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スピードワゴン(SPW)財団とは、ロバート・E・O・スピードワゴンがアメリカに渡り石油王となった後、その巨万の富を以って1910年に設立したものである。
アメリカのテキサスに本拠地があり、ニューヨーク、フロリダや、日本においては東京の目黒にも支部がある。
表向きには医学、薬学、考古学の研究施設であるが、秘密裏に力が入れられているのは原因不明の奇病、怪奇現象の解明などだった。


「創始者、スピードワゴン氏の死後は“過酷な運命を背負う彼等の手助けをしてほしい”という遺言の元、活動が続けられてきた程です」


財団とジョースター家は切っても切れない縁で結ばれているのである。
ジョセフが柱の男達を倒した後には、度々アクシデントに巻き込まれつつも不動産会社を経営し始めたジョセフの手助けや、波紋を医療に役立てるという研究が行われていった。
また、人の身に余る脅威の存在である石仮面、柱の男の研究は中止すべきだとされたが、それでも、いつ、どこでその災いが降りかかるやも知れぬという危惧から、対抗策を練るためとして研究が続けられた。
結果として、後の世に役立つ数多くの発明や新たな技術が、その過程で生まれたのは良い誤算である。

しかし数十年の時が経過した後、事態は急展開を迎えた。
大西洋のアフリカ沖、カナリア諸島で、トレジャーハンター達が消えた。
それと同時に発見された棺桶が、かつて死んだ筈のディオ・ブランドーの物だという可能性が高いという事は財団の中で瞬く間に話題となり、直ぐさまジョセフに報告されたのだ。
流石のジョセフも初めは理解を拒んだが、集められた情報と資料により、かの吸血鬼が生きているという線が濃厚になると、複雑な面持ちで供に調査を開始する事となった。


「それに伴い、財団では今まで存在していた超常現象部門だけでなく、特別対策チームが幾つか作られました」

「初めは世界各国に派遣していたエージェント達を呼び戻し、情報の整理と共有と拡散を行うという、情報専門のチームだけじゃったがな」


世界に名を轟かせる機関となっていたSPW財団だが、怪奇現象や天変地異があれば、例えそれがどれ程小さな噂でも現地に出向いて聞き込み調査を行っていた。
それは財団創設の当初から行われてきた医学、薬学、考古学の発展のためでもあり、創設者の遺言のためでもある。
その行いは創設されてから現在まで、約80年にも渡って続けられてきた事だった。
その膨大な情報を整理し、ディオ・ブランドーの手掛かりを探すうちにコンタクトが取れたのが、スタンド使いであるアヴドゥルだった。
ジョセフは彼と意気投合し、彼もそんなジョセフを信じて自らの力について語ってくれた。しかし結局、肝心な吸血鬼に関しての情報を得ることは出来なかった。
その後世界各地での捜査は続いたが、成果は得られず、あの“DIO”と名の入った棺桶の中身は空だったのではないかという説が持ち上がった程だった。
取り越し苦労だったのだと、幾人かが胸を撫で下ろしたその時、ジョセフ・ジョースターにスタンドが発現した。


「あの時は財団中ひっくり返ったわい。試行錯誤の末にカメラを叩き割ればDIOの姿が写真で出てきたしのぉ。
まあ最初のうちはわしの頭がイカれたと思われたんじゃが」

「スタンドはスタンド使いにしか見えませんからね…イバラが腕にと暴れるジョースターさんを見て心労が祟って遂に…と」

「確かに傍目から見りゃあ危ねえ爺さんだな」


その時は急遽アヴドゥルにアメリカに来てもらう事態となり、何とかジョセフの正気が証明された。
そしてその日以降、財団ではアヴドゥルの教えの元、スタンドの研究が進められる事となる。

超能力、スタンド能力とはある日突然降って湧いたようにその身に宿るものなのか、それとも何か別の力が働いているのかーー。
ジョセフが念写した男がジョナサン・ジョースターの身体を乗っ取ったディオ・ブランドーだという事は早々に予想され、そしてこの“DIO”という存在が何らかの影響をジョセフに与えているのではと考えられたのは当然の結果だった。
皮肉にも、承太郎が刑務所に篭った事、ホリィが発現した自らのスタンドに苦しめられる事で、それは証明されたのである。

そしてあの旅が始まり、財団は一行のサポートに追われていった。
しかし事態を収拾した後、原点に帰った彼等は様々な問題に直面した。


「まず第一に、何故DIOがあれだけの数のスタンド使いを、それも短期間に集められたのか、我々にはそれが疑問でした」


DIOの元に集ったスタンド使いは、約30名。
灰色の塔、暗青の海、力、悪魔、黄の節制、吊られた男、皇帝、女帝、運命の車輪、正義、恋人、太陽、審判、女教皇。
花京院の証言によると、死神の暗示を持つスタンド使いも存在した事が分かっている。
また、ゲブ神、アヌビス神、バステト女神、セト神、オシリス神、アトゥム神。
ゲブ神の使い手であるンドゥールという男が「エジプト九栄神」という言葉を口にした事から、この他にまだ三人のスタンド使いが居た事が予想された。
イギーの前足を奪った者、空条邸を襲撃した者、DIOの館で幻影を見せていた者、ヴァニラアイスは、この九栄神に含まれていたのか当時は定かではなかった。
しかし、何れにせよスタンド使いは約30名。

未確認の九栄神が、幻影使いのような未知のスタンド使いが、まだ他にも存在しているのかもしれないという疑念。
報復に現れるかもしれないという恐怖から、財団は空条邸やジョースター邸の周辺や各国に目を光らせたものである。
この時、不審な事故や事件を近隣諸国で調査していた際にオインゴとボインゴ兄弟の存在がようやく認識されたが、その後特に害は無いと判断されて観察不要とされ、マライヤやホルホースなどの、ジョースター一行に敗北したが存命している負傷者達はその入院先を突き止めて要観察対象となっていた。


「第二に、そもそも何故、DIOはスタンド能力を発現したのでしょうか?」


DIOを含め、彼の周りにあれだけの数のスタンド使いが増殖した事から、スタンド能力者を増やす何らかの手段があったのだと推測された。
財団の情報網を掻い潜り、突如大量に出現したスタンド使い達は奇妙過ぎたのである。
怪奇現象を調べ尽くした財団創設から現在に至るまでのその統計をDIO発見の前後で比較すると、それは顕著だった。

その情報の内、以前までは80%が特異的な自然現象、19%がペテン師による手の込んだ詐欺事件。
そして、残りの0.999%が波紋使いや石仮面が関わっている事案であり、そして更に残りの0.001%が、アヴドゥルや花京院、ポルナレフなどの生まれ付いて異能を持つスタンド使い達によるものであった。
彼等の存在は薄々認知され、そして情報収集に当たっていた財団の人間は“超能力者”であると認識してきた。
しかしその統計は、DIO発見前後の年から急激に変化した。根底から崩れたと言ってもいい程の、“超能力者”ーー否、“スタンド使い”達の増殖現象である。


「そこでワシはDIOの仲間で生き残っておる者達の脳を覗いたんじゃ。この隠者の紫でな」


ジョセフがその腕から紫色の荊をちらつかせる。それは旅の間、DIOのスタンドの秘密を暴こうと、エンヤ婆に行おうとしていた尋問方法だった。
しかし、ホルホース、ミドラー、マライヤ、ダービー兄弟、リンダが倒した風使いは皆、生まれながらのスタンド使いであった。
希少である筈の存在のスタンド使い達がDIOの元に集ったのは、元々DIOのカリスマ性がずば抜けて高かったからかもしれない。


「だが奴等の記憶と証言によれば、それだけで無い事は確実じゃ。
まずこれはホルホースの記憶で分かったエンヤ婆さんの発言じゃ…あのオラウータンは“成り立て”で大変だった、とな」

「そりゃあ…あの婆さんが何かしたって事か?」

「エンヤ・ガイルについては不明ですが、オラウータンについては“以前”は普通のオラウータンだったという結論に我々は至りました」


あの猿が作り出す船は、スタンド使いではない船員達も目にする事が出来る物だった。財団員や一般人に発見可能なスタンド、つまり目立つのだ。
しかし、あのシンガポール沖のみならず、他の海域でも幽霊船のような船が人を襲うなどという報告は一つも無かった。
オラウータンが一匹で大海原を航海したという目撃情報も皆無。
あの猿が目撃者を全て始末していたのなら話は別だが、不可解な行方不明者が続出していた訳でもない。


「それに、元から知能が高くスタンド能力もあれば話題になり、イギーのように噂が立って捕獲されていたかもしれん」


これは他の“目立つ”スタンド使い達にも言える事だ。
黄の節制、運命の車輪は、スタンド使いではない一般人にも“見えて”いた。
そんな人間達が問題を起こせば当然ながら噂となり、そしてそれは世界各地に張り巡らされているSPW財団の情報網に引っかかる。


