40

ザーザーガタンゴトンガタンゴトン。外の雨の音と列車の走る音が妙にマッチしている。またかー、まだ私学生なのかー。もう慣れてきた廊下の端のこの場所、トランクに座りぼーっと窓を眺めつつ陰鬱な雰囲気を漂わせる。窓越しに見た列車は、雨のせいかいつもよりも濃い赤に見えた。何気に窓際の廊下の際部分、ドアが古いらしくがたがたしてちょっと濡れる。まあ気にならない範囲ってことで。多少べちゃべちゃする足元の水分を窓側にキュッキュとお行儀悪く飛ばす。濡れてるからここでトランクは開けませんな。
何故か今回ローブを着ていたためローブのポケットをごそごそと漁るとまた出会ってしまったマイ杖を発見した。お前こんなところにいたのか。くるくるとペン回しの容量で回しながら結露の出来ている窓にはあーっと息を吐きかけそっと外を伺う。といってもほぼ見えない。全くいつになったら帰れるのやら、正直この前の蛇とか石とかの件で私の精神はヘトヘトのボロボロだ。HP残り5くらいじゃないか?ポーション求む。と、意識が逸れていたからか手からマイ杖が落ちてしまった。流石に太く長い杖を回し続けることは無理か。あっこれ健全な意味なので。私の脳内酷すぎィ。

落ちた杖を拾い、ついた水をローブの裾で拭いたときだった。空気が、ガラリと変わる。例えて言うなれば、山奥のトンネルに入ったときに突然ひんやりと涼しくなりだすような、耳に圧がかかるような、そんな変わり方。わかりにくかったらごめん。とにかく、わかりやすく空気は一層冷たくなり、吐いた息が白く染まる。
キィ、と音がした。

「…………は、ぇ?」

目の前のドアが薄く開いたその隙間から、黒いボロ布がヒラヒラと入りこむ。
肺が冷えて痛んだ。ひゅっと喉から、最近聞いたような音が漏れた。黒いヒラヒラは増え、私に近づいてくる。
私は動くことが出来なかった。手足が、筋肉が、がっちりと固定されたように動かない、と同時に、私の中に逃げるという選択はその時、欠落していた。
どんどん近づいてくるヒラヒラに、私の肌が泡立ち、背筋から悪寒が走る。ぁ、と喉から意味の無い音が出た。





「あはは〜またのも〜!」

おつかれー!と挨拶をして居酒屋の前で解散。会社の同期4人でたらふく飲んでげらげら笑いながら楽しく酔っ払った。
ふわふわとした感覚が心地よくて、3万出して新しく卸した控えめな白さの可愛いヒールも邪魔に感じてささっと脱ぎ、家へ帰ろうとした。肩に鞄をかけて両手にヒールを持ち、近道だしいいや、と普段はあまり使わない路地裏へ入ると、目の前を黒い犬が横切った。
「おいおいわんこ、迷子かぁー?」なんてアルコールの匂いぷんぷんの口で既にいなくなった黒い犬に言う。返事は当たり前だが無く、しかしそれが楽しくて1人で笑った。ふらふらと千鳥足で路地を抜けて、大通りへ出た。電灯が立ち並び、暗かった路地裏とは一転して人工的光の明るい道を素足でふらふらと歩く。数人とすれ違うが、誰もが疲れた顔で酔っ払いなどには見向きもしない。やっぱり楽しくて、気分は最高潮で。わははは〜と一人、電子だらけの時代になり静かに走っていく車の音よりも大きな声で、口をぱかりと開けて笑う。車の眩しいライトが身を包んだ。

─────体がふわりと浮いた。魔法にかかったように空を飛ぶ。手に持っていたはずの白いヒールには何故か赤色の装飾が追加されて、何故か私の目の前を通っていく。

(ああ、さんまんえんが)

ヒールを取ろうと手を伸ばすが、伸ばせたかわからない。
どしゃり、耳元で嫌な音がして、頬に小石が食いこんだ。アルコールの匂いと、鉄の匂い。あらら、生理になっちゃったかしらぁ、なんてアルコールに染まった脳で下品なことを考えて笑おうとしたら、喉からこぽりと何かが出ていく。視界が滲んで、暗くなる。最後に見た赤が焼き付いた。





ガシャンッ!大きな音が廊下に響く。叩きつけた拳からごきゅりと音がした。列車の奥の方からは悲鳴や泣き声が聞こえたが、そんなものには構っていられなかった。ぬちゃり、握った手に先ほど見た赤がついていた。ひどく気分が悪い。目の前にちらつく黒いヒラヒラに、握りしめたガラスの破片を投げつけた。私が割ってしまった窓からザアザアと強い音で大粒の弾丸のごとき雨が叩きつけられる。冷たいはずの暴風の温度は感じなかった。身体に力が入らず、ずるりと落ちたローブはそのまま風に飛ばされてしまった。

なに、いまの。

白昼夢だろうか。うたた寝をして悪夢でも見てしまったのだろうか。眩しい光、赤く染まる白、全てが鮮明で映画でも見ているようだった。口から荒い息が出る。息がうまく吸えない。いやだな、寒いのかな、なんで、わたし、

「…ぉえ……」

せり上がってくる胃液を飲み込み、ずるずるとその場に倒れるように座り込む。こんなの初めてだ、一体どうなっているんだ。茫然と混乱する頭を抑える。

「大丈夫か!?」

ふわりと何か柔らかいものが掛けられた。はちみつの独特の匂いがする。

「君、大丈夫かい?酷い顔色だ……どうしてこんなところに……いや、いい、とりあえず中に入りなさい。ほら、こんなに身体が冷えてる」

だれだ、このひと。血だらけの手と散らばる破片、暴風と雨が叩きつけられるその場にいるはずなのにそれを感じさせない不思議な人は、何も言わない私をそっと持ち上げて近くのコンパートメントに入った。中には2人生徒がいた。

「突然すまない、この子をここに置いてくれないだろうか?先ほど廊下で保護したんだ」
「もっ、もちろんです!」

そっと空いている座席に私を下ろし、生徒と話すその人の背中をぼんやりと見つめる。私の目の中には、まだあの光景が広がっている。事態を飲み込めない。

「ほら、これを食べて」

話し終わったのか、私を保護した人は私の口にパキリと折った茶色いものを当ててきた。チョコレートだろうか。食べる気にはならないが、抵抗する力もないのでそのまま口に入れられてしまう。こっちの独特の匂いと強い甘みを感じたが、何故か身体も暖かくなった気がした。舌で溶かした後ゴクリと飲み込むと、相手は安心したように頷く。
彼の不憫そうな顔を最後に、私の意識はまた落ちた。

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -