novel | ナノ



「スタンドでの治療を、試みたいと思います」


ーー最早、ホリィの身体は波紋で対処仕切れない。
ホリィが再度倒れて、そう悟ったリンダは、あれから自身のスタンドをコントロールする事に力を入れるようになった。
スタンド能力は、対象の病や傷を全て自分の身体に移すという、使い方を誤れば術者を死に至らしめるという厄介なもの。
はじめにホリィに使用した際は運が良かっただけである。
しなし、あれを一か八かではなく、意図的に行えるようになれればーーそうname#は考えていた。


「でもリンダちゃんに何かあったら私…」

「…うん、だから無理はしないよ」


決して、自己犠牲に満ちた後ろ向きな考え方ではなく、前向きに、最善の選択だと思っての事だった。
増えるシダを少しずつ無理の無い範囲で自分に移し変える事が出来れば、ホリィの寿命を伸ばす事が出来る筈だと。


「我々も、全力でサポートします、ですから、ホリィさんどうか…」


医師達も理解していたのだ、スタンドによる高熱が続く危険性を。
だからこそ、ホリィを共に説得した。


「分かったわ…でも、絶対に無理はしないでね?」


渋々納得してくれたホリィに、リンダは力強く頷いた。
慎重に、微細な調整を行いつつ、スタンドを使用していった。
はじめはシダを一度に多く移しすぎて体調を崩す事もあったが、思っていたよりも早く、コツを掴めるようになった。

“スタンド”ーー波紋の修行に専念して、今まであまり目をかけていなかったその存在は、こちらを見てどことなく嬉しそうにくるくると回っている。
精神のビジョンだというこの魚は、不思議な事に自我を持っているようだとリンダは思う。
自身の意思とは関係無く、勝手に動いている事が多々あるからだ。
けれども、スタンドに対する意識が変わったためか、以前と比べて思い通りに動いてくれるようになった事も確かに感じていた。


「名前占って貰っておけば良かったかな」


魚、は却下されたので、他にいくつか候補をあげているが、自分の半身に名前を付けるという作業は少々気恥ずかしく、また、子供に名前を付けるような難しさがある。


「でも、こんな事で悩んでる場合じゃないね…」


ーージョセフ達が旅立って、もうすぐ一月になる。
未だ油断ならない状況に変わりは無いので、結局、スタンドのコントロールに専念しなければという思いの方が強く、名前は後回しにされていた。


「おはようリンダちゃん」

「おはようホリィちゃん、身体は大丈夫?疲れてない?」


その日は、クリスマスだった。
前日のイブには財団員を交えてささやかなパーティを行っていて、ホリィは大人数で祝うクリスマスは久しぶりだと喜んでいた。


「疲れるなんてとんでもないわ!寧ろリンダちゃんの特性手作りケーキで元気いっぱいよ〜」

「ふふ、良かった」


楽しげな様子に、リンダの頬も緩む。
すると、その日の午後、クリスマスから休暇を貰ったという母が空条邸に訪れて、リンダは驚いた。


「事前に連絡してよママ!」

「来てくれて嬉しいわ〜!」

「ウフフ、びっくりした?」


サプライズ好きな母に何を言っても無駄だと諦め、リンダは久し振りの再会から強く抱擁を交わした。
喜びからつい話も弾んだ。
しかし、やはり前日から少し疲れが滲んでいたホリィの身を案じて、一旦中断する事となった。


「さ、ホリィさん、検温の時間ですし、一度寝室へ行きましょう」

「え〜っもっと二人とお話したいのに」

「ふふ、大丈夫よーホリィちゃん、これから私もココにお邪魔させて貰うんだから」

「また後でね」

「はぁい」


渋々とドクターに手を引かれて歩くホリィを笑顔で見送る母。
けれどもその直後、その表情が泣き出しそうに曇り、リンダは慌ててどうかしたのか尋ねた。


「あのね、リンダ…」


不安気な母の口から告げられた内容に、目を見開いた。


「そう…パパが…」

「ええ…、今は物資の手配と、入国手続きとかをやっているみたいなんだけどね…」


父が数日前、ジョセフ達のサポートをするために西アジアに向かったという。
元が研究員のため実際に現地に向かう事は無いと思っていただけに、それはリンダにとってとても衝撃的な事だった。

財団員といっても、父を含め彼等はスタンド能力を持たない一般人。派遣された財団の関係者の中には既に犠牲者も出ていると聞く。
どうか無事でと祈る事しか出来ないもどかしさ、募る焦燥感に、リンダは改めてホリィの気持ちを痛い程理解した。


「そうだわ…あれから此所は大丈夫なの?」

「うん、今のところは…」


この空条邸の場所は、既に敵に知られている筈なのだ。
肉の芽を埋められていた花京院は、転校までして承太郎に接触してきた。その詳細を聞いていたリンダは、此処に刺客がくるのも時間の問題だと初めは思っていた。
いつ敵が現れても良いように、常に気を張り、ホリィの治癒に当たる日々。空条邸に来て間も無い頃は、緊張のあまり眠る事も出来ない程だったのである。
見兼ねた財団員が、そんなリンダを気に掛けてよく声をかけてくれていた。


