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「エバねすコ! ──これやっぱ消失じゃなくて増加魔法なんでは?はあマジムズ……ハリー?どした?」
「……ッ、……大丈夫…」
「なわけないよな〜!ほら座って」

今しがた私の消失呪文によってポヒンと出てきた椅子……は掴んだら何故かぐにゃんとしたのでそれは退かして、元のオリジナルの椅子にハリーを座らせる。ちゃんと座ったのを確認してから一旦外に出てトイレの洗面台でハンカチを濡らして戻ると、ハリーは額を抑えたままじっと目を閉じていた。……痛むんだろうなあ。あてるよーと声をかけて濡らした冷たいハンカチを額にぴとりとつけると、ハリーは一瞬ビクッとしてからハンカチを受け取った。
たまに気まずい空気にはなるものの、ハリーは相変わらず根気よく私に付き合って魔法練習をしてくれる。でも最近……っていうよりあの脱獄のニュースがあってから、傷痕が痛むことが多いらしい。隠そうとしても隠せてないぞ。
負担ならやめたほうがいいって言ってもなんでかハリーはやりたがる。多分ここなら人の視線から逃げられるから、でもだからといって今1人にはなりたくないらしいし私達も1人にさせるのは不安だってことで今や練習とは名ばかりのほぼ休憩タイムだ。そういう時間って大事、息抜きタイム万歳。
椅子の足元に座り込み、鞄からこの前サーシャが買い込んできたおまけつきクッキーの袋を出してバリッと開ける。好きな危険スポーツチームのブロマイドが欲しいらしくてうちの部屋は期間限定クッキー祭り開催中だ。

「ハリー、クッキー食べる?チョコクッキーだよ。さてカードは…ぐ、ぐうぇのぐ?ジョーンズ……?」
「……ホリヘッド・ハーピーズのキャプテンだよ。僕らの先輩」
「へー」

確かサーシャが狙ってるのはなんたらユナイテッドってチームだから違うはず。ホリヘッド・ハーピーズ好きならいる?と聞くといらないと首を振られた。今危険スポーツの話を聞いても嫉妬するだけだと。そっかーとブロマイドをしまいクッキーの袋口をハリーの方に向ける。おまけのブロマイドは動くけどこのクッキーは動かないから良いね。たまになんか口の中パチパチしたりするけどカエルみたいに動かないし逃げないし全然許容範囲、しかもそんなに不味くない。ちょっと硬いけどせんべいクッキーだと思えばオールオッケー。
魔法理論の本を流し見しつつバリボリとおやつタイムを過ごしていると、ぼんやりと宙を見ているハリーがぽつりと言った。

「……夢を見るんだ。毎晩、同じ夢」

曰く、ずっと廊下を行く夢らしい。無機質すぎるだろ、どこのホラゲーよソレ。ハリーの様子から全く楽しい夢では無いことは確実で、お陰で寝た気がしないと。おめめの下にちゃんと作られた隈に軽く触れると、ハリーはほう、と息を吐いて目を閉じた。まつげ長。そんでもってめちゃくちゃ迷惑な安眠妨害夢だなあ。

「黒い扉の前で立ち尽くすんだ、でも扉は開かない。スネイプの補習を受けてからずっとだ。気が狂いそうになる」
「ハリーはその扉開けたいの?」
「……わからない」

夢ってのは記憶の整理とか願望のあらわれなんて言うけど、この場合のハリーの願望ってなんだろ。スネイプ先生の補習に行きたくない夢か?ウーンもっとちゃんと占い学で夢占いやっときゃよかった、試験用に詰め込んだはずの知識が全くもって湧いてこないわ。役に立たないモンキーですまない。

「……あいつは開けたいんだ」

ハリーは隈に触れていた私の手を握ると、奥歯をかみ締めどこか悔しそうに言う。ハンカチはもうぬるくなっていた。

「最悪だよ、ほんとうに最悪だ。夢を見る度に、傷が痛む度に僕が僕じゃなくなっていく、いつかほんとうにぼくは、」
「おうおうわかった、とりま落ち着けハリー。大丈夫だから」

ところであいつって誰のことなんだい。スネイプ先生?唐突の第三者登場についていけんが、ハリーは軽いパニックなのか混乱してるのか浅い呼吸を繰り返す。
わかるのは寝不足の状態では良いことなんてひとつもないってことだ。立ち上がりハリーの背中を擦りながらとにかく深呼吸させる。すってーはいてーふうー。

「よくわかんねーけどさ、そんだけ毎日見ても開かないってことは今は開かないときなんだよ。タブン。鍵がないとかオープン時間じゃないとかまだ部屋の掃除してないとかでだめなの。開かねーなーって思いながら朝ごはんのことでも考えてたら大丈夫だよ」

