novel3 | ナノ



13

 
ディオは自分がリリアンに敵だと思われているのを知っている。
だからもう、焦って彼女に手を出さないと決めた。冷静に、慎重に、事を進めていくとディオは決心したのだ。
そして事を上手く運ぶ為に、ジョナサンとは冷戦をやめた。
ジョナサンが、リリアンに依存し始めている。それに気がついたからだ。

今までのディオなら、ジョナサンにリリアンが迷惑しているとでも吹聴し、リリアンの方にもジョナサンの悪評を流していただろう。
けれどそれは悪手だ。ディオは反省したのだ。
北風と太陽の話にあるように、ジョナサンにはこれまで北風の冷たさを与え過ぎていた。だから、太陽の暖かさを与えてやる事にしたのだ。


「──ああジョジョ、本当にすまない!誤解していたんだ。どうか許しておくれ」


放課後、わざとクラスメイトの皆が見ている前で、ディオはジョナサンに涙ながらに謝罪した。
そうすればジョナサンはディオを許すと思ったし、これまでディオがジョナサンに取っていた態度の理由も皆に知れ渡る。
今後ディオとジョナサンが仲良く振る舞っても、誤解が解けたからだろうと周りに思わせる為だ。
そしてそれは上手くいき、ジョナサンは疑心を持ちながらもディオを許した。
全く、そのとんでもない甘ちゃんの性格に虫唾が走るが、事は上手くいった。

ジョナサンに再び友達を与えてやった。そしてディオ自身も友達になってやった。
パブリックスクールに通い出してもそれを続けていれば、ジョナサンはそれだけで満たされ、孤独を癒してくれる存在であったリリアンに極度に依存する事は無くなっていった。


「──綺麗だよリリアン。僕の為におめかしをしてくれたんだね」

「外出の際に身嗜みを整えるのは淑女の嗜みですので」


リリアンに関しては上手くいかない事も多々あったが、念願叶って彼女とデートする事が出来た。
普段あまりお目に掛かれない、家用のでも出張用のでもない、プライベートで出かける時用のドレス。
派手さは無いが可愛らしく上品なそれは、一度エリナと遊んでいる時に着てるのを見た事があった。
にこりと微笑みながらエスコートに応えるリリアンの内心はその表情程穏やかではないのだろうけれど、ディオはひとまずそれだけで満足だった。

──リリアンは素行の悪い者を嫌悪している。
そしてディオは、彼女の中でかつての誘拐犯共と同じ、最低ランクのカス同然の人間だと思われているだろう。
だからディオは貧民街時代の名残を完全に消して、完璧な紳士のように振る舞っていた。そうして彼女の信用と信頼を取り戻す努力をしていた。
女に好かれる為に必死になっているこんな姿を、かつての自分が見れば愚かな男だと鼻で笑うだろう。
けれど仕方ないのだ、恋愛とは惚れた方の負けであり、堕ちてしまってはもう元には戻れない。

何度かリリアンへの想いを振り切ろうと適当な女と遊んでみたが、ディオの乾きを潤す事は出来なかった。
寮生活で発散し辛い生理現象を治める為に、休日は外出許可を得て密かに娼婦を買ったり、適当な街娘を口説いて事に及んでみたが、結果は微妙だった。
どんな女とキスしようと、満たされるどころか気持ち悪くて気分が悪くなった。セックスは女の身体を使った只の自慰行為と化してしまった。
以前リリアンの唇に口付けた時、身体に触れた時と全く違った。
──やはり、彼女でなければならない。


「その服、本当に似合っているよ。君の瞳の色と同じだね」

「…ありがとうございます。」


──ああ、普段の貞淑なリリアンも可憐だが、着飾られたリリアンもまた美しい。このディオとのデートの為だけに着られているドレスを暴いて、はやくその肌にこの身をうずめたい。
リリアンが欲しい。欲しくてたまらない。彼女なら、このディオに近い彼女なら、この空腹感を埋めてくれる筈だ。
“奪う者”では無く、“与える者”のような愛をも持ち合わせる、野心家で努力家の“研鑽する者”。
ディオが目指す気高く誇り高い“奪う者”の理想に近い彼女。そんな彼女を、はやく“奪って”しまいたい──

けれど、それは最終手段。まずは外堀を埋める事が肝心だと、ディオは口内に溢れ出た唾をこくりと飲み込んだ。
また下衆な一面を見せれば、今度こそ自分はリリアンにゴミ屑以下の虫ケラとでも思われてしまうだろう。
二人きりの馬車の中で、ディオは己の昂りを抑えながら、紳士としてのポーカーフェイスを必死に保っていた。

