26.5

「ナマエが来てねえ?」

家が雨漏りしてしまい、これから修理を呼ぶのも面倒でアジトに避難してきたプロシュートは軽く濡れた艶やかな金糸をタオルで拭う。リゾットから言われたその知らせを聞き、怪訝に顔を顰めた。たいして味は良くないが、炭酸目当てに開けたビール瓶片手にどっかりとソファへ座る。こんな天気の日にアジトにいるのは、アジトを家としているリゾットと、職に忠実なワンコロくらいだと思っていたが、予想が外れリゾットとプロシュートのみという事実が全てだった。

「今、ソルベが迎えに行っているらしいが…」
「迎えだァ?」
「心当たりがあるらしい」

それならば心配はないだろう、そうわかっているはずだがリゾットの表情は晴れない。外に買いに行くのも億劫だと余り物のパスタを昼飯に消費する。巻き付けたカペッリーニがトマトソースをべちゃりと落とした。

「今までナマエが報告無しで来なかったことはなかった」
「じゃあリードくらいつけとけよ」
「ナマエは犬ではない。……ポルポから、連絡がひっきりなしに来ている。ここまで執拗な呼び出しは初めてだ」
「だからなんだっつーんだ」

疲れたようにため息を吐くリゾットは、まるで育児に疲れたシングルマザーのようだった。馬鹿な幻覚だ、己を鼻で笑いプロシュートは続きを促す。

「ギアッチョに連絡したが、いつもの時間に出ていったらしい。襲われたのかと思ったが、その場合ナマエはなんらかの手段で手がかりを残すはずだ」
「だがそれもなかった。……で、ソルベが出てきたと?」
「ああ。すぐにナマエの所在を思い当たったらしい」

何故だかわからないが、と続けたリゾットは、プロシュートが来るまで一人悶々とあのクソガキを心配し続けていた。馬鹿馬鹿しい、何故こんな甘ちゃんがリーダーなのか。聞けばギャングになったのも最近、スタンドが発現したのはブラック・サバスに刺されてから、つまり最近。ギャング歴も浅ければ殺しの数も少ない奴を上司に置かねばならない苦痛をかつての仲間は笑うだろう。あのクソガキのことなんざどうでもいい、が、ここでいい顔をしてやればリゾットは簡単にプロシュートをまた信用する。少しの隙は武器になる。その計算の元、プロシュートは神妙な顔を作って見せた。

「ナマエのことだ、なにか見つけて──」

「リゾット、タオルくれ!」

ドタンと大きな音を立てアジトのドアが開かれる。廊下の先の玄関、ずぶ濡れのソルベとその小脇に抱えられた小さな体を視界に入れてリゾットがサッと動く。プロシュートはバレぬように舌打ちをした。
バスタオルでナマエを包んだリゾットは、そのまま風呂場へ向かう。ソルベはでかい図体を雑把にタオルで拭くと、一気にシャツを脱いだ。刺傷や銃傷の痕が姿を現した。黒髪をガシガシと拭きながら、リビングへ一歩進める度に着の身のどれかを捨ててくる姿に、今度は聞こえるように舌打ちをした。

「機嫌悪いな。こんな日にこんな処にいるからだろ」
「てめーには関係ねえ」
「Ha ragione.」

男の下着一枚姿を見て心地の良い酒は飲めない。飲み途中の瓶をソルベに押し付け、ミネラルウォーターを冷蔵庫から出した。ケチくさい男は飲みかけだろうが飲む。実際、ぷはあっと後ろから聞こえた。

「一年目はンなことなかったし、ギアッチョとも上手くやっているようだったから今年はノーマークだった」
「ア?」
「今日、カファロの命日」

空になったビール瓶が投げられ、ガシャンとゴミ箱に落ちていく。ザワリと立った鳥肌が気味悪く、誤魔化すように硬水を一口煽った。ポルポの連絡が集中しているというリゾットの謎はこれで解けるわけだ。ギィ、と蝶番の悲鳴の方向を見ると、タオルに包まれた小さな身体が出てきて玄関へ向かう。その後ろを、リゾットが慌てたように追った。

「待て、ナマエ、今日はポルポには言っておく」
「いらない」

ポルポ?とソルベが小声で呟く。朝からしつけえ連絡が来てるんだと教えてやると、ソルベはため息を吐き首を振った。どういう意味だか知らないが、ソルベには呼ばれる理由は明白ということだ。俺も理解した、リゾットはこれから理解する。聞いたとき、リゾットはまた子犬に心痛めるのだろう。まるで安いドキュメンタリーだ。ただし、アニマルの。

暗殺チームは、顔も見せたことの無いボスが直接持っている部署だ。しかし、そのメンバーの1人である子供は、ポルポという幹部の気に入りで昔から1人だけ仕事を回されていた。プロシュートはずっとそのことが気に食わなかった、が。

「さすがに同情するぜ」

主も選べないのは本物の犬だ。リゾットは優しいから人権を与えようとする。だが、表情の抜け落ちたガキが自らその権利を捨てようとするならば仕方がない。死してなお人として在るか、人を捨て生にしがみつくか。選択する知恵もない家畜を初めて哀れだと思った。

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