novel3 | ナノ



21

雨が降っている。雷が鳴っている。
窓ガラスが割れている。
窓の外で、   が、倒れて、いる。

硝煙の匂いがする。
血の匂いがする。
刃が光っている。
父の背中に、刺さって、鈍く光って、いる。







「──どう、して、こんなことに…」


リリアンは、ジョナサンの腕の中で死にゆく父を見守りながら、絶望していた。


「ナイフなんて普通なら避けられたのに…僕が石仮面に気を取られたから…僕の身代わりに」

「ジョジョ…リリアン… これを…死んだ母さんの、指輪だ…」


父は、背中側から心臓の辺りを刺されていた。
致命傷だった。
血が止まらない。
床に、それが水溜りのように広がっていく。


「おとう、さま…」

「父さんしっかり!医者が来れば助かります」

「二人とも…ディオを恨まないでやってくれ…私が悪かったのだ」


──そうだ、ディオ。
ディオはどうして、家に帰ってきたのだろう。帰ってきてしまったのだろう。
どうして。帰って来なければ、こんな事にはならなかったのに。
逃げて欲しかった。逃したつもりだった。なのに何故。
何故、彼は


「ああ…なんで…どうしてそんなことを言うのお父様…悪かったのは…私で…!」

「そんな事は決してない…お前は悪くない…私が悪かった…私の心の弱さが招いたことだ…。
私も… 彼と同じ事をしていたかもしれない…自由に飛び立つお前の気を引く為に、身体が弱いふりをして…お前の顔を…何度でも…見たい…と……」

「あああ…あああ…!」


耐えられない。こんなの嘘だ。信じられない。受け入れられない。
血が止まらない。父から流れる血が止まらない。止まれ。止まれ。止まれ。


「ディオは…ブランドー氏のそばに葬ってやってくれ…ああ…本当にすまないリリアン…ジョジョ…
だが悪くない…子供達に見守られながら死んでいく、というのは…」

「ああ…ッ…父さん…ッ」

「あ、いや、おとうさま、とうさ、ん」

「………──」


──父が、死んだ。
リリアンのせいで死んだ。
ディオが殺した。
そのディオも死んだ。

体が動かない。動けない。
脳が拒否している。目の前の光景を拒否している。
認められない。許せない。
でも、もう、どうして良いのか分からない。
怒りのぶつけ所が無い。あるとしたら、こんな惨状を引き起こした自分自身にだ。
リリアンは気が狂いそうになった。





──ああでも、本当にどうして、ディオは最期に、あの仮面なんかを、被ったのだろうか。

リリアンは目の前の現実を拒否しながらもふと、その事を疑問に思った。
そして脳裏に、昔の記憶が走馬灯のように蘇った。






「──そういえば、ジョナサンは大学で考古学を専攻するんだよね」

「そうだよ。あの仮面を研究していると、色んなインスピレーションが湧いてくるんだ!
考古学を学べば、あの仮面に関連したまた別の何かに出会えるかも」

「その事なんだけど、私の友達の知り合いに、博物館に勤務する教授が居るんだ。その人と手紙のやり取りはさせて貰ってるんだけど、ジョナサンも直接文通してみる?」

「良いのかい?ありがとう!リリアンの紹介なら確かだね」

「その人は彫像の知識が深い人でね、仮面に関しての知識は豊富だけど、その人のまた別の知り合いが仮面の専門家らしいんだ。
でも仮面の専門家の教授よりも更に詳しい考古学者の方が居るらしくて、だから今はその人の知り合いの知り合いのまた知り合いの人を探して貰ってるんだけど…」

「ええ…?いっきによく分からなくなったよ…」

「ふふ、とにかく、時間はかかるかもしれないけど、アステカ文明に詳しい方が居るそうだよ。その考古学者の方の足取りが掴めないそうで…数十年前まではイタリアに居たらしいんだけど…
その人が見つかったら、教授の方から連絡してくると思う」

