novel3 | ナノ



09

 

リリアンとの個人的な接触が難しくなり、ディオの生活は荒れていた。

屋敷内で顔を合わせるタイミングでは必ず周りに人が居て、その為ディオは猫を被る必要があったし、リリアンは人前だと完璧な淑女として振る舞っているので必要最低限の会話しか行えない。
そもそも今まで二人きりになれていたのは、夕方頃のリリアンの休憩時間や就寝前の間だけだった。
先日ディオがやらかすまでは彼女が一緒にいる時間をわざわざ作って土日等に勉強会を開いてくれていたのだが、もうそれが行われるわけが無い。
就寝前にリリアンの部屋へと何度か訪れたが、扉は開かなかった。


リリアンは生活の全てをがらりと変えていた。
午前中から夕方まで学校へ通うディオとは元々生活のサイクルが違っていたので、気がつくのが遅れた。
たまたま学校が早く終わり帰ってきた際にリリアンを探してもどこにもおらず、勉強部屋にも休憩室にも自室にも居ない。
以前からジョージの執務室や書斎に仕事を学びに行っていたからそれだろうと思っていたが、あまりにもその姿を見かけなくなった。


「そういえば、リリアン、午後からの勉強は辞めてしまったのかい?最近、家庭教師達の姿も見ていない気がしてね」


皆が揃う食事の際に近況を尋ねてみると、彼女はナイフとフォークを止めカトラリーレストに置き、ナプキンで口元を拭ってから微笑んで答えた。


「ええ、午後からはお父様の仕事を本格的に担う事になったので、午前中にお勉強することになったのです」

「そうなの?さすがリリアン!もう父さん達の仕事を手伝うなんて!
でも、じゃあもうダンスとフェイシングはしないのかい?」

「そうよジョナサン、ダンスのお稽古は辞めたの。でもフェイシングは続ける予定よ」

「知らなかったよ…、そうだったんだね」


そう言いながら、オレは何も聞いていないぞと、ディオは内心思って、ぎりっとフォークを握り締めた。


「ああ、そういえばディオに伝えるのを忘れていたよ。リリアンに外国語を教えている教師の一人が君の事も気にしていてね。以前はリリアンの授業中に飛び入り参加することもあったそうじゃあないか。
それ程興味があるなら、個別で授業を受ける時間を作るかい?彼も気にしていたよ。教師としては向上心のある人間に教えたいというのが本望だからだろうね」

「…そうですね、とくにイタリア語には興味があって、独自で学んでいるところです。教えを乞えるのなら、是非お願いしたいですね」

「紳士の基礎知識の授業はもう終わりの予定だと聞いているから、その枠に外国語学習の入れたら良さそうだね。
ジョジョ、お前も一緒に受けなさい。」

「えっ、う…はい…父さん…」


などと言うやり取りのあったディナータイムの後に、ディオはリリアンを問い詰めてやろうとした。
自分がした行いを忘れたわけではないが、こうも徹底的に避けられては直接的な謝罪の機会も得られない。


「リリアン、中にいるんだろう?開けてくれないか…なあ…頼むよ」


その日も、扉の向こうから返事は無かった。
扉越しに何度も謝罪を繰り返した。けれど物音一つしない彼女の部屋からは冷たい空気だけが帰ってくる。

この部屋の中で、リリアンと熱いキスをした時の事を思い出す。あんなに近かった距離が、今はこんなにも遠い。
近付いていた距離を破壊したのはディオ自身のくせに、頭に血が昇りやすい性格をしているディオは、自分の性格をそう簡単には直せなかった。


「ッなあ、リリアン!」


少し乱暴にドアノブを捻り、ガチャガチャと動かす。閉められた鍵、拒絶に耐えきれずに思わずドンと扉を叩くと、まるでパーカッションのシンバルでも鳴らしたかのような音が大きく響き渡った。
反射的に後退ると、その音を聞き付けたのか、メイド達が階段を上がってくるような足音がして、ディオは慌ててその場から身を隠した。


「どうされましたかお嬢様?!何かが壊れるような音がしましたが…!」


音の正体が気になって、柱の影から聞き耳を立てていると、どうやら中で何かがあった訳ではないらしい。
窓でも破られたかのような音だったので中のリリアンが心配だったが、問題無さそうにメイドは引き返していった。


