novel | ナノ





空条の家はその日、それまでの緊迫した雰囲気を一蹴し、本来の明るい姿を取り戻した。


「ホリィッリンダーーッ!」

「パパ!」


彼等が帰ってくるーーその報せを聞いて、どれ程嬉しかっただろう。
エジプトで決着がついてから数日後、彼等はついに日本の地へともどってきたのだ。
飛行機が無事に到着し、もう此方へ向かっていると財団員から伝えられ、居ても立っても居られなくなったリンダは、ホリィと共に玄関先で待っていた。
そこへ一目散に走って飛び込んできたのはジョセフだった。
その後ろに小さく承太郎が見える。


「お帰りなさい!」

「おかえ…っわ!」

「よく無事だった二人共!」


ぎゅうぎゅうとホリィと共にジョセフに抱き込まれ、リンダの瞳からは自然と涙が零れる。
それはこの50日の間、ずっと堪えていたものだった。
生還した二人を目にし、ようやく安堵出来たからこそ、今まで張り詰めていた緊張の糸が切れたのだった。


「ジョセフ!二人はまだ病み上がりなのよ!」

「げ、スージーすまん…ッでも嬉しいんじゃよォー!」

「もーパパったら」


長きに渡り病と戦ったホリィ、それに寄り添ったリンダ、それを見守ったリーシャ、見舞いに訪れていたスージーQ。
そして、過酷な旅を終えて日本へと帰ってきたジョセフと承太郎が一堂に会し、その場は賑やかさで満ちていた。


「オイジジイ、いい加減にしな…」

「承太郎!心配してたんですからねッ」

「…、おう…」


ジョセフの腕をするりと抜け、ホリィは近付いてきていた承太郎に腕を回し、熱烈なハグを送った。
彼もそれを跳ね除ける事無く、元気になった母の久方ぶりの抱擁を静かに受け入れている。


「…顔色は良いようだな、元気か?」

「ふふ、Fine Thank you!」


帽子の鍔を掴んでくいっと下げるその口元には小さく笑みが浮かんでいて、それを目にしたリンダの頬も自然と緩んだ。









その後、一同は空条邸でお互いの身に起こった出来事の数々を話し合った。
まず、リンダ達には、リンダの父が無事であり、現在は事態の収拾のためエジプトに残っているという事、その後は本部に帰るためアメリカへと向かう事が報らされた。
そして承太郎達には、SPW財団の医師達からホリィの健康状態等が念入りに説明された。
いくら明るく振る舞っていようと、スタンドという、まだ謎の多いそれに蝕まれていたのだ。
何も異状がないとは言い切れないと案ずるジョセフに、彼等が帰ってくるまでに行った波紋治療、医師による健康診断やカウンセリングの内容が告げられた。


「勿論、リンダさんにも異常はありません」

「だから安心してね、二人とも」


リンダがそういうと、鋭くリンダを観察していた承太郎はこくりと頷き、ジョセフは少し涙を滲ませて快活に笑った。


「そうかそうか、それを聞いてようやく安心出来たわい!」


そして続けられた「なんだか急に身体中が痛み出してきたのー」という言葉に、リンダは彼等が重傷を負っていた事を思い出して慌てて波紋での治癒を行なった。


「すげぇ、身体が楽だ」

「おー!流石リンダじゃ!」

「もう!言ってくれたらもっと早く治してたのに」

「ハハ…いや〜スマンスマン」


二人供、これ以上リンダに迷惑をかけまいとして黙っていたらしいのだが、放っておいて重症化する方がよっぽど迷惑である。


そうしてようやく全員がほっと一息つけた所で、世間話に花が咲いた。
そして、ある重大な事実に気がついたきっかけが、リンダの母の言葉だった。


「そういえば、もうすぐ大学の合否が届くかもしれないわね」

「そっか、1月も終わるし…2月中には届くんだった?」

「2月から4月の間よ。ホント、感謝祭前に願書を出しておいて正解だったわ」


感謝祭とは、サンクスギビングというアメリカの収穫感謝祭で、11月末の木曜日の祝日である。
翌日の金曜日も祝日扱いとして4連休の感謝祭休日があり、日本のゴールデンウィークのような連休の一つだ。
リンダ達来栖一家は当初、その連休を利用して日本に滞在していたのである。


「もう2月か…」


すると、そう小さく呟く声が聞こえた。
どこか感慨深げな声の方へと視線を向けると、ぱちりとその声の人物である承太郎と目が合った。
彼は驚いたように瞳を見開いてからふいと視線を反らす。
リンダはその様子に首を傾げ、ふとある事に思い当たり、「あ」と声を上げた。


「そっか、日本の学校は3月で終わりなんだっけ?」

「ああ…」


あまり歯切れが良くない返事をする承太郎に、「そういえば」と、リンダの母も声を上げる。


「日本って、新学期が9月じゃなくて4月からだから、承太郎君はもうすぐ卒業じゃあない?
それに、大学入学前にとても難しい試験があるのよね?」

「………。」

「まあ!大変だわ承太郎!」


その時、1月は丁度終わりを迎えていた。
これはまずいのではと、その事実に一番動揺したのはホリィだった。
入試どころか高校生活すら、卒業式を残してほぼ終わっていたのである(承太郎が卒業できるかは出席日数の関係もあり、定かではないが)

大学への願書の提出などは、承太郎が暴力事件を起こし、その後自ら檻の中に閉じ籠った事もあって、それどころでは無かったため行っていなかった。
また、承太郎が大学入学を目指して1年間浪人生として過ごす事も、就職するために就活に励むような事も想像できなかったホリィは、焦りながらもその事実をジョセフ達に説明した。

それを、先を考えてか無言のまま押し黙る承太郎。
しかし、アメリカ住まいの住人達にはいまいちその深刻さが理解できず、それ所か、それなら問題ないと、ジョセフが手をぱちんと鳴らして提案をした。


「こっちの大学に進学したら良い!」


その言葉に、ホリィは「その手があったわね!」と目を輝かせた。


「…アメリカか…考えてみるぜ」


満更でも無さそうに、承太郎は口角を上げていた。







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