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雨の音が耳についた。なんとなく不快で、耳を塞ぐ。そのまま暖かいふかふかしたものに顔を押し付けると、アルコールの薄い匂いが鼻についた。これ、どこかで嗅いだことが────

「ミスミョウジ、目覚めましたか!?」
「……ぁ……」

目を開くと、視界いっぱいに何度もお世話になったマダムの心配そうな顔がある。ああ、そうか、ここ、ホグワーツか。また来ちゃったのか。ぼんやりと頭の中にその事実が浸透していく。

「ミスミョウジ、これを」

私は随分疲れているらしい。マダムの言葉が何一つわからない。とりあえず首を降ると、マダムは持っていたマグカップを無理やり私の口に当て傾けた。強引か。
ごくりと口に入ってきた飲み物を飲み込むと、内蔵がぶわりと熱くなった。口の中に甘ったるさが広がる。これ、チョコレートドリンクか。ガッツリ甘い味に寝起きの味覚が嫌悪を示すが、身体が温まるのは確かだった。脳が回っていく感覚がわかる。チョコレートさえ魔法か。すごいなあ。一度目を閉じてもう一度開けると、マダムの言葉は理解できるようになっていた。

マダムの説明によれば、ホグワーツの特急は吸魂鬼という魔法生物に襲われたらしい。私はその吸魂鬼が入り込んだ入口にいたらしく、つまり第一被害者。キスされるかもしれなかったため本当に危険だったらしい。ちなみに、キスの意味がよくわからず聞いたら怒られた。授業でやってないもん!
吸魂鬼は魂を吸い取るとかなんとかで、キスをすると抜け殻になってしまうらしいのだ。そりゃ危ない。しかし、私はあのときそれどころじゃなかったんだ。
私を保護して、ボロボロの薄いローブを掛けてくれた人はリーマス・ルーピンという今年からDADAを担当する教師だという。いきなり迷惑をかけてしまったモンキーである。すまない、悪気はなかったんだ。今度お礼を持って、妖精さんが洗ってくれたローブを返しに行かなければ。
ルーピン先生が私を預けたコンパートメントの生徒はレイブンクローのチョウ・チャンさんとマリエッタさんというらしい。マリエッタさんの名字はバッジみたいな響きだったはず。私の記憶力は残念なので……申し訳ない。2人は私が気を失った後も冷えた身体を暖めたりと看病をしてくれたが、体温が上がっても変わらない顔色と微動だにせず意識を取り戻さない様子に慌てて先生の元に駆け込んでくれたらしい。すごくいい人たちだ。レイブンクローは青いところだったかな。お2人にもお礼をしなければ。

魔法のチョコレートドリンクとこれまた激マズマズのお薬を飲んだ後、医務室にスネイプ先生とダンブルドア先生が来た。つい最近もやったような検査を行う。ダンブルドア先生は私に色々話しかけてくれたが、何に対しても気の抜けた返事をする私に「ゆっくりおやすみ」と言い去っていった。スネイプ先生は終始私に対して怪訝な表情をしていたけど。私にだってこういうときはありますぅ、なんて言える気力は無かった。

その日は医務室に泊まった。マダムにギフトの取り寄せの仕方を聞く以外特にすることもなく、ただひたすら布団に潜り目を閉じた。頭の中のあの光景をひたすら繰り返す。帰りたい、とひたすら思った。

翌日の朝、医務室で支度を終えると「何かあったらすぐにいらっしゃい」と優しさ50%のマダムに見送られ直接大広間に向かった。残りの50%は表情が理由である。やけに難しい顔をしていた。

「ナマエ!」
「ナマエ、大丈夫か?」
「心配したんだ!何やってたんだよ君!」

グリフィンドールの子達に迎えられ、色々話しかけられるが皆一斉に話すため返事が追いつかなかった。私は聖徳太子じゃないんだぞ、と海外の子達には通じなさそうなお決まりの言葉を思いながら苦笑して席につこうとした、そのとき。

「ファーストキスが出来なくて残念だったな!」

スリザリン、の方からけらけらと笑い声が聞こえた。明らかに私を指している。グリフィンドールの子達が私を庇おうと動いたが、それより先に「キスされたほうが幸せだったんじゃないか?」と声が飛んできた。確かに、そうかもしれない。そうしたら私は帰れたかもしれない。吸魂鬼なんて私にとって未知の生物だからよくわからないが、藁にもすがる思いの今、可能性があるなら試してみたいとも思う。

「そうかもしんないわ」

香ばしい焦げ色のついたプティングの焦げを見つめながら肯定すると、あたりがざわざわと騒ぐ。ネビルから「そんなわけないよ!」と言われた。それにまた曖昧に笑って、今度こそ席につく。隣には当然のようにハリーが座った。そして当然のように手を握られる。大丈夫、と意味を込めて軽く握り返し、見つめていたプティングではなくスープに手をつけた。

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