「アステカ…この仮面はアステカ文明のものなのかい?」

「仮面に詳しい教授に直接見て貰わないと分からないけど、博物館の教授が言うには石の仮面はあの辺りの文明に多いらしいって…じゃあ、とりあえず紹介状を書くね」

「ありがとう!」




ジョナサンとの会話。
そして先日、ジョナサン達が居ない間に受け取った、見慣れない名前からの手紙に簡潔に書かれていたことも、どうしてか、今、思い出した。




【貴女の家にある仮面は今から30年前に自分が見つけ、そして見失った物の可能性があります。
最後にその存在らしき物を確認出来たのは20年前のイギリスでした。
貴女のお母様が古物商で購入されていたと聞き驚きました。
ずっとずっと探していました。見つかって本当に良かったと思います。
けれど決してその仮面を被ってはなりません。できれば今すぐに破壊した方が良い。信じられないかもしれませんが、それは危険なものなのです。
今すぐにそちらに伺い、確認させて頂きたいと思います。
私は今チベットにいるので早くても数週間はかかる事でしょう。イギリスに到着してからまた連絡致します。


               ウィル・A・ツェペリ】




何故、今それを思い出したのか。
それは、ディオが、被ったからだ。
彼が警官達に撃たれて、死ぬ前に、石仮面を──
リリアンの全身から、ブワッと冷や汗が吹き出た。


「──し、死体が!ディオブランドーの死体がない!」

「!」

「窓から離れろー!」


血肉が、肉片が、警部の頭部が舞い、床にべちゃりと落ちた。
信じられない光景だった。死んだ筈のディオが、動いていた。
否、ディオの皮を被った悪魔が、蘇った。リリアンには、そうとしか思えなかった。
発泡。怒号。
天井に張り付いたその怪物が、カラカラになった警官を放り投げる。その身体が当たって、残りの警官達の四肢がもげて、飛び散る。
肉片の一部が当たったその衝撃だけで、かつての恩人のR・E・O・スピードワゴン氏の腕が折れて、身体が吹っ飛ばされた。

この世のものとは思えないグロテスクな光景の数々に、リリアンは腰が抜けていた。
夢を見ているのだろうか。これは悪夢なのだろうか。現実では無い。こんなのが現実で、ある筈が無い。


「あ…ああ…」

「リリアン…」

「…ディ…オ…?」


怪物はリリアンの名を愛おしげに呼んだ。
ディオなの、だろうか。中身はディオのまま、なのに、こんな、人間がする事ではないレベルの、非人道的な事をしているのだろうか。


「うがあああ…!」

「…!レオさん!」


殺された筈の警官が、再び動き出してロバート氏を襲っている。その意味不明な光景に、ハッとした。
そこでようやくリリアンは、身体に力を取り戻した。

呆けている場合では無い。なんとか、なんとかしなければ。ジョナサンは既に頭を切り替えて動いている。
ディオは、アレはもう人間ではなくなってしまったのだと。そしてその原因は石仮面だと、気が付いて──その責任を取るべきだと。
ロバート氏を助けるためにゾンビの頭を潰したジョナサンを見て、リリアンは立ち上がった。


「レオさん!」

「!嬢ちゃん…!アンタはこっち来ちゃだめだ!」

「立って…!貴方だけでも逃げてください!」

「何言ってんだ!アンタが先に逃げるんだよ!」


リリアンは彼を抱き起こし、ジョナサンとディオとが戦う場所から避難し、カーテンの裏に隠れた。


「貧弱貧弱ゥ!」

「うぐっ」


ジョナサンの呻き声が聞こえてすぐに、こちらへ駆け寄る足音がした。
バサリとカーテンが開き、怪我をしたジョナサンが現れる。


「!ジョジョ…!」

「ディオは今、己の力に酔いしれているッ今のうちに…リリアン、火を!」

「…分かった!」


リリアンは少し離れた位置にあった火のついたランタンを持ってきた。そしてそれを、ディオが近づいてくるタイミングでジョナサンがカーテンに近付けた。
燃え上がったカーテンに覆われて、ディオが燃えていく。
しかし、その治癒力は火傷すらも再生した。


