね…ごめんよ…はい、これで口元を拭いてね」

「あ…ありがと…」


リリアンはジョナサンの波紋によって呼吸の仕方をコントロールされた。その方法を直接身体に覚える事で、波紋法を修得への道がいっきに早くなるとの事だった。


「これが波紋…仙道のエネルギー…なんだか、身体がいつもより暖かいです」

「ふむ、その様子を見るに、やはり君もジョジョと同じく波紋の才はある。どうかね?我々が少し修行を担おう」

「あ…ありがたいですがその…お国に帰国されなくても大丈夫なのですか?」

「チベットまでは遠いですからね。師と共に、暫くはこの国に残ります。ダイヤーとツェペリの弔いも、まだしっかりと出来てはいませんし…」

「…あ、なら、お二人の身の回りの事、例えばお宿など、というか衣食住は私が全て提供致します。
遠いところからいらしてくださったのですから、この国の観光も是非、ゆっくりされてください」

「それは良いね、僕も二人には…ダイヤーさんとツェペリさんの分の恩も返したいと思っていたし、是非!」

「私への稽古は、手が空いた時で良いですので、先にダイヤーさんとツェペリさんの弔いをしましょう…仕事の日程の調整が出来たら、お伝えしますね」


ダイヤー氏の頭部と、回収されたツェペリ男爵の上半身は、ジョースター家の墓、父ジョージの横に建てられた。
流石に、トンペティ氏達も遺体を持ってチベットまで帰るわけにはいかなかったからだ。

その間、リリアンは彼等をジョースター家の別邸に招待した。
トンペティ氏とストレイツォ氏は、リリアンとジョナサンにとって大事な客人だった。
仮住まいであったが、広さだけは十分にあるそこの部屋を提供した。
スピードワゴン氏もよく遊びにきてくれては仕事を手伝ってくれたりして、すっかり居着いてしまっている。
エリナも何度も訪れてくれるそこは、今や別邸ではなく本邸として使っている。
屋敷はいつも、とても賑わっていた。


「リリアンさん、お身体の調子はどうですか?」

「ええ、かなり良くなりました。傷は殆どトンペティ氏に治して頂きましたし…残っていた傷も、今は自らの波紋で完治させる事が出来ました。
食欲も湧いてきたので、なんとか元気です」

「無理はなさらないように…今日もまた、仕事に行かれるのですか?」

「ええ、休みを貰うためには、その分先に頑張っておかないとですからね。
それに今は…身体を動かしていないと…。お心遣い、ありがとうございます、ストレイツォさん。
今日からイタリアに師匠と向かわれるのでしょう?お気をつけて下さいね」

「ええ、ありがとうございます」


ツェペリ男爵に関しては、彼の親族がイタリアに居るということだった。
遺体は持ち運べないが、彼の遺品や装飾品などを持って、一度イタリアに寄る予定だと。
また、イギリスを拠点にせっかくなので観光もしてから、チベットに帰るとのことだった。

そうしている間に年末を迎えると、ヒューハドソン大学からジョナサンとディオの卒業証明書が送られてきた。
ちゃんと、ディオの分もあったのだ。人間として生きたディオの軌跡は、焼失して無くなってしまい、殆ど何も残っていない。
遺体すら、無いのだ。だからリリアンはそれを大切に仕舞った。

そして、波瀾万丈な一年が終わり、新たな年が幕を開けた。
そのタイミングでジョナサンとエリナから、結婚する事が発表された。


「おめでとう…!二人ともおめでとう…!素敵…!
エリナ、ありがとう、ジョナサンをよろしくね!
ジョナサン、エリナを必ず幸せにしてね…!」

「うふふ、ありがとうリリアン、私、これで貴方とも本当に姉妹になれるのね」

「…!そんな、嬉しい…エリナ…こんな嬉しいことはない…ったくさん…なくなってしまったから…っ」

「な、泣かないでリリアン…」

「…そうだね…色々な事があった…だからこそ、前を向いていきたいからね…きっと父さんも祝福してくれる筈さ…」


式場の手配、ハネムーンの手配などはさくさくと終わらせた。
ただ、エリナの着るウェディングドレスだけはこだわって、なかなか決められなかった。
けれどそれがまた楽しかった。子供の頃の在りし日を、思い出せた。
リリアンは本当に嬉しかった。暗い事が続いていたので、めでたい事に浮かれてしまっていた。


