▽ もしも妹が敵側にいたら
※コミックス未収録の内容が含まれています。
「おにいちゃん、まって、まって」
何度叫んでも、転んでも、兄はこちらを向いてはくれなかった。兄は一人で突き進んでいく。いつも憂は兄のその背中を見ていた。憂は兄に彼の片割れだと認めてほしかっただけだったのに隣に立つことも出来ない。いつしかそれは歪み、潰れ、いびつになり形を変えてしまった。
中学生になった頃、憂は所謂敵という存在になっていた。誰に知られることもなく、歪なマスクを被って、闇の中に潜んでいた。夜な夜な出掛ける憂に母も父も、兄でさえも何も言わない。学校にも行ってはいなかった。
「う、ああ!!」
酔っ払いの顔面に蹴りを入れて倒れた相手の顔を踏み潰すようにして爆破する。憂はこの頃、人の顔を潰すことに執着していた。
「はぁ……ひひひ、」
愉悦を感じて、体を抱きしめるようにして低い声で笑う。すると、近くでヒーローが駆けつける気配があった。憂の身体能力はいくら良いとは言っても精々学生レベルで、こんなに近くにいるヒーローから逃げられる手段がなかった。
「もうゲームオーバーか…」
「それはどうかな」
突然憂の目の前に黒いモヤが現れた。その中から手が伸びてきて、憂はどうしてだかその手を取って本当に闇に飲まれてしまった。憂が警察に行方不明者として捜索されることとなる三日前のことである。
爆豪が林間合宿から連れ去られて行き着いた先は敵連合の巣窟であるバーだった。拘束されていると、目の前に現れたのはUSJの時に見た小柄で黒いセーラー服を着たマスクの敵だった。爆豪はその黒いセーラー服をどこか見た気がした。そして、その敵がゆっくりとマスクを取る。爆豪は驚きに目を見開いた。
「おにい、ちゃん」
「…憂、か?」
まさか二年前から行方不明になっていた自身の双子の妹がそこにいるなんて誰が想像出来ただろう。目を見開いて固まる兄に、憂は口を歪ませて笑った。
「お兄ちゃん、私だよ」
USJ襲撃時の時にもいた、歪な形をしたマスクの敵は、妹だったなんてなんと愉快な話だろうね、と言うように憂は兄に優しく微笑んだ。
「やっと一緒になれるね」
「おま、」
本当に嬉しいそうに笑うと、憂は双子の兄を抱きしめてその額に唇を落とした。その顔を見た爆豪は記憶の中にある妹と目の前にいる敵を重ね合わせて、本当に妹が目の前にいることにどうしていいか分からず、ただ黙って狂気の目をしている妹を見つめていた。
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