nostalgia

ShortShort

夏の香りと恋の始まり


凄まじい不快感。いや、不快っていうよりも、最早絶望。でもその絶望感を感じること自体は不快だから、あながち間違ってはいないのか。


「まずー、優しさね。大人で包容力があって真面目な人!黒髪で肌が白くて、黒ぶち眼鏡が似合うと尚良し。あ、で、文系ね。本好きな人だったら文句なし!あと、背が高いこと、これは必須条件だから!」


幼い子がご機嫌にスキップするような、そんな『ご機嫌です』な歩き方のまま、彼女は右の人差し指をピンと立てながら楽しそうに理想を語る。

――そう、隣を歩く幼馴染が語っているのは≪理想の異性≫について。

どうせ。

どうせ俺はガキだし髪の毛とか地毛なのに染めているのか疑われるほど色が明るいし、運動するのとか好きだから色黒だし、

眼鏡掛けたら「逆に馬鹿っぽいわー!」って友達に爆笑されるし、

得意科目物理だし、

背なんてお前と3センチしか差がないし、

本なんて3ページ読んだだけで頭痛がしてくる駄目男ですよ、悪かったな。まあ本に関して言えば、「読書家になってやる!」といきなり夏目漱石の≪こゝろ≫に手を出した俺も悪かったんだけど。うん。
 
でも、彼女が口にする『理想』は俺とは悉く反対で、泣きたくなった。いや、実際には泣くことはしないけど、ともかくそれくらい気分は落ち込んだ。


「…ぜってえ、そんな奴いねえよ」


悔しさからそんなことを口にして、深く後悔した。
大人な奴がいいって言われたばかりなのに、どうして俺はこんなにガキな発言しか出来ないのか。だからいつでも恋愛対象外なんだ。

彼女はそんな俺の様子に気付くことはなく、「よいしょ」と目いっぱい教科書の詰め込まれたスクールバッグを肩に掛け直して。

置きベンばかりですかすかな俺の鞄とは明らかに容量が違う。

そして今日は体育があったらしくバッグを掛けている肩の反対の手には大き目のサブバッグがあって。
そしてどうやらそれに詰め込まれているのはジャージだけではなさそうだ、重そうに時折眉をしかめる様子から見ると。


…仕方ねえな。どうせ俺の荷物は軽いんだし、男なんてどうせ力仕事要因としてしか役に立たないし。


気恥かしさから内心でいくつも理由を並びたててから、奪い取るようにして彼女の荷物を片手に持った。

こういう時に「持つよ、重いだろ」とか何とか一言だけでも言えたなら印象だって大分変わるのだろうけど、生憎俺にそんな要領の良さは備わっていない。


「え、ちょ、何、いいよ別に、それ別に重くないし」

「これ重くないとか明らかに嘘だろ、これ男の俺ですら結構きついぞ。お前何か、そんなムキムキなのかよ」

「いや違うけど」


ハッキリ言ってから、彼女は「ありがと…?」と言って首を傾げた。


「何で疑問形だよ」

「はいはい、ありがとありがと」

「うわー何その言い方、どういたしまして」


思っていたよりずっと重かったそれに多少驚く。コイツこんな細腕でこんな重さの荷物抱えていたわけ。有り得ん。

しばらく少しだけ申し訳なさそうにチラチラこっちを見てきた後、不意に彼女が口を開いた。


「…さっきの理想の話しだけど、」


…またか。そう思いつつ、「何」とぶっきらぼうに返事をした。正直聞きたくはなかったけど、コイツが話したいなら仕方ない。


「理想は結構あたし、具体的にしっかりあるじゃん?でもさー、好きになった人がその理想からは全然掛け離れていまして」


…好きな奴、いるのかよ。一瞬で胸が冷えた。
そんな俺の心情などお構いなしに、彼女は言葉を続ける。


「背はあたしと3センチしか変わらないし、ガキだし、髪色とかも地毛で明るいし色黒だし、眼鏡似合わないし、文系でもないし。ほんっと、理想からは程遠いって言うか。
 …それでもあたし、何故かそいつのことが小学生の頃からずっと好きなんだよね。誰だと思う?」

