novel | ナノ



承太郎には欲しいものがあった。
昔から焦がれていた、近くて遠い存在が。再開する度に恋をして、離れる度に次に会う事だけを考えていたその相手が。一度は諦めたが、ようやく手の届く距離まで近付けた彼女の事が、ずっとずっと欲しかった。
ーーしかし、何をしても彼女は“親戚”という関係性を崩そうとはしなかった。距離を縮めようとしても決して異性として扱われる事はなく、あくまで彼女は家族として接してきた。もどかしさが募るのは当然の事だった。
彼が一度目の泥酔事件を起こしたのは、そんな時だった。


「承くん!…大丈夫…?」

「…ん」


サークルで知り合った仲間達と飲みに行ったその夜。承太郎は今まで口にした事の無い種類の酒を大量に摂取し、見事に潰れた。どうやってマンションまで帰ってきたのか記憶にない。そんな中聞こえたリンダの声が彼を導いた。
部屋を満たす甘い香り、触れるしっとりとした肌。まさに夢見心地だった。このまま永遠に時を止められればなどと、らしくない事まで思う程に。
ーー翌朝、やけに枕が柔らかいな、などと思いながら承太郎は目を覚ました。そして、眼前に飛び込んできた光景に彼の頭は混乱した。


「…!?」


スヤスヤと寝息を立てるリンダにさっと青ざめる。まさか、間違いを犯してしまったのではないかと大慌てで身体を起こした。着衣の乱れがほぼ無い事から未遂であると分かったが、スカートは捲れ上がり、ストッキングの下のショーツが透けて見えている。
カッと体温が上昇し、変な気を起こしてしまいそうになるのを理性で抑えていると、その間にリンダがのそのそと起床した。


「…あれ?…あ、おはよ」

「おは、よう…」


目を瞬かせ、瞼を擦り、彼女は比較的平然と朝の挨拶をした。思わず、鸚鵡返しのように返事を返してしまう。


「ん…、ごめん、シャワー浴びてくる…朝御飯はちょっと待ってて」

「いや待て、それより俺は昨日お前に…お前に何か…」


記憶が曖昧過ぎて、一体どういう経緯で彼女の胸に顔を突っ込んで寝るハメになったのかを焦りながら尋ねる。するとリンダは、まるで子供の粗相を優しく窘めるように苦笑して、事の有り様を説明した。


「これからは、あんまり飲み過ぎたら駄目だよ」


そして、何事も無かったかのようにあっけらかんとした態度で浴室に向かった。その後姿を見て、興奮していたのが嘘のように全身から温度がスッと消えていった。
本当に己の事を男として見ていないのだと、彼は思い知らされたのだ。ぐっと唇を噛み締めて、承太郎は静かに打ちのめされていた。







「ーーお、JOJO、今日こそ飲みに行こうぜ」

「……」


リンダに迷惑をかけて以来、承太郎は暫く飲酒を避けていた。しかし、その後も普段通り接してくる彼女に心は荒んでいった。煙草の量ばかり増え、苛立ちが募る。
見兼ねたサークル仲間が息抜きにと誘ってくる事が増え、そしてその日、久方ぶりに酒を飲んだ彼は大いに飲まれた。酒を飲んでも飲まれるなという言葉を忘れていた訳では無い。けれども、貯まっていたストレスや不満が、久々にアルコールを摂取した事により解消された。
ーーそして、彼は羽目を外し過ぎた。


「…リンダ?」

「あれ…?承くん…?」


そんな承太郎の前に、頬を赤くし、トロンと目を閉じかけ、あまり呂律の回っていない状態のリンダが現れたのである。しかも、自身の部屋の鍵を忘れて。
時刻は深夜2時。今から飲んでいた酒場にこの寒い夜道の中戻り、鍵を探してくるという彼女を引き止めたのは当然の事だ。
ーーしかし、そこには隠し切れない程の下心があった。


