novel3 | ナノ



14

 



リリアンはパブリックスクールでの生活を全力で楽しんだ。もとい、有効活用した。

裕福な商家、下級、中級、少数だが上級貴族に至るまで、女学校は様々な身分の女生徒達が居た。
リリアン以上に商魂逞しい先輩後輩、逆に金儲けなど考えた事もないと言う人達も居た。

そして、やはり商家と下級貴族は家庭環境や財政状況が似ていた。話すとすぐに仲良くなれたので、新しい友達は割とたくさん出来た。
スクールは人脈作りの宝庫だった。

裕福な商家の娘達とは共に新しい商品を開発し、成功したり失敗したりしながらも、そのアイデアが彼女たちの家で採用された時にはその子達とささやかなお祝いをした。
慈善活動に力を入れている医療や福祉に詳しい貴族の娘達とも関わりを持つと、貧困層への取り組みや移民問題についての意見交換が出来た。
上級貴族の娘達は金稼ぎには難色を示していたが、ノブレスオブリージュを念頭においた活動には好意的だ。
リリアンは慈善事業のやり方を彼女達から詳しく教わる事が出来た。
彼女達の口添えで今まで関わった事のなかった家や施設や大人達との人脈も広がり、リリアンは経験を積み重ね、力をつけていった。
そして、以前から貯めていた個人資産で融資や新しい事業に取り組み、広げていき、上手く軌道に乗せていった。勿論失敗する事もあったが、それを学びとして次に繋げていった。
リリアンが特に力を入れたいと思ったのは医療器具と設備関係だった。かつて友人だったエリナの事を思い出すと、最新の医療機器を揃える事や設備投資などに興味が沸いたのだ。
国内で開発されるそれらには限界があり、海外からの輸入を検討する必要があるかもしれない、などと考えていると、父の事業内容とも被る内容でもあったので、そこは父の意見を聞いてみて、力を借りてみた。
医療関係だけでなく、女学校の情報網で得た最近人気の海外の飲食物の情報を頼りにジョースター家の事業拡大も成功させた。
学ぶ事が楽しくなってしまった数多の外国語を仕事に活かせる事は出来ないか、なども考えだすとわくわくして、リリアンの躍動は止まらなかった。
完全なワーカホリックである。
父の執事では無く自らが選び抜いて厳選して新たに雇った者達には、最初は少し舐められもしたが、最近ではもうこちらを見るその目に畏怖を通り越した悟りの境地を感じる。

そのように学生生活を最大限に有効活用しながら、たくさんの友達を作った上で、リリアンはついにパブリックスクールを卒業した。
大学で学位を取るのも魅力的ではあったが、やりたい事が多すぎるのでやはり仕事に専念したい。
けれど、その矢先の事だった。


「リリアン、ディオ、長年のお前達の想いを鑑みて、お前たち二人の婚約を認めよう」

「ありがとうございます!お父さん!」

「……」


は?と思わず口に出しそうだったのを、リリアンは笑顔のまま口の中で舌を噛む事で堪えた。
けれど流石に戸惑ったので、歪みそうになる口元に手を当てて俯く。すると、共に父に呼び出されていたディオに肩を抱かれた。
怒りが込み上げた。けれど、この場で喚き散らしても父は混乱するだろう。嬉しそうにこちらを祝福する父の笑顔を陰らせる事は、あまりしたく無い。

やられた、と思った。
二人の間では話は纏っているらしく、とんとん拍子に婚約の話が進んでいく。
デートと称してショッピングに何度か連れ回されていたのは、これの根回しだったのだ、と今更気が付いてももう遅い。
リリアンはディオの動向を完全に把握は出来ていなかったし、自分の仕事の方に集中し過ぎてしまっていたのだ。

父は完全にディオの言う事を信じ切ってしまっていた。そしてリリアンは、自分がジョースター家に残る事を父が望んでいるのを知って、口籠った。
自分の結婚に関する考えや思いを父に聞いた事が無かったリリアンの心は揺れた。誘拐された時の事もあって、センシティブな事だったからだ。
上級貴族の家に嫁ぐ事が出来なくなった自分には、結婚で得られる利益があまり無い。だから自分で自分自身の価値を高めて父の役に立とうとしていた。
けれどそれは父の意見では無く、リリアンが勝手に思っていただけの事。
父はリリアンの幸せだけを望んでくれていた。それが分かって、リリアンは喜ぶ父を悲しませたくないと思った。

自分のやりたい事ばかりを優先してきた負い目も、無理や無茶を聞いてくれていた恩もある。
それに、父が今までリリアンを自由にさせてくれていたのは、リリアンが嫁に行き遅れる心配をされてこなかったのは、ディオを婿にする事が父の中で決定事項だったから、なのかもしれない。
リリアンはそう思ってしまった。だから、この場で全てを否定してディオを糾弾する事が出来なかった。


「おいおい、婚約者の手を叩くなんて、酷いじゃあないか」

「………っ」 


父の書斎を出てから、リリアンはディオを睨んだ。
何を考えているのか分からない彼が、とても憎らしい。
ホリデーの度にデートまがいの事はしていたが、その間もずっと彼の事がよく分からなかった。
会話はしていた気がするが、お互いに腹の内を見せず、表面上取り繕われたあまり中身の無い内容しか話してこなかった。
送られてくる手紙は少女小説を参考にされたかのような甘い言葉ばかりで、小説をあまり読まないリリアンはディオが壊れたのではと思った程だった。
同室の友達に一度流行りの小説を貸してもらって、どこかで読んだ事のある内容だなという既視感から、ディオが少女小説を参考にしているのだと察した。
好きでも無い女の為によくここまで出来るものだと呆れたが、彼はリリアンと同じく何事にも全力で取り組むタイプの男なので、今は懐柔に必死なのだろうと思っていた。
けれどやはり、本音を隠し続けるディオの事が、リリアンはずっと理解出来ないままだった。

まさか、嫌いな女と結婚してまで、ジョースターの家が欲しいと思っていたなんて。
こちらを懐柔出来ないと悟って、父の方を騙していたなんて。
そこまでするのかという怒りから、リリアンはディオを無視した。
きちんと話し合いをしなければならないけれど、耳元で「今夜僕の部屋に来て欲しい」と言われて貞操の危険を感じない女はいない。
ジョナサンもだが、ディオも身長が伸び、筋肉が付いて随分と逞しい身体になっている。
いくらリリアンが自主トレーニングをして鍛えているといっても、こんなに体格の良い男に組み敷かれれば逃げる術は無い。
昔誘拐犯達から逃げられたのは、彼等が痩せ型の小男達だったからだ。そしてたまたま、別の乱入者が現れてくれて注意が逸れたからだ。
筋骨逞しく、抜け目の無いディオに勝てる手段はもう無い。昔のディオならまだしも、成人間近の彼が本気になればリリアンは逃げられないだろう。

本能的な恐怖心から、そして怒りから、リリアンはディオを避けた。悪手だとは分かっていても、皆の前で挨拶はするが、プライベートでは関わりたくなかった。
けれどジョナサンを使ってまで呼び出しをされたので、応えない訳にもいかなくなった。
ここで更に無視し続ければ、ディオはまた何を仕出かすか分からない。
ジョナサンにも有る事無い事を吹き込み出すかもしれないし、気遣わし気な弟にこれ以上心配をかける訳にもいかない。
リリアンは腹を据えた。溜まっていた怒りが爆発寸前だったが、なんとかそれを抑えて、冷静さを少しでも保ちつつ、ディオの部屋へ向かった。




「──昔からずっと、正式に君と交際し、ゆくゆくは結婚したいと思っていた。
…僕の気持ちを知っているくせに、はっきりと断らなかった君が悪いんだぜ」

「だから!僕は本気だ。君が好きだ…愛している」

「どうして分からないんだ!僕は…俺は!お前が好きなだけなんだ!」


覚悟を決めて挑んだディオとの対話は、リリアンを混沌に落とし入れた。
久々に聞いた、彼の本音。焦った表情、苛立った荒い口調、けれど真っ直ぐな感情の発露。
ディオは、嘘をついていないのでは?
女学校を経て人を見る目は更に培われたので、リリアンには彼が本当の事を言っているように見えた。
だからこそ混乱した。
平静を装いながら退出しても、ジョナサンと別れた後も、頭の中ではこれまでの彼との会話を思い出すのに必死だった。

けれど落ち着いて考えると、あれすらディオの演技の一つなのでは?とも思えてしまった。
熱い視線も、乱雑な彼本来の口調も、ワザとこちらを油断させる気なのでは、と。
リリアンは彼を疑う心を捨てられなかった。