──そんなデートを数回繰り返して、ディオはリリアンとの仲の良さをジョースター邸の皆に印象付けようとしていた。
ホリデーの度に約束を取り付けたが、その内リリアンは仕事が忙しい事を理由に断ってきた。
ジョージから貰う仕事の量を増やして、デート出来ない口実を作っているようだった。
けれどもディオは根回しをきちんとしていた。


「──お父さん、僕は貴方に打ち明けたい事が…あるんです…。
僕は、ああ僕は…貴方に引き取られた身でありながらこんな想いを…」

「どうしたんだいディオ?そんなに思い悩んで…」

「僕はッ…リリアンの事が…!リリアンの事が…好き、です。愛していると、言ってもいい…」

「それは…家族として、あの子を妹としてでは無く、一人の女の子として、好意を抱いてるという事だね?」

「ッ、申し訳ありません!ジョースター卿!
賤しい産まれの身でありながら、貴方様の娘さんを…僕は…!」

「ディオ、頭を上げておくれ。君は私の息子も同然なんだから。そんな他人行儀な言い方をしないでおくれ。
ああ、けれど、リリアンを愛しているというのなら、養子縁組の手続きを進めてしまったのは、君には辛い事だったかもしれないね…」

「いいえ!それは大変嬉しく思っています…彼女と、ジョジョと兄弟になり、貴方の息子と成れた事は僕の誇りです。
ッただ…僕がリリアンの事を好きなこの気持ちを…誰にも言えなくて…誰に言ってもきっと、困らせてしまうから…お父さんにだけは、伝えておきたかったんです…」

「ディオ…」

「僕はリリアンが好きです。あんな素敵な女性と、もしこの館で義妹としてではなく、町中で出会っていたのなら、すぐにでも手を取って告白し、将来を誓い合う仲になっていたでしょう」

「…ディオ…君のその心は間違っていない。だが言い出しにくかったろう…すまない…君の為を思って養子縁組の手続きを早めてしまったのだが、私が間違えていた…。
もっとよく話し合っていたら、いや、今からでも申請の解除を…ううん、それも君に失礼に当たる行為だな…」

「…ジョースター卿は、僕がリリアンに対して、こんな邪な思いを抱いていても、許してくださるのですか…?」

「勿論さ。君のような優秀な男子に見初められるなど、私も鼻が高いよ。ただ、養子縁組中はやはり、君とあの子は兄妹だ。節度のある関係でいなさい。
そして、君のその気持ちが成人するまで変わらないというのなら、リリアンが君を受け入れるというのなら、その時、初めて養子縁組の関係を一旦解除し、リリアンの婿として、また君を息子として迎え入れよう」

「ああ…ジョースター卿…!いいえ、お父さん!僕は…僕は本当に素晴らしい人に引き取られました!
ありがとうございます…!貴方の名に恥じないよう、勉学にも励み、リリアンに相応しい男となります!」

「ああ、なんと頼もしい。期待しているよ」


などという、涙を滲ませながらのやり取りを、ディオはジョージとしていた。
だからジョージはホリデー中のリリアンに必要以上には仕事を振らないし、彼女の自由時間は多いままだった。
そこを狙ってディオは何度もデートの約束を取り付けた。
そして、メイドや執事達も味方につける為に彼等には好青年として振る舞った。
ジョースター家のお嬢様に密かに叶わぬ想いを馳せる養子、という演技も繰り返した。
ディオは何年もかけて周りの印象を操作していたのだ。姉好きのジョナサンにはあまり知られないようにはしていたが。

けれどもやはり彼女の防御は硬く、一筋縄では行かなかった。
リリアンはジョージの目が届かない場所で、個人資産で別の事業の融資をしていた。
独自のルートから商売相手を引っ張ってきたり、新しい事業の立ち上げをして、いつの間にか個人事業主のようになっていた。
かのナイチンゲールもびっくりの行動力と豪胆さである。未成年の学生が在学中にする事では無い。
女学校の伝手、そこからの更なる繋がり、新たな知識により、商売根性の強い彼女は遂に、いつでも家から独立出来るレベルの資産家となったのだ。
保護者の許可が必要な手続きもあるのだが、その段階ではもうジョージだけでは止められないレベルで話が進んでいるという徹底ぶり。
ジョースター家の事業拡大に繋がり、全く損が無い取引ばかりで、国外からのそれもあった。
ジョージはリリアンの行為に天を仰ぎながらもオーケーのサインを出したという。その顛末を、ある日ジョージから愚痴のようにディオは聞かされた。
ディオは彼女の数々の行いを聞いた後、自室に帰って、ベッドの上で笑い転げた。
笑い過ぎて涙が出た。
ああ、本当に、なんと思い通りにならない女なのだろう!



