novel | ナノ
リンダの部屋の扉はマンションの業者、もといジョセフの手回しもあって、速やかに修理された。
それにより承太郎の部屋での同居生活は数日で終了し、二人は無事に元の生活へと戻る事となった。

しかしながら、再び別々の部屋での暮らしが始まると今度はそれを不便に感じるようになった。
前々からだが、承太郎と話すためには例えそれが些細な内容であっても、一旦部屋を出て、インターホンを鳴らして、直接合う必要があった。


「どうした」

「ごめんね遅くに。明日夕食作れなかったの言い忘れてて…朝に言おうかと迷ったけど早めに伝えた方が良いかと思って」

「そうか…、分かった」


夕食を作れるか、作れないか、それだけを伝えるにも、である。
壁を挟んで会話しようとした事もあったが、防音対策ばっちりの壁に阻まれてしまい諦めた。大声を出せば聞こえない事は無いのだが、近所迷惑になってしまう。
電話で話すという案も却下だった。近距離にいる相手と話すならば、電話よりも直接会って話した方が早い。

そう思っていたリンダだが、当然ながら、同居生活をした事で今までのその不便性に気が付いてしまった。
共に住んでいる方が連絡事項が直接伝えられて、情報の行き違いも生まれない。
承太郎の分の食事を作る彼女としては彼の予定や都合を聞きたい時が多いので、そちらの方が断然ありがたかった。

勿論、二人で過ごす時間を増やしたいという思いもあった。
学校では学科が違う為共に居られる時が少ないので、それ以外の時間は一緒に居たいと。
そうなるとやはり、部屋を隔てる壁が邪魔に思えてくるのだった。


「壁取っちゃいたいね」

「穴開けるか…」


リンダが冗談交じりにそう言うと、承太郎がスタープラチナを出現させてきたので慌てて止めた。
しかしその日から、彼は学校から帰宅後に自室には戻らず、そのまま此方に「帰ったぜ」と言って上がり込んでくるようになった。
料理を手伝ってくれたり、彼自身が作ってくれる事も増えた。食後にはのんびりと寛いだ後、彼はそのまま此方の部屋の風呂にも入るようになった。


「それ何のレポート?」

「生物学だ」

「わ、もう完成間近だね」


入浴後に課題に取り組むその姿を見るとリンダも勉強意欲が沸いてくるので、そのまま共に勉学に励むようになった。
成績の優秀な彼とは様々な意見交換が出来るため、ついつい作業も進んでしまう。すると、眠気に負けた彼が「ここで寝る」と言ってそのままソファーで寝てしまうようになった。
そんな所で寝ては風邪を引いてしまうとリンダが何度か注意すると、遂に承太郎は自分の部屋から毛布を持ってきた。日本から取り寄せていたのだろうか、上質な敷き布団も一緒にである。
更には歯ブラシ、着替えに至るまでいつの間にか持ち込み、本格的に此方で住み始めた彼に対して最早苦笑いするしかなかった。
けれどもリンダは、こんな生活も悪くはないと思い始めていた。


「…リンダ」

「んー…寝よっか…」


此方を気使って優しく行われるライトキス、おやすみの挨拶をする時のとろんとした目、幼さを感じさせる寝顔。
その数々に、リンダの胸はぽっと火が灯るように暖かくなった。一度自覚した彼への愛おしさが益々募っていく。
そのため、この半同棲のような生活が日常になりつつある事に彼女は幸せを感じていた。











「ーーだめじゃないリンダ!」

「え?」

「貴女達シャイ過ぎるわ。なんであそこでホッペチューしてバイバイなの?
普通は唇でしょ、ディープキスよ!」


ある日の登校後、友人から言われた言葉に、リンダは面食らった。
日本であれば周りの人間からすると、「このバカップルが…」という所だが、幸いにも周囲は似たり寄ったりのカップルが多い環境のため、別れ際にキスしようと二人が特別注目される事は無い。
寧ろ、遠巻きにその様子を見ていた友人にはもっと激しくいけとお叱りを受けてしまう程である。


