novel | ナノ



その日、ジョースター一行は“女教皇”を撃退し、無事にエジプトの大地に上陸を果たしていた。
潜水艦内での事についてスージーQとの電話を終えた後、ジョセフはSPW財団の元へと連絡し、状況を改めて説明していた。
また、これから必要になるだろう“愚者”の暗示を持つスタンド使いを助っ人として運んで貰うための場所や時間の指定も。
そして、恐る恐る日本の状況を尋ねた時だった。


『……報告しようと、思っていたのですが…申し訳ありませんジョースターさん、実は、数日前…』

「………、なん、じゃと…」


聞き耳を立てていた承太郎は、そんなジョセフの声に視線を鋭くさせた。


「どうした、ジジイ」

「……ちょっと待て、……ああ、ああ、それで?」


それは、空条邸が襲撃された、という最悪の知らせだった。
報告によると、突如現れた男が手を振ると、何かによってざっくりと手足が切りつけられたという。
見えない攻撃に、直ぐ様スタンドによるものだと察した財団員達は、戦いに勝ち目は無いと判断し、屋敷にいた医師やホリィに逃げるよう告げた。
しかし盾になった護衛は全員倒され、ホリィ達の脱出の時間も稼げず、結果全員が滅多斬りにされてしまった、との事だった。


「そ、それでホリィは…!リンダは無事なんじゃろうな!?」

『は、はい、それが……我々護衛団の中には重傷の者はいますが、ホリィさんと、こちらに来られていたリーシャさん、そしてドクターは無事で、それどころか、無傷です』

「お、おお…ッ…待て、という事は…」

『ええ、リンダさんは…』


続けられた内容に、ジョセフはギリッと歯軋りをした。


「………、そうか…、ああ、………」

「おい…」

「………分かった、引き続き頼む」

「おいジジイ!説明しろッ」


ガチャンと受話器を置くのと同時に、我慢の限界を迎えた承太郎がジョセフの肩を掴み、唸った。


「何があった」

「……空条の家が、DIOの手先に襲われた」

「!」


その言葉を聞き、承太郎の目がカッと見開き、ジョセフの肩を掴む手には力が篭った。


「ッ落ち着け承太郎…大丈夫だ、ホリィは無事じゃよ…」

「お袋“は”とはどういう意味だ!じゃあアイツは…!」

「…何とか一命を取り留めたようだが…まだ危険な状態らしい…」


嗚呼、神よ、と言って顔を覆う祖父を見て、承太郎はその言葉が事実だと理解して、舌打ちした。
その瞳が今にも人を殺しそうな程苛烈に光っており、傍にいた花京院は息をのむ。

ガツンッと、壁を殴る鈍い音。

通行人が何事かと一行の方を向いたが、承太郎の恐ろしい形相を見てか、直ぐ様視線は逸らされた。


「おい、承太郎ッ」

「……」


留めようとするジョセフの声を無視して、承太郎は一人歩き出した。
苛立たしげにジッポと煙草を取りだす後ろ姿を、ジョセフにアイコンタクトをした花京院が追いかけて行く。


「承太郎があんなに取り乱すとは…」

「何があったんだい?ジョースターさん」

「ああ…」


アヴドゥルとポルナレフにそう尋ねられ、ジョセフは説明した。

連絡によると、財団員が目覚めた時には全て終わっていたという。
全員貧血状態だったが、身体は何ともなく、あるのは酷い目眩だけ。
切られた筈の場所に傷痕は無く、服のみがぱっくりと避け、べったりと真新しい血液のみが付着していたそうだ。
しかしそれはその時ホリィの寝室に居た者達だけで、屋敷の外を警護していた団員達は皆重軽傷を負っていた。

そして、一番悲惨だったのは、全身を切り刻まれ、血の海に沈んでいたリンダと、敵のスタンド使いだった。
血の気が失せ、ピクリとも動かない様はまさしく死体。
幸いにも、その場に機材が整っていたため、リンダは一命を取り留めはしたが、未だに意識不明の重体なのだという。
敵であるスタンド使いは取り敢えず延命処置だけはしてあるが、目覚めないよう特殊な薬を投薬し、回復及び再起不能にした上でアメリカ本部に送ったらしい。

現場にいた財団員にすら、結末しか分かっていないのだから、ジョセフ達にも何が起こったのかは分からない。
しかし、ジョセフはリンダがまたスタンドを使ったのだろうと、察していた。


「何て事だ…」

「DIOの野郎…女子供を狙うなんてヒデェ事しやがるぜ…」

「ホリィ達が狙われる可能性を考えていない訳ではなかった…
出来る限りの手は打っていたが、わしらの中の一人でもスタンド使いが残るべきだった…」


くそ、と悔い、悲痛な面持ちで娘と姪達の身を案じるジョセフに、ポルナレフも同じように顔を歪めた。
復讐を成し遂げたとはいえ、過去に起こった事柄が消える訳ではない。
自身の居ぬ間に、知らぬ間に、無惨に殺され、二度と手の届かない場所へ逝ってしまった妹の事、それを聞かされた時の絶望を、ポルナレフは思いだしていた。


「ジョースターさん…今からでも遅くはねぇ…誰か娘さん達の所に行って、守ってやるべきなんじゃあないか?」

「そうしたいのは山々だ…、しかし…」


日本を出て約30日、ようやくエジプトに上陸出来たのだ。
敵は目前ーー後戻りはもう出来ない。
仮に戻るとしても、陸路で帰るには時間がかかり、飛行機や船を使えば今までの二の舞だ。
それならば、進むしかない。
時間は限られているのだと、ジョセフは苦悩の末に決断した。


「リンダを信じて、前に進むしかない…ッ」


必ずDIOを倒すと誓った自分達と、必ずホリィを守り抜くと誓ったリンダ。
心配する心の方が正直言って大きいが、ジョセフは彼女の覚悟を踏みにじるつもりはなかった。


「あの子は強い…それに、必ずお互い生きて再会すると、約束したんじゃ」


あの眼差しを思いだし、ジョセフはそう思う。
それにもし今日本に帰国したとしても、リンダは怒るだけだろうと想像できた。


「すまん二人とも、心配をかけた…さ、ホテルを探そうか、今日は酷い目にあったからな…」

「ああ…、そうだな。今はゆっくり休んで、DIOをぶっ倒すために体調を整えておこうぜ」


ぽんと慰めるように背中を叩くポルナレフに、ジョセフは神妙な面持ちで頷いた。











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