novel | ナノ




アメリカの高校は、州によって違いはあるが主に4年制である。日本では小学校6年間、中学校3年間、高校3年間と別れているが、アメリカは小学校6年間、中学校2年間、高校4年間に別れている地域が多い。


「りん、彼が来てるわよー」

「本当?」


それはハイスクール2年目が始まって直ぐ、つまり日本で言うところの高校1年生の秋の事。リンダは同じ学校のとある上級生に告白された。
身長は180cm近く、くしゃりとしたダークブラウンの髪、太陽の光で色が替わるヘーゼルの瞳。
以前からふとした拍子に目で追っていた2歳年上の先輩だった。
突然の事に喜びと戸惑いで混乱した。何故ならリンダの脳裏には、思い浮かんだ人物がいたからだ。


「(でも、もう私の事なんて…)」


最後に会った承太郎は、始終余所余所しい態度だった。目線は合わず、会話も弾まず、嫌われてはいないだろうが、疎ましく思われているのではと感じる程。そんな彼から愛が感じ取れる程、リンダは自意識過剰でもエスパーでもなかった。
だから子供の頃からの甘酸っぱい思い出など忘れて、目の前で熱の篭った目でまっすぐに自分を見つめてくる彼と向き合おうと思ったのだ。
その後は新鮮で楽しい日々が続き、リンダは幸せだった。しかし、彼が卒業して大学へ進学し、遠い地域へと引っ越した事で順調だった交際は終わりを迎えた。会う時間が減った事、すれ違いが続いてお互いの気持ちが離れた事が原因だった。寂しさはあったが、その時にはもう、仕方ないという気持ちの方が勝っていた。
その彼に最後に言われた言葉を、リンダ今でもはっきりと覚えている。


「君はいつも僕と誰かを重ねていたね」













「……」

見知らぬ天井。ベッドの上で目を醒ましたリンダは、ぼんやりとそれを見上げていた。
鳥の声が窓の外から聞こえる。今まで起きた事柄は夢だったのではないか、そう思える程清々しい朝。
しかし、起き上がって自身の姿を見ると、全て現実だと受け入れるしかなかった。承太郎の物だと思われる大きなシャツ一枚を身に付け、何も纏っていない下半身は風通しが良くなっている。
肌は鬱血にまみれ、身体は酷く気怠い。恐る恐るベッドから降りようと身体を動かせば全身の筋肉が引きつれたように痛んだ。思わず呻くと、リンダが起床した事に気が付いたのか、彼が洗面所の方から顔を出した。


「起きたか…」


鋭い視線。ちょっとした動きですら見逃さないと言わんばかりのその眼光が、身体に刺さるようだった。子供が見れば恐ろしさのあまり泣き出すか逃げ出すレベルである。少しでも波紋やスタンドを出す素振りを見せれば最強の白金が繰り出されるだろう。
上半身裸のまま逞しい肉体を惜しげもなく晒し、ゆっくりとこちらに近付いてくるその姿にリンダの身体は自然と強張る。


「…飲め」

「……」


動けずに固まっていると、目の前にズイと水の入ったペットボトルが差し出された。おずおずとそれを受け取ると彼はその隣にどかりと腰掛けた。衝撃で中身が揺れる。
リンダはそこでようやく、自身の喉がカラカラだという事に気が付いた。あれだけ抱かれたのだから当然かと思いつつ昨晩の事を思い出し――目の前の承太郎に対しての恐怖心が蘇り、冷や汗が吹き出た。身体が震え出し、手に持ったままのペットボトルが滑り落ちそうになる。依然、じっとこちらを睨み付けるように見てくる彼から目を背けた。


「震えてるのか」


彼の大きな手が、ボトルを持つリンダの手をそっと覆う。しかし、何をどう話せば良いのか、今までどうやって会話をしていたのかすら分からなくなって俯いた。
今更壊れ物を扱うように触れられても、力の加減なしに手首をわし掴まれた感覚を嫌でも思い出してしまう。彼に伝えたい想いも言葉もあるのに、恐怖だけが先立つ。


「そうか…、そうだよな、俺が恐いか」


自分を嘲るように嗤って、承太郎はすっと手を引いていく。傷付けてしまった、そう思って否定しようと口を開くがそこから言葉は出てこず、リンダは押し黙ってしまった。


「っ!」


次の瞬間、顎をぐいと捕まれ強制的に上を向かされた。肩を強く捕まれ、喉からはひ、と引きつった声が漏れる。


「ーーだが、もう遠慮は止めだ」


低くそう告げて、彼の顔が近付く。瞳が、エメラルドグリーンの虹彩までもがはっきりと見える距離。いつも宝石のように煌めいている筈のそれが仄暗く、まるで海底に沈むガラスの残骸のように鈍く光る。


「例えお前が怯えようと、俺を嫌悪しようと…」


ーーけれども、その目尻は、うっすらと赤く色付いていた。眼下には濃いクマが出来ている事に気が付き、リンダは目を見開いた。


「もう絶対に逃がさねぇ」


発言とはウラハラの切ない表情。触れた唇も、肩に食い込む指先も震えている。リンダはただ固まったまま、彼からの口付けを受け入れる事しかできなかった。






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