「今はそれどころじゃないのに…!」


この忙しい時に何をしてくれるのだ、と、リリアンは頭を掻きむしった。
考えなければならない事が、今はあり過ぎるのだ。軌道に乗った新事業も問題はまだ山積みで、やらなければならない事はたくさんある。
そんな時に、ディオとの婚約?昔から好きだった??本気で??あの言葉の数々は全部本当だった?それともそれも嘘??
悩みの種どころか爆弾を投棄されて、リリアンの脳みそはショートした。

事務作業がいつものように上手く捌けず溜まりがちになり、更にそこにディオも参戦してきたものだから、余計に仕事が出来なくなった。
一人の時間に何とか進められたが、限界を迎えて、ジョナサンの部屋で寝てしまった。

気がつくと、ベッドに優しく降ろされる感覚がした。しょぼつく目を開けると、起こしてごめんよと謝るジョナサンが見えた。
謝るのはこちらの方なのに、と、リリアンは優しい弟の頭に手を伸ばし、自分と色は違うが同じ癖っ毛な髪を、よしよしと撫でた。
気遣わし気にこちらを見下ろすジョナサンは、本当に父そっくりになってきている。


「ふふ…父さんみたい…」

「リリアン…あのさ…」

「ジョジョ…もう少し一緒に居よ…」

「…ふふ…なんだか、リリアンが妹になったみたいだ」

「ええ…?お姉ちゃんだよ…」

「かわいいリリアン、おやすみ、良い夢を」


額にキスが落とされて、リリアンは幸せな気持ちになってスっと眠りにつけた。











父が少し体調を崩した。
ディオとジョナサンが大学の入学を少し遅らせて家業を手伝ってくれていなければ、結構まずい事になっていた。
リリアンは自分の事で手一杯で、父のフォローに回れなかったのだ。だから、二人の存在には本当に助かった。

ディオとの事は本当に考えている暇も無く、一旦忘れて仕事に集中した。
そうこうしている間に父が回復して仕事に復帰し、ディオとジョナサンは無事に新年から大学に入学出来た。
学生寮で生活する事になる二人は、土日休みになればまた帰ってくる。これまではホリデーしか会えなかったが、今後はもう少しジョナサンとも顔を合わせられるだろう。
勿論、ディオとも。


「じゃあね、リリアンも体調には気をつけて、元気でね」

「うん、ジョジョも元気で」

「リリアン、お父さんの事はよろしく頼んだ。でも君もあまり無理はしないでおくれよ」

「ええ、任されました。ディオも元気で。」


結局あの後、ディオと二人きりでゆっくり話す時間は無かった。
ただ、彼に対する誤解が少し解けたので、リリアンはディオに対しての必要以上な警戒を辞めた。
けれども、こちらの意思を確認せずに強引に婚約を進められた事は許していない。
ゆっくり話し合いをしてからまた考えようと、リリアンは気持ちを切り替えていた。

父が風邪を引いた時、リリアンは今までの行いを少し反省した。まだやりたい事はたくさんあるが、一旦躍進をストップしようと思った。
今は全ての事業が軌道に乗って落ち着いている。それならば、父やリリアン本人が居なくても仕事が回るように、実務を任せられる人員を育てようと思った。
今は足場を盤石にするべき時だと考えたのだ。

立ち上げようとしていた財団の話はひとまず見送る事にした。けれども、海外には一度行ってみたかった。
フランスやイタリア辺りには、視察も兼ねた卒業旅行としても行きたい。
そんな思いを胸に日々を過ごしつつ、週末に学生寮から帰ってくるディオと、リリアンは何度か話し合いをしていた。


「婚約のことなんだが…俺は、本気だぜ。婚約関係を解消するつもりは無い。
お前が好きだから一緒になりたいと思った。ジョースター家の家督を相続したいのは本当だが、それはリリアンとでなければ、意味がないと思っている」


あれからディオは、リリアンの前で口調や態度を改めた。貧民街時代の名残を残した、悪く言えば粗野で乱暴だが、良く言えば明け透けで嘘の無い素直な喋り口。
素のままのディオの方が、会話し易くてリリアンは好きだった。
紳士として振る舞う彼は確かに好青年だし社交の場では適しているのだが、プライベートでもそれを通されるとずっと嘘を喋っているようにしか聞こえなくなるのだ。
リリアンもそうやって分けて生活しているが、オンとオフは大切だ。