「……」


そのやり取りを見送った後、冷静になったディオは顔を覆って舌打ちをした。
どうやら、リリアンにとっての心配事はディオの存在自体らしい。
あの音はきっと警告音。
外敵がいる事を知らせる為に大きな音を出す生き物がいるように、リリアンにとっての敵が部屋の中に入ってこれないようにするための、防犯目的の騒音器か何かなのだろう。
ディオは完全に敵だと認識されたのだ。
徹底的な拒絶の前に、心臓がどくどくと嫌な音を立てて、頭は締め付けられるように痛くなった。


──落ち込むディオと比例するかのように、最近ジョナサンの調子が良い。
ジョナサンとリリアンが共に居られる時間がまた増えたせいだろうか。ジョナサンは学校では孤立させているので、他に理由は見当たらなかった。
しかしその浮かれ具合にリリアンだけでは無い何かがありそうだと踏んだディオは、原因を突き止めようとした。
そうすれば、なんと、ジョナサンにガールフレンドが出来ていたのだ。

土日に家を空け始めたリリアンの後をこっそり付けていた時、リリアンはジョナサンと、更に金髪の女と合流してショッピングをしていた。
その女と楽しそうにお喋りしながら街を歩くリリアンに何だその表情はいつの間に友達が出来たんだと思いつつ、何故そこにジョジョも居るんだ?とディオは疑問に思った。
二人の美しい金の髪の女をまるで侍らせているかのようなジョナサンの姿に苛立ちが募る。
その後も何度か監視を続けていると、ジョナサンとその女は個人的に二人きりで遊ぶ事が多く一緒に川で水遊びをしていちゃついていた。

ディオの機嫌の悪さは頂点に達した。
リリアンに女友達が出来た事、ジョナサンに彼女が出来た事。
ディオの生活は孤独となったのに、逆転したかのような立場にジョナサンがいる事。
その原因となったエリナという女。

めちゃくちゃにしてやろうと思った。ぶち壊さなければ気が済まなかった。
ジョナサンには決して友人も恋人も与えないし、リリアンにも友人など与えない。


「──やあ、きみ、エリナって名なのかい?」


手段は問題ではない。キスをしたという結果があればいい。これでジョナサンとの仲も終わりになり、リリアンとの関係も切れる。
ディオはそう確信し、子分達と共にその場を去ろうとした。しかし、事もあろうにその女は唇を泥水で洗ってみせたのだ。
このディオの口付けなど泥水以下の薄汚いものであるという意志を示したのだ。ディオを貶める事で、この女は奪われた誇りを取り戻したのだ。
その行為とその眼差し、金の髪も相まって、ディオはリリアンにキスをしたあと泥水で濯がれたような気持ちになった。
カッとなって、ディオはエリナの頬を張った。

──これ以上無い程の屈辱と、羞恥心だった。
すぐに暴力に訴える、あの屑のような父親と同じ事をする自分自身にも失望して、気分が悪かった。

屋敷に帰って、ディオは冷静になろうとした。けれども煮えたぎる腑をどうしようも出来なくなっていた。
淑女教育をされている女達はどうしてあのように気高さを感じさせるのだろう。
どうしてこうもディオがディオ自身を穢らわしいと思ってしまう程の格の違いを見せつけてくるのだろう。

母も、リリアンも、エリナも。
次の瞬間に殴られたり犯されたり、もっと酷い目に遭う事を分かっていながら、その高潔な意見や意志を貫こうとするのだろう。
そんな彼女達のように、ディオは成れない。成りたくない。変えられない生来の性根の悪さは己の父親譲りでどうしようもなく虫唾が走るが変えられない。

リリアンを手に入れる。ジョースター家の全てを手に入れる。
欲しいものを手に入れる為に全力を尽くす事が間違いの筈が無い。間違えている筈が無いのだからと、ディオは自分自身に言い聞かせた。










「ディオオオオ!」


午後からの空き時間に、リリアンと少しでも会えないかと、ジョージ達と共に居る彼女が手洗いに行くタイミングを見計らいつつ玄関で読書をしていると、激昂した様子のジョナサンが帰ってきた。
さては、エリナに振られたか、エリナとディオがキスした事でも聞いたのだろう。
ディオはざまぁ見ろと愉快な気持ちになった。ディオとリリアンの関係のように、ジョナサンもエリナとの関係が壊れたのだ。
愛しのエリナのファーストキスを奪った自分に対して嫉妬するジョナサンの姿には、胸の鬱憤が晴れると思った。


