novel3 | ナノ



20

 


ディオは毒薬と解毒薬を使いながら、うまく養父ジョージの体調をコントロールしていた。
けれど、もうすぐ大学は卒業出来るし、婚約も決定している。リリアンの処女も次の機会に頂くつもりだった。
あと少し、もう少しで彼女は完全にディオのモノとなる。
精神も体も支配し尽くして、ディオ無しでは生きられない身体に作り変えてやる。
多少の仕事は許すが、海外への進出を考えていた事など忘れさせてやる。
上手く手綱を握れば、ジョージでなくともディオ自身がリリアンを繋ぎ止める鎖と成る。成れる筈だ。
そうすれば、薬は必要無くなる。
だが、あと一押しは必要だと思っていたディオは、ジョージに最後の毒を盛ろうとしていた。
そして、それが最悪のタイミングでジョナサンにバレた。


「──クソッ!あと一歩というところだったのに…!」


2階から突き落とされて、床に打ち付けた方の腕をさすりながら、自室に戻ったディオは悪態を吐いた。
手紙など見つかったのは何かの前兆だろうか?


「──紳士として君の実の父、ブランドー氏の名誉にかけて誓ってくれ。自分の潔白を!
自分の父親に誓えるなら僕はこの薬を盆の上に戻し、二度とこの話はしない。ディオ!さあ誓ってくれ!」


ジョナサンはそう言って、ディオを激昂させた。
あの男、昔と違い、勘が鋭く頭が切れるようになったらしい。
何をどう言えばディオのプライドを傷付けられるのか、分かっていてそう言ったのだ。
父の名誉?そんなものは存在しない。自分には名誉ある父がいるからといって、酷い事を言うものだ。
冷静さを失って本性を剥き出しにしてしまったディオは、まんまとジョナサンに乗せられたのだ。

それでもディオは、実の父、父と呼ぶ事すら嫌悪する存在であるダリオの、あんなクズの名誉に誓うなど出来なかった。
“与える者”であった母から“奪い”尽くして死なせた男。
母は愚かだったが、あの男はそんな母とは比べ物にならない程どうしようもない人間だった。否、人間の形をしたゴミだった。
あいつの血が自分の体に流れていると思うだけで、ディオは気が狂いそうになる。それ程に嫌悪していた。

──とにかく、あんなクズのせいで計画を潰すわけにはいかない。もうすぐだ、もうすぐなのだ、もうすぐ、自分は幸せになれる。
リリアンを手に出来れば、その後の事は全て上手くいく。やれるのだ。失われ、奪われていた幼少期の分の幸せすら取り戻せる筈なのだから。
だから、もう引く事は出来ない。


「──薬の証拠をつかむのに3日と見た」


馬車で家から出ていくジョナサンを、ジョナサンの部屋の窓から見送ったディオは、考えていた。
3日の間にジョナサンを始末しなければならない。それも完全犯罪でなくてはならない。
あの男はやはり邪魔なのだ。リリアンの心を惑わして、婚約解消までさせようとした障害だ。
ジョナサンさえ居なければ、家業の権利だけでなくついでに爵位も簡単に手に入れられる。

ディオはジョナサンの机の引き出しにナイフを突き立て、そこをこじ開けた。
石仮面──。7年前、この仮面はディオの血で作動した。この骨針がジョナサンの脳に食い込めば間違いなく即死する。
研究ノートには突き刺さる場所まで予測して書かれていて、それを見たディオはジョナサンが研究中に好奇心から被った事故死に見せかけようと考えていた。


「なに?ジョジョが一人でオウガーストリートに入っただと」

「お止めしたんですが…」

「心配かけるといけない。ジョースター卿には黙ってるんだ」


朗報だった。仮面で始末する手間が省けたと思った。薬の売り場を掴まれている事には焦ったが、あそこに貴族の身なりで入るなど、狙ってくれと言っているようなもの。
ジョナサンがいくら強い身体を持っていようと、殺される可能性が高い。
そう思っていたところに、リリアンがやってきた。一日顔を見ていなかっただけだが、彼女の雰囲気が変わっているのを、ディオは察した。


「なあ…リリアン…」

「ディオ、少し、話をしましょうか」

「ああ…」


彼女は聞いてしまったのだ。ジョナサンから、ディオの所業を。


「──触らないで!」
 

ジョナサンがオウガーストリートに行った事を父に知らせに行こうとしたリリアンの腕を、ディオは掴んだ。
しかし、ジョナサンに2階から突き落とされて痛んでいた方の手だった為、力が入らず簡単に振り払われてしまった。

