novel3 | ナノ



08



「悪かった、本当に悪かった…オレがどうかしていた…許してくれ…ここを開けてくれ…リリアン…」

「………」

「お願いだリリアン…2人きりで話したい…お前の顔を見て、話したいんだ」

「………」

「リリアン…」


リリアンはあの日から、徹底的にディオを無視していた。
共に行っていた勉強会も全て廃止出来るよう、手を回した。

リリアンは生活スタイルを大きく変えた。
平日の午前のダンスレッスンを全て辞め、フェイシングは土日の午前中にのみ行うよう変更。
平日の午前が空いたので午後から行われていた家庭教師による勉強を全て午前中に変更。
平日の午後が空いたので今まで不定期に行っていた父の仕事を本格的に手伝わせて貰うように変更。
急な事で少し無理を言ったが、それぞれの講師や教師達、父と執事達も特に問題無いとの事だった。

今まで淑女の嗜みだからと礼儀作法とダンスレッスンが平日の午前中毎日のように予定に入っていたのがそもそも間違いだったのかもしれない。
作法もダンスもマスターしたので、運動はフェイシングのみ土日に残した。
そしてリリアンの勉強効率はとても良くなった。

午前中商業や外国語について学んだ後、午後は父を手伝いに書斎に行き、父やバトラー達と共に事務仕事を行う。
少し空いた時間には午前中疑問に思った内容を直接父から教わる事も出来た。
急な出張や視察にもそのまま付き添う事も出来て、本格的に秘書見習いとしての活動も行えるようになった。
秘書兼執事長の家令には前からお世話になっていた為、円滑なコミュニケーションも取れて業務内容もスムーズに理解出来た。
父と居る時間が増えたので、素直に嬉しい。出張先から帰る際などは、リリアンと父と秘書だけでディナーを楽しむ日などもあった。

土日の午前に身体を動かした後は、午後からはジョナサンと遊ぶかショッピングに出かけるようになった。
今まで土日は平日に消化出来なかった課題を行ったり、最近はディオとの勉強会の時間に使っていたので遊ぶ余裕が無かった。
例え時間に余裕があっても、リリアンは外出をせず読書や自己学習や自主トレーニングなどをして家で過ごしていた。
それは昔の誘拐事件が原因でもあった。父からは従者を5人以上付けなければ外出は禁止だと言われていた。
そんな大所帯で出かけるなどとても目立つし、普段のハウスメイドorバトラーとしての仕事もある彼等の時間を不用意に奪う訳にもいかない。
必要な物があればメイド一人に買い物を頼むだけで済ませられたし、外出の必要がなかったというのも理由だが。

だが、ダンスレッスンを廃止して日程調整を行ったところ、本当に時間の余裕が出来た。
けれど今は、その自由時間に家に居たくなかった。

リリアンが父と交渉すると、メイド一人とフットマンの二人を護衛に付けるのならと外出を許可された。それでも従者が3人。
父の心配も分かるので、フットマン二人には目立たないように後から着いてくるように伝えた。
実はジョナサンに紹介して貰ったエリナと個人的にとても仲良くなれたので、彼女とショッピングに出かけたかったのだ。
それが実現出来た日は、本当に楽しかった。

勉強と仕事の充実、休日のリフレッシュまで、理想的な環境。
パブリックスクールに通い出せばまた環境が変わるのだが、今のリリアンには最適だった。


──リリアンは本当に徹底的にディオから距離を取っていた。

この生活サイクルだと、食事の時以外はディオと殆ど全く遭遇しないのである。
遭遇したとしても、リリアンの傍には常に誰かが居る。絶対に彼と二人きりにならないよう、従者達には細かくリリアンの予定を伝えてある。
以前までも休憩時間以外はそうだったので、使用人達からも特に違和感は無いだろう。
今のリリアンの休憩は、午後から仕事の合間に父達と取っている。ティータイムを父の書斎で父達と共に出来るので、休憩室に行く必要が無くなった。
だから、屋敷の中でリリアンが完全に1人きりになるのは、就寝時のみとなった。そこを狙ってディオがやってくるのできっちりと対策をとった。

就寝前後も絶対に鍵を閉めてつっかえ棒をし、無理に扉を開こうとしたり壊そうとすれば、とてもよく音が通る日本製の丸い鈴が大量に鳴るという仕掛けをした。
我が社ではなく別の貿易会社で売れ残ったというそれが、視察に行った倉庫にあったので貰ったのだ。
その全て一つ一つに丁寧に丈夫な針金を通し、並べて、カーテンのような形に纏めた。
(それは奇しくも日本の昭和初期に流行る珠のれんのような見た目であった)

そしてそれを、扉全体に引っ掛けるようにした。
内側からリリアンが慎重に外さない限りガッシャンガッシャンと家中に鳴り響くような音を発する騒音機の出来上がりである。
1つの鈴だけだと良い音色なのだが、3つを超えると耳への響きがきつくなる。
ちゃりんと一度鳴らすだけなら良いが、子供が握って振り回し続けでもしたらかなりの騒音となる。
おもちゃと間違えて輸入してしまったらしく、不人気のまま在庫が残った代物だったと聞いていたが、とても役に立った。


「リリアン…また…明日の晩来るから…」

「………」


ディオは案の定、苛立って扉を強引に開けようとした事がある。ガシャンとまるで窓でも割れたような音が響いたので、メイドがすっ飛んできた。
何でも無いと扉越しにメイドに伝えると、彼はその場から上手く隠れでもしたのか、メイドはリリアンと少し会話しただけで去っていった。
就寝前のレディの部屋に訪れるのは本来ならマナー違反なので、ディオが見つかれば少し問題になる。
今までそうならなかったのはお互いに上手く隠して、隠れていたからだ。けれどもうリリアンがディオを部屋に迎え入れる事は無い。

いくらディオが扉越しに謝罪しようが、リリアンは応えるつもりは無かった。
それに、リリアンは就寝前の勉強も辞めてさっさと寝る習慣に変えていた。早朝に行う事にしたのだ。
朝方に早めに起きて課題をこなし、メイドが朝食が出来た事を知らせに来るまで絶対に部屋の鍵は開けなかった。
勿論防犯鈴も外していない。

リリアンは全力でディオの存在を排除していた。
けれども、屋敷の住人は父も含めてリリアンとディオの関係性が悪かったのも良化したのも悪化したのも気が付いていない。
表面上はずっと仲良くしている(ように見える)ようにお互いが振る舞っているからである。
以前から2人きりの時以外は紳士淑女としての外面を貼り付けて会話していたので、現在も食事の際や挨拶する際はお互い仮面を外さないまま笑顔で会話している。

気が付いているのはジョナサンくらいだ。


「…リリアン、もしかして、ディオに何かされたのかい…?」

「…どうしてそう思ったの?何もされてないよ。そんなに一緒にいる時間も無いしね」

「そう…なら良いんだけど…」

「そんな事よりジョナサン、今度の土曜日はエリナとまた遊びに行く予定だよね?
これ、エリナが前に気になるって言ってた本、私の部屋にあったから持っていってあげてね」

「わあ、本当にうちにあったんだ!
確かインドの医学書だったよね。街の書店で見かけた時はとても高価で僕達にはとても購入出来ない額だったけど…」

「そうそう、以前アジアの方を拠点にしてた貿易会社が破産して、うちがいくつか品物を引き取ったんだけど…その中に混ざっていたみたい。一度読んでみたけど専門的過ぎて私には分からなかったよ」 

「そんな物を貰っても良いのかい?」

「もう読まない本だしね。是非エリナに渡してあげて」

「ありがとうリリアン!」


リリアンはジョナサンを通してエリナと交流を深めるきっかけが出来て本当に良かったと思っている。
彼女は医者の娘として医療関係の知識が豊富で、将来は看護婦人として自らの父の元で働きたいのだという。
ナイチンゲール女史に憧れを抱いているようで、女史の看護教育や統計学者としての実力に感銘を受けている事なども語ってくれた。
医療の分野はリリアンにとって未知だった為、彼女の話は興味深く、そして彼女自身も魅力的だった。
話していると心が落ち着く。とても穏やかで暖かな女性だと思った。