「JOJOってば最近かなり積極的にボディタッチもしてきてるし、たまに凄く熱い目でリンダの事見てるわ。ちゃんと応えてあげてるの?」

「う…」


鋭い質問に視線を逸らすリンダに友人からお説教が続けられ、男とは、恋愛とはどういったものなのかを熱く語られた。
確かに自分は恋人として十分に振舞えていないのだろうが、もう少し時間が欲しいのだ。承太郎もそんなリンダを慮って、触れるだけのキスだけに留めているのだろう。
けれども彼も男だ。それなりの欲求を日々我慢して過ごしているのかもしれない。そう思うと、彼に対して申し訳ない気持ちが湧き上がってくるのだった。




後日。




リンダが2限目から登校するため、1限目から授業のあった承太郎が、朝食後先に家を出る日があった。
その日、いってらっしゃいの挨拶としていつも通り頬にキスを送ってから、彼女は少し思案して、彼を引き止めた。


「ん?」


何だと首を傾げる彼に、更に身を屈めるようにと手招きする。
そして、そのハリウッドのスターにも負けないハンサムな顔をそっと両掌で挟み、リンダは承太郎の口にキスを送った。


「ーー!」


ドサリと、彼が持っていた荷物が落ちる音がして、薄く開いていた承太郎の唇の隙間から差し入れていた舌をちろりと戻す。
触れ合っている唇も離そうとした瞬間に、彼女の頭はガッシリと固定された。


「っ!」


頭と腰をかき抱かれ、舌を捩込まれる。呼吸すら許さないと言わんばかりの激しい口付け。
身長差があるため、彼が主導権を握るとどうしてもリンダの身体は爪先立ちになった。
ぷるぷると脚が震える。舌からの甘い痺れに体全体から力が抜け、やがて彼女はくたりと彼に身を寄せていた。


「は…っ」

「てめー…ッよくも朝から煽ってくれたなあ…ッ?」


はあはあと息を乱し、情欲に目を光らせる彼は完全にスイッチが入っていた。
不味いと思っても時既に遅く、壁に押し付けられ膝を割られ、身動きが取れなくなる。


「ちょっ、ちょっと待って!挨拶だよ挨拶っ」

「挨拶?ほー…挨拶ってのは、舌入れてキスする事を言うのか?」


ドンと拳を頭上に置かれ、メンチを斬られている様はまさに喝上げである。
顔を引き攣らせてビクりと怯えるリンダに承太郎は動きを止めたが、その股間は既に起立し熱を持ち、彼女に当たっている。


「他の人にはしないよ…?す、好きな人にだけだよ」


そう言うと、少し怒り気味だった彼は面食らった顔をした。


「ごめん…付き合ってるのに何時までも頬っぺただけじゃ彼が可哀想って、友達に言われて…」


思い切ってしてみたのだと彼女がおずおずとそう言うと、彼は溜め息を吐いた。


「俺がどんだけ我慢してると思ってんだ…」

「い、いつも身体触ったり、してるくせに…て、っ…!」

「触るだけで、留めてたんだよ…っ」


彼がそれ以上の行為に踏み込まないように耐えていたのはリンダも知っていた。それが、自分の気持ちや身体を気遣ってくれているからだという事も。
確かにリンダにはまだ、彼に対する恐怖が少し残っている。しかしそれを乗り越えて、少し先へと進んでも良いと思ったからこその唇へのキスだった。
だから、まさか誘っていると捉えられ、発情した彼によって行為にもつれ込まれるとも思っていなかった彼女は急激な展開に焦るしかなかった。


「や…っ待っ…」

「お前の事になると…抑えがきかなく無くなるんだよ俺は…ッ」


服の下から手を突っ込み、承太郎は胸を揉みしだいてくる。
余裕の無い彼の荒い息遣いと表情に、リンダの身体がカッと熱くなる。


「だめだってばッ」


このまま流されてしまえば、あの時の二の舞だった。更に、ここは玄関である。いくら角部屋といえど同じ階にも部屋は幾つかあり、住人がいる。
防音対策はバッチリでも、玄関先であられもない声を上げるのは流石に御免被ると思ったリンダは、承太郎を懇親の力で突き飛ばしてその場から逃げ出した。






「やれやれ、だぜ…」


お決まりの台詞を吐いて、承太郎はその場に前屈みでズルズルと座り込んだ。
目元を掌で覆い、項垂れる。
勃ち上がった自身を何とか収めつつ、のそのそと動き出すまでに相当の時間を要した彼は、当然ながら、1限目に遅刻した。




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