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「……よ、ハリー。おかえり」

読んでいた本を閉じて片手を上げる。談話室に入ってきたばかりのハリーの肩がびくりと動き、私と目が合うとぎこちなく微笑まれた。私の座るソファの近くまで来るけど、ハリーは一定の距離を置いて立ち止まった。

「やあ、ナマエ。待っててくれたの?いいのに」
「そりゃ待ってるよ。手当てしないと」

ハリーの顔が強ばった。誘うように片手を差し出すが、ハリーはぐ、と唇を噛んでむしろ両手で制服の端を握る。

「ハリー」

目を細めて名前を呼ぶと、ハリーは数回呼吸をしてから諦めたように首を振って私の隣に腰かけた。すかさず右手をとると、皮膚をえぐるように刻み込まれた血の滲む文字があった。I must not tell lies.

「……ふざけた教師だなホント」
「いっ、いたい、沁みる」
「我慢」

消毒軟膏を塗ってから液体絆創膏を塗る。普通の絆創膏があったらよかったんだけど、トランクを引っ掻き回しても無くて諦めた。液体絆創膏って慣れてないからいまいち信用出来ないんだけど、ハーミーに当たり前のように渡されたしハリーも普通にしてるから多分こっちじゃ主流なのかね。久々に文化の違いを感じたわ。念の為、とさらにくるくる包帯を撒いておく。端っこをテープで止めると、右手の動きを確認したハリーが小さくありがとうと言った。それに頷くと、ハリーはチラチラと私を見つつ口を開く。

「…あの、誰から聞いたの」
「ロンから。……あのさあハリー、なんで黙ってたの?そりゃ気づかなかった私も悪いけど、さすがに今回のは」

気分が悪いよ。そう口に出さなかったものの、ハリーは察したようにくしゃりと顔を歪めた。泣きそうな顔だ。

「違う、わざとじゃない、わざとじゃないけど……ナマエには見せたくなかった」
「また?これも?アンブリッジも関係あんの?」
「違う、そうじゃないけど、これは僕の問題で」
「僕の問題ィ?あのねえハリーくん、」
「いいから、もう構わないでよ!ナマエには関係ない!」
「…………なんだって?」

予想外の事を言われ、一瞬フリーズした。ギギギと鳴りそうな筋肉を動かし、無理矢理口角を上げて聞き返す。ハリーは私から目を逸らして、膝の上に置いた拳を握ってハッキリと大きな声で言った。

「ナマエには関係ないだろ!」

「…………あっそう」

他にも人がいるはずの、賑やかなはずの談話室で、やけに自分の声が冷たく聞こえた。



──関係ないだろ!……ないだろ!……ないだろ……いだろ………だろ………。頭の中にエコーが響く。
か、関係、無い。そうだ、関係ない、言ってしまえばマジでない、だって私罰則受けてないし、アンブリッジの被害こうむってないし、例のあの人とか復活とかそもそも意味わかってないし、ハリーが英雄だとか全然わかってないし。

「でもさあ〜〜〜!!!!」
「うるさいナマエ!」

洗面所で前髪の決まらないサーシャが怒鳴り、朝の予習をしていたアリアが「私の同室者ってどうしてこんなにうるさいのかしら、片方はモンキーだし」とボヤく。今日もキレッキレだな。ここ最近宿題地獄だし、思春期だし、加えてアンブリッジのお陰で私たちは皆どこかピリピリしている。多分私もそうだった。きっとハリーもそうだった。……昨日のアレ、喧嘩って言うと思う?私が一方的に首突っ込もうとして跳ね除けられて拗ねてるだけじゃない?私が超大人げなかったって話で、しかし昨夜のことをうじうじと引っ張るくらいには未練がましくも自分の主張を捨てきれない。マジ大人げない。でも私が大人げないのって前からじゃない?なにも成長がないってことかよ。うが。セルフショックを受けてしまった……。

昨日のことをハリーに謝りたいような、謝りたくないような複雑な気持ちでまた会うとピリついてしまいそうなのも怖くて今朝はアリアとサーシャについて階段を降りる。大広間に行く前にアリアが手紙を出しに先にふくろう小屋に行くと言うのでついて行けば、茶色い梟から私宛だという手紙が降ってきた。ついでにつつかれておでこが痛い。血出てないだろうな。

「誰から?」
「さあ」
「開けてみなさいよ」

爪先を紙の隙間に入れてビッと力任せに開くと、白い便箋が一枚。見覚えのある筆跡にうげっと嫌な顔になった。不思議そうにしていたサーシャとアリアが横から覗き込んできて、文字を追い始めると2人の表情も苦いものに変わる。

”あなたはいつまでうつつを抜かすのか、嘆かわしいことにミョウジ教授の高潔で気高く深い叡智の結晶である頭脳は受け継がれず彼女は永遠に独り残されるのであろう。妄言を吐く愚かな有象無象と戯れ現実から逃亡し、未だ魔法を不得手とすることに恥を覚えていただきたい。普通魔法試験レベルさえ通過出来ぬ醜態を世界に晒すなど許されることではない。ミョウジ教授の孫であるという自覚を持ち、魔法に身を費やすように”

「……遠回しに応援されてるってことでいい?」
「あなたがそう思いたいのなら」
「バカだけどいいんじゃない。バカだけど」
「2回言った!」

これでこの人から手紙が来るのは2回目だ。なんというか、私の知らない祖母の話をされるのは現状ありがたいけど内容的にはなんの手がかりにもならない。つまり無駄。自分のばーちゃんに厄介なファンがいるってすっごい複雑ね。手紙はくしゃっとしてポケットに突っ込んでおいた。

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