▽ 卒業式の話
雄英高校を憂は今日で去ることになる。今日は卒業式だ。三年間、色々なことがあったと思う。大きな校舎を見ながらそんなことを思っていたら、遠くから憂を呼ぶ声が聞こえた。親友の葉隠だった。彼女のそばに行くと、もう一人の親友の姿が見えない。
「ショートくんは?」
「下級生からの告白大戦争だよー」
ほら、と指が指す方を見るとそこには轟が下級生の女子に囲まれているのが見えた。他にも兄や八百万なども同じように囲まれているの見えた。
「写真撮るのは当分先っぽいね」
「そうだね」
葉隠と二人でその様子を遠くから見守る。四月からはそれぞれ別にヒーロー事務所でサイドキックとして働くのだ。この三年間で培ったものがあまりにも多すぎて名残惜しい。憂は少しでもこの校舎にいたかった。
「憂ちゃんは告白しないの?」
「えっ」
そう言うだけ言って、葉隠は黙ってしまった。憂は入学当初、いやそれ以前から出久が好きだった。しかし過去形である。それは少女の憧れのようなものであり、恋と呼ぶには幼すぎたと憂は思っていた。けれど、彼に対してはどうだろう。じっと見つめているとふと目が合い、互いに目を細めて微笑み合う。彼の周りから歓声が上がった。
「…透ちゃんは、どう思う?」
「結婚式のスピーチは私がやりたいなー」
「早すぎるよ…」
今言っておかないとダメかもしれない。これから同じ事務所に入るとしても互いに忙しくなるのだから学生時代のようにはいかないだろう。だけれど、彼の輝かしいはずの未来を私が独り占めしてしまっていいのだろうか。憂が彼から目をそらす。すると、彼は下級生女子の集団から抜けてこちらにやってきた。
「ショートくん、どうしたの?」
「憂」
「うん?」
色が違う宝石のように綺麗な目が憂を映す。憂はその目に釘付けになってしまっていた。周りの喧騒が一切耳に入ってこなくなった。二人だけの世界だった。
「ずっと好きだった。結婚を前提に、付き合ってほしい」
彼の右手が私の左手を取る。時間が止まったような錯覚に陥り、憂は何も言えなかった。ふと繋がれた手を見るとその左指には指環がはまっていた。シンプルで赤色の綺麗な石がついた指輪だった。
「ショートくん…」
「うん?」
彼が優しく微笑む。憂はいつの間にかその優しげな微笑みが一番好きになっていた。いつか自分にも向けられたら、なんて思うほどに。
「…喜んで」
震える声でそれだけを告げる。視界がぼやけて、頬に熱いものが伝った。
轟に抱きしめられたと思った瞬間、周りから盛大な拍手と祝福の声が聞こえてきた。今のを全部クラスメイトや下級生、それに保護者やマスメディアにも見られていたと思うと憂は顔から火が出そうなほどに真っ赤になった。
「しょ、ショートくん…」
「ほら、行くぞ」
焦凍は憂の手をとって笑顔のクラスメイトの元へ向かう。憂はその手を握り返して、これから先の人生ずっと彼の隣に居れるのだと思うと胸が張り裂けそうなほど嬉しかった。
prev /
next