「リリアンッ!警戒心の強いお前が随分とその男を気にかけているようじゃあないか?ええッ?どういう事だ?なあおいッ」

「…っ」

「リリアンッスピードワゴンッ君たちは逃げろ!ディオッ!君の相手は僕だ!」

「レオさん早く!」


火炎が舞い上がる。外から入り込む風、酸素と反応して、爆発的に炎が膨れ上がる。
その前に、リリアンは傷を負って動けないロバート氏を炎の壁の向こうへ連れ出した。
爆風が吹き荒れる。
ジョナサンは上へ上へと上がっていき、ディオにもこちらへ上がってくるんだと挑発をしていた。


「アイツらから注意をそらすため、俺を誘っているのか?…よかろう」


火炎で屋敷の中が見えなくなる前、リリアンの目に最後に入った玄関での光景は、ディオが壁に足を突き刺して上へと登っていく姿だった。


「嬢ちゃんだめだ!ジョースターさんをあのまま放っておいたら…!」

「分かっています…でも、私達は責任を取らなければならない」

「責任…?」

「あの石仮面を、ディオが被ってしまった責任です…。
知らなかった、では済まされない…あの怪物を世の中に放つわけにはいかない…!」


リリアンは訳が分からないながらも、それだけは思った。ディオなのか、ディオの死体を乗っ取った悪魔なのか、何なのか分からないアレ。
簡単に人をおもちゃのように引きちぎったアレを、この屋敷から出してはいけない。


「ここで殺さなくてはならない…!例え相打ちになったとしても…!」

「嬢ちゃん…」


リリアンの目からは涙が出ていた。けれど、強い意志で、炎上していく屋敷の入り口を見ていた。
ジョナサンが失敗したら、次はリリアンの番だ。
玄関に飾りとして置いてあった剣を握りしめて、リリアンはあの怪物を殺す為の策を考えていた。

その時、屋上へと向かっていたジョナサンの気配が、突然、下へと移動したような気がした。
今までもリリアンは、双子同士のシンクロというのだろうか、超感覚的な第六感とも言えるそれで、ジョナサンの居場所を何となく察する事が出来た。
けれど、それを何故か今この瞬間、これまでに無く強く感じている。
生命の危機に瀕しているからだろうか。ジョナサンが、この燃え盛る屋敷のどこに居るのかが、分かる。


「っ?あつい…?」


何故か急に、身体中が熱くなった。先程火傷した所とはまた別の場所が、背中が熱い。
じりじりと焼け焦げるような痛みが走り、知らぬ間に炎でも浴びていたのだろうかと思った。
ドクン、と胸が一際強く跳ねた。腕が、肩が、身体中が何故か痛い。

けれど感じた。屋根の上に登っていた筈のジョナサンが玄関付近に居る。この炎のすぐ向こうに、ジョナサンが。
屋上から、落ちたのだろうか、ディオは?一体どうなったのだろうか。


「ジョジョ!」

「あっダメだ嬢ちゃん!」

「ジョジョがすぐそこに!」


その時、何か、腕から伸びたような感覚が、あった気がした。
熱い、暑い、あつい、腕が熱い。けれど、すぐそこにジョナサンがいる。それを思うと、炎など怖くはなかった。
手を伸ばしたとしても、炎の壁を通り抜けられる筈もないのに、リリアンは何かを“つかんだ”ような気がして、それを“引っ張った”
屋敷内の炎の威力が強まる。爆風が吹き荒れる。
ゴウっとジョナサンの巨体が吹っ飛んでくる。バキッと、燃えた扉を突き破って外に飛び出してきた弟の元に、リリアンは駆け寄った。


「ジョジョ!」

「ああッ!ジョースターさん!」

「父…さん…リリアン…」

「い、生きてる…!生きてるぞ…!」

「よ、良かっ…た…」

「この人は、勝ったんだー!」


リリアンは、ロバート氏とジョナサンを抱きしめながら、ほっと息を吐いた。
色んな事が一気に起こりすぎて、まだ意味が分からない事ばかりだが、とにかく、二人だけでも生き残ってくれた。
それで十分だった。先程まで、アレに全員殺されると思っていたのだから。

屋敷が燃える。人生の大半を過ごした、ジョースター邸が燃えていく。
リリアンはただ、それを見ながら願う事しか出来なかった。
炎の中でどうか、自分の愛した人達が、天国に導かれていけますように、と。







リリアンは、自らの手で馬車を走らせていた。乗馬の経験者であるので、馬の扱い方は分かっている。
御者が居ない今、それが出来るのは自分だけだった。

昨日ジョナサン達が帰ってきてから話し合い、今日にもしかしたらディオが帰ってくるかも知れないという話になってから、父は人払いをした。
医者達は勿論、住み込みのメイドや執事達ですら、別邸の方に居るよう指示していた。
ディオが帰ってきた時、ジョナサン、リリアン、父、ロバート氏、警官達だけが屋敷に居るようにしていたのは、ディオが捕まる所を皆に見せない為だった。

ディオは、もしかしたら自首しに戻ってくるかもしれないと、父は言った。だから晒し者にしない為にも、最低限の配慮はしようと。
自首の意思が無くても、秘密裏にディオを警察に連行してもらおうと。刑の減軽を嘆願したから、罪は軽い筈だと。警部もそう言っていた。
それならば、もしかしたら、自分が彼を逃した事の方が不味かったのかもしれないと、リリアンは思った。彼に自首を勧める方が正解だったのかもしれないと。
例え捕まっても、またすぐに会えるのかもしれない。そう、微かな希望を抱き始めていた。
なのに、まるで死刑宣告をされ、追い詰められた死刑囚のように、ディオはあんな行動を取った──

ああ、やはり考え出すと止まらない。リリアンはしっかりしろ、と、自分の頬を叩いて、馬車を走らせる事に集中した。
骨を折って腹部も負傷しているロバート氏と、全身に火傷を負って気絶しているジョナサンを一刻も早く医者に見せなければならない。


だからリリアンは一度、これからの未来、それ以外の事を考えるのをやめた。
そうしなければ、動けなくなるからだ。今生きて、残っている者の為に、行動しなければないのだから。


一番近い病院は、かつてペンドルトン家が経営していたものだった。
エリナが引っ越してからは別の医者が配属されていたそこは、リリアンも父の関係でよく世話になっていた。
そこに飛び込み、人を呼んだ。現場は大慌てになったが、無事に医者に2人を引き渡せたリリアンは、ほっとしてその場で倒れてしまった。
脚から、否、全身から力が抜けてしまった。


「ドクター!この方も!この方も治療室へ!」

「ああなんと…!気を張っていらっしゃったのだ。ご自身も身体にこんなに火傷が…!」

「しっかりしてください!しっかりして…!リリアン…っ」

「…あ…、エ…リナ…?」

「リリアンっ!」


限界を迎えたリリアンは、そのまま気を失った。

リリアンが目を覚ましたのは、それから1日後だった。この数日の間に色々あり過ぎて眠れていなかったので、その疲れが出たようだった。
火傷は軽かった。痕は残るかもしれないが、両手の掌や二の腕だけだった。
その他に火傷は無く、けれども何故か外傷が無いのに全身が酷く痛んでいた。
身体の疲労感も凄まじく、暫く入院するように言われた。
目覚めたリリアンに、先に目覚めていたロバート氏は涙を流して喜んだ。

強い痛み止めをもらって、リリアンはジョナサンの状態を一緒に見に行った。ジョナサンはほぼ全身に包帯が巻かれていて、今は傷口や火傷からくる熱で危険な状態だと聞かされた。
だが、医者は、普通の人間なら命の危険があるが、ジョナサンは回復力も早く、強い肉体を持っているためあと2、3日もすれば意識を取り戻すと言った。


