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アメリカと日本では、大学の入学制度が違う。
日本の大学の入学が基本的に年1回なのに対し、アメリカは2学期制や4学期制等があるため、通年募集を行っている。
英語を母国語としない留学生の場合には、英語力を判定する語学テストをもとに、入学資格の有無を判断している所もある。
大学によってSATなどの学力テストのスコアを要求される事も多いが、承太郎にはいずれも問題無さそうだと、リンダは思っていた。


「どうだ承太郎、良さそうな所は見付かったか」

「あるにはあるが…」


思い立ったが吉日、とばかりに、その日の内にジョセフにより幾つかの大学に関する資料を取り寄せて貰った承太郎は悩んでいる様子だった。


「承太郎の自由に考えれば良いぞ」

「…おう」

「承くんの好きなものって何?
それに関連した学科とか仕事とかを探せば良いと思うんだけど」

「ん…」


そう言うと、目を合わせたまま無言になられて、リンダは戸惑った。
エメラルドグリーンの瞳が、真っ直ぐに此方を見ている。


「えーと…」

「そうじゃ!いっそリンダみたいにジュニアカレッジに進んでみるのはどうだ?」


閃いた、とばかりにジョセフが声を上げたため、その視線が外される。
思わずほっと息を吐いた。


「それは良いアイディアねパパ!留学生も多いって聞くし」

「…確か、日本でいう短期大学か」

「そうそう」


そこを卒業してから4年制大学に編入する道、そのまま就職するという道もある。
職業教育や技術訓練など、様々な経験を積める事、加えて準学士号も取れる場所だった。


「私は職業訓練コースだけど、四大に進学するための一般教養コースもあるし、その間に本当にやりたい事を見付けるのも一つかも」

「そうか…」


そう告げると、承太郎は顎に指を当てて物思いに耽る。
ジョセフ、スージー、ホリィ、リンダの母リーシャは、あの州が良いんじゃないか、この大学はどうか、と、ワイワイと相談し始めた。
その時ふと、話し合いに意見を出していたリンダの目は承太郎の横顔に奪われた。
中学までの彼のイメージが強い彼女にとって、つい最近再会を果たした眼前の従甥の存在は落ち着かないものだった。
昔は可愛い印象の方が勝っていたのに、今や男らしさや逞しさが際立っている。
組み替えられる長い足、くるくるとペンを回す長い指先、身動ぎ一つ一つにも、思わず目がいってしまう。


「…どうした?」

「ううん、何でもない」


先程意味深に見つめられて速くなった鼓動は、落ち着きを取り戻さないままだった。







あの後、悩める承太郎には悪いが、リンダ達はアメリカへと帰国する事になった。
約2ヶ月振りの母国、風景、我が家、そして学校。
日本で事故に巻き込まれて入院していた、という事になっていたリンダが学校へと久方ぶりに登校すると、友人達から大層心配され、同時に復帰を祝われた。
更に数日後、エジプトでの後片付けを終えた父がようやく戻ってきたので、お互いの無事と再会を喜びあった。


「承太郎君とエジプトで久しぶりに顔を合わせたけど、凄く成長していて驚いたよ。
何よりも、あのDIOを倒したんだ…流石ジョースター家の末裔だ」


益々ジョセフさんに似てきてる、等と呟く父の顔は、疲れが滲んではいるけれどもどこか誇らしげであった。
命の危機も何度かあったと聞いているが、此方の心配を他所にあまり気にしていないようである。
SPW財団に所属する人間のジョースター家に対するリスペクト精神は度を超えていると、リンダは改めて思った。


「そういえば花京院さんの調子はどう?」

「ああ、彼の容態は大分安定したよ。でもまだ下手に動かせない状態だったから、連れ帰って上げられなかったんだ」

「そっか…出来れば私、治しに行きたいと思っていたんだけど…」


リンダはジョセフから花京院が重傷を負ったと聞かされた時から、エジプトに向かい彼の治療に当たろうと何度か申し出ていた。
しかし、まだDIOの残党が彷徨いているかもしれないという事、安全性が確保出来ないという事から、その申し出は却下されていた。
ジョセフや財団員からしても、なるべく早く彼を助けたいという思いは強い筈だが、それでも断られるという事は、それだけ危険だったのだろう。


「事後処理が終わって一応危険が無いと判断したが…リンダは今忙しいだろう?」

「うーん、ちょっと今は…」


帰国してから今日に至るまで、リンダは休んでいた期間の遅れを取り戻すべく、平日は勿論休日も丸一日使って課題に追われる日々が続いていた。
出席日数はぎりぎりで、これ以上休むと留年の恐れがある。
安全が確保された今、花京院の元へ行きたいのは山々だったが、難しい状況だった。


「もう少ししたら花京院くんをエジプトから動かせるようになる筈だけど、このままでは後遺症に苦しむ事になるだろうね…
学校の方が落ち着いてからで良いから、出来れば治しに行って上げて欲しい」

「うん、勿論」


なるべく早く予定が開けられるように、高速で課題を終わらせよう、そうリンダは意気込んだ。


「そうだ、もう一つ、リンダに大事な話があるんだった」

「あら、そうだったわ」


そして告げられた両親の言葉に、驚くしかなかった。
何でも、事態の収拾ついでにエジプトで新たな研究対象を発見してしまったらしく、長期間現地での研究を行う事になったとの事。
そこへ母も同行するという。離れていた時間が長かったため、今は少しでも一緒に居たいのだそうだ。
仕事はどうしたのかと聞くと、「これを気に退職するわ」という答えが帰ってきたため、呆気に取られる。


「えっと、いつから?」

「4月からよ」

「え?!もー…急だなあ…」


現在は2月。あと2ヶ月後には、二人共エジプト暮らしという事だ。
更に、向こうでの仕事は最低でも1年かかるとの事なので、暫く会えなくなる。寂しくなるが、仕方ない。
大学へ進むのを気に家を出ようと考えていたが、少し早めに一人で生活する事になりそうだ。


「卒業式にはちゃんと参加するよ」

「入学式にもね」


その言葉に、リンダは照れ臭く思いながらも素直に喜んだ。


「あ、それでね、兄さんがリンダさえ良ければ是非ジョースターの家においでって言ってくれてるのよ」

「伯父さんが?」

「ええ、ハイスクールに通う間は住んでくれて構わないって」


リンダの通う高校には、この実家よりも、ジョセフの家からの方が圧倒的に距離が近い。
休日に遊びに行き、そのまま宿泊させて貰って学校へと通学した事は多々ある。


「でも流石に申し訳ないというか…」

「んもう、遠慮しない!本当にこういう所は貴方に似ちゃったのよね」

「そうかい?」

「日本人の謙虚なところは利点でもあるけど欠点だとも思うわ…人からの好意は受け入れるものよ!
提案者のスージーさんからも必ず言い含めるように言われてるんだから」


どうやらもう既に決定事項だったようだ。
半強制的に決められたジョセフ宅への下宿に、苦笑いしながらも有難く思い賛成した。







その後は慌ただしい日々が続いた。
相変わらず課題に追われつつ、遅れた授業に必死で取り組んだ。
日本に居た期間放置していた部屋の片付けをしつつ荷造りを開始し、引っ越しの日に間に合うように様々な準備をし、新たに必要なものを買い揃えた。
そうこうしている内に、エジプトで療養していた花京院が日本へ転院する事が決まったと聞いて、リンダは大慌てでエジプトへ向かった。

日本へ帰ってしまってからでは遅いのだ。
重傷を負った彼を見て、その身を案じていた家族が何を思うのか。
それを想像すると、その前に何とかしたいと思うのは当然の事だった。


「お待ちしておりました。リンダ・クルス様ですね?」

「はい、宜しくお願いします」


カイロ空港でSPW財団員に案内され、花京院の居る医務室に向かう。
彼の身に起こった事は、事前に聞き及んでいた。
DIOに右横腹を抉られ、貯水タンクに叩きつけられた事。
あと数十cm身体の中心に近ければ、確実に死んでいた事をーー。
腹のど真ん中を貫かれる彼を想像して、背筋が寒くなった。一命を取り留めてくれて、本当に良かったと心から思う。


「やあ…お久しぶりですリンダさん…こんな格好で申し訳ない」


医務室にて、花京院はベッドに横になったまま此方を見てニコリと笑った。
思っていたよりも元気そうな姿に安堵するが、医師からの説明によると、彼は頭を含めて全身を強く打ち付け、その衝撃で脊椎が損傷しているという。
鞭打ちのため、首から下が殆ど動かず、後はリハビリ次第という状況なのだと。


「いえ、とんでもないです。
お久しぶりですね…覚えていてくれてありがとうございます、花京院さん」


彼とは、あの旅が始まる前の一度しか顔を合わせていない仲だが、妙な親近感があった。
生まれながらのスタンド使いと聞いていたから、彼のスタンドがあまりにも綺麗なエメラルドグリーンの色をしていたからか、その存在は深く胸に刻まれていた。


「旅の間…承太郎やジョースターさんから、貴女の話をよく、聞いていました」

「そうなんですか?」

「ええ」


苦しげに息継ぎしながらも、そう言って目尻を下げる彼の顔は楽しげに綻んでいた。
旅立つ前よりもずっと親しみ易い雰囲気をしている彼に、リンダの頬も緩む。


「貴女も大変な目にあい…今も忙しいでしょうに…迷惑をかけて、すみません」

「そんな、とんでもないです。むしろもっと早くに、貴方の元に来れずに申し訳ないとばかり…」


横たわる花京院に近付き、その手をそっと握った。
DIOのスタンドの謎を解き、勝利への道を作ったのが彼だとリンダはジョセフ達から聞いていた。
彼が居なければ、承太郎もジョセフも、生き残る事が出来なかったかもしれない。感謝してもしきれなかった。


「では、今から波紋での治癒を行います。どうか私を信じて、身を預けて頂けますか?」

「ええ、勿論です。お願いします…リンダさん」


淡く微笑む花京院を見つめ、リンダはすうっと息を吸った。







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