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最近デブの事務所の周りにいつも張り付いている人間が何人か増えた。皆体のどこかに揃いタトゥーをしていて、見つけやすい。デブがぺちゃくちゃ話している間、窓からじっとそいつらを見下ろしているとやっと気づいたデブが「どうした?」と言う。素直にその事を伝えると、デブはブフゥーと息を吐いた。

「やはりか。私も妙に食事が味気ないと思っていたのだ。フム……ナマエ、私はしばらく隠れることにしようと思うが、貴様も来るかね」

あの刺青たちから隠れるのか?大して強くも無さそうだが……何かの組織がバックにいるからだろうか。しかし何故私も一緒なんだ。私は暗殺チームだろう。首を振るとデブはわかっていたように頷いた。

「私の直属の部下にしようと考えている奴がいる。しかしそいつは殺しをやった事がなくてな……」

近いうちに私に寄越させると言い、デブはもう終わりだと手を振った。私は大人しく部屋を出る。イルーゾォの初殺し仕事から、私も評価されたのかもしれない。特に嬉しくはないが、仕事が増えるのはいいことだ。……そういえば、デブが隠れたら仕事は減るのだろうか。減るだろうな。お金が無くなるのはいやだなあ……。同意するように、すっかり人形として馴染んだゲンさんがカタリと頷いた。

今日の夕飯にと露店でパニーノを買って夕暮れの道を歩く。湿った匂いに一雨来るな、と思っていると、5mほど先に先日の女優がいることに気づいた。向こうはこちらに気づいていない。はあ、とため息を吐いて、そろそろと足音を立てずルートを変える。面倒だったから屋根をとびこえて、窓から帰ることにした。ゲンさんに針金を出してもらい、ピッキングして開ける。少し建付けが悪くガコガコと何度か音を立てたが、無事開いた。中からぶわりと冷気が溢れてくる。家に冷暖房器具は設置されていないはずだが、と首を傾げると、正面から伸びてきた手に首根っこを捕まれほいっとそのままソファへ放られた。冷気の正体であるギアッチョが、冷気混じりのため息を吐いた。

「危うく氷漬けにするところだったじゃあねえか馬鹿野郎!普通に入ってこい!」
「追われてたから」
「追われたァ?お前がんなヘマ……待て、撒いただろうな」
「オッヴィアメンテ」

当然だろうと頷くと、ギアッチョは片眉を上げて「Ovviamente」と発音を訂正してきた。逐一細かい人だな。ヴィーと強調してもう一度言うと、ピンッとおでこを弾かれそのままソファに倒れた。額を抑えて起き上がる。ギアッチョは私の開けた建付けの悪い窓をガコガコと弄り、閉じてから「煩わせるんじゃあねえッ!」と窓を蹴りつけていた。また建付けが悪くなったぞ、きっと。
ところでだ、そう前置きしてソファの上、私の隣に横向きに腰掛けたギアッチョが話し出す。私もギアッチョを見るから、自然と向き合う形になった。

「母親がいたらしいな」

ぶわりと全身の毛が逆立つ。ギアッチョはもうあの女優のことを知っているのか。何故……ああ、メローネか。一瞬目の前の暗殺者を目に見えるほど警戒してしまった自分を恥じてから、首を振った。ギアッチョは真剣に私を見ている。が。

「母親じゃない」
「だが、」
「もう死んでる」

そのはずだ。私は立ち上がり、自分の荷物の中から奥底に仕舞ってあったくしゃくしゃの紙を引っ張り出した。これは、おじさんが死んでから渡された、おそらく私に関する情報資料だ。おそらく、というのは私が文字を読めないから本当かどうかはわからないだけで。私は紙をギアッチョに渡す。危ぶみながら受け取ったギアッチョの目は紙面の上に走る毎に丸々としていった。おそらく最後の行まで到達してから、見開かれた目が私を映す。

「────アンネッタ?」

今度は私が目を見開いた。アンネッタ、って、女優が散々言っていた名前だ。何故ギアッチョの口からそれが──ハッとして、ソファに飛び乗りギアッチョの手元の紙を覗いた。アンネッタ、ええと綴りは──a、n、n、e、t、t、e──ギアッチョの指が、私に見せるようにアルファベットをなぞった。ぴしりと身体が硬直する。ギアッチョを見上げる。眉間をぎゅっとして私を見ていた。

「お前、名前、」
「ちがう」
「ナマエ」
「Si、ナマエ。私は、ナマエ、ナマエ・ミョウジ」

震える両手を握りしめて、唇を噛んだ。ギアッチョも何も言わない沈黙に、全身を刺されているようだった。

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