1889年、2月2日、ロンドン・プレス紙にはジョースター家の継承者、ジョナサン・ジョースターとペンドルトン家の一人娘、エリナの結婚の旨が載っていた。

結婚式は教会でささやかに行われたが、とても素晴らしいものだった。
リリアンは感動して涙を滲ませたし、ロバート氏に至ってはずっと号泣していた。
他にも、波紋の師トンペティ、ストレイツォ、ウィンドナイツのポコ、その姉が参列してくれた。
家族ぐるみで仲良くしていた父の友人等も招待していた。彼等はジョースター家の火事と、父と養子の死を改めて悼み、そして祝いの言葉を述べてくれた。

そして翌、2月3日、ジョナサンとエリナは、ハネムーンの為にアメリカへ出航した。
その日は珍しく晴れていた。皆が祝福していた。素晴らしい門出だと、思っていた。
アメリカへ行く二人を見送りながら、リリアンも気持ちを切り替えようと思った。
これから波紋の稽古をつけてもらうが、それが落ち着いたら船に乗って世界を一周するのもありかな、などと、思っていた。







その日は、かつて別邸の現ジョースター家に皆と共に帰り、食事をとって、ささやかなお祝いをした。
ジョナサン達は今どの辺りにいるのだろう、などと話し合い、二人の今後、明るい未来を皆で想像してお喋りしては笑い合った。
そしてそれは、エリナとジョナサンを見送った4日後の夜の事だった。


「く…っ?!」


首元に、激痛が走った。
息が出来ない程の衝撃。穴が空いたような感覚。
けれども手で触るそこには何の異常もなかった。
あるのは内側からの痛みだけ。

3度目のその現象に、リリアンはすぐにピンと来て──そして、絶望した。


「ジョナサンが…!あ、あ…!いき、が…!」


宿の部屋から飛び出す。声が出ない。ストレイツォ氏とトンペティ師匠の元へ走る。
彼らの泊まる部屋の扉を、リリアンは必死で叩いた。


「?!どうなされました」

「呼吸が出来ておらんッ?しっかりするんじゃ!」

「あ…!ジョ…!ジョ…っ」

「ジョジョがどうかしたんですか!?」


波紋を流される。脳が、その痛みから呼吸が出来ないと判断して息が出来ていなかった脳が、痛みが消えた事でようやく正常になる。
リリアンはようやく息を吸えた。けれどはあはあと、息が整わない。


「ジョジョが危ないんです!今すぐにたすけに…!」

「!…君の超能力か?」

「違うんです!私とジョジョは魂が繋がっている!それで分かるんです…!感じるんです…!いま、ジョジョ、が…、…あ………」


その時、ぷつんと何かが切れた、ような感覚があった。


「ーーっ」


がくり、と膝から力が抜けた。
トンペティ氏が何事かを叫んでいる。ストレイツォ氏が身体を抱き起こしてくれている。
人が、メイド達が集まってくる。
けれど次第に、目の前が真っ暗になっていって、何の音も聞こえなくなった。


「ーーー!!」


消えた。
生命の灯火が消えた。
切れた。
無くなった。
亡くなった。


嘘だと信じたかった。
けれど、誰よりも分かってしまった。
双子の半身、魂で繋がった愛しい人、その消失を。


リリアンはただ涙を流すことしか出来なかった。
終わりだった。
何もかも終わりだと。
絶望した。
何も聞こえなくなった耳元で、優しいジョナサンの声が、聞こえた気がした──






















その二日後、カナリア沖諸島で、エリナが救助された。
その胸に、一人の赤ん坊を抱いて。





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