「──絶対に逃がすものか」

















パブリックスクールを卒業してすぐ、ディオは養父ジョージにリリアンとの婚約を申し込んだ。
慎ましい交際を続けている事、未だに自分の気持ちは変わらない事、大学を卒業したら、彼女と結婚したいという事を。
ジョージはそれを快く了承した。

そして、その事がついにリリアンに告げられた。
ディオと二人揃って呼び出され、一体何の話でしょうと父に尋ねた彼女の淑女としての顔が、婚約の話で一瞬崩れた。
リリアンにしてみれば、寝耳に水だろう。
既に自分達が想いを通わせていると信じ切っている父ジョージに戸惑い、俯く姿は、見様によっては照れているようにも見える。
ディオは彼女を気遣うようにそっと肩を抱いた。


「婚約の事はひとまず、私達だけの話にしよう。まだディオは私の息子のままだからね。ただ、勿論今後リリアンに見合いの話が来た時は婚約者がいる、とだけ相手方にも伝えるようにするよ」

「寛大なお心、感謝します。お父さん」

「…お父様、お父様は、それでも良いのですか?」

「何を言っているんだい。お前達の幸せが一番だし、元々私はお前を政略結婚のように無理矢理他家へ嫁がせるつもりは無かった。自由に、好きな人と結婚して欲しかった。
まあ、出来れば婿をもらって、この家でずっと暮らして欲しいと思っていたから、父さんはとても嬉しいよ」

「そう、だったんですね。今まで、私の結婚に対するお父様の考えは聞いた事がありませんでしたから、そう思って頂いていたなんて…嬉しく思います。
…ああ、でも今の時期ですと、新事業の立ち上げで忙しいですし、本当に、誰にも内緒で…お願いしますね…」

「ああ、ジョジョにも内緒にしておこう。大学を卒業したら、その時に皆に正式にお披露目としようか」

「ありがとうございます!お父さん!その時を楽しみにしています」

「…では、仕事もありますので失礼いたしますね。お父様」


退出の許可を得て出ていくリリアンを、ディオは追いかけた。
リリアンは無言のまま自室へと歩いていく。そんな彼女の手をとって引き留めようとしたディオの手が、バッと振り払われた。


「おいおい、婚約者の手を叩くなんて、酷いじゃあないか」

「………っ」 


リリアンは、悔しそうに顔を歪めていた。言いたい事がいっぱいある。そんな顔でこちらを睨むその表情だけで、ディオの身体にぞくぞくとした快感が走った。
けれど、リリアンはそのまま唇を噛み締めてふいと顔を背けた。
ここは日中の廊下。メイドや執事が忙しく行き来する場所である。
堂々とディオを罵倒する事が出来ないリリアンは、そのまま足早に去っていった。


「……、まだ、あんなに嫌われているとはね」


何度もデートを重ねた事で少しは心が許されたのではと思っていたが、あの怒りようは相当だ。キッチンの床を這う虫を見るような眼差しだった。
けれどそう思いながらも、ディオの顔には笑みが浮かんでいた。ここまですれば、リリアンも逃げられまいと。

──しかし、その後数日間、リリアンと会話する機会は訪れなかった。
部屋に来るようにと何度か誘ったのだが、彼女からは無視されている。
ここ数年されていなかったあからさまな無視に、流石にイラっときたディオは、ジョナサンを通してリリアンを呼び出す事にした。
その後の夜中に、ようやく自室に訪れた彼女は震えていた。勿論怯えてではない。怒りで、である。


「貴方…本当に…どういうつもりですか…」

「君にはもう何年も前に告白をしている。君からの返事は未だに無いけれど、僕達は何度も逢引きを重ねて、周囲からは付き合っていると思われている。
僕としては昔からずっと、正式に君と交際し、ゆくゆくは結婚したいと思っていた。
…僕の気持ちを知っているくせに、はっきりと断らなかった君が悪いんだぜ」

