novel | ナノ


乗った飛行機が襲われ、香港沖に不時着したジョセフ達一行は香港で足留めをくらっていた。


「あの飛行機なら今ごろはカイロに着いているものを…」


花京院が悔しげに呟く。
ホリィを救うため、DIOを倒すためには、50日以内にはエジプトに到着している必要があるのだ。


「リンダがいる限り、ホリィは最低50日は持ちこたえられる筈だ…だが、それに頼る訳にもいかん。
何としてでも、エジプトに一刻も早くたどり着かねばならない」

「……」


承太郎は、今後飛行機を使えないこの状況をどうするのかとジョセフに目線を送った。


「案ずるな承太郎。
100年前のジュールベルヌの小説では、80日間で世界一周4万キロを旅する話がある。
汽車とか蒸気船の時代だぞ」


科学技術が発展したこの現代で、1万キロ離れた場所にあるエジプトならば敵から何らかの妨害はあっても50日あれば辿り着けるだろう、そうジョセフは考えていた。


「わしは海路を行くのを提案する。
適当な大きさの船をチャーターし、マレーシア半島をまわってインド洋を突っ切る…いわば海のシルクロードを行くのだ」


一般人をこれ以上巻き込まないため、最短のルートを行くためにもベストだと、一同は頷いた。
その後待ち受ける数々の刺客を知らずに。











ホリィが倒れ、彼等が旅立ってから、日本の空条邸にも様々な事が起きていた。
リンダはアメリカの学校の方に体調不良で休むと連絡して空条邸に残り、母は急な事で有給を何日も取ることが出来ず、渋々帰国していた。


「リンダちゃんホントに学校は良いの?」

「うん、出席日数は問題ないし、冬休みに入る前だったから、そんなに授業もないしね」

「そうなのね…でも…」

「皆が大変な時に、勉強なんて手につかないもの。
アメリカに帰るべきだって言われても、むしろエジプト行きの飛行機に乗っちゃうんだからね」


リンダが冗談混じりでそう言うと、申し訳なさそうに表情を曇らせていたホリィがくすりと笑った。
その様子を見て、内心ほっとする。
ホリィの体調は一度倒れたあの時に比べると、随分と落ち着いている。
日によって熱が上がる事もあり毎日油断ならないが、リンダが波紋を流すと日常生活を送れる程には回復出来ていた。

ホリィの体調を管理する面で、スピードワゴン財団日本支部の医師達との協力は必要不可欠だ。
彼等は流石財団に所属しているだけあって、とても優秀で探究心が強く、柔軟な考えの持ち主である。
また、本部にある柱の男の塊、吸血鬼、そして波紋についての知識を持っていた。


「す、凄い!これが“波紋”!」

「は、はい」

「何て神々しいんだッ!」


しかし、実際に波紋使いが波紋で人体の回復を行う様子を見るのは初めてだったようで、最初はホリィを治癒するリンダに対して物凄く興奮していた。
だが、それも次第に慣れて現在では落ちついて観察しては、使用前後のデータを取っている。

また、財団の科学者が訪れては、まだ未知数のスタンドについての考察も行われていた。
ジョセフがアヴドゥルと友人になった時点で、財団でその存在が認知され、ジョセフ自身にスタンドが発現した事で研究が開始されたそうだ。


「やはり我々には見えないようだ…こうして触られる感覚はあるというのに」

「不思議だ…」


何故、普通の人間には見えず、スタンド使い同士でしかそのビジョンが見えないのか。
普通の人間と、スタンド使いになる人間は何が違うのか。
そもそも精神力とは何なのか――。

ホリィの背にあるシダが見えない彼等は、何とかスタンドに対抗する手段はないのかと模索していた。


「お昼も済んだし、少し横になる?」

「ううん、食べてすぐに寝たら牛になっちゃうもの。それに、お皿洗わなくちゃ」

「あ、そんな、だめだよホリィちゃん」


よいしょ、と声を出して立ち上がるホリィに慌てた。
ある程度は動く事が出来、調子も良いからと家事を行うホリィを、リンダと医師は毎度の事ながら止めるが、困ったように微笑んで「させて頂戴」と懇願され、結局は渋々頷くのだった。
従姉妹といえど、リンダはこの家の住人ではないし、体調を管理する医師といえども他人である。
率先して家事を行い、財団員もその助けになれるようにと奔走していたが、ホリィにとっては自宅を他所の人間に任せている状態になる。
それがストレスになるのではという思いから、一同はなるべく彼女の意思を尊重して、その様子を見守るようにしていた。


「ん〜、寒いけど今日は良い天気ねぇ」

「うん、日差しがあったかいね」


体調が悪いのにも拘わらず、朗らかに鼻唄を歌い、いつも笑顔で明るく振る舞うホリィ。
そんな彼女には穏やかに、平和な日々を過ごして欲しいと、リンダ達は心の底から願っていた。

ーーそれもこれも、ジョセフ達の旅路が酷く恐ろしいものだからである。
一行が旅立って間も無く、彼等が乗っていた飛行機は墜落した。
財団員に連絡が来るよりも早く、TVのニュース速報でその情報を目にしたあの時の絶望は、思い出すだけでも寒気がする程だ。
無事だったと報せが届くまで、頭がどうにかなってしまいそうだった。
胸を撫で下ろしたのも束の間、乗った船が海上で爆発、炎上し、沈没。
彼等はシンガポール沖で一時期漂流し、行方不明となっていたのである。
今はシンガポールから前進し、インドからパキスタンへの道を行っているとの事だが、定期的に伝えられる耳を疑うような衝撃の内容の数々に、リンダの心臓は財団専用の電話が鳴るだけで止まりそうになった。
更に、一行をサポートするチームに父が参加する事になったという事も耳に入ったため、ますます気が休まる時は無くなっていった。


「リンダちゃん少し顔色が悪いわね…」


そんなある日の朝、おはようのハグをした際、至近距離でじぃっと見つめられて言われたホリィの言葉に、リンダはどきりとした。


「あはは…今日はちょっと眠れなくて…全然大丈夫だから、心配しないで」

「…そう?でも、無理しちゃだめよ」


体調を悪化させてしまうかもしれないという判断から、医師も財団員もジョセフ達の現状をホリィには伝えていない。
飛行機墜落のニュースも、リンダがTVの電源を落として目に入らないようにしたし、彼等の旅の足取りはホリィが眠りについてから行うミーティングで報告されるようになっている。

けれども、ジョセフと承太郎が危険な事に巻き込まれているのは、既にホリィも知っている事だ。
何が起こっているのか、詳しく話さなくとも未だ彼等が日本に帰って来ないこの現状から察する事は、容易である。

身を蝕むスタンド。
自身を救うために人外の吸血鬼へと戦いを挑む息子と父。
その帰りをただ待つ日々で、計り知れない不安を抱えながらも、それでも何も聞かずにリンダを元気付けようと優しく微笑むホリィ。
誰よりも、何倍も辛い筈の、その姿。


「……」

「リンダちゃん?」

「…ん、ごめんね、確かにちょっと元気がなかったかも。
あ、そうだ、もうすぐクリスマスだし何か準備するものとかある?」

「あら、そうだったわ!リンダちゃんが来てくれてからあっという間ね
ンーそうね、一緒にケーキを作ってくれると助かるわ」

「うん、じゃあスージー伯母さんから教わった特性のケーキ、また一緒に作ろっか」

「まあ!それは嬉しいわ!」


ジョセフ達が旅立って約2週間。
日にちは12月の中旬を迎え、世の学生はもうまもなく冬休みに突入するだろう。
アメリカのリンダの学校も、その筈だ。
長期休暇までは、体調不良で休むと伝えてあるが、年始からもその理由で通すしかないだろう。

今、ホリィの傍を離れる訳にはいかないのだ。
遠い地で命の危機に晒されながら戦っている彼等のために、帰る場所であるホリィを守る事が出来るのは、スタンド使いであるリンダだけなのだから。


「うふふ、楽しみだわぁ
毎年貞夫さんはツアーの時期だから、承太郎しか家にいなかったのよね〜」


今年は賑やかになりそうで楽しみだと喜ぶホリィを前に、今一度リンダは気合いを入れ直した。
しかし、その矢先の事だった。











「ホリィちゃん…っ確り…!」


ホリィが高熱を出し、再び倒れた。
滝のように流れる汗、苦しげな荒い息、全身が痛むのだろうか、魘されて弱々しく捩られる身体。
いつものように波紋を使用しても、少しの間は落ち着くが、直ぐに症状が悪くなる。
何故だと焦るも、ある事に気が付いたリンダは、ホリィの服を肌蹴た。


「これは…」


シダ状の植物の成長が、以前に比べて進んでいる。
背中にのみあったはずのそれが、首、胸部、腹部まで覆っている。
スタンドが見えない医師達には、何が起こっているのか分からなかっただろうが、息をのむリンダを見て只事では無いと察した。


「リンダさん、一体…」

「…スタンドの進行が、進んでいます…」


このまま時間が経過すれば、やがてシダが全身を覆い、高熱だけでなく様々な病気を誘発して苦しみ、昏睡状態に入って二度と目覚める事が出来なくなるのだという。
限界である日数、余命は50日だというが、誘発された病が酷ければ、それまでに死なない保証はない。
抵抗力が弱まり、肺炎等を発症すれば本当に危険なのだ。
だからリンダは、少しでもホリィの身体を健康に保ち、その寿命を先伸ばしにするためにと、波紋で症状を和らげてきた。

原因であるシダを全て自分に移動させてしまえば済むかもしれないが、それはホリィを含めた周囲の人間を悲しませるだけの行為でしかない。
仮にもし移したとしても、DIOが存在している限りホリィを蝕むその呪縛が続くのだとしたら、リンダの行いは無意味になる。
それに、旅立つ彼等に誓い、そして託された思いを踏みにじるつもりは無かった。


「…取り合えず、今から波紋を流し続けてみます」

「流し続けるという事は、少量の波紋では効果が続かないからですか?」

「はい、今までは朝と昼と夜に3度、全身に波紋を行き渡らせれば、体調を保つ事が出来ていました。
でも、さっきの様子だと1時間もすれば効果がなくなってしまう…だから、連続で流し続けてみます」

「分かりました、あまり無理されないように…」


心配する医師にこくりと頷いて、リンダはホリィの手を握り締めて波紋を流した。

波紋で出来る事は、血液の流れをコントロールする事。
激痛を和らげる事。
細胞を活性化させ、生命力を与える事。
それらを細やかに繰り返す事で、肉体の治癒を行っている。
しかし、シダの侵食が進み、スタンドの害が強くなったため、波紋が行き届くまでの時間は長くなり、効果が無くなる時間が早くなったのだと考えられた。


「―――っ…、」


それから、苦痛に喘いでいたホリィの容態が徐々に落ち着くのを確認するまでに、約4時間程かかった。
医師からOKサインが出て、すやすやと安らかに眠る様子にほっとして、リンダの肩からようやく力が抜けた。
疲労感からその場に横になると、栄養ドリンクが慌てて差し出されたので苦笑して受け取った。






×