「…は」


ちょっと待てちょっと待て。
それが当て嵌まる、小学生の頃からお前と一緒にいる奴って、俺、今、…俺一人しか思い浮かばないんですけど。

一瞬で絶望に突き落とされた分、今そんなこと言われても、急展開すぎて俺の心臓付いていけてないって。

あたふたとパニックに陥る俺を横目に、彼女は前を向いたまま話を続けて。正直半分も頭に入ってこない。


「自分でもどうして好きなのか判んないけど、ガキの頃から好きなんだよね。…あ、一部だけ、好みのタイプから外れていないとこ、あったか」


いつの間にか俺の歩みも彼女の歩みも止まっていた。

隣に立つ彼女の顔を凝視してしまう。ふと、彼女からする、シーブリーズらしき柑橘系の薫りが俺の鼻腔をくすぐった。

暑いからか、普段は下ろしている髪の毛を今日はポニーテールにしていて、焼けていない剥き出しの白く華奢なうなじは少しだけ汗ばんでいた。

その見慣れない白さがいやに眩しくて直視出来ないのに、そこからどうしても目が離せなくて。心臓が高鳴る。


「…そいつね、あたしが重そうに荷物抱えてると、必ず無言で奪い取るみたいにそれ、持ってくれるのよね。一言添えりゃ印象だって良くなるのに絶対言えない不器用なところもあるんだけど、結局優しい。………ねえ、」

「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待て」

「何よ」
 

手振りも付け加えつつ精一杯彼女の話を遮れば、彼女は不機嫌そうに頬を膨らませる。
そして若干上目遣い気味にこちらを見遣った。

…ほんと今それ止めて、心臓壊れそう。

すう、と大きく息を吸い込んで何とか高ぶる気持ちを抑えつけながら、そっと息を吐くようにして彼女に問うた。

…煩い、ヘタレとか言うな。これが精一杯だ。


「まず一つ確認します。…そいつは、俺らと同じ学校ですか」

「そうです」

「次にまた確認します。…そいつの得意科目は物理ですか」

「そうです」

「またまた確認します。…そいつの好物は、シーフードカレーですか」

「そうです」

「最後に確認します。…そいつは今、お前の隣に立っていますか」


その質問で、一瞬彼女は目を伏せた。顔周りに残るおくれ毛が彼女の表情を隠す。
そしてくいっと顎を上げ、こっちを向いた。真っ直ぐに伸びてくる視線が絡む。

軽くその頬が紅くなっていることに気付いた。


「…そうです」


あかんやばいどうしよう。一気に顔に熱が集まる。ねえ、それってさ。


「………それって俺ら、両想いってこと?」

「あんたがあたしを好きなら、そうなるね」


戸惑いがちに確認すれば、恥ずかしいのか、彼女はツンとそっぽを向いた。何それ、可愛すぎ。

嬉しくて堪らなくて、思わず顔の筋肉が緩む。自分でも判る、俺は今相当緩んだ情けない顔をしているだろう。

何とか表情を落ち着かせようと自分の頬をぎゅっと痛いくらいに抓り、それからこっちを向かせようと彼女の両方の細い手首を握った。

向き合う体勢になれば、彼女は恥ずかしそうにそっと俯いて。



「…俺はお前が好きです。俺と付き合ってください」
 

そう言えば、彼女は更に真っ赤になって、蚊の鳴くような声で「…お願いします」と言った。

今まで見た中でそんな彼女は一番可愛かった。



空は茜色に染まっていて、空気はどことなく青臭い。夏が始まる直前に、俺らはようやくスタートラインに立つ。


[ 1/54 ]

[*prev] [next#]


[mokuji]
[しおりを挟む]

Character

▼水島家キャラクター etc.……

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -