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トランクの中に入る、なんてどこぞのエスパーじゃないんだからやろうとは思わない。しかしこれが試験ならやらざるをえないし、魔法界のトランクは入ってもOKな設計になっているらしい。どういうことだよ。そのうちトランクが家になるんじゃないの。
げんなりとしつつもなんか気持ち悪いのを数種類避けて退けてついた先のトランクをあけると、中は真っ暗だった。

「えぇ……マジでこれ入らなきゃだめなの……」

すっごい怪しいし怖いんですけど。しかし致し方ない、入るかあ。両腕をくるりと準備体操のように回し、一応杖を片手に片足をトランクに入れる。ずぶりと入っていく足の感覚から、中は少しひんやりとしているらしい。ええい、ままよ。ぎゅっと目を閉じて勢いで飛び込んだ。ちなみにここまで私の杖が活用されたことは無い。すまんな。


真っ暗闇にぼわりと人影が浮かぶ。
いつか見た、私の姿が。
片手に3万円のヒールをもち、しかし以前は白と赤だったヒールは黒と斑色になっている。

ぞわりと背筋に脂汗が浮かぶのがわかった。かちかちと歯が鳴る。杖を持った手が動くことはなく、そもそも杖なんて私の頭から抜け落ちていた。
べったりと黒いものを、黒く固まった血を頬に、スーツに、全身につけた私はそこから動かない。黒く濁った目で私を見つめる。何も写していないような瞳は私のものじゃない、ちがう、あれは私じゃあない。

は、は、と浅く息が詰まる。息を吸っているのか吐いているのかもわからない。目の前がちかちかと異常を訴え、キィィィンと耳奥で耳鳴りが強く鳴る。
私の脳裏にいつか吸魂鬼に見せられたあの光景が過ぎった。
会社の帰り、そうだ、会社は、あのわたしはだれ?髪が伸びたね、ああ試験が、どうしていまここに、3万円もしたんだぞ、あのいぬはなに、頬に怪我はなかったんだ、まっしろだったのに、かえりたい、手が小さい、お母さん、ここはなに、私は魔法使いなんかじゃない、どうして私が大きく見えるの、灰色のへやは、ここからでたい、まっかだ、






「──────ナマエ!!」
「ッゲホ、ゴホ、ぉえ………」

頭の中が真っ白だった。ヒュ、と突然視界が戻って、その場で胃の中のものを全て吐き出す。
ガンガンと鈍器で叩きつけるように痛む頭を抑えて、熱い目をギョロギョロ動かす。ぼやけて見えた茶色い長い机、古ぼけたトランク、汚いローブ、分厚く古い紙の束、少し曇った窓の向こうには雲の多い空が遠くにある。
わたしの、わたしのいえじゃない、わたしは、まだ、

「ナマエ、しっかりするんだ!ナマエ!」
「かえりたい、なんで、どうして、」
「なにを言ってる?ナマエ、私の言っていることがわかるかい、ナマエ、目を開けなさい、ナマエ!」

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