23
ふわりと闇に浮かぶオレンジの塊。目、鼻、口の穴の中からゆらゆらと炎が笑い、食事を楽しむ子供たちを見守る。ああ、やってきた、やってきてしまった。
「トリックオアトリート!」
「帰る」
ハッピーハロウィーン、とでも言うと思ったか。
かぼちゃジュースにかぼちゃのポタージュ、かぼちゃのグリルにかぼちゃのグラタンサラダにもかぼちゃでデザートはスイートポテトと思いきやパンプキンにパンプキンパイ、パンプキンプリン。残念ながらミスターダンブルドアは私の頼みを叶えてくれなかったらしい。あの保健室での粘りなんだったんだよ……。
喉元まで迫る吐き気を抑え、少しでも匂いをかぐまいと鼻を手で抑える。前年同様、食べるものがないのならここに用はない。何故かハリーたち3人もいないし、と席を立つと「どうしたんだよ」と声をかけられたのでそちらを見る。不安そうに私を見る双子の片方がいた。名前?ウィーズリーとしか覚えてないっすわ。
「何かあったのか?」
否定の意味で首を振る。
「顔色悪いぞ、どうしたんだよ」
「まあ、ちょっと」
「ナマエ、具合が悪いんなら保健室行くぞ」
「はっ?ちょっ、」
腕をとられ、大広間を出る。スタスタと歩くウィーズリーの片方に、ま、待って待ってと声をかけると止まってくれた。足のリーチ考えろよ英国人!短足なめんなよ!
「だ、大丈夫だから、もう平気」
「でも、」
「本当になんともないんだよ。アー、その、ただかぼちゃが嫌いってだけだから」
「…………は?」
ぽかん、とウィーズリーの片方の顔がマヌケになった。それにへらっと笑い、私かぼちゃ嫌いでさ、匂いに耐えられなかったってだけ、と説明する。すると、片方ははあーと深くため息をつき、その場に頭を抱えてしゃがみこんだ。
「おれ、ナマエがトラウマになってんのかとおもってた」
「ん?」
「トロールだよ。去年の今日だ」
片方の言葉に、そういや、と思い出した。私とハーミーが友人になれたきっかけでもある。懐かしいな。
「懐かしいって、お前死にかけただろ?」
「それ言ったらハーミーの方がよっぽど怖い思いしたっしょ」
「でも、ナマエもだろ?」
「そんなでもない」
記憶なんてそんなもんだよ。へらっと笑うと、そうかよ、と向こうも呆れた顔で少し笑った。
「寮戻るか?」
「私は戻るけど、そっちは大広間戻れば?」
「……ああ、そうだな、そうする。でもナマエを送ってからな」
「そんな紳士的な言葉が出てくるとは……。もうトロール入ってこないだろうし、別にいいよ」
「でも、」
「今は多少なら魔法使えるし、大丈夫だって」
ね、と念押しすると、片方は渋々と言った具合にわかった、と頷く。何かあったらすぐ助け求めるんだぞ、と注意され、苦笑しながら私も頷く。絵も話すし移動するんだから絵に言えばいいと気づいた今日この頃。ほんと便利だな。
ひらひらと手を振りながら片方と別れ、階段を上がる。ウィーズリー双子とも、いつの間にか普通にコミュニケーションがとれるようになってしまった。前はかぼちゃジュースぶっかけられたってのに、変わるもんだよねえ。変わるといえば、階段の方向も。上っているうちによくわからない場所へついてしまった。チェンジ!
「うわー行きよった……」
階段は私をおいてするするとどこかへまた移動してしまう。待ってどうすればいいのよこれ。目の前は道が暗くよく見えない。ついてないなあ、いつものことだけどさあ。ため息を吐き、とりあえずどこかに出れればと足を進めた。通る道は見たこともない場所で、一本道しかないのが妙だ。と思ったのもつかの間で、すぐに明るい普通の廊下に出た。なんだよ……。
上がってしまったのは仕方ない。だが、下に戻ろうとすると、ハーミーらしき栗色が見えた。声をかけながら近寄った。
「ハーミー?あれ、それにハリーとロンじゃん。何してんの?」
「あ……ナマエ……」
ハーミーの声が震えていた。どこか怯えているような様子と、何故か濡れている床が妙で眉を寄せた、そのとき。
「………秘密の部屋は開かれたり?」
継承者の敵よ、気をつけよ。
壁に書かれた血の文字と、ぶら下がっているそれを見て血の気が引いた。