──ああ、もう駄目か。

ディオがジョージを殺すつもりが無かったのは本当だった。リリアンを屋敷に繋ぎ止め、彼女の心を弱らせる為の策だ。
それを理解したリリアンがどういう行動に出るか、分かっていた。だからその前に彼女をもう戻れない所まで堕とそうと思っていたのに。


「近付かないで!」


リリアンにレイピアを向けられて、心が凍った。
リリアンが泣きながら吐き出した言葉に、身体に杭でも打たれたかのような痛みが走った。


「出て行って!早くこの家から!ジョナサンが…あの子が帰ってくるまでに…っ!」

「リリアン…」


リリアンはジョージとジョナサンを選んだ。けれど、ディオの事を逃がそうともしてくれている。
それだけで、それだけでまだ立っていられた。拒絶された絶望から崩れ落ちそうな脚を動かして、ディオは彼女の前から何とか立ち去った。

策を、考えなくてはならない。
ディオはジョナサンの石仮面を持ち出してから、ジョースター邸を出た。
二度と帰る事が出来ないかもしれないそこに背を向けて、町に向かって歩き出した。








夜が開けて、いつのまにか港町までたどり着いていたディオは、宿を取って休もうとした。
しかし、現状に耐えられなくなり、日が高い間から酒を買い、浴びるように飲み干していた。
その脚で町を彷徨い歩いた。徘徊していた。

ジョナサンが野垂れ死んでいれば、証拠は掴めず、真実は闇の中になる。
そうなれば、男の跡継ぎの居なくなるジョースター家にとってディオは重要な存在となる筈だ。
リリアンは、もうディオを心からは愛してくれなくなるかもしれないが、それでもきっと、ディオが帰れば受け入れてくれるだろう。
ディオを逃してくれたリリアンなら、きっと。
だがもし、ジョナサンが生きて、証拠を掴んで、屋敷に帰って来てしまったなら。
ディオの人生はそこで終わる。待ち受けるのは破滅の道だ。

酒を飲まずにはいられなかった。あのクズのような父親と同じことをしている自分が許せないが、今は酒に溺れるしかなかった。


「気をつけろどこ見て歩いてんだこのトンチキが!」

「ケツの青いガキがよ!」

「外出のときはママに付き添いしてもらいな!」


精神的に不安定だったディオは、酔っ払い達から浴びせられた言葉に簡単にぷっつんと来てしまった。
まるでかつての父親のように、だらしなく、汚らしい、衛生観念も無さそうな虫ケラ同然のクズの飲んだくれにそう言われた事が、逆鱗に触れた。
気がつくと、持っていた酒瓶で男の顔面をぶん殴っていた。


「この野郎!よくも俺のダチ公を!」


もう一人の男がナイフを取り出すのを見て、ディオは完全に貧民街時代のスイッチが入ってしまった。
酒の勢いもあった。そうでなければ、夜更けとはいえ、こんな開けた港で、天下の往来で殺害行為を行う事はしなかっただろう。


「──人体実験だ!」


ディオはいざという時の為、ジョナサンを殺す為に持ち歩いていた石仮面を、男に被せた。
そのまま男がナイフを握っている方の手を握り、蹲っていた最初のひとりの方へと向かい、そのナイフで喉元をブッ刺し、血を浴びせた。
ディオの人生において、それが二度目の殺人だった。

石仮面は動いた。骨針が飛び出し、男の脳を貫いた。そしてまばゆく光った、ような気がした。しかしそれだけだった。
アイアンメイデンの頭だけバージョンのようなそれは、男を殺した。大して面白くもないただの拷問殺人道具に、ディオは唾を吐いた。
男に背を向け、吹き飛んだシルクハットを拾いその砂を払っていると、背後から人の動く気配と、砂利を踏み締める音がしてディオは慌てて振り返る。


「うげーッ!」


ディオは吹っ飛ばされていた。かすっただけで鎖骨を砕かれるような、ありえない、すさまじいパワーで。
煉瓦作りの建物が爆発するかのように吹き飛ぶ中、ディオもその衝撃で吹っ飛ばされて石橋の柱に叩きつけられた。
川に逃げ込もうとしたが、追って来たその男に首を掴まれた。その男、牙の生えた男のその指が、肌の中に直接潜り込み、ディオは絶叫した。
男の顔が若々しくなっていく。血を吸われている。ディオはその時ようやく石仮面の秘密を理解した。
しかし自分は死ぬ。殺される。最期に見るものが太陽だなんて、嫌だった。
どうせ死ぬなら、殺されるなら、リリアンが良い。最期の最期に彼女の姿をこの目に焼き付けて、死にたい。
走馬灯のように今までの彼女の姿がディオの頭の中に浮かんでは消えた。


「があああ!」

「!?」


しかし、太陽の光を浴びた男は、灰となり、塵となって消えた。それまでの強力な生命力が嘘のように。
ディオはぜえぜえと肩で息をしながら、石畳の上を這い、石仮面を確認した。
そしてディオは──笑った。高笑いをした。ディオは、手に入れたのだ、いざという時の最後の手段、切り札を。


「リリアン…待っていろ…すぐに帰るからな…」


ディオは、もう戻れないと思っていたジョースター邸に帰る為に、歩き出した。
自分が追い詰められている事は分かっていた。けれど、だからといってこのまま屋敷に帰らず、逃げ出すなんて真似を選ぶ事は出来なかった。
リリアンに逃げて欲しいと願われたからといって、その温情に甘える訳にもいかないと思い直した。
これは戦いなのだ。狂った人生を正す為に賭けた、戦いなのだ。
そうディオは自分に言い聞かせて、死地に等しいジョースター邸に戻ったのだ。











「──証拠は掴んだよ、ディオ」

「……」

「僕は気が重い…仲が良かったとは言えないが、兄弟同然に育った君をこれから警察に突き出さなくてはいけないなんて」


ジョナサンは悲しそうな目で、心底同情するような目でディオを見ていた。
対決しようと思っていた相手からそんな言葉をかけられて、ディオの心は抉られた。屈辱だった。


「残念だよディオ…本当に、分かって貰えないかもしれないが、これは本心だよ…」


そのお優しいお情けは、ディオに対するこれ以上無い侮辱だった。
分かっていて、そう言っているのか?
自分が圧倒的に有利な位置に立っていると知っていて、またこちらを激昂させる為にそう言っているのか?
大好きな姉をもう奪われはしないという安心感から、そんな言葉を吐いているのか?


「その気持ち、君らしい優しさだ。…ジョジョ、勝手だが頼みがある。最後の頼みなんだ。
僕に時間をくれないか?警察に自首する時間を!」


ディオはブチ切れそうになる自分を抑えながら、言葉を発した。
同情を誘う演技をし、油断させてから、一気にナイフでぶっ殺してやろうと思った。それくらい、ジョナサンの事が許せなかった。


「僕は!悔いているんだ…今までの人生を!貧しい環境に生まれ育ったんで、くだらん心を持ってしまったんだ。
バカなことをしでかしたよ…育ててもらった恩人に毒を盛るなんて…その証に自首するために戻ってきたんだよ!
逃亡しようと思えば外国でもどこへでも行けたはずなのに!」


ディオは折れた鎖骨を固定する為に、左手をギプスで固定していた。その中に、ナイフと、石仮面を潜ませて。
周囲には誰もいない、そう思って、殺るなら今だと。
しかし、その暗闇の中には、男が居た。
食屍鬼街からくっついてきたという、スピードワゴンという男。その男は蝋燭を蹴り付けながら言った。


「俺は生まれてからずっと暗黒街で生き、いろんな悪党を見てきた…だから悪い人間と良い人間の区別は匂いで分かる!こいつはクセぇーッ!ゲロ以下の臭いがプンプンするぜ!
こんな悪には出会ったことがねえほどになあ!環境で悪人になっただと?違うね!こいつは生まれついてのワルだ!」


貧民街育ちなだけあって、その男はディオの事をこの一瞬で見抜いた。
その言葉は間違いではなかった。事実だった為、侮辱的な言葉もディオには響かない。
ジョナサンからの憐れみの視線に比べれば、なんて事は無い挑発だった。しかし、ディオは更に追い詰められていく。


