novel | ナノ


空条承太郎にとって、来栖リンダは特別な存在だった。

祖父の母、承太郎の曾祖母が遅くして生んだのがリンダの母であり、リンダはその子供。
戸籍上では母、ホリィの従妹、承太郎にとっては従叔母に当たる。

数奇な事に同じ1970年に産まれ、アメリカ人と日本人の親を持つハーフ。
共通点は多いが、在住している場所は違い、リンダはアメリカで、承太郎は日本で育っている。
しかし、母同士の仲が良い事から、昔から来栖家と交流する機会が幾度かあった。年に一度、夏か冬になれば日本に訪れる彼女の存在は喜ばしいものだった。
逆に、母ホリィの実家であるアメリカのジョースター邸に帰省する機会も何度かあり、そこに来栖一家が遊びに来るのは毎度の事で、承太郎には彼女と幼少期を共に過ごした思い出が幾つもある。


「じょうくんあそぼー」

「うん、りんちゃん」


お互いに渾名で呼びあって周りの大人達が呆れる程遊び、別れの度に泣いていた彼女を、承太郎はよく覚えていた。
しかし、成長するにつれてその付き合いは減り、主に、母同士の間でのみ行われるようになった。
アメリカへの帰省は母一人、訪日も、リンダの母一人。
承太郎がホリィに付き添う事も、リンダが彼女の母に同行する事もなくなって、最後に顔を合わせてから、約4年。

思春期、反抗期――そして、母の命の危機の真っ直中、彼女は承太郎の前に、再び現れた。
面影を残して、少女から女へと成長した姿。
芯のある言動。
強い眼差し。
母を想って悲し気に歪む顔。

その全てに、胸が騒めいていた。











「やめろリンダ…!」

「…っ」


あんなにも白く澄みきっていた筈のスタンドが、今や真っ赤な色に変化し、硬直している。
それと同時にホリィの顔色は格段に良くなるが、平静を装うリンダの額には汗が吹き出していた。


「大丈夫…」

「やめるんじゃ!」


ジョセフが声を荒らげると、彼女はようやくふっと力を抜いた。
消えるスタンド。と、同時に、くらりと傾くその身体。


「…ッ」


承太郎は慌てて己の二の腕で彼女を受けとめた。
ふわりと香る懐かしい匂い。華奢だが、柔らかい身体に、一瞬意識が飛ぶ。
しかし、その肌が熱を帯びている事に気が付き、ハッとした。


「おいッ」

「…、」

「リンダ!あれほど無理をするなと…!」

「平気、すこし目眩がするだけ」


頭を押さえながら体勢を立て直し、彼女は心配そうに見詰めていた一同を安心させるようにふわりと笑う。
それを目にし、承太郎はぎりっと歯軋りをした。
ああコイツもこういう奴だったと、先程の母と過去の事を思い出し、そして、彼女のスタンドの能力を理解した。


「何が平気なものか…!」


ジョセフが怒鳴ると、びくりと驚いたように、彼女の身体が跳ねた。


「なぜお前は…!少しはお前を大切に想う人間の気持ちも考えろ…ッ」


強い口調で告げられた言葉にリンダは眉を下げた。
その額に手を当て、ジョセフは顔を歪める。


「こんな熱まで…」


熱っぽく赤くなった頬、少し潤んだ瞳。
しかし、強い意思の籠ったブルーの眼が、ジョセフを見上げる。
自身の母であるエリザベスによく似たその眼差しに、止めても無駄だったかとジョセフは歯噛みした。


「どういう事ですか?」

「リンダのスタンドの能力は、傷や病気を、自分自身に移す事なんじゃよ…」

「それは、つまり、リンダさんは今…」


ホリィとリンダを見比べ、花京院もまた、彼女の能力を察した。


「大丈夫だから、そんなに心配しないで…何のために、あんなに波紋の修行を積んだと思ってるの?伯父さん…」

「リンダ…」

「私の波紋は強いもの…これくらいの熱、私の身体でなら全然平気。それより、ホリィさんは…」


心配のあまり冷や汗をかいてリンダを凝視していたジョセフは、その言葉にハッとしてホリィを見る。

自然な呼吸。
安らかな寝顔。
額に手を当てると、先程に比べて驚く程熱か下がっていた。


「おお…っホリィ…」

「これは凄い…」


ジョセフとアヴドゥルが感嘆のため息を溢す。


「スタンドからは、ホリィさんを害する何かが出てる感じだった…毒みたいな…」

「毒…」

「それが身体中を引っ掻き回して、抵抗しようと身体が発熱しているみたい。
でも、効果が無いからそのまま高熱が出続けてるのかな…」


普通の風邪は主にウイルスが原因だ。
発熱するのは、免疫力が働いて熱に弱いウイルスを殺すためだと言われている。
しかし、スタンドという未知のものから永続的に害のある物質が流れ込んでいるとすれば、下がる熱も下がらないのだろう。


「原因であるスタンドを消さなければ、ホリィさんはこのままだという訳ですね…」


花京院の言葉に、リンダはこくりと頷いた。


「波紋では応急措置しか出来ないから…だから」


ごめんなさい、と、彼女は謝る。
ぐっと、その身体を抱き留める承太郎の手に力がかかった。


「何を謝る必要がある…お前はよくやった」


その言葉に、リンダが首を振った。


「こんなんじゃ、全然だめ…やっぱり原因のスタンドごともっと移して…」

「その必要は無ぇ」


リンダの発言にカッと目を開き、ジョセフが物申す前に、承太郎がきっぱりとそう言った。


「俺達が必ずDIOを倒して、元を断つ。
これ以上お前の力は必要無ぇよ」


刺々しい口調でそう言われリンダは目を丸くした。だが、やがてその言葉の意味を理解してふふと笑う。


「……なに笑ってやがる」


チッと舌打ちしそうに顔を歪めてそっぽを向く承太郎に、先程彼に抱いた印象は訂正しなければならないと、リンダは思った。
少々ぶっきらぼうになったが、彼は何も変わってなどいない。表に現すのを止めただけで、昔と変わらずとても優しい心を持っているのだと。









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