novel | ナノ

承太郎と交際を始めてから、数週間が経過した。
1月が終わり、2月になるーーつまりもうすぐ、彼の誕生日が訪れようとしていた。
その日を目前にして、リンダは悩んでいた。
去年は承太郎が過酷な旅を終えて間も無くであり、リンダはアメリカに帰国してバタバタとしていた時だったため完全にその日を忘れていた。
彼等の旅の無事を祈っている間は昔のように何かプレゼントを送ろうかと考えていたのだが、それを思い出したのは自分が18歳の誕生日を迎えた日であった。
ここ数年の間音沙汰無かった承太郎から、久しぶりにバースデーカードが届いていたのを見て頭を抱えたのを覚えている。

今年はそんな失敗は許されない。何しろ、恋人同士になって初めて祝う彼が生まれた日である。
しかしながら、肝心なプレゼントが決まらなかった。
特別なものを送りたいと以前から思案していたのだが、承太郎は身に付けている物や生活用品、家具等も全て、きちんとした品物を選んでいる。
時計然り、靴、スラックス、ラフに着こなしているTシャツですら、ブランドのロゴがきっちり入っている。
特にコートの素材にはウール100%を必ず選んでいる事から、品質に対する拘りがかなり強い。
となると、中途半端な物を渡す訳にはいかないとリンダは思っていた。何か“物”をプレゼントするなら、彼に見合うだけの物を選びたいと。


「うーん…残り200ドルか…」


ところが、ベビーシッター等で稼いだバイト代が、日本円にして約2万円しか残っていなかったのである。
先月、ジョセフとスージー夫婦へのクリスマスプレゼントにと、居候させて貰ったお礼も兼ねて奮発した結果だった。
人に渡すプレゼントは自分が稼いだ分で購入したいという考えを持っている彼女からしてみると、食料や生活用品以外の物を購入するために両親から貰った貯金を崩すのは憚られた。
(ちなみに承太郎の場合、遠慮なくジョセフの金を使っている)


「アクセサリーなら買えるかな…でも承くんが気に入りそうなのって高いしなぁ」


何しろ彼の手首に装着されているタグホイヤーなどは約3000ドル(30万)の代物である。悩んだ末、リンダは品物を渡す事は諦めた。
またの機会にちゃんとした物をプレゼントしようと思い、取り敢えず彼が喜んでくれる何かを、200ドルで収まる何かを考える。
誕生日ケーキ…子供ではないのだから、そこまで喜ばないだろう。
某遊園地への招待…ネズミのキャラクターに彼が心を踊らせるだろうか?などと悩む。


「じゃあ、手作りのマフラーとかは?あ…今時手編みって重いかしら」

「んー、私もちらっと考えたんだけど、日数が足りないんだよね…」


結局、友人に相談する事になった。
ああでもないこうでもないと、一番の友人でもある彼女と意見を交えていく。


「あっ、あそことかはどう?」

「あそこ?」

「あのビルの最上階にあるレストランよ、星二つか三つかは忘れたけど…予算ぎりぎりで行けるんじゃないかしら?」

「そっかなるほど、ありがとうルーシー!」

「ふふ、頑張ってね」


彼女の提案に、その手があったとリンダは目を輝かせた。礼を言い、慌ててその某レストランのディナーを予約する。
直前だったが、何とか空きがあったためホッとした。









街のネオンが星のように煌めく様が、ガラス越しに見えている。
落ち着いた雰囲気の店内にはクラシックが流れ、年輩の夫婦や壮年のカップルが幸せそうに会話を交わし、それぞれに食事を楽しんでいる。


「良いところだね」

「そうだな」


加えて、料理も申し分なかった。舌の肥えた彼がもくもくとディナーを食べ進めているのが何よりの証拠である。
「料金以下の不味い飯には金は払わねえ」と言って食い逃げしかけたところを今迄に何度引き止めただろうか。
そんな事を思い返しつつ料理に舌鼓をうっていると、ふと店の灯りが暗くなった。次に、誕生日によく聞く例の曲が店内に鳴り出し、リンダはまさか、と目を見張る。
無駄に良い声の店員がそのBGMに合わせて歌いながら近づいて来るので、承太郎はびしりと固まった。勿論リンダも。


「Happy Birthday Dear Jotaroー!!」


曲の終わりに合わせてバースデーケーキを満面の笑みで差し出してくる店員。
拍手を送ったり、口笛を鳴らしてくれる周りの客には悪いが、引きつった笑いを浮かべるしかなかった。