全くもって根拠はないけど大丈夫だって!大丈夫だと思ってれば大丈夫になるんだ。パワーイズパワー!どうしても開けたくなったら扉くらい壊してしまえよな!ニッと笑うと、ハリーは少し充血した目で私を見上げ、ゆるりと笑い返してくれた。
夢の話を聞いていてふと灰色の部屋を思い出したけど、気分が悪くなるから無かったことにしようと思う。

そう思った、んだが。どうしてかタイミング悪く、どうにも関連を断ち切れない話題がやってきた。
翌日の朝、寝ぼけまなこを擦りつつ大広間でシリアルをザッとよそい牛乳をざっと注いで食べていると、またもや差出人不明の手紙が来た。いつもと違うのは、通常サイズより一回り小さい封筒だったこと。そして中を見てなるほど、と納得した。書いてあるのは「PM5 library」とだけ、でも少しインクの匂いが残る字のお陰で誰からの手紙かすぐにわかった。

放課後紙の時間通りに図書館の奥へ行く。多分ここだな、と数占い学の参考書が集まる区画へ行けば、棚の間にひょろりとしたノットくんがいた。ビンゴ!

「遅い。何故コインを見ない」
「コイン? ……あっもしかしてこれか!?」

えーとどこにしまったかね。ローブのポケットを探してスカートのポケットをひっくり返した結果シャツの胸ポケットに入っていたパチモンの10円玉を出す。クリスマス前以来全然話せてないからこの謎も解明されてないままなんだよ。ホグワーツ10円ってどういうこと。

「だらしのない奴め、コインケースもないのか?」
「ホグワーツで財布持ち歩くことなくない?てかノットくん日本の硬貨知ってたんだね」
「それくらい調べれば猿でもわかる。だが幾度も合図をしたというのに、使えなければ渡した意味が無いだろう」
「……合図?」

なんのこっちゃと首を傾げると、ノットくんは片眉を上げて杖を軽く振る。と、私の手の中の偽10円玉が熱くなった。ぎょっとして見ると、本来ならば日本国と書かれているはずの絵の上の文字がlibraryへと変わっていく。

「えっ。えっ!?どうなっ」
「シレンシオ」
「!?」

どうなってんの!?ノットくんが杖をもうひと振りするとlibraryはまた漢字の日本国へ戻っていった。な、何この魔法すげえ〜!でもわかるわけね〜!ごめんけど次からは説明書付きで頼むわ、と声の出ない口をぱくぱくして言ってみるけど多分ノットくんは間抜けだなと思ってるだけでなんも伝わってなさそう。大声出してごめんて。

「次からは確認するように。本題へ入るぞ、もう一度開心術を行う」
「……えぇ〜?あ、声出る。こほん……開心術ってこの前やったじゃん」
「休暇中俺が何もしていないとでも?お前に魔法を弾かれるなど俺の矜恃が許さない」
「えぇ…?」

確かに納得いってなさそうな雰囲気は感じてたけどまさかクリスマス休暇で特訓してきたというのかこやつ。マジで?なんかごめんね。でも黒歴史大暴露魔法絶対嫌なんだけど、と言ったところでノットくんが引く様子は無い。こりゃ私の阻害機能に期待するしかないな…。



ノットくんが去った図書館で、ついでにレポートやるかと棚から参考書をとり空いている席に座る。ゲマトリアの暗号みたいな数字をガリガリと書く手が止まりインク溜まりができてヒッと慌てて拭こうとすればインクがにじんでぐっちゃぐちゃになった。ンガー!書き直しじゃん!やっぱやんなきゃよかった。この一瞬でどっと疲れて机に伏せる。周りの羽根ペンを動かす音を聞きながら、なんもしてないけど休憩ついでに鞄から手紙を出した。

”世界の改革は目前となり、夜が明け輝かしい未来が約束される。魔法族こそが世の全てなのである。魔法族としての矜恃を保ち、真の才を認め、祝祭を祈りたまえ”

”長らく留守にしていた友との再会は世界の未来を示す。ミョウジの名もまたそのひとつとなるであろう。その覚悟と矜恃を持ち我が陣営へ、迎える準備は既に整っている。教授の信念は受け継がれるべきである。他でもなく血縁者により血潮とともに刻まれている”

「最近まっすます頭の痛くなる文だな……」

ウーン何言ってんのかさっぱりわかんない。なんか達筆な筆記体になってるし、達筆すぎていまいちよく分かんないし。何が言いたいのかハッキリしてくれってばよ。”祝祭を祈りたまえ”ってなんだよ、素直にメリクリって書けばいいだろ。友の再会とか陣営とか信念とかもさっぱりわかんないし、ミョウジ教授は血縁者って聞いちゃいるけど実感なんてあるわけないし、どうしたもんか。そもそも会ったことも無い私に定期的にこんな難しい手紙を書くとか世の中暇な人がいたもんだ。もっと有意義に遊びたまえ。

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