「まだ、俺の言葉を疑うのか?俺はリリアンが怖がると思って…精一杯紳士的に接してきたつもりだ。
それが逆効果だったと知って、失敗だったと後悔はしたが…これからは本音で話す。だからお前も本音で話せ」


やはりこちらの方がディオらしくて、リリアンは彼の前でも少し気が抜けるようになった。
口調は悪いが、紳士的な振る舞いは体に染み付いているようで、物理的な距離感も丁度良かった。


「私は…貴方が、私とジョナサンに嫌悪感を剥き出しにしていた時からずっと、貴方に嫌われていると思ってた」


リリアンはディオに、自分が抱いてきたディオ自身の人物像やリリアン自身の考えを吐露した。
野心のために努力を継続出来て、上を目指し続けられる人。苛烈な眼差しは養子に来ただけで満足しているようにはとても見えなかったことなどを。
ディオにとって、同年代の子供であるリリアンとジョナサンはさぞ邪魔だったろう。
貧民街から出てきた彼の目の前に、何の苦労もした事が無さそうな温室育ちの箱入りの坊ちゃん達が居る事は、それだけで彼の神経を苛立たせただろう。
けれどその感情は当然だと思ったことを伝えた。自分達が恵まれているのは確かだったからだ。
だからリリアンはディオの振る舞いを受け入れていた。方向性は凶暴だが向上心の塊のようなディオを邪魔したくないと思っていた。
貧民街から這い上がってきたディオの努力は報われるべきだとも思っていた。


「それは…同情か?」

「同情じゃなくて、同族へのエール、みたいなものかな」

「!同族だと、思って、くれていたのか?」

「だって、家に来た当時の貴方はまだ感情剥き出しだったし…
まあ私は他人を蹴落とす暇があるなら、別の知識を蓄える事に時間を使うけど」

「…お前はそういうやつだよな」

「貴方は努力の方向性がおかしいんだよ…最初からもっと真面目にしてれば…、…私だって…」

「…もっと早く、俺の好意を受け取ってくれていたか?」

「…そうは言ってない。私だって、昔の恩人の1人である貴方に、もっと素直に接することが出来ていたよ」

「…なあ…じゃあ、今からでも俺の事をちゃんと考えてくれるか?お前のことが好きな俺の心を、受け取ってくれないのか?」

「…それは…今は難しい。受け取っても、私は大切に出来ない…と、思う。
婚約も…結婚も考えてはみるけど、貴方と同じ好意をそんな簡単に持てないし、返せない」

「それでも良い。お前の心が俺と同じでなくても…そばに居てくれればそれで…」

「…ごめんなさい。私にはやりたい事がたくさんあるし、ずっと側にというのも難しい…かな。
予め言っておくけど、結婚したって、それは変わらないと思う」

「……。…お前がそういう女だってことは、分かってる。今はそれで良い。今度の休みにまた話そう」

「そうだね…」


距離感を保ちながら、ディオとはそういった話し合いを繰り返した。
その間に、リリアンは父と共に新たな人員の確保やその人材の指導や育成を進めていった。
慌ただしい日々は大変だが、やはり楽しい。そうしていると、気がつけば半年程月日が流れていた。


「──だからね、私、婚約したといっても、まだやりたい事はたくさんあるんだよ。むしろ、誰にも貰われないまま行き遅れ確定にならないように、自制していたくらいなんだから」

「それは結婚してからも、か?」 

「…今まで通りだと思うよ。家庭を支える為に、家に帰らない女になるかもしれないよ」

「……それは、」

「…下級貴族や商人の家を守るって言葉は、イコールでお金を稼ぐって意味もあるんだからね。
商家の奥方さん達は大体皆働いているよ。裕福な暮らしに胡座をかいていたら、すぐに足元を掬われる」

「ああ…分かっているさ。けれどお前の場合は規模が大きい。知ったぞ…海外にも進出しようとしていたんだろう?」

「それは…一旦保留中だけど。最近また父さんの体調が良くないし。けど、父さんが元気になったら、本格的に動き出すつもりだよ」

「……。寂しいことだ…婚約者をほっぽり出して海外か」

「ディオ貴方…そういう事言うタイプなんだ…。
あのね、貴方は学生生活を楽しんでいるんだから、私にだって私生活を楽しむ権利はあるんだけど」

「その私生活とは仕事漬けの毎日の事だろう?その私生活を楽しむ…とは…、ふ、ふはは…!」

「何に笑ってるのかよく分からないんだけど…一般庶民なら早くて6歳頃から働くとも聞くし、商家の子供だって学校に行かず12歳から働く層の家もあると聞くよ。ディオだってジョースター家に来る前はそうしていたよね?
学校に通えていた私達は恵まれていて、猶予期間が与えられていただけ。その期間が終わったのだから、働くのは当然だし、私生活が仕事って普通でしょ」