「大丈夫だよ嬢ちゃん、安心して俺達に任せな」

「この家とその周りは俺らがしっかり護ってるからよ」

「私達はスタンド使いじゃないですが、貴女方を守る盾くらいにはなれます」


そして彼等はリンダに教えてくれた。
曰く、日本を含め、各国の入国管理局等に手を回し、厳重に日本への訪問者のチェックを行っている事。
怪しい人物は日本行きの便に乗せない事、日本の空港や港で引っ掛かった者は強制送還させている事。
また、空条邸の在るこの市内一帯には、特に監視の目を光らせ、不審人物が居れば即摘発するようにしている、との事だった。

今に渡るまで敵が乗り込んで来ない事から、彼等SPW財団の力は本物なのだろう。
けれども、ジョセフ達の状況報告を耳にする限り、油断大敵だと、リンダは思っていた。
敵のスタンド使い達は、想像を遥かに越えた方法で一行襲っている。
もし、財団の目を掻い潜って国内へと既に敵が進入し、息を潜めているとしたら。日本人の中にも、DIOの部下がいるとしたら。一般人を装って接近してくるとしたら――。


「(私は、皆を守り切れるのか)」


波紋の修行と共に護身術は心得ているが、実際に鍛練以外で誰かと命をかけて拳を交えた事がない。
一般人に負ける気はしないが、人殺しに特化したスタンド使いが襲ってくればひとたまりもないだろうと、リンダは思っていた。



ーー覚悟は出来ていた。











『――逃げて下さいッ!!』


悲鳴と騒音。
この広い空条邸で、響き渡るそれ。

外にいた財団員からの無線で知らされた異変に、その場は騒然となった。
直ぐ様医師達とも話し合い、ホリィを安全な所へ移そうと決めた直後だった。


「…ッ!」


轟音と共に襖が吹っ飛び、血塗れの男――護衛の財団員の一人が降ってきた。


「うわッ…!?」

「!!」


リンダはその時、敵が来た方向から一番遠い所にいた。
何事かと頭が理解し、その後皆が動きだしたが、それを待ってくれる相手ではなかった。

果敢にも、皆が逃げる時間を稼ぐためだろうか、敵の前に出た医師。
まだ布団に横になっていたホリィを守ろうとしたリンダの母から、次の瞬間噴き出す血液。


「な…ッ!」


崩れ落ちる二人。
そして、原因たるソレが見えていたリンダは咄嗟にその場を飛び退いた。
風――否、鎌鼬というものだろうか、それが一撃、二撃と襲いかかってくる。


「イイゼ…もっと躍れよッ!」


予測不可能なソレを狭い室内で避けきるというのは無理があり、リンダは足を切られ、体制を崩した。


「うあ…ッ」


そこに畳み掛けるように、風の刃が文字通り振ってきて、四肢を裂く。
焼けるような痛みに、切断されたと思って思わず手足を見れば、一応は繋がっているもののざっくりと切りさかれていた。
男の狂ったような高笑いが、聞こえる。


「オレの“刃”が見えてたな?テメェがスタンド使いか…」

「ッ……!」

「DIO様から捕らえてくるよう言われてるんだよなァ〜ま、生死は問わねぇって事だったが…」


何とか波紋の呼吸をしようとしたが、こみ上げてきた血液がひゅっと気管につまり、咽せる。


「ハモンとかいう奇妙な技を使うらしいなァ?
抵抗されると面倒そうだし…テメエだけはもっと痛め付けておくぜッ!」


リンダはその時、自身のスタンドが戦闘において全く役に立たない事を初めて悔やんだ。
襲い掛かる風に目を閉じ、更なる痛みを覚悟した。


「――…、?」


しかし、全身に浴びたのは風の刃ではなく、生暖かい液体だった。
恐る恐る目を開ければ、横になっていた筈のホリィが、そこにいた。


「ホリ…ちゃ…」


吹き出した血液と、ゆっくりとこちらに倒れこむ身体を、眺める事しか出来なかった。


「あ?まァいいか…既に虫の息みてぇだし…
しっかし、ここまで来るのに散々手こずった割に、手応えねえし、マジでつまんねえな」


抉られた傷が、肺にまで達しているのだろうか、波紋の呼吸どころか、息すらまともに出来ない。


「一応急所は外してあるんだぜ、誰がスタンド使いか分からなかったからなァ…ま〜でも目的は見つけたし…」


男がこちらに向かってニヤリと嗤い、舌舐めずりをする。


「せっかくだから、お愉しみといこうかァ…今からお前以外をたっぷり嬲ってから殺してやるよ」


医師を踏み、ぐったりとするとする母の頭を足蹴にする姿に、リンダは激情に支配された。
今まで、怒りや憎しみを抱いても、物事を穏便に解決するために働いていた筈の思考回路は停止した。
穏便に、などと、そんな悠長な事を言っている暇はこの場には無い。

かつてない程の脅威。
己の快楽のために、皆を傷付けた目の前の敵。
この男をどうにかしてやりたいと、黒く染まっていく思考。

憎悪が募って、リンダのスタンドはその精神に同調するように、色を変えた。

それは今まで考えも、思いつきもしなかった発想。
存在しなかった選択肢。


「ッ…!」


血反吐を吐き出したリンダの目の前が、真っ赤に染まった。









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