「この顔に見覚えがあるだろう」

「この東洋人が君に毒薬を売った証言はとってある」


冷や汗が出た。まさか、毒の売人であった男までもこの場に連れて来ているなんて。
もう、言い逃れは出来ない。


「話は…聞いたよ」

「…は…ッ」


そこに居たのは、5人の警察、養父ジョージと、リリアンだった。
彼女は青褪めた顔で、こちらを見ていた。


「こうなったのは…残念でならない…」

「………ッ」

「だがディオ、君が凶行に走ってしまった事には理由があるのだろう…?」

「それ、は」

「私に毒を盛ってはいたが殺意は無かったと…この私自身と、そしてリリアンが証言しよう」


ジョージは目を伏せて、そして重く溜め息を吐いた。リリアンは一言も言葉を発さなかった。こちらを見ようとはせず、ただ俯いていた。
そんな二人を見て、ジョナサンは先程とは違い、少し怒りの籠った声で言った。


「…君が毒薬だけでなく解毒薬も父さんに飲ませていたのは知っている。その理由も分かってる。
きっと罪は軽くなる…それでも、君は警察に引き渡されるべきだ。
事実が分かった時、どれ程リリアンが傷付くか、考えもしなかったのかい?」

「……」

「ディオ…君がリリアンを愛するあまり、私を使ってこの子を家へ留めていた…その行動を…やはり、私は責める事が出来ない。
私自身、いつでも遠くへ行ってしまいそうなリリアンが、私が病気になる度に駆け付けて、看病してくれた事には…正直に言って、喜びを感じていた」

「お父様…」

「……」

「君の行動により、私はこの活発な娘と、とても長く時を過ごす事が出来ていたのだろう。もし私がずっと健康であったなら…きっと…今ここにリリアンは居なかったかもしれない。
今よりもっと飛躍して、海外まで羽ばたいて…数年に一回顔が見られるような…そんな遠い存在に、娘は成っていたかもしれない」

「そんな…っ私…っわたしは…!」

「リリアン…ッ」

「リリアンに近付くなッ!」

「!」


崩れ落ちそうになったリリアンを、ジョナサンが抱き留めた。その役割は、自分のものだった筈なのに。
ギリッと、ディオは拳を握りしめた。


「すまないディオ…そこまで、リリアンを思っていてくれたのに…」

「何を言っているんです、父さん。どんな理由があろうと、ディオのした事は犯罪です…。
僕だって理由は分かる、けれどその結果、リリアンが傷付くのなら、許せません」

「ああ…分かっている…あとは頼むよジョジョ、息子が捕まるのを、見たくは無い」

「はい」


流石に、もうお仕舞いだった。刑が軽くなるかもしれないとは言え、ディオの経歴には傷が付く。
そんな人間、リリアンの隣には相応しく無い。刑期を終えて出てくる頃には、きっと何もかもが変わってしまうだろう。
リリアンは手に入らない。そう、この、“人間”という枠組みの中にいる間は──


「…ジョジョ、人間ってのは能力に限界があるな。俺が短い人生で学んだことは、人間は策を弄すれば弄するほど予期せぬ事態で策が崩れ去るってことだ。
──人間を超えるものに、ならねばな」

「…何の事だ?何を言っている?」


ディオは、自ら石仮面を被る決意を決めた。
それまでは、自分が被るつもりではなかった。
人体実験だってまだ一人しかしていないのだから、こんな不確定要素の高いものをわざわざディオ自身が被る事は無いと。
被るのならば、実験し尽くしてからだと考えていた。
けれど決めてしまった。
決めさせたのは、この場に居る全員だ。警察の鉄砲隊までいてはもう、そうするしか無かった。


「俺はッ!人間をやめるぞーッ!ジョジョーッ!!」

「?!」

「俺は人間を超越する!!」

「石仮面!なぜ君が!」

「なにを…?!」

「危ない!」

「ヤツを射殺しろ!!」

「やめて!!」

「ジョジョ!お前の血でだッ!!」


ジョナサンを、それを庇ったジョージを刺しながら、ディオの視界の端には、警官達を止めようとするリリアンの姿が目に入っていた。


「ふふふ、はははは!!!」


嬉しかった。腹の底から笑いが込み上げた。
ジョナサンでもなくジョージでもなく、咄嗟にこのディオを庇ってくれようとした彼女の姿を見れた事が、本当に嬉しかった。
彼女からの愛を感じて、ディオはハイになった。
石仮面を被り、ジョージの血を塗る。骨針が刺さって、ディオの脳を押した。
警官達が発砲する。無数の弾丸が身体を貫く。


──ディオ・ブランドーが人間であった最期のその時、目にしたのは、愛しい女がこちらに手を伸ばした姿だった。


 

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