「彼女に対する侮辱が許せない!」

「見苦しいぞ!」


テンションの上がったディオは、攻撃を仕掛けてきたジョナサンの顔面に思い切り肘を入れた。
またボクシングの時のようにしてやろう。徹底的に、それも正々堂々と。
そうする事によって自分はもうこのディオには勝てないという事をジョナサン自身の体で覚えさせる、つもりだった。


「ウッウゲエーッ」

「君が!泣くまで!殴るのをやめないーッ!」


頭突きされ、連続で顔面をサンドバッグのようにぼこぼこに殴られた後、ディオは身体を吹っ飛ばされた。
信じられなかった。
ディオはそれまで、ジョナサンを完全に舐め切っていたのだから。

これまでジョースター卿にどれだけ甘やかされて育ったのか、いじめられた程度でめそめそしていたジョナサン。
ディオが何をどうしようが気にも留めず、それどころか口撃をやり返してきていたリリアンとはまるで違う。
ジョナサンなど、貧民街では一晩どころか一時間も保たないようなカスのような心身の持ち主だと、見下していた。
けれどもディオは敗北した。
ジョナサンは自分の大切な女の為にならその心を奮い立たせるタイプだったのだ。その爆発力は凄まじかった。
飛び散ったディオの血が、玄関に飾られていた仮面にかかる程の威力の拳を、ディオに浴びせたのだ。


「よくも!この僕に向かって!この汚らしいアホがー!」


その仮面が動いたような気がしたが、それどころではない。
悔しくて、あまりにみじめで泣きながらも、やられっぱなしでは気が収まらない。
肉弾戦でジョナサンに勝てないならばと、そう踏んだディオは右手にナイフを取り出して、彼を刺そうとした。


「やめて!」


その時、ジョナサンを庇うようにリリアンが飛び出してきた。一体いつの間に。いつからこの場に居たのか。
驚いたディオの動きはピタリと止まった。
──怯えた表情。純潔を奪おうとした時ですら気丈に振る舞っていた彼女のその顔は、初めて見るものだった。


「いったい何事だ!」


いつの間にか、階段上にジョージと執事達も立っていた。
ジョナサンに集中し過ぎて、皆が執務室から出てきていた事に全く気付いていなかったのだ。
ディオは取り出していたナイフを彼等から見えないように隠した。


「二人とも部屋へ入っとれ!あとで二人とも罰を与える!」


ジョージから叱責されて、その場は収まる事となった。
リリアンはお付きのメイド共にジョナサンの身体を支え、そしてそのままディオをチラッと見てから背を向けて、ジョナサンを気遣いながら歩き、去っていった。
その後ろ姿に、ギリっと拳に力が籠る。
ディオはその場に駆けつけた別のメイドに付き添われて部屋に戻り、手当てを受けたが、顔面だけで無く胸の痛みは暫く続いた。

──その数日後、ジョージとリリアン達が出張しているタイミング、学校が早く終わるタイミングに事を実行した。
朝の内にジョナサンの犬の餌に眠り薬を仕込んでいたディオは、ひっそりと屋敷に戻って眠っている犬を木箱に詰めて焼却炉へと運び、そのまま身を隠して召使いがそれを焼く様を見届けてから、屋敷を離れた。


夜の街を歩きながら、ディオは今後の事を思案した。
バカ犬を始末し屈辱は晴らしたが、ジョナサンの爆発力は注意しなければならない。
あいつはリリアンと双子なだけあって、叩けば叩くほど成長するタイプの人間だったのだ。
これ以上ちょっかいをかけても地雷を踏んで激昂されるだけだと、ディオは思い知った。

自分の欠点の怒りっぽさを、ディオは今度こそ本気で反省した。そして決意した、もっと自分の心を冷静にコントロールするように成長しなくてはと。
そして当初の予定通り、今までジョナサンとリリアン以外の前ではそう振る舞っているように、双子の前でも礼儀正しい従順な好青年を演じようと、決めた。

 

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