「ハハハ…!………はあ…、…これじゃあ、どっちが貧民街育ちか分かったものじゃあないな。
本当に、お貴族のお嬢様は悠々自適に暮らして家で一生を過ごすものだと思っていたのに」

「私が通っていた女学校の生徒たちで子爵以上の位に居る子達はそんな考えだったけど、それ以下の子は皆家業の事を真面目に考えていたよ」

「女子達の方が現実的って訳か…お前が特別珍しい訳でもなかったって事か?
ジョジョと通っていたスクールの男共は皆遊んでばかりだったぜ」

「大学への進学ですら厳しい女子達と、大学へ行くのが当然とされてる男子達とが同じ空気感でパブリックスクールを過ごしていたとでも?
卒業したら家業を手伝う子達は皆必死だったよ。大学進学を選択した女の子達は世間の偏見の目を跳ね返すレベルの知識量を求められていたから、彼女達も必死だった。
そりゃあ侯爵や伯爵や子爵令嬢や、位の高い殿方が婚約者と決まっていて卒業と同時に結婚する子達は流石に違ったけど。」

「そうか…強いな、リリアン達は」


ディオは意外にも、妻には家庭に居てほしいタイプの人間のようだった。
何度か話し合い、意見交換をし、考えの擦り合わせをしていたが、少し噛み合わない。
リリアンは広い世界を見てみたかった。少しずつ海外にも足を伸ばしたかった。
ジョースターの家は大切だが、それならばジョナサンとディオのどちらかが継いでくれるし、父の事は気掛かりだが知的好奇心が抑えられない。
大人しく家に籠る期間は過ぎ去ったのだ。
リリアンは、野心家のディオならばそれを分かってくれると思っていた。
パブリックスクールでは常にトップで、部活動でも優秀な成績を残し、数学の大会などでも優勝し、自宅には彼が手にしたトロフィーが沢山ある。
一番が好きだ。と口にする彼はそれを有言実行出来る程の努力家だ。
大学でも一年生にして既に弁護士資格に合格した天才だと有名人となり、ラグビーでもジョナサンと揃ってスタメンとして活躍しているという。

だからリリアンは、高みを目指す事を、自己研鑽を続ける事を、同族のディオなら理解してくれると思っていた。


「……ディオ…、やっぱり…私はあなたとは、」

「言うな。それ以上言うなら怒るぜ」

「……」


そういったやり取りを繰り返している内に、父がまた体調を崩した。使用人と共にフランスへ視察に訪れていた最中の事だった。
泊まっているホテルに手紙が届いたのは、父の不調から数十日経った後の事だった。
リリアンは慌てて本島へ帰国し電報を自宅に送った。その返事に安堵しながらも、急いでジョースター邸に戻ると、父はいつもの書斎ではなく寝室のベッドの上だった。


「視察中にすまなかったね…家令が心配し過ぎてしまったみたいだ。お前の邪魔をしてしまうから知らせなくても良いと…」

「そんな…っそんな事はありません!知らせを早く受け取れて良かったです…っお父様…お父様が無事な事が何よりです。
仕事なんていつでも出来ますが、お父様の健康や命は比べ物にならないくらい尊いものなんですから…」


もう平気だと、元気になったという父の頬は少し痩けていた。
1年に1、2回風邪をひく事は今までもあったが、今年に入ってからは半年の間に既に4回以上も体調を崩し、その度に症状が酷くなっている気がする。
近頃落ち着いていたのでもう大丈夫かと思って旅に出たのだが、やはりどうも父の身体は弱ってしまったようだ。
医者にも見せているが免疫力が下がって風邪をひきやすく、また拗らせやすくなっているだけだという事だった。
父の年齢は40代後半になり、歳ではあるけれど、それでもまだ現役世代。
昔は喘息持ちでよく寝込んでいたと聞いた事もあるので、加齢により肉体や体力が衰えているのだろうか。
リリアンは父の手を取り、頼りにしていた父が居なくなってしまうのではという恐怖に少し震えた。
それを慰めるように、ベッドから身を起こした父が抱きしめくれたが、昔と比べて少し薄くなってしまった父の身体の状態に気が付いて、涙した。