「や…っやめ……っ」


酔いが回り、承太郎の理性は働かなかった。彼女を手籠めにしたいという激しい衝動に駆られていた。彼女から浴びせられた言葉に今まで押さえ込んでいた感情が爆発し、箍が外れ、理性の糸はブチりと千切れ、気が付けば承太郎はスタープラチナまで使ってリンダを押さえ付け、凌辱していた。


翌朝。
目が覚めて、酔いも覚めた頭で、己がとんでもない事を仕出かした事を理解して彼は飛び起きた。気を失った彼女を腕に抱いて共に眠った事を思いだし慌てて辺りを見渡す。しかし、既にシーツから温もりは消えていた。
血の気が引いて青ざめた。名前を呼んで彼女を探した。部屋に戻ったのだと思い込んで、隣である彼女の部屋の前まで行き、インターホンを鳴らし必死にドアを叩いてドアノブを捻っていると、力がかかり過ぎて壊れた。
中に入れば蛻の殻で、そこで漸く承太郎はリンダが鍵を忘れていた事を思い出した。急いでエレベーターに乗りマンションの上から下を探したがどこにもいない。外へと飛び出し、マンションの周囲、大学、街中に出て、思い当たる場所全てを探し尽くし、彼は汗だくになりながら駆けずり回った。
携帯電話があまり普及していないこの時代、一人の人間を何の手掛かりも無しに探し出すのは至難の技だった。


「ちく、しょう…!」


そして遂に、彼女を見つける事が出来なかった承太郎は足を止めた。己の元から彼女が逃げた事を――拒絶された事を認めざるを得なかった。全身から力が抜ける。酷い頭痛と眩暈がして、何も考えられ無いままに辺りを彷徨う。すると何時の間にか足は住処であるマンションへと向かっていた。行く当ても無いためそのままエレベーターに乗り、いつもの階で降りる。
無心で歩き、やがて彼はリンダの部屋の前で、自らがへし折った彼女の部屋のドアノブを見つめた。


「……。」


その扉をゆっくり押し、部屋へ入った。いつもここに訪れた時には、リンダが笑顔で出迎えてくれた。キッチンで料理を作る姿、テーブルでコーヒーを片手にテレビを眺める姿、日常の出来事が脳裏に浮かぶ。
承太郎はその場にずるずると座り込んだ。家族として深まった絆、信頼関係を自分は踏み躙ったのだ。本当に望んではなかったけれども、居心地の良かったそれを。


「(ーーだからこそ、壊したかった)」


そして思い出した。あの時、例え元の仲に戻れなくとも現状よりはマシだと思って、行為に及んだ事を。


「ーー嗚呼…、」


承太郎の脳裏に、昨晩の記憶が鮮明に蘇った。昨夜のあの瞬間、彼女は自分だけのものだった。この手の中に確かに居たのだ。
鼻から抜けるくぐもった声、しなる柔らかな身体、豊満な胸、手触りの良い瑞々しい肌、そして、自身を包み込んだ極上の泉を。リンダと繋がった感覚を、身体が覚えている。
ーーしかし、手に入ったのは肉体だけで、精神はますます遠ざかってしまった。そう理解した途端、途方も無い喪失感が承太郎を襲った。


「……なんで、いないんだ…」


虚ろになった彼の心の隙間を埋めたのは、歪んだ渇望。早く、一刻も早くこの手に彼女を取り戻したい。もう何処にも行かないように閉じ込めてしまいたい。孕まして、逃げる理由も気力も完全に奪ってしまいたいーーそんな狂った情欲が、突如湧き上がった。
これまで比較的にストイックな生活を送っていた反動なのだろうか。涙を流す彼女の姿をはっきりと思い出したのにも拘らず、彼の胸は痛むどころか興奮していた。傷付けた罪悪感よりも交われた事実に気分は高揚し、それどころか次を求めている。