「信じられない…一体何を…出まかせばかり言わないでください!」

「…ほら…またそれだ…何度言ったら理解して貰えるのかが分からないんでね。少し強引な手を取らせて貰ったよ」

「貴方の目的はこのジョースター家そのものでしょう…?!その為に私を利用しないで!」

「それは、…ちょっと待て、君、僕の告白をそんなふうに思っていたのか?全く伝わっていなかったなんて…」

「…何故、私が貴方からの愛の言葉を信じると思っていたのですか…?
…順当にいけば、このままジョースターの家督は貴方に譲られる筈です。
ジョナサンがその権利を主張すれば話は変わるでしょうけど」

「だから!僕は本気だ。君が好きだ…愛している」

「嘘を付かないで!どこまで私を馬鹿にする気…?
私は、出ていくつもりだったのに。その為の準備も覚悟もしてきたのに。
ジョースター家の跡取りに成りたいなら成れば良い。ジョナサンにも家督は貴方に譲るよう話をします」

「ああ、ったく、どうして分からないんだ!僕は…俺は!お前が好きなだけなんだ!」

「……」


あまりにも自分の好意を素直に受け取って貰えないので、ディオは思わず素で叫んでいた。
すると、リリアンは目を見開いて、固まった。
エメラルドグリーンの瞳。真っ直ぐにその目と目が合うのは、久しぶりの事だった。
ディオがやらかしてからのリリアンはずっと、ディオの前では伏し目がちで、作り笑いを浮かべる彼女の目線とディオの目線が交わる事は無かった。
それは彼女の自分に対する嫌悪の現れだと思っていたし、ディオも目線を合わせる事を強制はしなかった。
ただ、久々に真っ直ぐに向けられる宝石のような眼差しは眩しく、吸い込まれそうな程に美しいエメラルドに、ディオは思わず息をのんだ。


「あなた…私のこと…嫌いって言ったよね…」

「…?!い、いつ俺がそんなことを…?」

「私を拘束しながら、そう言った…」

「なッあ、あれは、あの時の発言はそういう意味じゃ…あ、いや、それに、その後何度も俺は君に気持ちを伝えていたのに、何故そっちを本気にするんだ?!」

「逆になぜそっちが本気だと思わないと…?
貴方に対する信用なんて無いに等しかったけれど、本心を隠して喋る貴方と本音で喋る貴方のどちらを信用するかと言われたら、本音で喋る貴方の方でしょう」


ディオはぐっと押し黙った。確かに、自分の本来の性格をよく知るリリアンからすれば、紳士ぶって喋るディオの言葉など信じられたものでは無いだろう。
だからこそ、言葉を尽くし、態度で表してきたつもりだったが、それが全く、これっぽっちも伝わっていなかったとは。


「リリアン…俺は反省したんだ…だからずっと、紳士的に振る舞うことで君からの信用を取り戻そうとしていた」

「……ごめんなさい。信じていなかった事は、謝る。
…でも、今回の貴方の強引なやり方は紳士的とはとても言えませんし、今は新事業で忙しいので、貴方の事だけを考えている時間はありません。
今日は、これで失礼します」

「待ってくれ、待てって!」

「「あ」」


リリアンに伸ばした手が届く前に、開けられた扉の隙間からジョナサンが見えた。
思わず、その手を引っ込める。ディオは内心舌打ちした。


「ご、ごめんよ、少し口論が聞こえた気がして、何かあったんじゃあないかと思って」

「…何でもないよジョナサン。じゃあね、ディオ、失礼します」


リリアンが出ていって暫くしてから、ディオは頭を抱えてベッドに座り込んだ。
想いが全く伝わっていなかった事、紳士的な態度が逆に彼女に不信感を与えていた事、ジョースター家乗っ取りの企みが彼女にバレている事、色々と考える事が多い。
それに、あそこでジョナサンが来なければ、自分は、彼女を、どうしていただろう。
ディオは項垂れたまま、一夜を明かした。









「──国外支店?」

「支店とは少し違いますが、リリアン様が力を入れていた事業の延長で国外の活動も視野に入れていらっしゃるとか。
資産が貯まり、財団法人を立ち上げられる予定もあるそうですよ」

「…そこに、リリアン自身が行くことになると?」

「まだ計画段階のようで、私共も詳しくはお聞きしておりませんが、そのような事も話されていたような…」

「へえ、そうかい」


大学に通い出してからも、時々父やリリアンの仕事の手伝いをしていたディオは、その際、ある資料を見つけてしまった。
彼女がフランスへの進出も考えている事が、そこに書かれてあった。
どうやら、本当にジョースター家から去る予定だったらしい。
リリアンの行動力に、ディオは笑った。けれど、もう、これ以上は無理だと思った。



──だからディオは、ジョースター卿に毒を盛る事にしたのだ。



  

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