「良かった…」

「本当に良かったぜ!なあ、嬢ちゃん、いや、リリアンよ、俺に何か出来る事はあるか?
俺ァこの通りもう元気だ。杖がありゃあ歩ける。あんたの力になりてえんだ!」

「レオさん…ありがとうございます…」

「そ、そういや俺のこと、レオじゃなくて、スピードワゴンで良いって…」

「スピードワゴンはファミリーネームでしたよね?昔教えて貰った貴方の名前、その頭文字、REOで呼んでくれって、言ってたじゃないですか」

「わ、若気の至りが…!」

「え?」

「今じゃあ誰も俺をそんな名で呼んでねえんだ…!」

「じゃあ、なんだか特別感があって良いですね」

「と、特別…ま、まあ、あんたからそう呼ばれるのは悪い気はしねえけどよお…なんかこう…」

「私はそれで呼び慣れているので…」

「ついこの前再会したばかりだろお?!」

「頭の中でいつも思い出していたのです。あの時助けてくれた貴方の名前を」

「お、おう、そうか」

「では…レオさん、申し訳ないというか、迷惑をかけてばかりなのですが、色々と手伝って頂いても良いですか?
お礼は後で必ず致します」

「おお!礼なんていらねえよ!任しとけ!」


リリアンはそうしてロバート氏に頼り、ジョースター家の別邸にいた家臣達に連絡を取った。屋敷が全焼し、どうして良いのか分からず混乱しているだろう彼等を導くのは、当主のいない今、長女のリリアンの役割りだ。
警察が事情聴取に来た際も、リリアンは痛みを堪えながら対応した。
ロンドン支部の警部達が屋敷に来ていた理由を、彼等はまだ知らないようだった。
ディオの件は内密にしてくれと頼んでいたから、ジョースター邸に彼等が来ていた事情は公にはなっていないらしい。
リリアンは咄嗟に、ディオの名誉をこれ以上傷つけないように、ディオが父に毒を盛っていた事は伏せた。
ロバート氏もそれに合わせてくれて、警官達が館に訪れたのは、毒の売人であるワンチェンを捕まえる為に、事情を知る父達に聞き込み聴取に来ていた事にした。
そこで男とトラブルになり、火がついた。そういう事故だという事で、納得して貰えた。

火事の後からは、成人男性何人分かの骨が見つかった。人数すら曖昧な骨。誰のどの部分なのかも、瓦礫に潰されて砕け散っている為分からないと。
炎の勢いも強かった為遺体が完全に焼失してしまったのだ。
ただ、遺留品や残骸物から、警官達と父の区別はついたようだった。最後に父を寝かせていた場所にあったという骨は、後日父のものだと判明した。
ディオの骨に関しては、警官達の物と混ざってしまっているのか、分からないと言われた。
ただ、東洋人らしく小柄な小男だったワンチェンの骨ならば見分けが付くかもしれないとの事だった。
ただ、彼は火事に巻き込まれずどこかに逃げてしまっているかもしれない。
そちらの可能性の方が高いので、警官達は彼の行方を追う事にしたようだった。


「リリアン、あんた立派だな…」

「そんな事はありませんよ…」

「俺ァびっくりしたぜ。なんたって、あの時のちびっこい女の子がジョースターさんの姉で、しかもあのMJ商会のトップだって事がよ!」

「あ、うちの事をご存知だったんですね」

「あんたの店や工場には、貧民街のやつらも多く雇って貰ってるし、まともな賃金も貰う事が出来てる。本当に感謝もしてるんだぜ!
まさか貴族の嬢ちゃんがトップだとは思ってなかったがよ。まともに儲けもでねえだろうし、貧乏商人が経営してるもんだと思い込んでいたぜ」

「そんな事は…これも全て、あの時私を助けてくれたレオさんのおかげなんですよ」

「お、おう…そうかぁ?」

「ふふ、そうですよ」


リリアンは、明るく賑やかなロバートとの会話に笑顔を取り戻していた。
そうしていると、あの悪夢のような出来事が、本当に夢のようだと思えたからだ。
そしてもう一人、かつての友人エリナとの再会も、リリアンの心を癒していた。