「特に疑わしいのは“力”、“運命の車輪”。
そして九栄神達の記憶から判明した鳥の“ホルス神”、花京院が証言した赤ん坊のスタンド使いである“死神”じゃ」

「はぁ?鳥に赤ん坊ォ?おいおい、赤ん坊なんて、…」


赤ん坊という単語で思い出したのか、ポルナレフが驚愕の表情で花京院の顔を見る。


「もしかしてセスナが墜落した時の赤ん坊か?!って事はオメェが言ってたのはマジだったのか!?」

「ええまあ…」


苦笑して頷く花京院が当時の事を話すと、皆渋い顔をして謝罪した。
特に彼の頭がイカれたと思い攻撃を加えてしまったポルナレフは土下座せんばかりの勢いで謝ったが、脱線した話を元に戻そうと花京院が話の続きを促した。


「その他のスタンド使い達についても、その事実を確認するために過去の経歴について調べてみました」


異常な襲い方をしてきた彼等の人格を考え、財団は彼等の過去も調査した。
ラバーソールやダン、アレッシーなどはやはり前科があったが、どれも特殊性の無い暴力事件や詐欺事件で捕まっていたのみ。
もし生まれつきスタンド使いだったならば、警察に捕まるような事態にはなっていないのではと考えられた。


「そして何よりも、DIO自身が“何か”されて、スタンド使いになっている可能性が高い」


ダービー兄弟がDIOの元に下った当時、DIOはスタンド使いではなかったのだ。
百年間眠っていた吸血鬼、首から下はジョナサン・ジョースターの身体ーーそのあまりにも規格外で非常識なその存在の所為で、当時は誰もが忘れていた。
“スタンド”というものは、途轍もなく非現実な代物だという事を。
ジョセフと承太郎、ホリィが次々とスタンド使いとなった事。アヴドゥル、花京院というスタンド使いが仲間となった事。リンダがスタンド使いだと判明した事。
スタンド使いが存在する事自体があまりにも自然になり過ぎていたのだ。
そのため、DIOという人間を超越した生物がスタンド能力を有した事に、誰も違和感を感じなかったのだ。持っていて当然とすら思っていたのかもしれない。
だから財団もジョセフも、それに気付くまで時間がかかったのである。


「で、ではDIOは一体いつスタンド使いになったんです?」

「ダービー弟によればDIOが眠りから覚めた約3年後…つまりワシのハーミットパープルが発現したのとほぼ同時期じゃ」

「あの旅の約1年前って事か」


恐らくDIOがエンヤもしくは何者かによってスタンド使いにされたと同時に、ジョナサン・ジョースターの身体を通じてジョセフにもスタンドが現れたのだ。


「ダービーはその、DIOがスタンド使いとなった“何か”を知らないんですか?」

「それが分かれば話が早かったんじゃがのぉ…」


テレンスはそれを知りたがっていたようだが、エンヤやスタンド使いに成り立てだと思われる人物達も口を割らなかったようである。
彼のお得意のスタンドも、分かるのはYesかNoかの違いだ。尋問には向いていた筈だが、DIOから詮索を止められたらしい。その記憶をジョセフは確認していた。


「ケッ…一体どんなものを使えば人為的にスタンド使いを増やせるってんだ」

「くそ…何か思い出せれば…」


ポルナレフは肉の芽を植え付けられた時期とDIOがスタンド使いになったと思われる時期が重なっている。しかし、有力な情報を思い出せないかと頭を捻ってみても、浮かぶものは何も無かった。
花京院も同様である。操られていた際の記憶は、二人ともほぼ失われていた。
花京院がはっきりと覚えているのは、DIOに肉の芽を埋め込まれる寸前までの出来事。そこから、承太郎と戦い、肉の芽をスタープラチナに引っこ抜かれまでの記憶は実に曖昧だった。
DIOのスタンドの秘密どころかアジトすら覚えてなかった事を、ポルナレフも花京院も旅の道中は後ろめたく思ったものである。


「取り敢えず、DIOと関係無く、リンダ、花京院、アヴドゥル、ポルナレフのように、それ以前から元々スタンド使いだった者をAとし、
そしてワシと承太郎のようにDIOに“何らかの影響”を受けてスタンド使いになった者をBとして、話を纏めるぞ」


険しい表情で話を続けるジョセフを含め、その場にいる男達の酔いは完全に冷めていた。






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