今まで同年代といえども貴族や商家の子達とは、金銭にまつわる話ばかりしてきた。それもそれで楽しいのだが、エリナとのお喋りはまた別で、新鮮だ。
リリアンは普通の女の子との交流に飢えていたのかもしれない。
エリナとは驚く程気が合った。仲良くなり過ぎてエリナを取られると思ったのかジョナサンに嫉妬される程だった。
2人で並んで歩くと、緩くカーブする金髪も相待ってまるで姉妹のようだった。
ジョナサンという双子の弟、ディオという義兄しか居ないリリアンにとって、エリナは友人であり妹のような存在となった。
揃いのヘアアレンジをすると、後ろからだと見分けが付かなくなった。それでジョナサンを揶揄ったりもした。


ジョナサンとエリナの仲は順調のようだった。
まだお互いの手を握るだけで、キスまではしていないらしいが、それがまた微笑ましい。
そしてリリアンはある日、ジョナサンがキスの練習を枕相手にしている所を見てしまった。
思わずくすくすと笑ってしまうと、見られて真っ赤になったジョナサンが自棄になったのか、じゃあリリアンと練習させてよと言ってきた。
驚いたが、そういえば10歳頃まで唇でしていた記憶がある。チークキスも毎日しているしそんなに大した事ではないか、と安請け合いした。


「首の角度とかは…こうかな?」

「ん、そうかも、そのまま唇までスライドすれば…」

「ん、っ、あ」

「ちょ、ちょっとジョナサン、本当に唇にしてどうするの…口の端にしないと」

「あっはは…ごめん、でも久しぶりだねリリアンとキスするの」


ジョナサンの唇がちょんとリリアンのそれと触れ合った。いつも唇の横にキスをしているから顔の距離は変わらないが、やはり直接唇にするキスは恋人とのみするものだろう。
それを指摘すると、ジョナサンは照れ笑いしながらリリアンとこつんと額を合わせてきた。


「リリアン、最近元気そうで良かったよ… 少し前までは目の下にクマも出来てたし、心配してたんだ」

「そうかな?それはジョナサンだって…あなたも落ち込んでたのが嘘みたいに元気だし、安心した」

「エリナのおかげだよ」

「うん、本当にエリナさまさまだね」


すり、と頬同士を合わせて、抱き合う。
ディオが見れば驚くかもしれないが、ベッドの上でも2人の間には純粋な親愛しかなかった。
幼い頃からの、双子同士の密かなコミュニケーションである。


「…少し前まではこうして日中にゆっくり話も出来なかったね…確かにちょっと頑張り過ぎてたのかも」

「無理しちゃだめだよ。リリアンが努力家で…僕はリリアン程頭が良くないから、支えになんてなれないかもしれないけど、きっと追いつくから」

「…ううん、嬉しい。ありがとうジョジョ」

「あ、その呼び方久しぶりだね。もっと呼んでおくれよ」

「ふふ、ジョジョ」


性愛を一切感じさせないジョナサンとの触れ合いは、リリアンの心を暖かくした。
昔の出来事、そしてディオとの出来事で、リリアンはすっかり性的な捌け口として扱われる事が嫌になってしまった。
行きずりの相手でも…嫌いな相手とでも、性行為が出来る類いの男が、やはり苦手だ。
父やジョナサンがそうではない人種と対極にある紳士だという安心感は、リリアンの心を落ち着けてくれる。
かわいい双子の弟との愛しいひと時、頼りになる父と過ごす時間が増えた事は、リリアンの少し影っていた精神状態を向上させていた。


ジョナサンも、ディオが来る前の調子を取り戻していた。
けれど、明るくなったジョナサンと比例して雰囲気がかなり暗くなったディオの事が心配だった。
心配というのは、何を仕出かすか分からないから心配という意味の方だ。
次にディオは、リリアンとジョナサンに、一体何をしかけてくるのやら。
対策を考えなくてはならないけれど、もうディオと会話するのも嫌になったリリアンは、大事な弟がこれ以上傷付けられないかと不安だった。


そしてまたある日、事件は起こった。

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