26

朝起きたら、窓の外はバケツをひっくり返したような豪雨だった。ゲンさんが建付けの悪い窓の外を見ていた。ソファからよたよたと降りて隣に立つ。雨粒が大きくて、雲の様子もあまり見えなかった。ゲンさんはトントンを私を呼び、壁にかけてあるどこかのバンドのカレンダーの丸を指さす。日付は今日、丸印は先日ゲンさんが勝手に書き込んでギアッチョに怒られたものだ。今日、何があっただろうか。私はわからないが、ゲンさんはわかるらしい。ギアッチョの部屋を覗くと、ギアッチョはまだ寝ていた。お腹を出していたから親切心で毛布をそっとかけておいた。
ゲンさんに出してもらった傘を差して、川のように水が流れていく道路を歩く。ここらへんは小さな川もあるから、洪水になるだろうか。下水道が溢れるのは嫌だな。そう思いながら、足元を注視しているといつの間にか石畳の色が変わっていた。変だ、家からアジトまでの道で道の色が変わることはない。水を含んでいるから?過去にそういったことはなかったが。顔を上げて周りを見る。……変だ、この道は知らない。首を傾げると、ゲンさんが私の手を取った。手を引かれるままに歩き出す。このままだと始業時間に間に合わない。でも、ゲンさんは私の手を離す気配はなかった。

住宅街のような場所を抜けて、大通りに出た。地下鉄の入り口の街灯がぼやけていて街の霧を表していた。大通りを少し進んでから、ゲンさんは路地に入った。そしてさらに細い路地へ入り、ついに家の家の隙間を通る。今の大きさだから通れるが、もう少し大きくなったらもうゲンさんと猫以外通れないくらいの幅だ。建物の突起物を伝って進む。雨で少し滑って危うく落ちるところだった。靴の中はぐちょぐちょだし、傘はとうに消えている。
通っている建物の明かりはついていたり消えていたり、私たちが通る音は雨のおかげで聞こえていないことを祈るばかりだ。そうして私の手が真っ黒になった頃に、ゲンさんはとある建物の窓を開けて中に入った。不法侵入はあまり良くないが、戸惑いつつ後に続く。
中は埃だらけ、蜘蛛の巣だらけで家具もめちゃくちゃに壊れているか倒れている有様だった。空き家だろう。しかしゲンさんは気にすることなく、その部屋から廊下に出る。扉は壊れて外れていた。廊下のカーペットに点々と黒い模様があった。壁にもそれらはあって、むしろ黒ばかりで元の壁紙の色はかろうじて白だったのだろうなと思える程度だった。廊下を進んで、階段を上がって、後ろには私の靴の足跡と水滴が残る。3階ほど上がると、ゲンさんはまた廊下に出て、そしてとある部屋の前で立ち止まった。扉は閉ざされている。ドアノブに施された彫刻には見覚えがあったが、溝の部分には深く黒い何かがこびり付いていた。触れると、ポロポロと剥がれ落ちていく。寒さからか耳の後ろがツキンと痛んだ。ゲンさんが急かすように私の背中を押す。素直に扉を開くと、中は空っぽだったが、確かに私はそこを知っていた。

黒い模様は部屋中に飛び散っていた。天井のシャンデリアは蜘蛛の巣が張り巡らされていて、元の美しさなど欠けらも無い。扉から正面に見える大きな木目の机は変わらずどっしりと鎮座していて、それとセットの椅子は倒れていた。重いそれを起こして机の前にずりずりと押して置く。
この部屋にはこれだけだった。人に長居をされるのは嫌いだと来客用のソファなどは決して置かなかった。私が座るときはいつも膝の上だったから、直接この椅子に座るのは初めてだ。椅子に座ると、高級な物はいつまでも良いものなのだろう、クッションがふかりと沈んで、背後の割れたままと窓から差す薄暗い光に埃がキラキラと映った。あの日床に散らばっていたガラスの破片は綺麗に掃除されている。
割れたままの窓から、雨風が吹き込んだ。私の黒い髪が、私の首を絞めるように巻き付く。隣に来たゲンさんがそれを解いて、私が少し横にズレると一緒に椅子に座った。つう、と机の上に指を滑らせると積もった埃が指につくが、私の手は既に真っ黒でどこが汚れたのかもわからなかった。ほとんど忘れてしまって、私にとって薄いものだと思っていたけれど、時間が経てば思い出すものなのか。埃の匂いにムスクの香りが混じった気がした。なんともないと思っていたけれど、私は混乱していたのかもしれない。

「ここまで朽ちるのに、何年かかるんだろう」

いつの間にか、それほどの年月が経っていたらしい。

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