リンダにとって家族とは、かけがえのない存在だ。
父と母以上に自分の幸せを願ってくれる人はいないだろう。
祖父や祖母、伯父や伯母、そして従姉妹以上に自分を慈しんでくれる人はそうそういないだろう。
産まれた時から、否、産まれる前から自分の事を愛し、成長を見守ってくれる彼等は、心に安心と平穏を与えてくれる。
元から気の良い人物が多い一族のため、家族を含めて親戚の仲は良好で、その中でも、リンダにとってホリィは第二の母のような大切な存在だ。
幼い頃から可愛がって貰った記憶がたくさん残っている。
そんな相手の苦しんでいる姿など見たくないし、熱に魘される姿を見れば、自分の事のように苦しくなる。
従姉妹である自分ですらそう思うのだから、承太郎やジョセフの気持ちを想像すると、いたたまれなかった。
だからこそ、何とかしたいという想い、焦りが募って、スタンドを使ったのである。
勿論、そのリスクを覚悟して。
「――貴女は本当に昔から、無茶をする子ね…」
母の、呆れたような声が聞こえる。
額にぴたりと優しく手が当てられて、「熱は下がってきたわね」と呟いてから、遠ざかる気配。
それを感じて、リンダはうっすらと瞳を開けた。
見慣れないけれども、どこか懐かしい気持ちになる木目の天井。
畳の香り。
聞こえる鹿威しの音。
「……う、…」
もぞもぞと起き上がり周囲を見渡すと、すぐ側にはホリィが眠っていた。
熱に魘されている様子は無く、規則的に上下する胸から正常な呼吸を行っている事が確認出来て、ほっとした。
「良かった…」
しかし、自身の身体を確かめると、風邪をひいた時のような怠さと、背中にちりりと焦げ付くような感覚があった。
よろめきながら立ち上がり、鏡の前に移動する。
するりと上着をはだけて、リンダは眉をひそめた。
透けるシダのような植物。
ホリィの背中にある物とまったく同じ形状のそれが少量、自身の背にも現れている。
無言でそれを確認し、服の乱れを整えて縁側に出て空を見上げた。
「皆、無事に出発できたかな…」
覚悟を決めた目をして、振り返らずに行ってしまった一行をどこまで見送ったか、はっきりと覚えていない。
シダ状の植物ーースタンドの影響は想像よりも強く、ふと気を抜いた後の記憶が曖昧だ。
きちんと、気丈に振る舞えていただろうか。
「あ…、ちょっと擦りむいてる」
自身の肘辺りに包帯が巻かれている事に、リンダはようやく気が付いた。
倒れた時に打ち付けたのだろう。
すっと息を吸って、静かに波紋の呼吸を行い、身体の回復を図った。
消える痛みと傷、和らぐ倦怠感ーー
「リンダ…ちゃん…?」
「!」
ほうと一息ついたその時、懐かしい声がすぐ側から聞こえた。
振り返ると、眼を開けたホリィがぼんやりとこちらを見つめていた。
「ホリィちゃん!」
「ああ…やっぱりリンダちゃん…久しぶりね…いつ来てくれたの?」
「久しぶり。ついさっきだよ、ママも一緒に来たの」
「まあ…」
身体を起こそうとするホリィを、リンダは慌てて制した。
「今はゆっくり休んでてね…事情は全部、伯父さんから聞いたから」
「そう、なの…ごめんね、心配かけて…パパは?それに、承太郎は…」
キョロキョロと周囲を見渡すホリィに、きゅっと唇を噛む。
いずれ誰かが言わなければならない事を、告げるために。
「あのね…」
リンダは自分達が空条邸を訪れてからの事柄をゆっくりと話し出した。
そして、自身の持つ波紋の力とその効果、これからの事も。
「そう…今、身体が楽なのは、そういう事なのね…」
「それでも、またすぐ熱があがってくると思う。
私は、承くん達のためにも、そして私自身のためにも、ホリィちゃんには元気でいてほしい。
だから…」
ぎゅっと眉を寄せるリンダを、ホリィは静かに見つめていた。
ホリィにとっての従妹、けれども、姪のように思って見守っていた彼女の成長した姿。
その眼差しの強さに、昔からこの子も息子と同じで頑固なところがあったと、くすりと笑う。
「ありがとう、でも、無理しちゃだめよ。
私の事を想ってくれてるのは嬉しいけど、それで今度はリンダちゃんまで倒れちゃったら、承太郎が泣いちゃうわ」
「…あの承くんが?」
リンダは昔の承太郎ならともかく、先程の承太郎を思い出して流石にそれは想像できないな、と思った。
「随分と雰囲気が変わっててびっくりしちゃった。
何かあったの?」
「色々とね」
その言葉に首を傾げたが、ホリィはフフと笑うだけでそれ以上告げる様子は無かった。
「あ、ごめんね、熱があるのに話し込んじゃって…
何か飲み物取ってくるね。あと、ママを呼んでくるから」
「ええ…」
気丈に振る舞うホリィの、あまり力のない返事を聞きつつ、リンダは母の元へ向かった。
「……」
歩きながら、これからの事を考える。
50日という期間の間に、果たしてジョセフや承太郎達はDIOを倒せるのだろうか。
そして自分はそれまで、ホリィの身体を維持する事が出来るのだろうか。
不安は尽きない。
ーーしかし、リンダは誓っていた。
彼等にホリィを守るのだと。
精一杯の想いを込めて抱擁して、旅立つ彼等を見送ったのだ。
まさか、あの見た目からして反抗期真っ最中、かつ、スキンシップを苦手としていた承太郎がハグしてくれるとは思っていなかったけれども。
『無理すんじゃねぇぞ…』
耳元で囁かれた言葉を思い出して、リンダはほうと溜め息をつく。
自分まで重荷に、枷になりたくはないという一心で平静を装っていたが、鋭い彼等には虚勢をはっていた事等まる分かりだったかもしれない。
「どうか、無事で…」
秋が終わりを告げ、これから日本では厳しい冬が始まる。
白い息を吐き出して、遥か上空を横切った飛行機に祈りを捧げた。
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