「ご、ごめんね、まさかこんなふうに出てくるとは…」


確かに、ボーイフレンドの誕生日を祝うためにデザートはネーム入りのバースデーケーキを、と予約したのはリンダだったが、まさかこんなにも目立った登場の仕方をされるとは思っていなかった。
これが両親や友人へのサプライズならばリンダも店員達と共にバースデーソングを歌い、共に誕生日を祝福していただろうが、相手はうっとおしい事が大嫌いな承太郎である。
呆れてしまっただろうか、怒らせてしまっただろうかと狼狽えつつ、テーブルに置かれたケーキから承太郎へと目線を移すと、彼は帽子の鍔を下ろそうとして、その指をすかっと空振りしていた。
被っていない事を忘れていたらしく、そのままその手で顔を覆い、俯く彼。
その一連の流れと、両耳が赤くなっているのを目撃したリンダは、思わず笑ってしまった。


「てめー…後で覚えてろよ」

「えっ」


しかし、ムッとした顔をしながら脅しをかけてくる彼に、笑顔のまま固まった。悪い予感しかしない。


「わ、笑ってごめんね、えーと、改めて19歳の誕生日おめでとう!」


慌てふためきながらそう言うと、承太郎は少し面食らったような顔をしてから、ふ、と口元を緩めた。


「ありがとよ」


その表情があまりにも優しく、普段では滅多に見る事の出来ないものだったので、リンダはその表情に魅入ってしまった。
そのため、伸びてきた手に気付くのが遅れた。くいと顎が持ち上げられ、承太郎の顔が近付く。
少し身を乗り出した彼が、リンダにだけ聞こえるように、小さく囁いた。


「あと一つ…とびっきりのデザートを食わせてくれると嬉しいんだがな」

「もう一つ?」

「ああ…俺の目の前にある」


つ、と彼の親指がリンダの唇をなぞった。その意味を理解し、かっと身体が熱くなる。
慌てて身を引き、きちんと椅子に座り直し視線を彷徨わせるが、彼の視線から逃げられる気がしなかった。
熱の籠もった瞳。エメラルドグリーンが妖しげに輝いて、此方をじっと見つめている。


「甘ぇな…」


デザートのケーキにフォークを突き立て、ぱくりと一口。唇についた生クリームをぺろりと舐めとりながら挑発するように見つめてくる承太郎に、ぞくんと、身体に電流が走ったかのような衝撃を感じた。


「…い、いよ」

「ん?」

「…うちに帰ったら、た、食べて良いよ…」


ついに観念し、リンダはそう告げた。がしかし、彼の反応を見るのが気恥ずかしくて、そのまま「お手洗いにいってくるね」と言って直ぐさま席を離れた。
顔から火が出そうだった。我ながら何て事を言ってしまったのだろうと、駆け込んだ化粧室で羞恥のあまり両手で顔を覆う。
高鳴る心臓をなんとか治めつつ、リンダは一度深呼吸した。


「はー…」


あの日以来、行為を無理強いしてこなかった承太郎に対して恐怖はもうない。あるのは彼に対する信頼と期待だけだ。
身なりを整えて、リンダは意を決して席へと戻っていった。


「おまたせ…」

「おう」


承太郎はデザートを既に完食し、食後のコーヒー
を優雅に飲んでいた。
カップに口を当てつつ流し目で夜景を眺める姿は、今日の姿がドレスコードという事もあって本当に様になる。
思わずほうと溜め息がでてしまう。
家族として見ていた時には感じなかった筈の彼のおそろしいまでの魅力にくらくらした。


「そろそろ帰るか」

「そう、だね」

「今日はありがとうな」

「ううん、喜んで貰えて良かった」


その後、手を繋ぎながら帰路についた。途中寒さに身を震わせると、承太郎はリンダの肩を抱き、ぐっと身体を寄せてきた。
抱かれた肩が、触れる承太郎の身体が熱い。それ以降は全く寒さを感じない程だった。
しかし、それまで行なっていた会話が何と無く続かなくなって、リンダは自宅近付くにつれて無言になっていった。
そしていよいよマンションの玄関に入ろうとしたその時、承太郎がぽつりと呟いた。


「マジで俺は今日…我慢出来ねぇ、と思う」

「…」

「構わねぇか…?」


食っちまってもよ、と問うてくる承太郎に、思わず足を止めてしまう。自然と彼もその場に立ち止まった。
返答を静かに待つ彼にリンダの頭は沸騰しそうだったが、まともな言葉が浮かんでこない。羞恥と緊張から身体が震えてくる。


「悪い、急き過ぎたな…さっきのは忘、」


忘れてくれ、という言葉が承太郎の口から出る前に、リンダは彼の身体に強く抱きついた。
ぎゅうと腕を回し、分厚い胸板に顔を押し付ける。


「…それは…オーケーって事で良いんだな」

「…う ん」


その言葉に、こくりと頷いた。
顔を見せてくれという言葉に従って恐る恐ると彼を見上げると、優しい口付けが落とされる。


「この先一生、大事にする…最高のプレゼントだぜ」


プロポーズのようなその言葉を聞き、感情が昂ったリンダは思わず彼の首に腕を回してキスを送った。





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