例えば、腹を空かした獣に最高級の肉を一口だけ食べさせて残りを取り上げてしまえば、どうなるだろうか。足りない、もっと欲しいと叫び、繋がれていた鎖を引き千切ってでも求めるものに牙をたてるだろう。それも、今すぐに――。
ごくりと喉が鳴る。最早リンダの心などお構い無しの邪な想いが、承太郎を動かした。
彼女が此処に帰ってくる保証はない。ならばまだ遠くまで離れていない内に見付けてしまった方が良いのではないか。そう考えた彼はまずスピードワゴン財団に連絡を入れた。
リンダと連絡が取れず、誘拐もしくは事件に巻き込まれたのではないかという内容を告げ、捜索願いを出した。


「それとジジィ…ジョセフ・ジョースター含め、リンダの家族にはまだこの事はふせておいて貰えるか」


もしかしたら何処かで道に迷っているだけかもしれないため、要らぬ心配をかけない方が良いだろう等ともっともらしい事を言えば、電話口の相手は納得したようだった。
そして承太郎は財団からの折り返しの連絡を待たずして、自らもマンションを出て再び彼女の捜索を開始した。彼等とは公衆電話を用いて定期的に連絡を取り合った。


『今は××ホテルにチェックインなされているようです』

「そうか…礼を言う」


幾度目かの電話のやり取りでついに財団から有力な情報が手に入った。彼等が独自の情報網で調べたという滞在先をメモし、承太郎はそこへ向かった。
日が暮れた頃に辿り着いたその場所で親族を名乗り、まんまと部屋を教わった。ホテルのロビーに備え付けてあった電話で再度財団へと連絡をいれ、リンダの無事を確認したと告げて、己の取り越し苦労だった事と迷惑を掛けた事を詫びておいた。


ーーそして、承太郎は強引に部屋に押し入った。
扉が開いた瞬間に、酷く怯えた彼女が信じられないモノを、とても恐ろしいモノを見るような眼差しを此方に向けて逃げようとしたからだった。渇望していた相手に拒絶され、背を背けられた彼の心にはどす黒い感情が渦巻いた。どうせ手に入らないのならーーそう思い、再び強引に彼女を組み敷いた。
愛撫もそこそこに交わった。怯える彼女を押さえつけて、何度も欲望の塊をナカに吐き出した。苦痛しか感じていなかった彼女を快楽の渦へと導き、悲鳴を嬌声に変えてその喘ぎ声に酔いしれた。












「リンダ…?」


ーー承太郎が正気を取り戻したのは、事後、彼女がピクリとも動かなくなってからだった。見下ろせば、至る所に痛々しい程の痣と痕がついた身体が目に入る。くたりと力の抜けた細腕には、前日に己が、スタープラチナが拘束した時に付けたであろう手形が赤を通り越して青紫にくっきりと残っている。
閉じられた両の瞼は腫れ、涙の痕が幾つもあった。
一体自分は何をしているのだろう。ようやくそう自覚した承太郎は、頭を抱えた。よりにもよって愛する相手を陵辱したのだ。酒に酔っていたからではなく、確かな自分の意思で。


「俺は…ッ」


リンダが欲しかった。昔からずっと、欲しくてたまらなかった。その分慈しみ、愛しみ、守り、大切にしたいという想いも強かった、筈だった。なのに、欲望をぶつけて、力で押さえ付けて、傷付けているのは他ならない自分自身だった。
ーーしかし、今更後戻りは出来ない。曖昧な“親戚の兄”扱いはもう嫌だった。例えどんなに罵倒されようと、軽蔑されようと、恐れ戦かれようと、承太郎はもう、彼女を手放す気は無かった。
湯に浸したタオルでゆっくりと滑らかな四肢を清めてやりながら、唇を噛み締める。目が覚めて、リンダの居ない部屋を、世界を、彷徨うのを恐れた彼は、その後一睡も出来なかった。





×
- ナノ -