「貴女とあれきりだったから…とても心配していたの」

「私も…ジョジョには別れの挨拶もせず、貴女にも手紙だけでお別れをしたから…とても、合わせる顔がなくて…。
貴女の活躍は耳に入っていました。
でも、なかなか貴女の前に顔を出す勇気がなくて…、ごめんなさい…」

「そんな…こちらこそごめんねエリナ…。私…実は最近になるまで、貴女とジョジョが別れた理由を知らなくて…。
うちのディオが、貴女に大変失礼な事をしたと…つい最近知って…。
っディオに代わって、心からの謝罪とお詫びをします。本当に申し訳ありませんでした」

「そんな…!貴女は何も悪くないのよリリアン…悪いのはディオと…ジョジョの顔を見る事が出来なくなってしまった私の心よ…」

「そんな事ない。貴女はあのディオに…その…無理やりされても、心が折れなかった強いひとよ。
ディオの相手は、大の大人ですら…難しかったもの…」

「リリアン…」

「ごめんね、とにかくその、ジョナサンの事を、頼みます。私は家の事をなんとかしなくてはならないから…」

「無理はダメよリリアン。まだ痛みが酷いんでしょう?痛み止めを飲んで、今日はもう眠ってね…」

「ありがとう…エリナ…」


エリナは天使のようだった。献身的な看病をジョナサンにもしてくれた彼女のおかげもあって、ジョナサンの回復は早まったと思えた。
リリアンはジョナサンが目覚めたことで、安心して、少し気を緩められた。

けれど、それから、また日々は忙しくなった。
燃えてしまった仕事関係の資料をどうにかして、停滞している仕事をうまく回さなければならない。
幸いにも自分の作ったMJ(母メアリーと父ジョージの名前から取った)商会は、支店も多く仕事も分割されているし、大事な資料は各地に残っている。
父の貿易事業の方も支店がある為、資料の焼失は打撃ではあるが、優秀な人員が残っている為仕事は回す事が出来る。
ただ、このままどちらの事業のトップをリリアンが抱えるとなると流石に少し手が足りない。
MJ商会は暫く新事業はせず人手を育てていたので、一旦自分の家臣や社員に丸投げ出来るレベルではある。
けれど父の貿易会社の方は少しリリアンの手に余る。ひとまず社長の名前をジョナサンにしておいて、父の仕事を全て手伝っていた家令兼執事長を副社長に据える手続きを進めておこう。
そして父の葬儀と、ディオの葬儀も、しなければならない。それからあのツェペリという人の手紙にも返事をせねばならない。
やる事が多すぎて目が回りそうだが、呼び寄せた執事兼使用人達とメイド達、そしてロバート氏がかなり尽力してくれて、なんとかリリアンは事態を収集していった。
その間にジョナサンは起き上がれるくらいに元気になり、エリナと仲を深めていった。
そんなジョナサンにも少し手伝って貰いつつ、元の生活に戻れるようなんとかリリアンは頑張っていた。
未来の事だけを考えて、他を考えないようにしていた。





──そしてそれは、屋敷が燃えてから約2週間後。
ロンドン支店の近情報告を聞いたり、他にも様々な手続きを終えたその帰り、悪天候で土砂崩れが起こったという情報が入った。
足止めを食らったリリアンは、時間も夕方だった為今日はロンドンで泊まろうと、メイドと御者と共に町外れの宿屋に泊まる事にした。

外では雷が鳴り響いていた。
まるで、屋敷が燃えた時の事のようだと思いながら、リリアンは慣れない部屋の片隅で少し身震いした。
順調に元の生活へと戻っているのに、何故か胸騒ぎがする。
ツェペリ男爵からイギリスに着いたと手紙が届いていたからだろうか。彼の宿泊するホテルに手紙の返事を出したが、もう終わった事を、そのせいでまた思い出してしまったからだろうか。


リリアンはなかなか眠りにつけずにいた。
──そして突然、下の階から悲鳴が聞こえた。


悪夢はまだ、終わってなどいなかったのだと、その夜リリアンは思い知らされた。



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