「──お父さんの調子はどうだ?」

「また回復には向かってきているみたいだけど…体調の波が激しいみたい」


その後も、数ヶ月に一度父は体調を崩しては、元気になるのを繰り返した。
父の体調不良は一年過ぎても治らず、二年過ぎても続き、慢性的な免疫力低下と喘息とばね指かリウマチだと診断されていた。
医療関係者の伝手を使って有名な医師にも診て貰ったが、父の体調は診察される頃には良くなり問題が無いと診断されてきた。

リリアンは自身の海外進出を諦めて、人材育成の方に力を入れる事にした。優秀な人材に育った彼等を海外に派遣する方向へと変えたのだ。
身体が弱くなってしまった父の側にいる為に、何かあった時すぐに駆け付けられるように。仕事は上手く回るように手配してあるので、急な事にも対応出来るようにしていた。

そして父も、自分の身体とジョースター家の行く末に思う所があったのか、後継者について決めるべきかという話をするようになった。
爵位を継承出来るのは一人だけ。だが、事業に関しては必ずしも事業主が爵位持ちというわけでもない。
爵位、つまり家督を継ぐ者と、仕事である家業を継ぐ者は一緒でない家は多い。
家業は個人資産を得る為に個別で始められたものであり、爵位と違って国から与えられたものでもないのでその辺りの引き継ぎは好きに出来る。


「ジョースターの家督はジョナサンに継いでもらって、ジョースター家の海上貿易の利権はディオに継がれる形になるのが良いのかな…ジョナサンには商売の事より考古学に集中して欲しいし…」

「お前は相変わらずジョジョに甘いな。…俺がそのどちらも欲しいと言ったら…どうする?」

「貴方が家督を継ぎたいのは知っているけど、直系男子のジョナサンが居る状態で養子の貴方が爵位を継ぐのは手続き的にどうなるのか…
一応下級とはいえ世襲貴族制だし、勅許状にもそう書かれているし…あ、でも特別継承者の手続きを今から…それなら私でも爵位が…それか爵位停止を…いやでも父さんが生きている間は…ああ…」

「っ悪かった、ストップだ。一旦ストップしろ」

「っ」


ディオが、抱きしめてきた。
父の死を意識してしまったリリアンの身体はいつの間にか勝手に震えていた。
以前までは抜け出そうと身を捩っていたが、気が弱っていたリリアンはそのディオの大きな体に身を任せてしまった。
少し、ほっとしてしまったのだ。


「安心しろ…安心しろよ…リリアン…」

「…ディ、オ」


彼のラグビーで鍛え上げられた身体は以前にも増して屈強になり、ちょっとやそっとではビクともしない。
そんなディオに、リリアンは父に抱擁された時のような安心感を持ってしまった。
痩せ細ってしまった父と比例するかのように逞しい存在となったディオに、身を、心を、許してしまっていた。


「なあ、俺とお前が今すぐに籍をいれれば、もっとシンプルになるんじゃあないか?」

「…そんなこと、父さんが大変なこの時期に不謹慎だよ…むしろ、もっと先延ばしにするべきかも…」

「そうだな…すまなかった。お前の負担が減れば良いと思って、な」


特別な手続きを踏めば、通常なら爵位を継承出来ない女子も一時的に継承者となれるが、男子が居ない場合は爵位の一時停止をする事もある。
直系男子では無く養子のディオでも爵位を告げるが、正式な直系男子であるジョナサンが居るのにそれが受理されるかは分からない。
今すぐにディオがリリアンの婿になれば特例として認めて貰えるかもしれないが、ジョナサンの意思を確認しないままにディオに家督を譲るというのも不誠実だ。
一度全員で話し合いをする必要がある。

もうすぐ二人の大学生活は終わる。
考古学の分野で躍進を続けるジョナサン、法学部で首席となったディオ。
二人の学生生活最後のラグビーの試合ももうすぐだ。

リリアンは自分の仕事と父の仕事を兼任しながら父の看病もしつつ、頼りになる二人が卒業するのを待っていた。


   




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