novel | ナノ



「ねえ!わたしと遊びましょうよ!」

「だめよ、わたしと遊ぶの!」


昔から、運動神経、成績、ハーフであるが故の顔立ちの良さ等から、承太郎は何かと注目を浴びていた。
休み時間になれば遊び相手にと始まる争奪戦。
実際に右腕と左腕をそれぞれ別人に捕まれ、あっちへ行こうこっちへ行こうと取り合いされた事もある。
主に女子達から行われたその行為に、彼の心に女に対する苦手意識が生まれたのは言うまでもなかった。

その為承太郎は一時期、リンダとのスキンシップの取り方が分からなくなった事がある。
国柄故、ハグやキスは当たり前。
母ホリィによって慣れていたが、たまにしか会えないリンダとのそれは気恥ずかしく、加えて、同年代の女子から植え付けられたトラウマがあった。
そしてついに、リンダの手を跳ね除けるという事件を、彼は起こしてしまった。


「じょうくん…?」

「っ、あ、ごめんりんちゃ…ちがうんだ…っ」


今にも泣き出しそうな顔、傷付いた瞳を、承太郎は覚えている。
事情を説明するとぎこちなく笑って「びっくりしたー」と言って安堵からか涙を流した姿も、はっきりと。
しかしそれ以降、それまでスキンシップの激しかった彼女が全く触れて来なくなり、一定の距離感を保つようになってしまった。
だからと言ってよそよそしい訳では無く、心地良い自然な近さを取り、傍で笑ってくれるリンダに承太郎は心底安心し、そしてその優しさに心を打たれていた。
やはり彼女は特別だと、自分を理解してくれるのだとーー幼い心でそう思い込んだまま、時は経過した。


中学生になると身長が伸び、あまり鍛えていない筈の身体には筋肉がつくようになった。
日本へ遊びに来るリンダがその度「また大きくなってる!」と驚き、飛び跳ねる姿が印象的だった。
母ホリィからは、「段々ジョセフおじいちゃんに似てきたわねぇ」と言われるようになり、190pも目前となった暁には、歩くだけで注目された。
ーーしかし、良い意味だけで無く、嫌な意味でも目を付けられるようになったのは、その頃からだった。


「コイツ女供からJOJOとか呼ばれてるらしーぜ」

「空条の“条”に承太郎“承”でジョジョだってよ」


高校生になると、上級生や他校生、難癖を付けて暴力を奮う、面倒な輩に目を付けられるようになった。
女絡みの問題が(勝手に)増え、男達からはやっかみを受けた。
否応なしに集まる好意、好奇、羨望、期待、嫉妬、嫌悪の視線。一挙一動の振舞いが、他の人間より良くも悪くも注目される日々。


「(うっとおしい)」


日に日に酷くなるそれらに苛立ちが募る。
母の気遣いですら、反抗期という事もあって、神経に障っていた。



「ーー、まあ!ーーーー!」

「……ん、」


ある日の夕方。
疲れた身体を引き摺って帰宅し、自室で居眠りをしていた承太郎は、ホリィの笑い声で目か覚めた。
父が珍しく帰ってきたのだろうか、ふとそう思ったが、聞こえてくる話し声が母一人分のみであったため誰かと電話越しに話しているのだろうと悟った。
成長した手足をぐっと伸ばし、微睡みながら内容を聞いていれば、その相手にも予測がついた。


「(りんの母さんか…)」


最後に会ったのは、中学二年の夏休みだった。
去年の夏は、承太郎が高校の受験を控えていたため、アメリカに行く事も、リンダ達が日本に来る事もなかった。
今年の夏休みは都合が合わず、冬休みなら会えるのではないかと、彼がそう思った矢先ーー


「ーーえ」


気になって聞き耳をたてていた承太郎の思考回路は停止した。
眠気がふっ飛び、心が凍りつく。
認めたくないその現実を否定し、何故だと問う事しか出来なかった。












「(ーーこんな時に)」


もう二年も前の出来事をふと思いだして、承太郎は眉を潜めて舌打ちした。
胸が芯から冷え、全身から血の気が引き、ただ苛立ち、歯痒い思いをする事しかできず、酷い目眩に襲われて吐き気がしたーーあの感覚を何故、今思い出したのか。


『……空条の家が、DIOの手先に襲われた』


十中八九、あの報せが原因だった。
“己の手の届かぬ場所”で、大切なものが奪われるーーそれは承太郎の脳内を真っ白にさせるのには充分だった。
過去に味わった、あの苦しみが思い出される。
更に今回は取り返しのつかないものがーー命が、失われかけたのだから、怒りで頭がどうにかなりそうだった。


「舐めた真似しやがって…」


日本の自宅を出るまでは、母の側にリンダが居れば安心だと思っていたーーしかし、不良と言われつつも、ただの高校生だった承太郎のその認識は甘かったのである。
躊躇無く人を殺し、殺意を向けてくるDIOからの刺客。目の当たりにする敵に、己が今まで平和の国に居た事を理解し、それをぶち壊した悪の存在をひしひしと感じた。
そして、その脅威の魔の手が自分等がエジプトに向かう理由である存在へと伸びるのではないか、寧ろ真っ先に始末するのではないかと、日本を離れて間も無く、悟っていた。

だから承太郎はずっと恐れていた。
祖父ジョセフが手を打って無い訳がない、そう気を落ち着かせていたけれども、最悪の事態が起きぬよう、何事も無ければ良いと願っていた。
いざスタンド使いが現れれば対抗出来るのはリンダだけだと知りながら。


『私がホリィさんの命を繋げる。二人が帰ってくるまで、絶対に』


――その結果、リンダは瀕死の重症を負った。
見事母を守り、敵を撃退して。

一歩間違えれば彼女は死んでいただろう。
今までも自分等がそうだったように。
スタンド使い同士の戦いを既に幾度も経験した承太郎は、敵の容赦の無さをその身を持って知っていた。


「くそ…ッ」


最後に見た、こちらを見上げてくる姿が思い出されて、あの時、何が何でもアメリカに返せば良かったと思った。
しかし、今回リンダが居なければ、母ホリィを含めて全員殺されていただろう事は明白だった。

感謝の気持ちと、罪悪感とが募る。
守るべき筈の対象が傷つけられて、平気でいられる訳もない。


「ーーッヒィ…!」


前から来た通行人が、悲鳴を上げて避けてゆく。
立ち止まって、ガラスに映った自分を見れば、今にも人を殺しそうな程に凶悪な顔をしていた。


「……」


再度舌を鳴らして、承太郎は帽子の鍔を掴んでクイと下げた。

焦燥、不安、憎悪、殺意。

ふつふつと沸き上がる負の感情に、身体中の血液が沸騰しそうだった。
しかし今は堪え、抑えるしかない。
手当たり次第に当たり散らしてしまいそうになる己を抑えて、元凶であるDIOを倒す事のみを考えるようにした。


「必ず…」


握り締めた拳の中で、ジッポがギシリと嫌な音を立てた。









×